BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
STEP35─終わりの続きから─
ユウリがチャンピオンになってから、少し時間が経った。
ユウリは新たなチャンピオンとしての手続きや、様々な情報誌からの取材やらと、毎日忙しく働いているらしい。
よく『電話して!癒して!おやつ作って~!』と連絡が来る。
ホップはソニアさんの元で博士の助手として勉強を頑張っている。『ポケモンの名前や生態、与えてはいけないものや危険な部分と覚えることが多くて大変なんだゾ!でもやりがいがあるから頑張る!』と前メッセージが来た。たまにソニアさんとホップへおやつにと作りすぎたクッキーやマカロンを差し入れている。
ビートさんはポプラさんにピンクと叫ばれながらもラテラルタウンアラベスクタウンの新しいジムリーダーとして、日々ピンクを磨いているらしい。
マリィさんもまたスパイクタウンの次期ジムリーダーとしてお兄さんであるネズさんと頑張っているとのこと。
ジムチャレンジを経て各々が自分の道を歩んでいるなか、私はというといつも通りの日常を過ごしていた。
いや、正確には少しだけ変わった日常だ。
「アブソル、どう?」
「ソル」
「ミューミュミュウ!」
部屋でいつものように眠るアブソル、そんなアブソルの見つめる先にあるのは、ポケモンの卵だ。
そんなポケモンの卵の回りを楽しそうに飛び回るミュウの姿は、何処か微笑ましさを感じる。
「シア」
「うん、今用意するね」
ハロンタウンにある家でスマホロトムでお菓子作りについての動画を見ていた私は、私の足をペシペシと前足で叩いて本日のおやつを求めるグレイシアに苦笑しながら冷蔵庫へ向かう。
「イプ?」
冷蔵庫を開けて目的のものを取り出していると、テーブルの上からポケモンの卵を遠巻きに見ていたマホイップが私の隣へとやってくる。
「昨日一緒に作ったやつ、良い感じに冷えたみたい」
「マーイップ♪」
出来上がったマホイップのクリームを使ったシュークリームに、マホイップが誇らしそうに、控えめに胸を張る。
シュークリームをグレイシアへと差し出せば、グレイシアはシュークリームの乗った皿の手前で横になり、顔だけを動かしゆったりとシュークリームを楽しんでいる。
どうやらグレイシアは、ポケモンの卵より自分のおやつが大切らしい。
手持ちのポケモンは増やす予定はない、そう考えていた私がどうしてポケモンの卵を持っているのか。
それはマグノリア博士からの依頼だからだ。
ポケモンの卵を孵化させて欲しい、アルバイトみたいなものだからもちろんお礼もする。
そう言われ私はポケモンの卵をこうして育てている?のだ。
こういうのは、私じゃなくてホップやユウリが任せられると思うんだけど、どうやら二人が忙しそうだから、二人よりは忙しくなさそうな私に話が来た………とソニアさんが話してくれた。
「何のポケモンが生まれるのかな……」
ゲームならポケモンの卵を手持ちにいれた状態で決められた歩数を歩いたときに生まれるわけだが、現実ともなればそれが正しいとは限らない。
まぁ、この世界で試したことがある人はいないかもだけど。
そんなことを思いながら、ココアでもいれようかとマグカップを手に取った時だった。
ピシッ!と何かに罅が入ったような音が聞こえた。
え!?嘘、このマグカップお気に入りなのに!?慌てて自分のマグカップを見るが何処にも罅や掛けている所が見つからず安堵する。
「ミュー!ミュミュミュ!!」
するとミュウが私のもとへと勢い良く飛んでくると慌てた様子でボールの方を指差す。
見ればアブソルが近くで見守っていた卵に罅が入っており、まるで中で誰かが暴れていると錯覚するほどに震えている卵が見えた。
「う、生まれるの!?」
急いでマグカップを取りこぼしそうになるが、なんとかキャッチして卵の元へと向かう。
手持ちのポケモン達と卵からポケモンが生まれる瞬間を見つめる。
どんどんとひび割れていく卵。
もう崩れても可笑しくない筈だ。
見れば食べ掛けのシュークリームを放って卵の側に向かうグレイシアと慌てた様子でワタワタするマホイップ。
いつも通り、卵を見つめる静かなアブソル。
ワクワクなのか、緊張なのか不安になりながらも、深呼吸をしてから胸元のネックレスを両手で包むように手を組む。
無事に、そして強く生まれることを祈る。
みんなが、君を待ってるよ。
この世界に君が生まれることを、君が産声を上げるその時を。
君も踏み出そう
勇気を出して、この世界へ。
そう思っていた次の瞬間、卵の揺れが止まった。
先程の暴れようが嘘のように、静かに硬直した卵に、思わず何かがあったんじゃないかと近付き、破れそうな卵の罅へと触れようとした時だった。
次の瞬間。
パキンッ!!
