BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
次の日、ファイナルトーナメントで乱入してきたビートとのバトルを終え、ジムリーダーとのバトルを勝ち上がっていくユウリの姿をスマホロトムで眺めながら、私はナックルスタジアムの城壁へと登っていた。
本当ならここには登っちゃいけない、正面からそれを頼み込むのも何のコネも持っていない私には不可能だ。
だから、ミュウに頼んでここにテレポートした。
ここならムゲンダイナが現れてすぐに奇襲をかけることが出来る。
一応、他の人に見られて通報だけはされないよう城壁の陰に隠れてその瞬間を待ち続ける。
スマホロトムで音声を消したファイナルトーナメントを見ながら、私はこれまでの日々を思い出していた。
シアンという少女に転生し、ロケット団に襲われて前世を思い出した。
家族の精神の安定等を考えて自分から離れようとした私を、お父さんとお母さんは私は私だと繋いでくれた。
スマホロトムに映っているダンデさんと向き合うユウリの姿に私は目を瞑り、深呼吸しながら立ち上がり、腰のベルトにつけていたモンスターボールを手に取る。
アブソル、グレイシア、マホイップ、ミュウ。
私がゲットし、一緒にいてくれるポケモン。
私と関わってくれた人達。
ユウリ、ホップ、マリィ、ソニアさんやサイトウサン、コルニ姉さん。
ほかにも私が出会ってきた沢山の人々が、私をこの未来へ繋いでくれている。
目の前にダイマックス特有の光を纏いながら浮かび上がってくるその存在。
伝説のポケモン、ムゲンダイナ。
ムゲンダイナは私を視界にいれたのか、その巨体を此方へと向けた。
私はボールを持つ手とは反対の手で服の内側へとしまっていたネックレスを外に出す。
この後、恐らくはダンデさんがここへ来る。
そしてその後に、まどろみの森の奥で見つけた"くちたけん"、"くちたたて"を拾ったユウリとホップが来る。
みんなが、傷付かないように。
みんなが少しでも消耗しないように。
手に握ったモンスターボールをムゲンダイナへと向けて構えると同時に宣言する。
勇気の一歩を、踏み出す。
「行こう、アブソル」
私の手から離れたモンスターボールが開き、現れたアブソルは大地を踏みしめ目の前のムゲンダイナを見据える。
ムゲンダイナが荒々しい咆哮をあげる。
その瞬間、空気が“重く沈んだ”。
息を吸うだけで肺が軋むような圧迫感。
生き物としての格の違いを、否応なく叩きつけられる。
ムゲンダイナの周囲に毒々しい見た目の球体が生成されていく、恐らく"ヘドロばくだん"だ。
「アブソル、避けながら"つるぎのまい"!」
「ルァッ!」
瞬間、アブソルは迫り来る"ヘドロばくだん"へと向かっていきながら、城壁の壁を使いながらステップを踏んで宙を舞う。
「アブソル!そのまま"つるぎのまい"を続けて、あなたのタイミングでサイコカッター!」
アブソルは迫り来るヘドロばくだんをつるぎのまいで城壁の足場を飛んで避けながら舞う。
かすめた毒の塊が城壁を抉り、石が音を立てて崩れ落ちる。
直撃していたら、無事では済まないだろう。
連続して放たれるヘドロばくだんを避けながら着地した瞬間、アブソルは大地を蹴って飛び上がりムゲンダイナへ向けてその前足を振るう。
放たれた紫色の光の斬撃がムゲンダイナへと飛んでいき、新たに生成されていたヘドロばくだんを切り裂いていく。
これでヘドロばくだんはこない、それ以外で警戒すべきはダイマックスほうとかえんほうしゃ。
ダイマックスほうは放つのに時間がかかると考えていい、ならやることは一つだ。
「アブソル!」
私は出していたネックレスの先についた装飾を両手で包むようにしてアブソルを見る。
久しぶりともいえるこの動作に、アブソルは僅かに驚いた様子だったが即座に、首に付けられたチョーカーに目を向ける。
「行くよ。私たちの、本当の全力で!」
一瞬だけ、世界の音が遠のいた。
私とアブソルだけが、この場にいるみたいな不思議な感覚のあとにアブソルは頷いた。
「ソル!」
掌に包まれたキーストーンが熱を帯びる、それと同時にアブソルのチョーカーに嵌められたアブソルナイトが光輝く。
アブソルナイトから生まれた光が、私の掌に包まれたキーストーンから生まれた光と混ざり、アブソルの体を大きな光で包む。
光でできた殻に、ピシッとヒビが入り一気に殻が弾け飛び、宙にDNAの二重らせん構造のような虹色に輝くメガシンカマークが浮かび上がる。
毛が伸びると共に逆立ち、大きな翼が生やしたメガアブソルがその体に溢れるメガシンカの力に咆哮をあげる。
「アブソル!ムゲンダイナの攻撃を避けつつ"つるぎのまい"、隙を見てサイコカッターをぶつけ続けて!」
アブソルへそう指示しながら、アブソルにムゲンダイナの攻撃が届かないよう胸の前で手を組んで祈る。
