BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
クラベルさんに学園を一通り案内して頂き、私がパルデア地方で生活する寮の部屋も見た。
学園の寮という少し不自由な想像とは裏腹に、ルールはかなり緩い。
ポケモンたちをみんな出しても特に不自由さは無さそうだ。
キッチンもあるし、暫くはお菓子作りが出来ないという事は無さそう。
「あらかじめ提出して頂いていたサイズで制服を仕立てましたので後日、寮室へお持ち致します。さて、そろそろ戻りましょうか。学園について他に気になることはありますか」
「は、はい!無いです」
小さく頷き、クラベルさんの後ろに続く。 寮の廊下を抜け、再び学園の通路へと戻る。
行き交う生徒たちの声が、また耳に入ってくる。 さっきよりも、ほんの少しだけその音が近く感じられた。
ここで、生活するんだ。
そんな実感が、ゆっくりと胸の中に広がっていく。
「……本校の寮は、生徒の自主性を重んじております」
歩きながら、クラベルさんが穏やかに続ける。
「規則は必要最低限に。ですが、その分、ご自身の行動には責任を持っていただきます」
「……はい」
自由。
だけど、放り出されるわけじゃない。
その距離感が、少しだけ心地よかった。
ふと、足が止まる。
「……あの」
自分でも少し意外なくらい、自然に言葉が出た。
「カルボウについて調べるの、そろそろ終わりまきた、かね……」
預けてから、そんなに時間は経っていないけどあの目がどんな影響を与えるのか分からない。
自分が孵化させて自分の手持ちになってしまったからこそ、私は不安だった。
クラベルさんは、その様子を見て柔らかく微笑む。
「ええ、頃合いでしょう。では、迎えに参りましょうか」
「……はい」
小さく頷くと、自然と歩く足が少しだけ早くなる。
来た道を戻るように、廊下を進む。 見覚えのある曲がり角を抜け、あの扉の前へ。
職員室。
さっきと同じはずなのに、今は少しだけ違って見えた。
軽く息を整え、扉をノックする。
扉を開けると、先ほどと同じ静かな空気が流れていた。
「カァ」
すぐに、見慣れた小さな赤い姿が目に入る。
カルボウは振り返ると私がいることに気づいたのか、小さく鳴きながらこちらへと歩き寄ってきた。
「カァ」
しゃがみ込み、その頭にそっと手を置いて撫でる。
「ふふ、大丈夫そうですねぇ」
穏やかな声が、頭上から降ってくる。
顔を上げると、ジニア先生がこちらを見ていた。 手にはメモとペンが握られている。
「ひと通り診させていただきましたよぉ」
「その、どう…でしたか?」
少しだけ緊張しながら問いかける。
ジニア先生は、いつもの柔らかい調子のまま答えた。
「結論から言えば、特に異常は見られません」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が出る。
「身体構造、体温、エネルギーの流れ……どれもカルボウとして正常の範囲内です。むしろ、健康そのものと言っていいでしょうねぇ」
「じゃあ……」
ほっと、胸の奥が軽くなる。
「はい。この子は“普通のカルボウ”ですよぉ」
その言葉に、思わずカルボウの方を見る。
赤と青、二つの炎が揺れている。
「本当に、目が非常に珍しい状態になっているだけですからね」
その言葉に、少しだけ力が抜ける。
「……よかった」
小さく呟く。
カルボウは、何も気にしていないようにこちらを見上げていた。
「カァ」
「とはいえ」
ジニア先生は、軽く指を立てる。
「もし何か変化や違和感があれば、すぐに教えてくださいねぇ。ぼくとしても、非常に興味深い個体ですので」
その言葉には、隠しきれない好奇心が混じっていた。
「はい、ありがとうございます」
頭を下げる。
「では、ひとまずは問題なし、ということで」
クラベルさんが穏やかにまとめてくれた。
「カルボウさんも、よく頑張りましたね」
「カァ」
少しだけ誇らしげに鳴くカルボウ。
その姿に、自然と肩の力が抜けた。
療の自室に戻り、ベッドに腰かけ背中から倒れて天井を眺める。
馴れない地方、今世で縁のないと思っていた地方での1日は思ったよりも大変だった。
取りあえずスマホロトムを操作し、マグノリア博士へとカルボウの体には特に問題がない事などをメールで報告する。
後、問題なのは……。
「留学、かぁ……」
このパルデア地方のグレープアカデミーで、短期間とはいえ学園で勉強する。
前世から考えるなら、まだまだ学校生活をしても可笑しくはない年齢なのだけど。
ポケモンの世界に馴れてきたからこそ、今さら学園で勉強をするという事に違和感を感じてしまう。
「ミュー?」
これから過ごす予定の部屋を飛び回っていたミュウが私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫、少し疲れただけだから」
そう言いながら体を起こす。
パルデア地方という別の地方へ来たのだから、この地方限定の木の実やフルーツ、お菓子なんかを調べてみるのもありかもしれないな。
自由な校風と言われてたし、せっかくだし空き時間で色々な場所を見てみるのも良いかもな。