限界までひび割れた殻が、内側から弾けた。
「カァァァッ!!」
その声は、小さな体からは考えられないほど鋭くまるで刃のように空気を裂いた。
勢い良く飛んで来る卵に、思わず顔を庇いながら尻餅をつく。お尻から感じる痛みと衝撃。
痛みに悶えながらも、卵があった場所を見つめる。
そこに立っていたのは、ラルトスくらいの大きさの、見たことない赤いポケモンだった。
まるで前世で見たことのある騎士のような格好をした子供の様な赤いポケモン。
何より、そのポケモンの目……赤い炎と、青い炎。
左右でまるで別の命のように揺れる、その瞳。
前世なら絶対に色々なポケモン好きから好かれそうな見た目をしているそのポケモンに、私は固まって動けなかった。
「カァ!カルカル!!」
元気良く声を上げるポケモン。
頬に、じわりと熱を感じた。
違和感に触れてみると、赤い液体が指につく。
「血っ……!?」
慌てて近くのティッシュで頬に伝う血を拭い傷口と思われる場所を押さえる。
恐らくはさっき弾けとんだ卵の殻が頬を薄く切ってしまったようだ。
そして先程まで元気に鳴いていたポケモンの声が聞こえず、気になって先程生まれたポケモンの方を見る。
そこには私に背中を向けたアブソルと、そんなアブソルに並ぶように妙に威圧感のある笑顔をするグレイシアがおり、対面している赤いポケモンは片足を引いて怯えたような表情を浮かべていた。
先程までのマイペースな二人からは考えられない行動に驚いていると、ミュウが此方へと向かって飛んでくると私の頬に手を触れる。
ミュウの手に淡い緑色の光を纏っていた、慌ててスマホロトムの自撮り機能で顔を確認する。
先程まであったのだろう切り傷が消えて、擦れた血のあとが残った顔があった。
「回復技?で治してくれたの?ありがとう」
「ミュウー……」
安心した様子のミュウの頭を撫でつつ、生まれたポケモンの姿をスマホロトムで撮影しマグノリア博士へと通話をかける。
これで孵化したことの報告にもなるし、このポケモンの名前も分かるかも。
ソニアさんか、マグノリア博士が名前等を教えてくれないかな。
あと、生まれたこのポケモンがどうすればよいのかな?孵化させて欲しいとしか聞いていないし。
『もしもし』
「マ、マグノリア博士。シアンです、その以前に依頼された卵が孵化して、知らないポケモンが生まれたんです。写真を送るので教えて貰えませんか?」
そう言いながら撮影したポケモンの写真を送る、既読が着いたのを確認してスマホロトムを耳元へ戻す。
『ふむ、これは
落ち着いた声でそう告げるマグノリア博士に、私は少しだけ肩の力を抜いた。
「カルボウ……やっぱり、見たことないポケモンです」
『ああ。パルデア地方に生息しているポケモンでね。焼けた木炭に命が宿った存在だと言われている。あとこのポケモンがモチーフの絵本が出ていてね、子ども達には人気らしいわ』
「へぇ……あ」
そういえば、この世界で初めて目を覚ましたあと病院で読んだことがあった気がする。
博士の説明を聞きながら、私はもう一度そのポケモン……カルボウへと視線を向ける。
相変わらずアブソルと向き合ったままで、どこか助けを求めるようにこちらを窺っているが、目が合うと助けられる必要はないとばかりにアブソルへと向き直る。
あ、また後ずさった。
「あの……博士」
『なんだい?』
「カルボウの目って、左右で違うんですね」
『目?』
「これなら、確かに子どもからも人気なのかなぁって思って」
