BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
自分が自分である前。
まだ、殻の中にいた頃。
小さな声が、ずっと聞こえていた。
『どんなぽけもんがうまれてくるのかな』
『たのしみ!』
『このことたびにでるの!』
『はやくうまれてね!』
そんな声に応えるように、私は体を包んでいたそれを破った。
それを破って、初めてそとの景色を目にした時、彼女と出会った。
幼い私とそっくりな、真っ白な髪と赤い瞳が特徴的な少女。
彼女は生まれた私を見て笑顔を浮かべ、私も彼女に釣られるように笑顔になった。
私たちは常に一緒に過ごしていた。
彼女の行く先に付いて行き、共に野原を駆けた。共に綺麗な景色を見て、芝生を踏みしめ走り回った。
私と彼女は、他のポケモン達が言うところのトレーナーよりも娘や姉妹に近いものに思っていた。
笑顔の絶えない彼女と過ごす優しい人達。
彼女と共に過ごすことが、私にとっての幸せであり、当たり前だった。
あの子といつまでも一緒に笑い会いたい。
それが私の初めて生まれた願い。
でも、そんな願いはあの子と過ごすに連れて増えていった。
どこまでも一緒に走っていきたい。
この子の夢を叶えてあげたい。
こんな少女と笑いながら平原で駆けっこする穏やかで平和な充実した日々、当たり前の日常が、平穏な日々が私は好きだった。
でもそれは、疑うことを知らない時間だった
だが、そんな日常は儚く脆い物だったと知るそとになる。
町で見たことの無い男、何故か私を必死に抱き締めるこの子に私は困惑した。
なんで彼女はここまで怯えている?
何故?
その答えを、私は最悪な形で知ることとなった。男は先程までの穏やかな顔から、酷く恐ろしい顔に変わり私を抱き締めていた少女の肩を掴むとそのまま突き放した。
少女がゆっくりと、大きな岩がある方へ飛んていき、次の瞬間に初めて聞いた鈍い音が耳の奥に響いた。
呆然とした私が見たもの。
それは地面に倒れ、頭から血を流し大地を赤く染めていくあの子だった。
私と同じ白い肌と白い髪を、身に付けた服を赤く染めている。
あの子が、私へと手を伸ばした次の瞬間、ぐったりと倒れ、身動きひとつすらしない姿。
それを見て気にする様子のない、男を見た私の心に大きな何かが生まれた。
それは怒りだ。
あの子が傷付けられたこと。
何も出来なかった事。
人間に優しい存在しかいないという無知。
自分という相棒がいながら、守れなかった事への怒り。
身体中が熱く、力が溢れていくような気がする。それと同時にまるで私が私では無い何かに変わっていくような不思議な感覚に困惑した次の瞬間、私は光に包まれ別の存在へと変化した。
不思議と苦痛も嫌悪感も感じない自身の身に起きた事態に困惑した、だがそれよりも自身の身に宿る大きな力を感じ歓喜した。
だが、同時に体から力が抜けていく感覚もした。でもそれでも十分だった。
でも、攻撃は当たらない。
どれだけ狙いを研ぎ澄ましても、男に爪が当たらない。
体が、体を包むこの力に振り回されている。
当たらない。
当たらない。
どうして、届かない。
どうして、どうして私はあの子を傷付けられたままなんだ?
どうして奴に仕返しひとつすら出来ないっ!
私の強い思いとは反対に、体を包む力は弱くなっていく。
その時だ、あの子より大きな赤いものを頭に被った男が現れた。
黄色い同族は、あの子を傷付けた人間を簡単に吹き飛ばした。
助けてくれた?
