BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
あれから何日、いや何週もの時間が過ぎた。
お菓子を作りグレイシアが食べて、お菓子を作りマホイップが飾り付けし、グレイシアが食べる。
ミュウがグレイシアの取っておいたマカロンを目の前で食べてグレイシアを怒らせたりと賑やかや日々が続いた。
そんな賑やかな日々は、私が教会で見た知らない歴史のショックを和らげてくれていた。
そんな生活を続けていた私は、無事ネットからの注目は失くなっている……と、思う。
そんな私とは対照的にホップにユウリ、マリィは無事にジムバトルを進めネットからの注目の的となっている。
あと最近、ポケモンをやっていた頃の事を思い出し、この世界にもポケモンに持たせる持ち物という物があることを思い出した。
前世では、ガチ勢の友人に聞いて強い持ち物を持たせたり適当にたべのこしを持たせたりしていたっけ?
XYやってた頃は、手持ちの殆どがメガストーン持ちになっていた頃があったっけ?
そんなことを思い浮かべながら、スマホロトムで有名なポケモンの持ち物を調べてみる。
スマホロトムの画面を指でスクロールしながら、思わず小さく息を吐く。
「やっぱりあるんだ……この世界にも」
やはりか"たべのこし"に"オボンのみ"といった、ポケモンに持たせておくだけで、勝手に回復してくれる便利な持ち物が出てくる。
昔はよく、深く考えずに持たせていたっけ。
"いのちのたま"や"こだわりスカーフ"なんていうのもあった。
強いけど扱いが難しくて、結局あんまり使いこなせなかった記憶がある。
"きあいのタスキ"……あれは確か、一撃だけ耐えられる道具だったはずだ。
やっぱりどれもゲームとは違い、値段が張るものや逆にゲームより安価なものがあったりと違いがあるみたいだ。
「懐かしいなぁ……」
そう呟いたときだった。
こつんと、何かが足元に触れる感覚があった。
「ん?」
視線を落とすと、そこにはグレイシアがいた。
いつの間にかすぐそばまで来ていて、じっとこちらを見上げている。
「えっと、どうしたの?」
声をかけると、グレイシアは小さく鳴いてから、ぴょんと軽く跳ねるようにしてひょい、と。
スマホロトムの画面を覗き込んできた。
「わっ、ちょ……」
思わず苦笑する。
「これ?ポケモンに持たせる道具だよ。バトルのときに役に立つやつ。バトルは苦手だけと、少しだけ気になっちゃってね」
説明しながら画面を少し傾けると、グレイシアは「へー」と呟いているように目を細め画面をより近くで覗く。
「その、グレイシアも何か持ちたい?」
可能な限り、手持ちのポケモンの希望は叶えてあげたい。
グレイシアはこのジムバトルで一番頑張ってくれたと言っても過言じゃない筈だ。
少しだけ、間があってグレイシアはすっと視線を外し、テーブルの上へと視線を向けた。
そこに置いてあったのは、さっき作ったばかりの色々な木の実の果汁を混ぜたミックスフルーツクリームが挟まれたマカロン。
「……?」
不思議に思っていると、ちょいとグレイシアが前足で、それを軽く押した。
「え?」
もう一度。
ちょい、ちょいとまるで「これ」とでも言うように。
「えっとその……これがいいの?」
そう聞くと、グレイシアは少しだけ顔を逸らしながら、こくん、と小さく頷いた。
ほんの少しだけ、誇らしそうに。
でもどこか、遠慮しているようにも見える仕草だった。
「そっか」
自分の能力をあげたり回復アイテムではなく、私のお菓子が良いなんて、グレイシアらしくて少しだけ笑ってしまう。
「じゃあ、グレイシアの持ち物はこれにしよっか」
そう言ってマカロンを手に取る。
「そのままだと落としちゃうかもだし……何か入れ物、用意しないとね」
そう良いながらグレイシアの口許へマカロンを向ければ、即座に口を開けてマカロンへとかじりつくグレイシア。
相変わらずのお菓子好き、そのキャラの徹底ぶりに少しだけ感動だ。
グレイシアがお菓子に集中している間に簡単な布袋、小さな巾着を用意して紐を通す。
ちょっと前に雑貨屋さんで売っていた、袋の端っこに氷の結晶が描かれているもの。