『少し待ちなさい!』
「ひぅっ!?な、なんですか?」
『今、カルボウの目が左右で違うと……そう言いましたか』
「は、はい。えっとビデオカメラ機能にして……スマホロトム、お願い」
スマホロトムが浮遊して手から離れ、カルボウの方へと向かい、ちょうどアブソルとカルボウの間へと入りカメラをカルボウへと向ける。
赤と青、まるで別の性質を持つ炎が、その瞳の中で揺れている。
『……これは……』
小さく、息を呑む音が聞こえた。
『シアン。その個体、少しおかしいね』
「え?」
胸の奥が、ざわりと揺れる。
『通常のカルボウは、瞳の色は黄色い炎なの。そして色違いと呼ばれる個体の目は青い炎なんだよ』
『少なくとも普通じゃないことは確かだね、調べるにしてもガラル地方ではカルボウについて詳しい事を調べるのは難しいだろうね』
「じゃ、じゃあこの子は……」
『……一度、その子がいる地方にいる専門の研究者に見せた方がいいね』
「専門の……?」
『ああ。パルデア地方にグレープアカデミーという学校があるんだけど、そこの教師にポケモンの生態系を研究さていた人がいるのさ。』
ぐ、グレープアカデミー?フルーツの名前の学校があるなんて、凄く変な感じ。
流石はポケモンの世界だ、それにパルデア地方という地方は前世では聞いたことがない場所だ。
本当にこの世界はゲームのようにガラルの他に知っている地方しかないと思っていたけど、他にも沢山私の知らない地方があるのなもしれない。
『そこの校長とは顔見知りでね、頼めば調べて貰えるかもしれないわ』
「じゃあ、後はこの子をその人のところに転送すれば良いんですか?」
そう言った瞬間、通話の向こうで小さく息を吐く音が聞こえた。
『……いや、それは少し違うね』
「え?」
予想していた答えと違う返答に、思わず間の抜けた声が出る。
『そのカルボウはね、本来なら
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
『今回の卵の件は、ただの孵化依頼ではなくてね。適性を見る意味もあったのさ』
「適性……?」
『そう。どんな環境で孵るのか、どんなトレーナーと最初に出会うのかで、ポケモンは大きく変わるからね』
マグノリア博士の言葉に、私はゆっくりと視線をカルボウへと向ける。
アブソルに追い詰められながらも向き合いながら、こちらを気にしている赤と青の瞳。
『だから本来なら、そのまま君に預けるつもりだった』
「わ、私に……?」
手持ちは増やさない、そう決めていたはずなのに。
『だが』
一拍、間が置かれる。
『その個体は想定外だ。あの瞳、放っておくのは危険かもしれない。異常がない可能性もあるけど見て貰うに越したことはないだろう?』
確かに、この見た目が普通じゃないならアニメやゲームで見た組織やポケモンハンターに狙われても可笑しくないのかもしれない。
この子が、昔の私やアブソルのように理不尽な悪意にさらされる、それは、なんだか嫌だ。
『だから転送ではなく』
少しだけ、マグノリア博士の声の調子が変わった。
『シアン。君自身が、その子を連れてパルデア地方へ向かってほしいの』
「……え?」
それは想定外の反応だった。
頭が真っ白になる。
『グレープアカデミーの校長……クラベルに話は通しておくわ。短期留学という形で受け入れてくれるはずよ』
「りゅ、留学……!?」
思わず聞き返す。
いやいや、話が飛びすぎじゃない?
