BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
何時も通りの日常。
学校に行き勉強し、進路の選択を迫られる今日この頃。
学校ではやれ就職やら、やれ進学やらと話され何度も聞いた事を話す先生達に正直、少しうんざりしてる。
そんな私にも1つだけ日常で楽しみな事がある、それはポケモンだ。
ポケモン、正式にはポケットモンスター。
海に、大地に、空に生息する様々な生き物達の総称だ。
そんなポケモンを育て、ポケモン同士を戦わせリーグと呼ばれる大会を勝ち抜き優勝を目指したりするゲーム。
それがポケモンであり、全てのポケモンを通して共通する大まかなストーリーだ。
そして、メインストーリーが終われば、図鑑を埋め色違いのポケモンをゲットするために旅を続ける。
ポケモンは小学校の頃にポケットモンスターブラック、ホワイトと言われる第五世代から今発売された第八世代であるソード、シールドこと剣盾までプレイしている。
最近は剣盾で好きなポケモン達を育成していた。
本編ストーリーとダウンロードコンテンツである冠の雪原や鎧の孤島もクリア済み、だけど図鑑はまだ埋められていない。
流石に多すぎるし、私は図鑑埋めせずストーリークリアで満足してしまうようなエンジョイ勢とも言える遊び方をしている。
主人公は男の子と女の子を選ぶ事が出来て、女の子主人公でプレイしている。
名前は『シアン』、姿は白髪ロングヘアーだ。
ネット対戦とかは余りやらず、ひたすらにポケモンを愛でているか育てるか、カレーを作って食べることだけを繰り返している。
「お前達だけが癒しだよ~」
そう呟きながらSwitchの画面に写っているポケモン達と戯れる、羽のようなおもちゃに付いた鈴が鳴ると同時にポケモン達が自分へと駆けてくる。
うん、やはりポケモンは最高の癒しだ。
ゲーム機を操作して一度キャンプから出ると、最初に目にする町であるハロンタウンの自分の家に入りデータをセーブする。
そろそろ寝ないと、明日に響く。
一応、受験生だからか前よりもゲームの時間があまり取れなくなっていた。
もっと遊びたいな、そんな事を考えながら枕元に充電器を挿したゲーム機を置こうとして、ふと前に見たポケモンの都市伝説の動画を思い出した。
「まさかね」
枕元にゲーム機を置いて寝たら、転生してポケモン世界にいる。
そんなの絶対にありえない。
だって今生きている現実じゃ、そんなアニメみたいな非科学的な事が起こるはずがないのだから。
苦笑いし、布団の中に潜り込む。
「お休みなさい」
明日もまた、同じように勉強と進路についての話があるのだろうなと目を瞑った。
ポケモンの世界に転生した、いや本当になんで?
そんなことを思いながら私はこれまで『シアン』として生きてきた記憶を思い出していた。
どうやら私は、ポケモンの剣盾で操作していた主人公アバターの外見を持った少女『シアン』に転生したらしい。
これが流行りの異世界転生ってやつなのかもしれない、死んだ記憶は無いんだけど……。
性別が変わったのもそうだし……。
私の知るこれまでのシアンを一言で表すのなら、天真爛漫だ。
眩しいような笑顔を振り撒きすれ違う人には笑顔で挨拶を交わし、野原をアブソルと駆け回る。
夢はポケモンマスター、チャンピオン、トップコーディネーターとコロコロと変わっていた。
テレビの影響を受けやすい私は、素直な性格だった。
人を疑わずに、言われたことを信じからかわれたのなら頬を膨らませて怒るような、純粋で明るいアウトドア気質な少女だ。
でも、今の私は前世を思い出したことからかこれまでのアウトドアな気質も変わった。
いや、精神年齢で18才で天真爛漫な性格は演じるにしても自分には無理だった。
元々気弱で、引っ込み思案な性格だった私にそんなムーブも出来る筈無く。
病院で私の前世?の記憶を思い出してから初めて会った両親と話した時、お父さんもお母さんも泣いていた。私が無事目を覚ましたことを喜んだのだと思った。
「よかった、本当にっ」
「よく目を覚ましてくれたなシアン!本当に、本当にありがとう」
そう言いながら痛いほどにギュッと抱き締めてくる両親に、私は少しだけ苦しくなり口を開いた。
「その、痛いよ……」
「あぁ、ごめんなさい。きっと、すぐに良くなってまた外で遊べるようになるわ!」
「そうさ、だから心配しないでゆっくり怪我を直すんだよ。ふふ、暇だからって外に出掛けたりしたらダメだよ」
「アハハ……そんなことしないよ。でも、
「
私は知らなかった。
シアンとして生きてきた記憶を、私はまだすべて思い出せていなかった。
これまでの私が本や勉強は苦手で、本を読むのは読み聞かせ以外では滅多に無かったことを。
そして、私がその後に無意識に呟いたその言葉が、両親に深くショックを与えてしまうことも知らず。
「お願いしても良いかな、その…
「っ」
「し、シアン?いつもはパパって……」
お母さんとお父さんの顔が、強張る。
何か間違えたのだと、すぐに気づいた。
「お父さんとお母さん、少し此方に……ラッキー、彼女と一緒にいてあげてくれ」
「ラキ!」
失敗した、そう思ったときお医者さんらしき人がお母さんとお父さんを呼んで廊下に出ていった。
そしてナース服のラッキーがお医者さんの言葉に元気に返事をすると私の側に来て、お世話は任せてとばかりにその手で胸を叩いた。