アブソルはそのきれいな翼を翻し、城壁を舞いながらその前足を振るいサイコカッターを放つ。
放たれた紫色の光の斬撃が、ムゲンダイナが宙へと生成したヘドロばくだんを次々と壊していく。
当然だがムゲンダイナも同じ行動を繰り返すだけじゃない、ヘドロばくだん以外にもかえんほうしゃを放つ。
「アブソル!避けられなかった"まもる"で耐えて!」
アブソルへと迫るかえんほうしゃ、アブソルはつるぎのまいで避けれないと考えたのかまもるで正面から受け止めようとした瞬間だった。
「ギルガルド、キングシールド!」
アブソルの前に空から盾が降ってきた、その盾は水色のハニカム状バリアを前面に張り、ムゲンダイナのかえんほうしゃを防いだ。
それと同時に私のとなりにバサッという翼が羽ばたく音と共に誰かが着地した音が聞こえた。
アブソルの前に滑り込んだギルガルド、そしてこの声。
「大丈夫か!って君は」
「……ダンデさん」
原作でも一番に駆けつけていたこの地方で無敗のチャンピオン、ダンデだ。
「君は……シアン、だったな」
ダンデさんの視線が、私とメガシンカしたアブソル、そしてムゲンダイナを一瞬で見渡す。
「ここは危険すぎる。君が立つ場所じゃない、バトルが苦手なんだろ、なら後はこの無敗のチャンピオンに任せてくれ」
低く、だが有無を言わせない声だった。
「俺はこのガラルを守るためにここにいる。君が背負う必要はない!それに、子供を戦わせて勝つなんて、チャンピオンの……いや大人がやることじゃない」
だけど、同時に背負いすぎているようなそんな気配も感じる。
無敗、チャンピオンという重い責任が、彼をここへ連れてきている。
その言葉に、ほんの一瞬だけ足が止まりそうになる。
怖い、逃げてしまえば、きっと安全だ。
ダンデさんなら、きっと何とかしてくれる。
このあとにユウリやホップがザシアンとザマゼンタを連れてくれば、後はもう大丈夫だ。
それが、一番正しい選択だと分かっている。
一瞬だけ、頭の奥が熱を帯びた。
懐かしい、祈りの感覚。
耳に響くブラックナイトによって生活を壊された人々の悲しみ、苦しみ、失った喪失感をあわせ持つ慟哭。
少しでも、人々が早く平和な生活を掴めるように。
武器を向け会うのではなく、互いの手を掴めるような平和を、求めて祈った。
でも、祈りでは解決できない事が多すぎた。
親を、子を、兄弟を奪われたものの憎しみという名前の傷は癒せない。
愛するその人がいない喪失感は埋められない。
だから、そんな人々を生み出すブラックナイトを沈めるために覚悟を決めた。
私の祈りから変化したあの子と共に、ブラックナイトへと対峙した。
脳裏に浮かぶ、ツキハギの前世。
口が、勝手に動いた。
「いえ、退きません」
自分でも驚くほど、静かで澄んだ声だった。
いつもの、少しだけ声が吃り、恐る恐る話す自分とは思えないほどに。
まるで、自分ではない誰かが喋っているみたいに。
「今世の英雄である貴方を、過去の私の未熟故に残してしまった遺物で苦しめるわけには」
一瞬だけ思考と口調がこの体の前世のものに戻っていた。
「……っ!?、ち、違……今の……その」
慌てて今の私の発言をどう撤回すべきか考えていると、ポカンとしていた
「今世の英雄……?」
一瞬だけポカンと口を開けたダンデさんだったが、すぐにあの自身に溢れた笑みを浮かべた。
「英雄か、ハハ!君は、凄く面白いことを言うな。でもそうだな、無敗のチャンピオンである俺が、ここに来た!だからもう何も心配いらない、君は早くここから逃げるんだ。君に何かあったらホップが悲しむからな」
「にっ、逃げません!私は私の……いえ、魂の未練を終らせるんです。ブラックナイトを沈め、未来を守りたいと祈った使命を終らせます。」
「そう、か。良く分からないが君の覚悟は伝わった。やっぱり君はホップ達のライバルになり得る力を秘めていたようだな」
そう言いながらダンデさんはモンスターボールを翳しギルガルドをモンスターボールへと戻す。
「行くぞ、リザードンッ!」
そして彼の背後に佇んでいたこの地方で一番有名で人気なポケモンであり前世でも大人気なオレンジ色のドラゴンポケモン。
リザードンが、ダンデの声に答えるように咆哮をあげる。
「言っておくが無理はするな、危ないと思ったらすぐに下がるんだぞ!」
「わ、分かってます。アブソル!」
私の言葉に、一瞬だけ此方へと視線を向けたアブソルは城壁を蹴って私の元へも戻ってきた。
「これがメガシンカしたポケモンか……さて、君の言う今世の英雄が何なのかしらないが、チャンピオンとして恥じない戦いをしてみせよう!」
ダンデさんは私の一歩前へと進むと、ユウリやホップがいつも見ていたテレビでの彼のように、声をあげる。
「さぁ、チャンピオンタイムだ!」
ダンデさんのリザードンと私のメガアブソルによるムゲンダイナとの、ガラルの運命を懸けた戦いが、今──幕を開けた。