そう考えた幼い自分を即座に否定する。
こいつも同じ人間だ、あの子を守らねば。
あの子の元へと体を引きずり、向かう。
あの子へと近付くにつれて、私の体からは力が抜けていった。
微かに残った力で歩みより、赤いものを頭に被った男とあの子の間に立つ。
今度こそ守るのだと、何がなんでも守って見せようと決意した。
そんな意思とは真逆に、力を失った私の体はそんな決意など知らなかった。
私は、地面へと倒れた。
次に目が覚めたとき近くにあの子はいなかった。
あの子の親が、私を迎えにきてあの子の元へと連れていってくれた。
「アブソル?」
そう言いながら私を呼ぶ彼女の頭には、岩にぶつけたからか大きな傷が残っていた。
決意した、私はこの子を絶対に守る。
人間から、この子を守る。
人間は嘘を付く、彼女を傷付ける。
でもこの子は優しい。
また人を信じようとする。
それだとまた傷付いてしまう。
彼女に近付く者で、私の認めない者は全て敵だ。
私が彼女を守らなければならない。
彼女を傷付けた者は絶対に許すな、例え相手が人間でも、ポケモンでも、どんな存在であろうとも。
私の全ては、この子を守るために。
この子の笑顔を、守るために。
命令。
訓練。
食事。
休息。
それが、私の生きるすべてだった。
決められた時間に起き、バトルのためと決められた技を使う。
力を、早さを、体力を。
それらを得るために、様々な薬を毎日のように飲む。
タウリン、マックスアップ、ブロムヘキシン、インドメタシン、リゾチウム、キトサン。
人間はそれを「強くなるための薬」と呼び、私たちに与えていた。
対戦したトレーナーと他のポケモンが取るようなおやつも、温かな食事もない。
決められた量のポケモンフーズと、それを補うための栄養剤が混ざった、何かを食べる。
そこに迷いはない、無駄もない。
ただ"最適"であることだけを求められていた。
それが正しいと、そう教えられてきた。
他のポケモンは違った。
笑っていた。
トレーナーと触れ合い、楽しそうに過ごしていた。
理解できなかった。
それは、必要のない行動のはずだから。
そんなある日、匂いがした。
甘い匂い。
自身の武器である素早さを奪う原因。
いいにおい
本来、必要とされていないもの。
あじわってみたい
体にとって最適ではないもの。
たべて、みたい
それが売られた場所へ近付こうとした瞬間、呼び止められる。
命令の声。
戻りなさい、と。
それは貴方に必要ないものだ、と。
その日から分からなくなった。
必要ってなに?必要ないものってなに?
その日から、私の日常は可笑しくなっていった。
その日まで……間違いとも、正しいとも考えていなかった全てが可笑しくなっていた。
日常だったものが、自分にとって嫌だと変わっていく。
嫌だった、必要だからと与えられるものが。
嫌だった、勝つためと毎回のように飛んで来ること細やかな指示。
嫌だった、自分の意思を持たないバトルが。
嫌だった、面倒なポケモンバトルそのものが。
嫌だった、ポケモンバトルのためだけに生きることが。
そんな思いが積み重なっていったある日、トレーナーが眠った時間。
モンスターボールから出た私は、口から冷気を出しゆっくりと、しっかり内部から全てを壊せるように、モンスターボールを凍らせた。
力を込めた前足で、大きな音をしないよう素早く振り下ろす、モンスターボールにひびが入る。
もう一度、足を振り下ろす。
モンスターボールが、砕けた。
トレーナーの家、いつも空いていてる窓から外へ出た。
私は、トレーナーを捨てることを選んだ。
自由を選んだ。
誰にも命令されない。
好きな場所へ行き、好きなように生きる。
元々、飼われていた自分が自然で生き抜くのは普通なら難しいかもしれない。
野生のポケモンの強さは、管理されてきたポケモンバトルとは違う文字通りの生死が隣り合わせ。
一度の敗北が死へと直結する。
そんな世界でも、私は負けなかった。
