BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て―   作:クレナイハルハ

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STEP36─はじまりの階段─

機体がわずかに揺れ、ゆっくりと高度を下げていく。

窓の外に広がるのは、見たことのない景色だった。

 

「……広い」

 

思わず、そんな言葉が零れる。

ガラルとは、どこか違う。

いや、それだけじゃない。

まるで、前世で遊んだポケモンの世界そのものみたいに。

草原、砂漠、渓流、海、そして雪山。

異なる気候と自然が、ひとつの大地に同居している。

発展した街並みの中に、古い建造物が静かに残っているのも印象的だった。

 

「……あれ」

 

視線の先、地方の中央にとも言える場所にひときわ目立つ山がそびえている。

あれは火山……なのだろうか?

飛行機を降りて、学園へと向かうそらをとぶタクシーに揺られグレープアカデミーへと向かう。

カルボウ、瞳の色が変なだけで進化とか性質とか……異常が無いと良いんだけど。

 

「カァ……」

 

そんなことを考える私の隣で、カルボウが窓に手をついて外を見つめている。

赤と青、異なる二つの炎が静かに揺れていた。

 

「……ここがパルデア、あなたの故郷なんだって」

 

そう声をかけると、カルボウは小さく頷くように鳴いた。

けれど、その視線はどこか落ち着かない。

初めての場所に戸惑っているのか、それとも懐かしい何かを感じているのか。

スマホロトムが小さく音を立てた。

 

『現在地、パルデア地方。地図データを更新します』

 

「あ、便利……これなら迷わない……よね?」

 

表示されたマップは、ガラルとは全く違う形をしていた。

見たことのない地名、知らない町。

本当に、知らない場所に来たんだなって実感する。

そんな感傷に浸っていると、タクシーが停車した。

 

「ついたぜお客さん!グレープアカデミーのある町、テーブルシティさ!」

 

「あ、ありがとうございます。降ります」

 

タクシーを降りた、その瞬間。

乾いた空気が、ふわりと肌を撫でた。

 

「……ちょっと、違う」

 

空気も、匂いも、音も。

全部が、ガラルとは違う。

 

「カルボウっ!」

 

そう呼びかけた時には、もう遅かった。

小さな赤い背中が、先に飛び出している。

 

「ま、待って!」

 

慌てて運転手に代金を渡し、後を追う。

見つけたカルボウは、忙しそうに周囲を見渡していた。

 

「ひとりで出たら危ないよ。ほら、ボールに」

 

モンスターボールを取り出す。

けれど。

 

「カァ!」

 

カルボウはそれを拒むように、ぷいっと顔を背けた。

 

「……え?」

 

一瞬、言葉を失う。

 

これまでの手持ちで、こんな反応はなかった。

これまで私が手持ちにしてきたポケモンの中でもモンスターボールに入りたがらない、というのは初めてだった。

こんなの、アニメのピカチュウぐらいしか見たことがないよ………。

しかもこの子は、ただでさえ目立つ。

赤と青、二つの炎の瞳だ、珍しい目をしてるカルボウを持っていたらどう思われるのか、考えたくもない。

その時だ、カルボウの動きが、ぴたりと止まった。

 

「……?」

 

さっきまで落ち着きなく動いていたのに。

まるで、何かを見付けたみたいに。

 

「カァ……」

 

小さく鳴きながら、ある方向を見つめている。

その視線の先にあるのは、大きく長く続く階段。

そして階段の先にある大きなモンスターボールの装飾が特徴的な大きな建物があった。

スマホロトムで調べた通りから、あの学校がグレープアカデミー……なのかな。

 

「グレープアカデミーに行くから、えっとどうしよう」

 

抱き抱えるのは嫌だろうし、ピカチュウみたいに肩に乗って貰う?

いや、一緒に歩くしか……。

 

「肩に乗る?のは、嫌か。じゃあ歩こう」

 

肩に乗るか聞くと、先程と同様に顔を背けるので声をかける。

カルボウがピョンピョンと階段を駆け上がっていく。

 

対して。

 

「……」

 

私は一歩目で、すでに嫌な予感がしていた。

 

いや、これ……長くない?

