BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
機体がわずかに揺れ、ゆっくりと高度を下げていく。
窓の外に広がるのは、見たことのない景色だった。
「……広い」
思わず、そんな言葉が零れる。
ガラルとは、どこか違う。
いや、それだけじゃない。
まるで、前世で遊んだポケモンの世界そのものみたいに。
草原、砂漠、渓流、海、そして雪山。
異なる気候と自然が、ひとつの大地に同居している。
発展した街並みの中に、古い建造物が静かに残っているのも印象的だった。
「……あれ」
視線の先、地方の中央にとも言える場所にひときわ目立つ山がそびえている。
あれは火山……なのだろうか?
飛行機を降りて、学園へと向かうそらをとぶタクシーに揺られグレープアカデミーへと向かう。
カルボウ、瞳の色が変なだけで進化とか性質とか……異常が無いと良いんだけど。
「カァ……」
そんなことを考える私の隣で、カルボウが窓に手をついて外を見つめている。
赤と青、異なる二つの炎が静かに揺れていた。
「……ここがパルデア、あなたの故郷なんだって」
そう声をかけると、カルボウは小さく頷くように鳴いた。
けれど、その視線はどこか落ち着かない。
初めての場所に戸惑っているのか、それとも懐かしい何かを感じているのか。
スマホロトムが小さく音を立てた。
『現在地、パルデア地方。地図データを更新します』
「あ、便利……これなら迷わない……よね?」
表示されたマップは、ガラルとは全く違う形をしていた。
見たことのない地名、知らない町。
本当に、知らない場所に来たんだなって実感する。
そんな感傷に浸っていると、タクシーが停車した。
「ついたぜお客さん!グレープアカデミーのある町、テーブルシティさ!」
「あ、ありがとうございます。降ります」
タクシーを降りた、その瞬間。
乾いた空気が、ふわりと肌を撫でた。
「……ちょっと、違う」
空気も、匂いも、音も。
全部が、ガラルとは違う。
「カルボウっ!」
そう呼びかけた時には、もう遅かった。
小さな赤い背中が、先に飛び出している。
「ま、待って!」
慌てて運転手に代金を渡し、後を追う。
見つけたカルボウは、忙しそうに周囲を見渡していた。
「ひとりで出たら危ないよ。ほら、ボールに」
モンスターボールを取り出す。
けれど。
「カァ!」
カルボウはそれを拒むように、ぷいっと顔を背けた。
「……え?」
一瞬、言葉を失う。
これまでの手持ちで、こんな反応はなかった。
これまで私が手持ちにしてきたポケモンの中でもモンスターボールに入りたがらない、というのは初めてだった。
こんなの、アニメのピカチュウぐらいしか見たことがないよ………。
しかもこの子は、ただでさえ目立つ。
赤と青、二つの炎の瞳だ、珍しい目をしてるカルボウを持っていたらどう思われるのか、考えたくもない。
その時だ、カルボウの動きが、ぴたりと止まった。
「……?」
さっきまで落ち着きなく動いていたのに。
まるで、何かを見付けたみたいに。
「カァ……」
小さく鳴きながら、ある方向を見つめている。
その視線の先にあるのは、大きく長く続く階段。
そして階段の先にある大きなモンスターボールの装飾が特徴的な大きな建物があった。
スマホロトムで調べた通りから、あの学校がグレープアカデミー……なのかな。
「グレープアカデミーに行くから、えっとどうしよう」
抱き抱えるのは嫌だろうし、ピカチュウみたいに肩に乗って貰う?
いや、一緒に歩くしか……。
「肩に乗る?のは、嫌か。じゃあ歩こう」
肩に乗るか聞くと、先程と同様に顔を背けるので声をかける。
カルボウがピョンピョンと階段を駆け上がっていく。
対して。
「……」
私は一歩目で、すでに嫌な予感がしていた。
いや、これ……長くない?
