BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て―   作:クレナイハルハ

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STEP3─家族へと踏み出す一歩─

あれから、3日が過ぎた。

いつまでこうして入院しているのか分からない私は両親が用意してくれた絵本を眺めていた。

あれから、両親と私は気まずい時間を過ごしていた。

私は両親から元のシアンを奪ってしまったのかもしれないという罪悪感。

両親は前の私と今の私を比較し、比べてしまう自分たちへの嫌悪感だろう。

だからか、お見舞いに来てくれても両親は私に笑いかける時間よりも、医者と話している時間の方が長かった。

私がこうなったショックで、精神を病んでしまったのだろうか?

そんな心配と申し訳なさが、私の心を少しだけ苦しめる。

溜め息をつきながら『カルボウのぼうけん』と描かれた絵本を閉じる。

私の知らないポケモンの姿の映った絵本、前の私なら新作なのかと、興奮したかもしれないが今の私にとってはどうでも良いと思ってしまう。

就活生だった頃と比較するなら、間違いなく今の方がゆっくりのんびりと過ごす事が出来ている。

それなのに、感じている苦しさも大変さも就活生だった頃の方がまだ楽だったと思ってしまい溜め息をついた。

私にとって生きることは当たり前の事だった。

ご飯を食べて、勉強して、ゲームをして。

でも、今の私が過去の私のように生きられない

それは、苦しくて、重くて。

両親との距離が、少しずつ離れていく現実だった。

 

「シアンちゃん、たまには外の空気を吸いましょう?気分転換にもなるし」

 

額につけていたガーゼを処理しながら看護師さんが放った一言に、私は辛うじて「そう、ですね」と言葉を返した。

人と話すのも苦手な私にとって、急に話しかけられるのは慣れないもので、なんとか返した言葉は肯定とみられてしまったようだった。

屋上には簡素なベンチと、飛び取り防止とも見える低いフェンスだけ。

設置されたこじんまりとした花壇には、色とりどりの花が咲いていた。

 

少し冷たい風が頬を撫でる。

 

久しぶりに見る空は、どこまでも青くて……ただ、それだけだった。

 

「少しだけ席を外しますね。すぐ戻りますから」

 

看護師はそう言って、静かに扉の向こうへ消えていく。

一人きりになった屋上で、私は柵の近くまで歩いた。

落ちるつもりなんて、ない。

そんな勇気もない、そんな理由もまだ見つかっていない。

ただ柵に触れて目を瞑り、この世界に吹く風を感じる。

太陽の優しい日差しと、涼しい風が運ぶ新鮮な空気を深く吸い込んでから吐く。 

ここにいれば、少しだけ息がしやすい気がした。

風に揺れる髪を押さえながら、深く深く深呼吸する。

 

でも……何も、感じない。

 

楽なはずなのに、苦しくないはずなのに。

どうしてこんなにも、重たいのだろう。

 

私は、シアンだ。

 

そう思っているのに──。

 

誰の人生を生きているのか、分からなくなる。

 

「転生ってもっとこう、気楽なものだと思ってたんだけどな」

 

柵の上に乗せた腕に顔をうずめていると、背後からスタっと何かが落ちてきたような音が聞こえて顔を上げる。

 

「アブソル?」

 

ゆっくりと振り返ると、白い影が立っていた。

アブソルだった。

静かに、じっと、こちらを見ている。

アブソルは黙って此方へと歩み寄ると体を寄せてきた。

私は片手をアブソルに伸ばして、ゆっくりと撫でる。

指に触れる柔らかな毛並みと体温が、確かにそこにいると教えてくる。

 

「よかった、普通の時よりも回復に時間が掛かってるって聞いて心配してた」

 

小さくそう呟くと、アブソルはわずかに目を細める、心地良さそうに、安心した様子で。

そのまま、何も言葉は交わさない。

ただ隣にいるだけ、それが、心地よかった。

気を使われない、使わなくていい存在。

私は、そんな存在を強く求めていたような気がした。

 

その時、背後からバンッ、と勢いよく扉が開いた。

思わず体がビクリと跳ねる、恐る恐る振り返るとそこには息を切らした両親の姿があった。

 

「シアン!!」

 

両親の表情から、焦りと困惑が大きく感じ取れた。

どうして、そんなに慌てて?

