BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
温泉に入り、疲れを癒したユウリは部屋に戻ると、すでに布団は二組敷かれていた。
「おかえりユウリ」
「あ、うん。ただいま」
湯上がりの体に、部屋の暖かさが心地いい。
もうアルバイトが終わったのか、シアンは先程までの着物ではなく、いつもの洋服に着替えていた。
シアンはハロンタウンで過ごしていたときみたいな、落ち着いた雰囲気を持っていた。
特に変わった様子は感じられない。
「温泉、どうだった?」
「すごく良かったよ。ちょっとびっくりしたけど」
「びっくり?」
「うん、ポケモン専用の温泉もあってさ。エースバーン達が喜びそうだなって」
「……あぁ、確かにそうだね。こんどゆっくりきた時に入ると良いかも、きっとユウリのポケモン達も喜ぶよ」
そう小さく笑うシアン。
その笑い方は、変わっていない筈なのにどこか違う気がした。
少しだけ、沈黙が落ちる。
「……ねえ、シアン」
気付けば、口が動いていた。
「最近、その……ジムチャレンジはどうしてるの?」
ほんの少しだけ、踏み込んだつもりだった。
ジムチャレンジに自信がないなら、応援したい。
ジムを突破したいなら、特訓を手伝ってあげたい。
最初は違った。
一緒にジムチャレンジ出来たなら、一緒にジムチャレンジ出来たなら、キャンプできたならきっと、楽しいと。
そんな思いが、今は変わっていた。
ジムチャレンジに戻って欲しい。
あの日のように、私とホップとシアンの3人で並んでいたい。
追い付いて欲しい、一緒にいたい。
そんな思いから、私は踏み込むことを選んだ。
シアンは一瞬だけ、目を伏せるとすぐに、何でもないように口を開いた。
「私ね、もう心が折れちゃったんだ」
「ぇ……」
「私ね、ポケモンバトルが苦手。ユウリ達には何回も言ってることだよね?だから自分で出来るポケモンバトルで、頑張ったんだ。」
シアンの話す自分の出来るポケモンバトル。
それはターフタウンのジムバトルで見たグレイシアのように、ポケモンに委ねると言うポケモンバトル。
トレーナーが明確な指示を出すものとは違い、技のみを指示しポケモンに避けるタイミングや攻撃を放つタイミングを委ねると言うもの。
「でも、これ以上は進めないみたいなんだ。」
「そんなこと!」
「あるよ、ユウリ達を応援してる私が一番分かってる。私の戦い方は……弱いから」
そんなことない、そう言いたいのに言葉が続かない。
聞きたいことは、もっと他にあったはずなのに。
もっと明るい話題だって、ある筈なのに。
「それに……ここで働くの、楽しいよ」
そっか。
私はようやく理解した。
「ごはんも美味しいし、皆優しいし……落ち着くんだ」
シアンの浮かべているこの笑顔に感じた、違和感。
「……うん」
「だから、もう少しここにいようかなって思ってる」
それは、完全に上に目指すこと諦めた達観したもの。
穏やかな声だった。
「……そっ、か」
それ以上、何も言えなかった。
その時部屋におかれていた、シアンのモンスターボールが揺れた。
「グレイシア?」
ボールから出てきたグレイシアは座るシアンの前に歩いてくると、私の方を見つめてきた。
じっと、何かを確かめるみたいに。
「……どうしたの?」
シアンが問いかけても、答えない。
ただ、ゆっくりとシアンの前に座る。
まるで、私にそれ以上踏み込ませないように。
「……ふふ、大丈夫だよ」
シアンが優しく笑いながら、グレイシアの頭を撫でる。
「今日は疲れてるでしょ、もう寝よっか」
「……うん」
灯りを落とし、布団に入って目を閉じる。
寝れなかった。
隣にいるはずなのに、どうしても遠く感じてしまう。
少しだけ迷って、私はシアンの布団に潜り込んだ。
布団に潜り込んだ私に、シアンがうっすらと目を開ける。
ぼんやりとしたまま、私を見る。
「んぅ?みゅう……」
アルバイトで疲れていたのか、薄く目を開いたシアンは凄く眠そうだった。
すぐにでも寝れそうな雰囲気のシアンは抱きついた、私の頭を抱え込むようにギュッと抱き締め返してくれた。
「大丈夫だよぉ、私はここにいる……から」
寝ぼけたままの声。
優しくて、少しだけ間の抜けた響き。
でもその言葉は、不思議なくらい胸にすっと落ちてきた。
「……あったかいねぇ」
……そっか、この子はきっとこういう子なんだ。
意識してなくても、誰かを安心させる言葉が出てくる。
自分がシアンにジムチャレンジして欲しいと思っていた気持ちの理由が分かった気がする。
私は、引っ越してガラル地方に来た。
別の地方、住み慣れた場所から全てが未知で全てが新しいくて心細い。
ホップと遊ぶのは楽しいけど、やっぱり元の地方にいた友人が、生活が、食事が恋しくなる。
そんなこの場所で、新たに引っ越してきたのがシアンだった。
私と同じ、他の地方から引っ越してきた女の子。
内気で、気弱。少しだけ引きこもり気質なところがあるけど、芯が強くて凄く優しい。
彼女と過ごすのが、凄く楽しかった。
ガラル地方特有の文化に、二人で驚きホップが解説してくれる。
そんな日常が、好きだった。
優しい雰囲気を纏うあの子の側が心地よかった、だから私はいつも、シアンの手を引いて外へと連れ出して遊んでいた。
私は、怖かったんだ。
このままジムチャレンジを進めることが、シアンを置いて私とホップだけが離れていくことが。
このままジムチャレンジを進んでいったら、もう会えないんじゃないかって。
「……シアン」
小さく名前を呼ぶ、もちろん返事はない。
もうシアンは眠っているから。
でも、それでよかった。
私はそっと目を閉じる。
隣を歩けなくなっても、進む道が違っても。
シアンと私はずっと友達だ。
変わらない、この関係とこの距離が変わることはないんだ。
なんで私は、シアンが離れていくことが異様に怖く感じていたのか、分からない。
でもきっと、もう大丈夫な気がした。