少しだけグレイシアに似合いそうだと思って買っていてものが、こんな形で役立つとは思っていなかったな。
「はい、できた」
しゃがみ込んで目を瞑りお菓子を味わうグレイシアの首元にそっと結ぶ。淡い色の布袋が、ふわりと胸元で揺れた。
中には、さっきのマカロンを一ついれている。
マカロンの賞味期限は常温で10日程。
バトルはしない予定だ、けどもしもの時を考えて常に作ったら交換するようにしないと。
「どう?」
そう聞くと、グレイシアは一歩下がって、軽く身体を揺らす。
巾着が小さく揺れて、からりと優しい音を立てた。
「……うん、似合ってるよ」
その言葉に応えるように、グレイシアは満足そうに目を細める。
そして、くるりと向きを変えると、大事そうに、その巾着を揺らしながらテントの周りを歩き出した。
「ミュウ!」
そんな様子を見ていると、私のとなりボールから出て来たミュウが現れて口を開ける。
「……アハハ、あなたも?」
そう言いながらテーブルの上にあるマカロンを一つ手に取り、ミュウの口許へ運ぶ。
ミュウは一口でマカロンを頬張ると、嬉しそうな笑顔を浮かべて私の周りを飛び回る。
そんな様子を、私とアブソルは静かに見つめていた。
『ぇええええー!?あれからシアンが全く来ない!?』
ラテラルタウンのひとつの家、スマホロトムからの絶叫が部屋へと響き渡る。
自室でラフな格好をしたサイトウは両手で耳を塞ぎ、スマホロトムに映っているテレビ通話相手へと苦言を漏らす。
「っ……夜に近所迷惑ですよコルニ」
『だってだってー!あの子がジムチャレンジに参加するなんて、もう応援するしかないじゃない!姉として!!』
スマホロトムに映っているのは、カロス地方にて格闘タイプのジムリーダーを努める少女コルニだった。
「姉を名乗るなら、まず落ち着いてください……」
サイトウはため息をつきながら、スマホロトムの音量を少し下げる。
「それで?シアンがジムチャレンジに出ないからと私に通話を繋いで騒ぐことですか……」
『騒ぐでしょ!?だって普通、そっちのジムチャレンジ中ならガンガン回るじゃん!?なのに二つで止まって、そのあと全然来ないんだよ!?』
「……それは」
ジムリーダーカブのジムバトルはジムチャレンジに参加する多くのプレイヤーが挫折し、ジムチャレンジでの進行を諦める場所。
サイトウは腕を組み、静かに思考する。
「彼女と同年代のホップやユウリ、マリィは順調に進んでいます。ターフタウンやバウタウンでのジムチャレンジ見た限り、あのグレイシアの実力に、グレイシアに合う指示も彼女たちにあっていたと思います。彼女が、あそこで止まる理由は見当たりませんが………」
『でしょ!?怪我したとか、変なことに巻き込まれたとか……あぁもう!ジムリーダーの仕事がなければ今すぐにガラルに行きたいのに!』
「……」
一瞬だけ、サイトウの表情が僅かに曇る。
変なことに巻き込まれた、コルニの放ったその一言を差すであろう出来事に心当たりはある。
彼女のトラウマを強く刺激した、バウタウンの市場での事件。
彼女のトラウマを掘り返してでも、聞いてしまった彼女とアブソルの抱えた過去。
「コルニは、シアンの過去を知っているのですよね」
『………まぁ、ね。その感じだとサイトウちゃん、シアンと何かあった?』
「はい、その……色々とあり彼女の……彼女とアブソルの過去を教えて貰いました。」
サイトウの言葉にコルニには先程までの慌てた様子からは考えられないほどに、落ち着いた様子へと変わっていく。
その変わりように、サイトウは目を見開いた。
『凄いね、あんな目にあってるのにジムチャレンジだなんてさ。私が初めて会った時なんて、ポケモンバトルは苦手でやりたくないって凄く怖がってたの』
「え、では何故あそこまでの実力を……」
『あの子はね、守るためにあのポケモンバトルを産み出したんだよ』
コルニは懐かしむように、そう優しく話し出した。
『あの子は今後、独りでメガシンカしたというアブソルを狙って襲われる。だから守るためにも、ポケンバトルをって、ポケモンバトルを教えたの』
「そう言えば、シアンは独りでメガシンカしたアブソルについて調べるためにカロス地方へ訪れた際に、あなたと会ったと話していましたね」