さっきまで私は、いつも通りの日常を過ごしていただけで。
博士に頼まれていた卵が孵って、ちょっと変わったポケモンが生まれた。
それだけのはずだったのに。
『もちろん、強制ではないよ』
博士の声が、少しだけ柔らかくなる。
『だが、そのカルボウ……君を見ている』
言われて、チラリと視線を向ける。
カルボウはもうアブソルから目を逸らし、真っ直ぐにこちらを見ていた。
赤と青の炎が、静かに揺れている。
『あの子は、既に君を“最初のトレーナー”として認識している可能性が高い』
「……」
『それに』
ほんの少しだけ、楽しそうな響きが混じる。
『君自身も、少し気になっているんじゃないかい?その子のことが』
その言葉に、思わず言葉を失う。
確かに、この子の事は凄く気になっている。
この見た目だきっとカッコ良い進化をするに違いないし、何よりオッドアイ。
色違いとは違う何かを抱える怖さもある。
それでも、カルボウが私やアブソルのように悪意のある人に捕まえられることは嫌だと、守りたいとも思った。
まぁ、私は弱いんだけどね。
「……はい」
気付けば、そう答えていた。
『なら、決まりだね』
あっさりとした声。
『準備はこちらで進めておくよ。パルデア地方への飛行機の用意や手続き、アカデミーへの連絡もね』
「え、あ、ちょっと待ってください!?」
話がどんどん進んでいく。
『心配はいらないわ、短期留学の学費は私が払うしこの件は貴方のお母さんには連絡しておくわ。貴方はもっと広い世界を見るべきだと思うわ、私の老婆心だが受け取ってくれるかい?』
よ、余計なお世話ですだなんて……いえない。
ありがた迷惑だなんて、いえない!
私は家でずっとお菓子作りの練習をしたり、みんなとのんびりゆっくりと過ごしたかったのに……ガラルでの物語も終わって安心して過ごせると思ったのに……あれ?
そういえば本編が終ったけど、まだソッドとシルディのシーソーコンビによる事件がまだ始まってない……よね?
この世界には英雄……ザシアンやザマゼンタを良く思っていない貴族である彼らが、その過去の教えを継いでいたならどうなる?
自分達が追放した聖女と似た事をした私を狙わないという可能性は否定できない。
きっと、巻き込まれる?
そんなの、もうごめんだ。
主人公じゃない私をこれ以上は巻き込まないで欲しい……待てよ?
これはチャンスだ、このまま他の地方へ行けば私はシーソーコンビの起こす事件から巻き込まれることはないし、原作を壊すこともない。
かなり、良いのでは?
「い、行きます」
『なら、早速用意をしないとね。旅の準備をしとくんだよ、ジムチャレンジで使ったものはまだ取っておいてるだろ?念のため持っていきな』
「は、はい……」
通話を切り一息着いていると、アブソルやグレイシアから逃れられたのか、それとも終ったのか此方へと向かってくるカルボウが見えた。
「カ、カァ……」
どこか不器用に、けれど真っ直ぐに此方を見ながら恐る恐ると手を差し出す姿は、まるで「あー……なんだ、よろしくな」そう言われているような気がした。
「そ、その…よろしく、ね?」
そう言いながら私は恐る恐るカルボウの手を取った。
知らない地方、知らない学園だけど。
勇気をだして、行ってみよう。
ユウリにホップ、シーソーコンビは任せたよ。
「みんな、一緒に来てくれる?」
「ソル」
「シア……」
「イップ!」
「ミュミュ!」
私の言葉に、アブソルは「当たり前だ」と言うように頷きグレイシアは「仕方ないわね……」とため息を着き、マホイップは「いくよ!」と声をあげ、ミュウは「楽しそう!」とばかりに笑顔で部屋を飛び回る。
こうして、私はガラル地方を離れ見たことも聞いたこともない未知の地方、パルデア地方へと向かう事になった。
これは私が踏み出す新しい、勇気の一歩。
知らない地方で紡がれる、新たな物語だ。
────数日後。
窓の外に広がるガラルの街並みが、ゆっくりと遠ざかっていく。
隣で、カルボウが静かに窓の外を見つめていた。
「……行こう」
小さく呟いたその言葉は、誰に向けたものだったのか、自分でも分からなかった。
不安な心と同時に感じる、知らないポケモンの地方へと向かうワクワクを胸に私は旅に出る。
パルデア地方へ。