これまでトレーナーの元で食べ続けてきた自身の力を底上げするという薬、そしてバトルの積み重ねてきた過去が、私を過酷な野生の世界で生かしていたのだ。
野生で生きて、私は強くなった。
知らない景色と知らないポケモンのいる場所で、私は縄張りの主となった。
縄張りに侵入する、侵入者を排除する。
それが、自分の生き方になった。
でも、どこか満たされなかった。
この生活を望んで、私はここにいる筈なのに胸の中にポッカリと穴が空いているような気がして。
そんな穴をうめるように木の実を齧りその日の食事を終える。
そんな日々が続いていくのだと思っていたときだ、あの子と出会ったのは。
『グ、グレイシア?カントー地方なのに?』
『………』
私を見て首をかしげる白い髪が特徴的な人間の少女と、恐らくは少女に飼われているであろうポケモン。
鋭く、一瞬だが体が後退りしそうな気迫を持つ白いポケモン。
そんな彼女を従えるトレーナー、あの人間と同じような人間なのだろうか。
そんな中、少女は鞄に手を伸ばす。
モンスターボールを投げられるのかといつでもその場から離れられるように足に力を入れた。
いつからか、私の強さと縄張りが原因か様々な人間が私の元へと来ることが多かった。
最近は特定の人間が私を捕まえるために、何日もやって来ていた。
全員、同じように叩き返してやったけど。
しつこくやって来る、うるさい水色の髪が特徴的な彼女とは違い、目の前の少女は静かだった。
『その、食べる?沢山作って消費に困っちゃって……』
差し出されたそれは、あの日みた時の同じような良い匂いがした。
なんで、ボールではなくソレを差し出すのか分からなかった。
なんで、そんな意味のないことをするのか。
そんなことを考えながらも、私の足は動いていた。
あの日のように止められることがなく、それにかぶりついた。
甘かった、初めて感じた味だった。
甘さは甘さでも果物とは違う甘さ。
こんな味だったんだ。
嫌ではない、……むしろ、もっと欲しいと思った。
1つじゃ、足りない。
もっと、もっと食べたい。
夢中になって甘いものを食べるなか、ふと少女へも視線を向ける。
それはあの人間とは違う雰囲気を持っていて、優しい笑みを浮かべていた。
食べる私の体を、恐る恐ると撫でる少女。
なんとなく、嫌いじゃなかった。
それからだ、あの少女は私と会うたびに甘いものをくれた。
会うたびに起きる、少女がくれた甘いものを食べる。
そんな短い時間の交流を続けた。
この人間なら、あの子の近くにいればあれが食べられる。
『それじゃあ、また今度……?』
そう思った。
帰ろうとするその子の後ろをついていく。
振り返ったその子は、驚いた様子だった。
『ぅえ、えっともしかして、私と来る?』
その言葉に私は黙って頷いた。
私は、あの子に捕まることを選んだ。
この子といれば、甘いものを食べられる
最初は、それだけだった。
甘いもののため、それだけの理由。
あの子に名前を呼ばれる声、頭に触れる手。
命令ではない言葉。
それらは、どこか温かかった。
私は自由だ。
誰にも縛られない。
命令もない、制限もない。
好きな場所へ行き、好きなように生きる。
それが、私が選んだ生き方だった。
───でも。
あの子のそばにいる時間だけは、違った。
甘いものを食べる時間、名前を呼ばれる時間、頭を撫でられる時間。
そのどれもが心地よかった。
不思議だった。
縛られているわけじゃない。
強制されているわけでもない。
それなのに、離れたくないと思ってしまう。
だから私は、選んだ。
この子のそばにいることを。
甘いもののため?……それもある。
でも、それだけじゃない。
この子の隣にいる時間を、私は気に入ったから。
甘い匂いが、好きだった。
生まれた時から、ずっと。
花の蜜。
熟れた木の実。
誰かが落としていった、お菓子のかけら。
それらを少しずつ集めて、生きてきた。
森の奥で、私は一人で生きていた。
