BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て―   作:クレナイハルハ

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STEP37─ようこそ、学びの庭へ─

クラベルさんを追って学園の廊下を歩く。

ふと、カルボウから視線を外して周囲を見渡した。

広い廊下。行き交う生徒たち。

楽しげな声、笑い声、どこかで交わされるバトルの話。

大きな学校だからか、そのすべてが混ざり合って、空気そのものが賑やかに感じられた。

知らないはずなのに、どこか懐かしい。

そんな不思議な感覚が胸の奥に広がる。

 

「まず、カルボウさんのことを診ていただきましょうか」

 

穏やかな声と共に、クラベルさんが一つの部屋の前で足を止めた。そのまま扉を開き、中へと入っていく。

続こうとしてふと、中の様子が目に入った。

テーブルに向かい、書類やパソコンに向き合う大人たち。

整然と並ぶ机と椅子。

既視感しかない、具体的に言うならば12年程みたことがある。

入り口に書かれている札を確認する。

そこにあったのは職員室という前世で、何度も見てきた場所。

呼び出されるか、用事を言い渡されるかどちらにしても、あまり良い記憶のない空間だった。

 

「し、失礼しますっ」

 

意を決してノックし、少しだけ声を張って中へ入る。自然と背筋が伸びてしまうのは、きっと気のせいじゃない。

 

そんな私とは対照的に。

 

「カァ」

 

カルボウは、何の躊躇いもなく堂々と室内へと歩みを進めていた。

まるで、ここがどこであろうと関係ないと言わんばかりに。

この子は本当に自信家というか…空気に飲まれないというか。

職員室の中は、思っていたよりも静かだった。

外の賑やかさが嘘みたいに、落ち着いた空気が流れている。

カタカタとキーボードを叩く音。

紙をめくる音。

ペンを走らせる音。

それぞれが自分の仕事に集中している。

クラベルさんは迷いなく、部屋の奥にある一つの机へと歩み寄った。

そこには癖のついた紫色の髪、よれよれの服を着てサンダルを履いている。

ポケットいっぱいに本を詰めた白衣を羽織り、六角形の眼鏡をしている人がいた。

前世なら先生とは思えない格好だけど、ポケモンの世界だからあり得る……のかな?

 

「ジニア先生」

 

穏やかな声で、そう呼びかける。

呼ばれた人物は、手元の書類から視線を上げた。

 

「はい……ああ、クラベル校長」

 

少し間の抜けたような、それでいてどこか柔らかい声。

机に広げられていたのは、ポケモンのスケッチや資料らしき紙の束。ペンを持ったまま、こちらへとゆっくり視線を向けてくる。

 

「お忙しいところ失礼いたします。少々、診ていただきたい子がいまして」

 

「診て、ですか……?」

 

ジニア先生の視線が、私へと向く。

 

そのまま、すっと足元へ落ちた。

 

「……おや」 

 

ぴたり、と動きが止まる。

 

「これはまた……」

 

興味を隠そうともせず、椅子から立ち上がる。

そのまま、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

 

「カァ?」

 

カルボウは逃げる様子もなく、じっと見上げている。ジニア先生は少し距離を保ったまま、しゃがみ込むと視線を合わせた。

 

「これは珍しいカルボウ……ですねぇ」

 

穏やかな口調。

けれど、その目は明らかに観察者のものだった。

 

「こんな瞳の例は、初めて見ました」

 

静かに、しかしはっきりとそう言う。

赤と青、二つの炎が揺れる。

 

「……やはり、ポケモンは面白いですね。こんな例は初めてです」

 

そう言って、小さく笑う。

 

「校長、この子が例の……?」

 

「ええ。マグノリア博士から連絡を受けております」

 

クラベルさんの言葉に、ジニア先生は小さく頷く。

 

「なるほど……」

 

再びカルボウへと視線を戻し、少しだけ表情を引き締める。

 

「シアンさんでしたね。少しだけ、この子を詳しく診させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「は、はい」

 

柔らかい物腰。けれど、その奥にははっきりとした探究心が見えた。

 

「大丈夫ですか、カルボウ」

 

そう声をかけると。

 

「カァ」

 

カルボウは短く鳴き、ジニア先生を見据えたまま、小さく頷くように動いた。

その様子を見て、ジニア先生は穏やかに微笑む。 

 

「いい子ですねぇ」

 

少しだけ楽しそうに。

 

「では、少々お時間をいただきますねぇ」

 

ジニア先生はそう言って、カルボウへと優しく手を差し出す。

 

「カァ」

 

カルボウは一瞬だけこちらを見たあと、小さく鳴いて、その場に留まった。

完全に離れるわけではないが、逃げる様子もない。

 

「無理に触れることはしませんので、ご安心を」

 

その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

 

「カルボウを、お願いします」

 

そう声をかけると、

 

「カァ」

 

短く返事が返ってきた。

ジニア先生はその様子を見て、満足そうに頷く。

 

「では、結果が分かり次第お知らせしますよ」

 

「よろしくお願いいたします、ジニア先生」

 

クラベルさんが丁寧に頭を下げる。

それを合図にするように、私は一歩だけ後ろへ下がった。

カルボウの方を、もう一度だけ見る。

赤と青の炎が、静かに揺れていた。

 

「それでは、シアンさん」

 

クラベルさんが穏やかに声をかける。

 

「学園をご案内いたしましょう」

 

「あ、はい」

 

軽く頷き、その後ろに続く。

職員室の扉を出ると、再び賑やかな空気が耳に戻ってきた。

職員室を出たときの安堵感は相変わらずだと思いながらも自分の隣に校長先生がいる事実が、安堵感を少しだけ減らしているような気がする。

 

「まずは、このグレープアカデミーについて簡単にご説明いたしますね」

 

廊下を歩きながら、クラベルさんはゆっくりと語り始めた。

 

「本校は、ポケモンと人との関わりを学ぶ場として設立されました。バトルだけでなく、観察、研究、交流……と、様々な形でポケモンと向き合うことができます」

 

歩く速度は、こちらに合わせてゆっくりだ。

 

「生徒の皆さんには、それぞれの目標を見つけていただきたいと考えております」

 

ふと、窓の外に視線が向く。

広い中庭で、ポケモンと遊んでいる生徒たちの姿が見えた。

 

「……自由、なんですね」

 

この世界で私はトレーナーズスクールには通っていない。

幼くして前世を思い出して様々な本を読んで知識だけは蓄えていたから、行かなくても良かったのだ。

このポケモンの世界には義務教育なんてない、トレーナーズスクールに通うのも個人や家庭の自由だ。

だからか、前世の厳しく周りと会わせて動くその姿が強く自分に残っていた。

だからか、私の口からそんな言葉が零れる。

クラベルさんは、柔らかく微笑む。

 

「ええ。ですが、自由には責任も伴います」

 

その言葉は厳しくはないのに、不思議と真っ直ぐ胸に届いた。

 

「そして……」

 

一度、足を止める。

 

「本校では近々、“宝探し”と呼ばれる課外活動を予定しております」

 

「宝探し……ですか?」

 

あれかな、何かを隠してそれをポケモンと協力して見付けなさい……的なイベントなのかな。

聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。

 

「はい。生徒の皆さんがそれぞれの“宝”を見つけるための、大切な時間です」

 

そう言って、再び歩き出す。

 

「シアンさんの短期留学期間で、実りある日々と、自分だけの“宝物”を見付けることを、私は応援しています。ですので、気軽に声をかけて下さって構いませんよ」

 

自分だけの、宝物。

 

「宝物………」

 

その言葉が、何故か自分の奥深くへと沈んでいったような気がした。

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