ラッキー、その名前の通り捕まえたトレーナーに幸運をもたらすといわれているポケモンで、ゲームでは悲しいことに経験値なんて呼ばれたりするポケモンだ。
アニメでも、ポケモンセンターでのジョーイさんのお手伝いをしているイメージが大きい。
「その、よろしく……お願いします」
「ラキキ!!」
ラッキーと話すことが特に浮かばず、取りあえずラッキーの介助でベットに横になる。
おでこの怪我だし、背中に手を回して横にする意味は無いと思うんだけどな。
そんなとき、部屋の外でお医者さんと両親が話している言葉が聞こえてきた。
「お子さんは恐らく、精神的なショックを受けています」
病室の扉の向こうから、医者の落ち着いた声が聞こえてきた。
ショック、確かにあの男……あの服装からロケット団だろうか。
まさか、カントー地方の主人公でもない私がロケット団に巻き込まれるなんて思いもしなかったな。
あれ、なんで私の手が震えて……何度も動画でロケット団がどんな奴らなのか知っている筈だ。
簡単に倒せるNPCの筈だった、でも目の前にあったのは子供じゃ大人には勝てないという現実。
大人に手を上げられるという恐怖。
私の手が、体が震えていたからかラッキーは即座にベットで横になっている私の頭を優しく撫でる。
「幸い、命に関わるような怪我ではありません。ただ……」
でも、そんな私を待たずに医者と両親の会話が続いていく。
「額の傷ですが、完全に跡が消えるかは分かりません」
「え……」
母の、お母さんの震えた声が聞こえた。
私としては、これって傷で残るんだなぁと言う程度だった。
試しに額の傷を覆うように張られたガーゼに少しだけ触れてみる、少しラッキーが慌てたような様子で両手を振るうのを見て少しだけ笑ってしまう。
でも、母にとってそれは声が震えるほどに悲しいものらしい。
女性にとって体に傷が出来るのは、とても辛い事だと話していた動画を思い出した。
「跡が、残るんですか?」
「大きな傷ではありませんが、深く切れています。成長すれば目立たなくなる可能性もありますが……完全に消える保証は出来ません」
「……それ以外は?」
父が振るえているが、ハッキリとした声で尋ねる。
「頭部への強い衝撃がありましたが、脳に異常は見られません」
その言葉のあと、医者は少し声を落とし再び口を開いた。
「ですが───問題は、
「心……?」
父の声が低くなる。
「今回の事件で、シアンちゃんは強い恐怖を感じた可能性があります。人は大きなショックを受けると、記憶や性格に変化が出ることがあります」
「そんな……」
母の声が小さく震える。
そして、私の胸もドクンと大きく音を立てた。
心の傷、強いショック。
恐らく、いや確定でロケット団の男にアブソルを取られそうになって抵抗したときの記憶がトラウマになっていることが、何となく分かった。
「さっきのシアン、どこか……別人みたいで」
「以前のシアンはもっと、こう……」
父は言葉に、私の体が冷たくなったような気がした。
確かに、私はシアンだ。
シアンであるけど、同時に前世……○○○○○と言う名前で日本で過ごしていた頃の記憶もある。
それを思い出したからこそ、自分に起きた変化。
それに驚き、悲しみ、傷付いている人がいることが少しだけ苦しかった。
自分のせいで両親が傷付いているという事実が、凄く嫌で胸が苦しくなる。
「明るくて、元気な子だった。そうですね?」
「……はい」
「ですが、先ほどの様子を見る限り少し落ち着きすぎている」
母が戸惑っている様子と淡々と医者と父親が話す会話が聞こえてくる。
「四歳の子どもにしては、言葉遣いも受け答えも妙に大人びています」
父と母が息を呑む気配がした。
「これは珍しいことではありません。大きな出来事の後、人は自分を守るために心の殻を作ることがあります」
「殻……」
「時間が経てば、元に戻る可能性もあります。焦らず、無理をさせないことです」
母のすすり泣く声が聞こえる。
父がぽつりと呟く。
「……あの子はもっと、元気な子だった」
あのアブソルだってきっと、同じように思うだろう。前みたいに笑って走り回るシアンは、もういない。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私はシアンだ、でももうあなた達が知るシアンに成れない。
あんな、シアンは演じられない。
気弱で、引きこもり気質なのが私なのだから。
「時間が経てば元に戻るかもしれません。ですが今は、無理をさせないことです」
「……はい」
気が付けば、涙が伝い枕へと落ちていた。
私は、シアンだ。
そう思うのに、どうしても、“違う”と感じてしまう。
それは日本という国に住む○○○○○という記憶があるから?前世なんて思い出さなければ良かったのかな?
ラッキーはただ、静かに頭を撫でてくれていた、それだけが唯一私の心を少しだけ和らげてくれた。
就活生なんて、頭を撫でられることはほぼない。
今の自分が幼いからなのか、それとも今の精神状態だからか、凄く優しく感じた。
そういえばアブソルは……今、どこにいるんだろう。
お父さんとお母さんが私にくれた卵から孵化した、私の最初のポケモン。
ロケット団に奪われそうになり抵抗した時の記憶が最後で、その後アブソルがどうなったのか分からない。
無事だといいな、そんなことを思いながら私は目の前の現実から逃げるように目蓋を閉じた。
ご愛読ありがとうございます。
感想、お気に入り登録、高評価
お待ちしています。