『そうそう。あのときはアブソルしか手持ちにいなかったけど、私と別れてからマホイップとグレイシアをゲットしてたみたいだね。それにしても、ターフジムでのバトルは凄すぎて笑っちゃったよ!』
「ふふ、あの試合はネットでもかなり面白がられていましたからね」
『お菓子のためにがんばるグレイシア、あの様子ならきっとお菓子作りももっと上手くなってるのかなぁ』
「あのグレイシアがあぁなるのも納得です、とても美味しかったですから」
『は?』
一瞬、空気が止まる。
『……ちょっと待ってサイトウちゃん?』
「な、なんでしょうか……」
コルニはゆっくりと、にこりと笑う。
だがその笑顔は、どこか圧があった。
『なんであなたが、シアンのお菓子食べてるの?』
「……え?」
『え?じゃないよね??』
ぐいっと画面越しに顔を近づけてくるコルニに、サイトウは僅かにのけぞる。
『私ですらそんなに食べてないんだけど???』
「い、いやその……成り行きで……」
『成り行きで食べるものじゃないよね!?あれは!!』
「そ、そこまでですか……?」
『そこまでだよ!!』
ばしん、と机を叩く音がスマホロトム越しに響く。
『あの子のお菓子はね、ただ美味しいだけじゃないの!なんていうかこう……安心する味っていうか……笑顔になっちゃうような味なの!』
少しだけ視線を逸らしながら、コルニはぼそりと続ける。
「……」
その言葉に、サイトウは少しだけ目を細めた。
「確かに……そうですね」
短く、静かに頷く。
「確かに……とても優しい味でした」
『でしょ……』
コルニも少しだけ落ち着いた声で返す。
だが次の瞬間、またぱっと顔を上げた。
『っていうかやっぱりおかしいよ!!』
「まだ続くんですか……」
『ジムチャレンジ止めてる理由!絶対なにかあるって!』
「……カブさんのジムで、心が折れてしまったと考えることも出来ますが」
『ないね、あの子のアブソルの粘り強さは私が良く知ってる。メガシンカも、ポケモンバトルも諦めないで最後までかんばる、そんな子だよ』
即答とも言える発言に、サイトウは一瞬だけ視線を落とす。
「……そうですか」
『あの子、私やチャンピオンと比べると弱いけど……ちゃんと強いからね。だからこそ、エンジンスタジアムでのアブソルの様子に違和感しか感じない』
「確かに、あれは……」
『攻撃は積極的に食らっているし、メガシンカだって使ってない。グレイシアもタイプ相性が悪いからって、あそこまでやられる筈はないよ。ターフスタジアムやターフスタジアムでのジムバトルを見れば分かるよ』
「なら、彼女が止まっているのは」
サイトウは静かに、言葉を選びながら続ける。
「“勝てないから”ではない」
『うん、きっと何か理由があると思う』
「ですが」
その声は、いつも通り落ち着いていた。
「無理に踏み込むべきではありません」
『……なんで?』
「彼女は、自分で立つことを選んだ人です。それを他人が奪うべきではない、そう思うんです」
『……』
少しの沈黙の後、コルニが小さく息を吐いた。
『……そっか』
目を瞑ったまま、落ち着いた声でコルニはそう呟いた。
『あの子、そういうとこあるもんね』
「ええ」
『……でもさ』
コルニは少しだけ、いたずらっぽく笑う。
『完全に放置ってわけじゃないでしょ?』
「当然です」
即答だった。
「もし本当に危険な状況であれば、その時は──」
サイトウの瞳に、一瞬だけ目に鋭さが宿る。
「ジムリーダーとして、対応します」
『……うん、それなら安心』
コルニはにっと笑う。
本当に姉のように接しているのだと、サイトウは感じた。
そしてそんな距離感が、少しだけ羨ましい。
『あー!本当に休みとってそっちに行こうかなぁ!』
「ふふ、コルニはシアンのお菓子を食べたいだけでは?」
『ち、違うし!?お姉ちゃんとして調子を見に行きたいだけだし!!』
「ふふ……どうでしょうね」
必死な様子のコルニに、ほんの少しだけ笑みが零れた。
『もう!サイトウちゃ~ん!』
騒がしい声が、部屋に響く。
サイトウは半ば呆れながら、スマホロトムの通話を切った。