両親の視線の先を追いかければまっすぐ、私。

正確には私の居る場所へ向けられる。

柵のすぐそば。

アブソルが来た理由を、私はなんとなく理解した。

 

きっと、()()()()()のだろう。

 

母の顔が、青ざめていく。

父は何かを言おうとして、言葉を失っていた。

その反応を見て、私はほんの少しだけ理解してしまう。

ああ、そうか。

この人たちには、そう見えるんだ。

私はゆっくりとアブソルの頭に手を置いたまま、小さく息を吐く。

 

「その、大丈夫だよ?」

 

そう言ってみても、その言葉はどこか空っぽで。

 

「どうしてこんなところに!」

 

「看護師さんと、その……ちょっと外の空気を吸いにいこうって」

 

「それどこんな場所に!?危ないでしょ!」

 

「……危なく、ないよ。私、ここで空をみてただけだから」

 

二人に、ちゃんと届いている気がしなかった。

 

その距離が、ひどく遠く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日、私は退院した。

おでこに出来た傷は、前髪がうまい感じに隠してくれるお陰か特に気にならない。

アブソルと家の部屋でゆっくりと本を読み、テレビをみる生活が続いた。

相変わらず、両親との距離は開いたままだった。

時間が解決してくれるかも知れないと、そう思っていたけどそんなことは無かった。

気が付けば家にある本を全部読み終わっていた。

近くに図書館があったことを思い出して外へ出掛けて様々な本を読んだ。

ポケモンについて。

ポケモンの関与する法律。

ポケモンをゲットする時のルール。

住んでいる地方について。

旅をする時に気を付けること。

次々と読破し、時にはアブソルと図書館に入り浸り知識を得ていった。

出かける際、外へ出掛けると聞き嬉しそうな表情を浮かべたお父さんは、行き先を聞いて固まり、ぎこちない笑顔で見送った。

家で図書館から借りてきた本を読んでいる私を見て、お母さんは目を逸らしパソコンでの在宅ワークを続けた。

これからどう生きていけばいいのか、どう行動するべきかを分からなくて、知識を蓄えていた。

 

「ねぇアブソル、私ね……家を出ていこうと思うんだ」

 

お父さんもお母さんも、これ以上私が原因で苦しむのは嫌だから。

 

私が理由で辛いなら、私がいなければいい。

 

この世界でこどもが10歳となると成人扱いとなり、旅に出る。

 

まだ5歳だけど、あまり変わらない。

 

「………」

 

「ねぇ、アブソル。アブソルは」

 

────私と一緒に居てくれる?

 

紡いでいた言葉を途中で飲み込む。

 

「っ、ごめんね……あなたも、前の私の方がいいよね」

 

ごめんね、あなたまで私は巻き込もうとした。

 

私のポケモン、と。

 

シアンの、あの人達のポケモンなのに私は勝手にそう思って考えていた。

 

図書館の隅、呼ばれたと思ったのか床で伏せていたアブソルが私へと頭を刷り寄せてくる。

私はそんなアブソルを頭から体へ流れるようにして撫でた。

 

アブソルは、何も言わない。

 

ただ、私のそばにいる。

 

それだけで、十分だった。

 

「……うん」

 

小さく、頷く。

 

それでいい、私は……決めたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、リビングにはお父さんとお母さんがいた。

 

「おかえり」

 

「えと……ただいま」

 

いつも通りのやり取り。

それだけのはずなのに、どこかぎこちない。

 

「今日は、どこ行ってたの?」

 

「図書館に……」

 

「そっか……えらいね」

 

その言葉に、少しだけ胸が引っかかった。

褒められるようなこと、してないのに。

会話は、そこで途切れる。

テレビの音だけが、部屋に流れている。

 

……やっぱり。

 

ここには、もう───いられない。

 

「ねえ、お父さん、お母さん」

 

私の言葉に、お父さんとお母さんは僅かに視線を彷徨わせると私へと視線を合わせた。

それを確認してから私は、何故か早く煩く鼓動する心臓を落ち着かせるために片手を胸に添えてから、出来るだけ自然な笑顔を作る。

 

「私、ここを出ていくよ」

 

瞬間、お父さんとお母さんが息を飲み込んだような音が聞こえた気がした。

お母さんは狼狽していて、お父さんは呆然としていた。

でも、私は言葉を続ける。

正直、体や足が震えるのが分かる。

声も、少しだけ揺れていた

 

「私ね、分かってるの。お父さんとお母さんが無理してること。前の私と、今の私を……比べてることも」

 

こういう話は昔から苦手だ、重くて苦しいのに、話さないと何も始まらない。

話すことは前世から嫌いだった。

話し方で、聞く人の状況や状態で受け取り方も変化する。

本当にめんどくさくて、苦しい。

 

「私はもうっ……お父さんとお母さんの知ってるシアンじゃいられないから」

 

一気に言ってしまえ、どう捉えられても。

 

「私を見るの、辛いんだよね、苦しいんだよね?それなら───」

 

私がこれからしようとしていることも、変わらないなら。

 

「私は、この家を出ていきます……それが、きっと一番いいと思うから」

 

言い切った瞬間、部屋の音が消えたような気がした。

二人は、すぐには何も言わなかった。

ただ、重たい沈黙だけがその場に落ちる。

 

「……なに、言ってるの……」

 

最初に声を絞り出したのは、お母さんだった。

でも、その声は震えていた。

 

「どうして、そんなこと……」

 

一歩、こちらに近づこうとして、でも足が止まる。

きっと、私が怖いんだ。

そうだよね、5歳の子供が自分の子供がそんなを話して来たら、怖いよね。

 