 

見上げる。

長い。とにかく長い階段。

 

「……これ、昇るの?」

 

「カァ!」

 

当然だろ、とでも言うように鳴くカルボウ。

 

「いや、待って、ちょっと……」

 

数段昇っただけで、息が上がる。

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

カルボウは少し先で立ち止まり、こちらを振り返る。

 

「カァ」

 

明らかに、急かしている。

 

……今、完全に“遅い”って言ったよね!?

 

「……」

 

階段の途中、ふと視線を横に逸らす。

壁の端に、何かのマークが描かれていた。

ほしの絵?いや、落書き?……なんだろう、これ?

気にするほどでもないはずなのに、なぜか少しだけ、引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の一段を、どうにか踏み越える。

両手を膝に乗せて深呼吸する。

 

「はぁ……はぁ……」

 

足が、重い。というかもう上がらない。

この学園に通う人はみんなこんな風に階段を上って登校してるの?

大変すぎるよ、もうカルボウに異常が無いか調べてもらってすぐに帰りたい。

息を整えながら顔を上げると恐らくは校舎の入り口?らしき場所に目立つ人が人が立っていた。

腰にはプレミアムボールを6つ着け、メガネをかけた紫色の服を着た白髪の初老の男性。

姿勢の良い立ち姿と雰囲気は、学校の先生みたいか雰囲気がある。

この学園の先生?なのかな。

そんな事を考えていると、目があった。

穏やかな声、柔らかく微笑んでいるの姿に不思議と安心感を感じる。

 

「シアンさんですね、マグノリア博士からお話はお伺いしております」

 

「そ、そうです。あ、貴方は……」

 

「話すのは呼吸を整えてからで構いませんよ。長旅はお疲れでしょう。私はこのグレープアカデミーの校長を務めております、クラベルと申します」

 

この人、校長先生だったんだ……確かに言われるとそんな感じがする。

 

「シアン、です。カルボウの件で、お世話になります。」

 

「此方こそ、我が校への短期留学を考えて下さりありがとうございます、どうかシアンさんにとって実りのある学園生活を祈っています。何かを困ったことがあったら何でもおっしゃってください」

 

あまりにも丁寧な対応に少しだけ恐縮してしまう。そんなことを思っていると、クラベルさんの目線が私から私の足元へと移動している。

目線の先をみれば、腕を組んでつまらなそうに此方を見ているカルボウがいた。

 

「シアンさん、その子が……」

 

「はい、目の色がそれぞれ違うカルボウです」

 

クラベルさんはしゃがみ、カルボウへと視線を合わせる。

 

「……なるほど」

 

穏やかな声。

 

だが、その視線はほんのわずかに長かった。

 

「珍しい個体のようですね」

 

それ以上は、何も言わない。

 

「まずは専門の者に見てもらいましょう。幸い、この学園には適任がおりますので」

 

「は、はい」

 

「あと、この子は少々目立ちます」

 

「……はい」

 

「パルデアは様々な人が行き交う場所ですので、念のため、目立たないようにしておく方が安心でしょう」

 

「そ、そうなんですけどこのカルボウ……ボールに入れられるのが嫌みたいで拒否されてしまって……」

 

「それならば仕方がありませんね。この子の意思を尊重し、このまま参りましょう」

 

そう言ってクラベルさんは立ち上がると、ゆっくりと、背を向けて歩き出す。

 

「グレープアカデミーへようこそ、シアンさん」

 

その言葉に、ほんの少しだけ足が止まる。

ここから先は、ガラルじゃない。 知らない地方で、知らない人たちと過ごす日々。

 

「……はい」

 

小さく頷き、私はその背中を追いかける。

一歩、また一歩と踏み出すたびに、胸の奥で何かが静かに動き出す。

不安もある。

でも、それ以上にほんの少しだけ、楽しみだと思っている自分がいる。

隣では、カルボウが歩調を合わせるように並ぶ。

 

「カァ」

 

短く鳴くその声に、思わず視線を落とす。

カルボウは、前を見ていた。

この広い世界を、そしてこれから進む道を。

赤と青、二つの炎が揺れるその瞳は、まるで迷いを知らないみたいに真っ直ぐだった。

 

「……行こう」

 

小さくそう呟くと、カルボウは応えるように一歩踏み出した。

 

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