争うのは苦手だった。
強いポケモンに見つかれば、すぐに逃げた。
隠れて、やり過ごして、静かに暮らしていた。
それでも、たまに見てしまう。
遠くの道を歩く、人間たち。
その隣には、ポケモンがいて。
笑っていて。 楽しそうで。
……いいな、って思ってしまった。
私は弱いし、すぐ怖くなるし、上手く戦えない。
……だから。
選ばれることなんて、ないと思っていた。
だから、見ているだけでよかった。
遠くから、少しだけ。
幸せそうな光景を、眺めるだけで。
それで、十分だと思っていた。
そんなある日。
とても強い甘い匂いが、風に乗ってきた。
今まで感じたことのない、優しくて、温かい香り。
思わず、匂いの方へと体がが動いていた。
辿り着いた先にいたのは、一人の少女だった。
白い髪。 赤い瞳。
その隣には鋭い目をしたポケモンと、静かに佇む氷のポケモン。
怖かった。
あの子たちは強い。 私なんか、一瞬でやられてしまう。
だから、すぐに隠れた。
見つからないように、息を潜めて。
その時だ、女の子の瞳が私を移した。
びくり、と体が震えた。
女の子は目を見開き、嬉しそうに此方へと近付いてきた。
その子から逃れるのは出来なかった、彼女が私へと優しく包み込むようにして掌に乗せて体を持ち上げる。
怖いはずなのに。
不思議と、嫌じゃなかった。
「やっと見つけたよ!アブソル、グレイシア!」
その子からは、いい匂いがした。
甘くて、あたたかくて。
まるで、お菓子みたいな匂い。
よっぽど嬉しかったのか、その子は興奮した様子で近くにいるポケモンを呼ぶ。
だが白いポケモンは女の子を見つめたままで、そんな白いポケモンの背中に乗ったポケモンは女の子を見るとあくびをしながらまた目を閉じる。
「あ、ごめんね。」
そう言いながら女の子は、慌てた様子で私を地面へと下ろしてくれた。
そしてしゃがみ私へと目線を合わせた女の子は口を開いた。
「あのね、私……貴方をゲットしたいんだ。」
そんな女の子の言葉に、私は困惑した。
どうして、私なんかを?
だって私は弱くて、すぐ怖くなって他のポケモンとだって戦ったことがない。
そんな、他のマホミルより弱いから。
「私ね、いつかお菓子屋さんになりたいんだ。今はまだこんなのしか作れないんだけどね」
そう言いながら女の子がポケモンから袋を取り出す、その袋には甘い匂いのするお菓子が入っていた。
袋からお菓子を1つ取り出すと、女の子は私の口へと差し出してきた。
「良かったら、食べてみる?」
そんな女の子の言葉に、私はそのお菓子を口へと入れた。
感じたのは甘味、ちょうど良い甘味とサクサクとした食感。
ふわぁ……と思わず口を空けてお菓子に浸ってしまう。
「私の夢、ポケモンも食べられるお菓子を作る小さなお菓子屋さん。マホミルさえ良ければ、私と一緒に、叶えてくれないかな?その、無理にとは言わないよ?進化してマホイップになって貰うから、嫌なら───」
そんな彼女の優しい笑みと、夢に私は初めて自分の心の奥底から強い感情が生まれた。
この子を応援したい、この子とこの子の夢を追いかけたい。
きっと、他のマホミルでもいい。
もっと上手にクリームを出せる子もいる。
もっと綺麗に飾れる子もいる。
でも。
わたしがいい。
わたしが、となりにいたい。
迷惑かもしれない。
邪魔かもしれない。
それでも──。
いっしょに、夢を見たい。
いっしょに、叶えたい。
そうして私は女の子と一緒に歩む道を選んだ。
マホイップになったわたしのクリームで、あの子のお菓子は、もっと甘くなる。
そう思うと、少しだけ誇らしい。
わたしは、強くない。
でもあの子の夢の隣に、立てるくらいにはなりたい。
この子は、私にできることを見てくれた。
弱い私じゃなくて、
“一緒にお菓子を作る私”を見てくれた。
だから、私はこの子と一緒にいる。
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