「あなた、まだ……っ」

 

お母さんの言葉が続かない。

そんなお母さんの代わりに、お父さんが低く言った。

 

「そんなこと、できるわけないだろ」

 

強い口調だった。

でも、それは怒りじゃなくて。

どこか、何かを必死に押さえつけているような声に思えた。

 

「まだ5歳なんだぞ……?」

 

私は小さく頷く。

 

「うん、分かってる。でも……このままここにいる方が、だめだと思うから」

 

お父さんとお母さんの表情が、揺れた。

 

「だってっ、お父さんもお母さんも……その、苦しそうだから」

 

そう言った瞬間、お母さんの顔がぐしゃりと歪んだ。

 

「違うの……!」

 

堪えきれなかったみたいに、お母さんの声がこぼれる。

 

「違うのよ、シアン……っ」

 

そのまま、ふらつくようにして一歩、また一歩と近づいてくる。

その目から涙を流して、申し訳なさそうに懺悔するように。

でも、確かに私へと向かって来る。

私の目の前で膝をついたお母さんは、私と同じような目線になっていた。

 

「私……あなたを見てたつもりで……」

 

涙を拭うことすらせず、縋るように震えた声で話すお母さんの姿をただその場から動かず見ていた。

 

「見てなかったの……前のシアンと、比べて……っ」

 

私は、見ていた。

何も言えず、黙ってお母さんを見つめていた。

 

「戻ってほしいって……思って……」

 

椅子から動けず座って固まっていた、お父さんも目を伏せていた。

 

「……俺もだ」

 

短く、絞り出すような震えた声。

 

「怖かったんだ」

 

「お前が……別人みたいで。どう接したらいいのか、分からなくて……」

 

ぎゅっと、拳を握る。

 

「でも、それで……お前を遠ざけてた」

 

その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。

 

……やっぱり、そうなんだ。

 

そう思ってしまう自分がいる。

でも、分かる気もする。

実際、私に友人がいたとしてある日を境にまるで別人のようになったなら、私はその人を……友人と呼べるのだろうか。

分からない、でもきっと私もお父さんとお母さんのように、怖くて、どう話をすればよいか分からなくて、遠ざけるのだろう。

 

「それでも!」

 

突然、目の前で項垂れて涙を流していたお母さんが声を上げた。

 

びくりと肩が揺れる。

 

「それでも……っ」

 

お母さんの手が、空中で一瞬だけ止まる。

迷うように、震える。

 

─────それでも。

 

次の瞬間、強く抱きしめられた。

 

「……ぅえ」

 

突然のことに、体が固まり動けない。

体を包む、懐かしいその感覚に体の力が……緊張で強張った体がほどけていくような。

 

「出ていくなんて、言わないで……」

 

肩に、温かいものが落ちる。

 

「あなたは……シアンなの……!」

 

ぎゅっと、離さないように力が込められる。

苦しいはずなのに、不思議と嫌じゃなかった。

 

「変わっても……どんな風になっても……シアンが私の子供なのは、変わらないの……!」

 

その言葉が、まっすぐ胸に落ちてくる。

遅れて、お父さんの腕も重なった。

大きな手が、頭に触れる。

 

「……ごめんな」

 

低くて、震えた声。

 

「ちゃんと、向き合ってなかった。お前のこと、見てるつもりで……見てなかった」

 

お父さんはそのまま、静かに続ける。

体を震わせ涙を流し、私を抱き締め続けるお母さんと一緒に、私を抱き締める。

 

「でも……これからは違う。ちゃんと見る、今のお前を……だからっ、いかないでくれ」

 

その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。

私は少しだけ戸惑う、でも自然と強張っていた体の力が抜けた。

逃げよう、逃げ出そうとしていたこの場所から離れるのが、少しだけ怖くなくなった気がした。

楽になったような気がした。

 

「……ほんとに?」

 

小さく、そう呟く。

震えた、泣きそうな子供みたいな声だった。

いや、今は子供なんだけど。

それでも。

 

「ほんとに、いいの?」

 

震えたまま、問いかける。

こんな私でも、前みたいな私じゃないのに。

ここにいても、いいの?

すると、お母さんは泣きながら何度も頷いた。

 

「いいの……!いていいの……!」

 

お父さんも、静かに頷く。

 

「あたりまえだろ」

 

少しだけ笑って、でもその目は赤かった。

 

「君は僕たちの娘、シアンだ」

 

お父さんの一言が、何よりも強くて優しかった。

気づけば、視界が滲んでいた。

 

ああ、そっか。

 

私……ここにいて良いんだ。

 

その日、私は子供のように泣いた。

ずっと、どこかで堪えていたものが、一気に溢れ出したみたいに。

啜り泣くのでも、涙を流すだけでもない。

小さな子供が、迷子になった子供が親と再会した時のような。

心細さから解放された、安心した子供のように泣いた。

 

 

 





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