未来への想像を膨らませながら、寮室の様々な場所で過ごす手持ちのポケモン達を眺める。
私が座るベッドの近くで伏せているアブソル、枕元で枕をクッション変わりに寝ているグレイシア。
キッチンのテーブルの上で落ち着いた様子のマホイップに、部屋を飛び回るミュウ。
そして窓辺に立って外を眺めるカルボウ。
「ふふ、なんだか新鮮だなぁ」
そんなことを考えていると、枕をクッションに寝ていた筈のグレイシアが私の膝を前足で小さく叩いた。
「グレイシア?」
「シア……」
グレイシアの行動に疑問を浮かべていると、少しムッとしたグレイシアが先程より強く私の膝をベシベシ叩く。
「あ、今日の分のお菓子……」
そう呟くと、グレイシアはようやくわかった?とばかりに頷いて私をじっと見てきた。
「そ、そう言えば作り置きのお菓子は……」
部屋に置いていたリュックのなかを見れば、作り置いていた筈の飴が無くなっていた。
そう言えば、旅が終わってからはグレイシアに作り置きのお菓子を主にあげていたからどんどん消費されていたのか。
「うーん、取りあえず何か簡単なおやつを作るためにもお店に行こう。暫くは寮室で過ごすんだし」
他にもいろいろと買い物をしようかと思ってリュックを背負い直し、モンスターボールをみんなへ向ける。
アブソルにマホイップ、ミュウがモンスターボールやプレミアムボールへと戻していく。
やはりか、カルボウは首を振り拒否し珍しくグレイシアもボールへと戻るのを拒否した。
「えぇ……どうしよう。取りあえず肩に乗せていく?」
二人を両肩に乗せる想像をするが、私が倒れるイメージしか浮かばない。そんなことを考えていると、その必要はないとばかりに二体が私の足元に佇んでいた。
恐らくは肩に乗せたり、抱えなくて良いということだろうか?
まぁ、助かるから良いかな。
そう思いながらグレイシアとカルボウと共に、寮を出てテーブルシティへ買い物へ向かった。
グレイシアとカルボウを連れた買い物。
最初は迷子にならないか、はぐれないかと不安だったけどそこまで問題は起きず簡単に作れそうなお菓子の材料や私の晩御飯、みんなのご飯であるポケモンフーズ等を買うことが出来た。
ただ、カルボウがポケモンバトルをしている人達の所へ行こうとしたり、バトルをしてるポケモンをじっと見て離れなかったりと少しだけ大変だった。
紙袋を抱えて寮への帰り道を歩く、足元ではご機嫌なグレイシアと何処か不満そうな様子のカルボウが歩いていた。
その時だった、背後から走ってくる音が聞こえた。
子どもだろうか、取りあえずぶつかることは無いだろうし良いかな。
「みーつーけーまーしーたーよー!
勢いよく声が背後から飛んできた。
思わず振り返るよりも早く、一人の少女が私の目の前へと回り込んでくる。
「はふひっ!?」
ぶわり、と風に揺れる白に近い淡い水色の髪。
跳ねた毛先が、落ち着きなく揺れている。
制服はどこか着崩されていて、肩にかけたバッグからはモンスターボールがいくつか覗いていた。
そして少し息を切らしながらも、顔はやけに楽しそうだった。
その視線は私ではなく、足元のグレイシアへと向けられていた。
それに対してグレイシアはゲッという感じで顔をしかめたあと、めんどくさそうな様子でため息をついていた。
「ここで会ったが百年目!!今度こそあなたを倒してゲットして見せま────」
勢いよく言い切ろうとしたその瞬間。
ぴたり、と少女の動きが止まった。
「……あれ?」
視線が、グレイシアからゆっくりと上へ。
私の手元へ、そして私の腰のボールへと向かう。
「……え」
間の抜けた声が漏れる。
「……え、え、え?」
何度か瞬きを繰り返し、もう一度グレイシアを見る。
「……もしかして、ゲットされてる……?」
「え、えっと?」
信じられない、といった様子で彼女は一歩後ずさる。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
今度は私を指さして、慌てたように声を上げた。
「なんで!?なんで捕まってるんですかその子!!?」
「えっ……」
あまりにも直球すぎる言葉に、思わず言葉が詰まる。
頭に疑問を浮かべていると、すごい勢いで私へと迫りながら興奮した様子で話し出した。
「いやだってこの子、“フローズンルーラー”ですよね!? あの、氷みたいな目してて!めちゃくちゃ強くて!全然捕まらなくて!私がずっと追いかけてた――」
「シア」
ぴしっ、と。
グレイシアが冷めた声で鳴く。
その視線は、完全に「うるさい」と言っているような感じだ。
「ひっ……」
一瞬だけ、少女の肩が跳ねる。
「……や、やっぱりその目……!間違いないです……!」
ぶつぶつと何かを呟きながら、今度はぐっと距離を詰めてくる。
「……あなた」
じっと、こちらを見据えて。
「どうやって捕まえたんですか!?」
先程までの勢いとは違う、少しだけ真剣な声だった。
私といえば、ユウリやマリィとも違うが距離をつめてくる彼女に、羞恥心から何も言えずにいた。
そんな私の足元で。
「シア……」
グレイシアは、面倒そうに小さくため息をついた。