見上げる。
長い。とにかく長い階段。
「……これ、昇るの?」
「カァ!」
当然だろ、とでも言うように鳴くカルボウ。
「いや、待って、ちょっと……」
数段昇っただけで、息が上がる。
「ぜぇ、ぜぇ……」
カルボウは少し先で立ち止まり、こちらを振り返る。
「カァ」
明らかに、急かしている。
……今、完全に“遅い”って言ったよね!?
「……」
階段の途中、ふと視線を横に逸らす。
壁の端に、何かのマークが描かれていた。
ほしの絵?いや、落書き?……なんだろう、これ?
気にするほどでもないはずなのに、なぜか少しだけ、引っかかった。
最後の一段を、どうにか踏み越える。
両手を膝に乗せて深呼吸する。
「はぁ……はぁ……」
足が、重い。というかもう上がらない。
この学園に通う人はみんなこんな風に階段を上って登校してるの?
大変すぎるよ、もうカルボウに異常が無いか調べてもらってすぐに帰りたい。
息を整えながら顔を上げると恐らくは校舎の入り口?らしき場所に目立つ人が人が立っていた。
腰にはプレミアムボールを6つ着け、メガネをかけた紫色の服を着た白髪の初老の男性。
姿勢の良い立ち姿と雰囲気は、学校の先生みたいか雰囲気がある。
この学園の先生?なのかな。
そんな事を考えていると、目があった。
穏やかな声、柔らかく微笑んでいるの姿に不思議と安心感を感じる。
「シアンさんですね、マグノリア博士からお話はお伺いしております」
「そ、そうです。あ、貴方は……」
「話すのは呼吸を整えてからで構いませんよ。長旅はお疲れでしょう。私はこのグレープアカデミーの校長を務めております、クラベルと申します」
この人、校長先生だったんだ……確かに言われるとそんな感じがする。
「シアン、です。カルボウの件で、お世話になります。」
「此方こそ、我が校への短期留学を考えて下さりありがとうございます、どうかシアンさんにとって実りのある学園生活を祈っています。何かを困ったことがあったら何でもおっしゃってください」
あまりにも丁寧な対応に少しだけ恐縮してしまう。そんなことを思っていると、クラベルさんの目線が私から私の足元へと移動している。
目線の先をみれば、腕を組んでつまらなそうに此方を見ているカルボウがいた。
「シアンさん、その子が……」
「はい、目の色がそれぞれ違うカルボウです」
クラベルさんはしゃがみ、カルボウへと視線を合わせる。
「……なるほど」
穏やかな声。
だが、その視線はほんのわずかに長かった。
「珍しい個体のようですね」
それ以上は、何も言わない。
「まずは専門の者に見てもらいましょう。幸い、この学園には適任がおりますので」
「は、はい」
「あと、この子は少々目立ちます」
「……はい」
「パルデアは様々な人が行き交う場所ですので、念のため、目立たないようにしておく方が安心でしょう」
「そ、そうなんですけどこのカルボウ……ボールに入れられるのが嫌みたいで拒否されてしまって……」
「それならば仕方がありませんね。この子の意思を尊重し、このまま参りましょう」
そう言ってクラベルさんは立ち上がると、ゆっくりと、背を向けて歩き出す。
「グレープアカデミーへようこそ、シアンさん」
その言葉に、ほんの少しだけ足が止まる。
ここから先は、ガラルじゃない。 知らない地方で、知らない人たちと過ごす日々。
「……はい」
小さく頷き、私はその背中を追いかける。
一歩、また一歩と踏み出すたびに、胸の奥で何かが静かに動き出す。
不安もある。
でも、それ以上にほんの少しだけ、楽しみだと思っている自分がいる。
隣では、カルボウが歩調を合わせるように並ぶ。
「カァ」
短く鳴くその声に、思わず視線を落とす。
カルボウは、前を見ていた。
この広い世界を、そしてこれから進む道を。
赤と青、二つの炎が揺れるその瞳は、まるで迷いを知らないみたいに真っ直ぐだった。
「……行こう」
小さくそう呟くと、カルボウは応えるように一歩踏み出した。