BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
セルクルタウン。
オリーブの名産地、収穫の時期には収穫祭を行っている。収穫祭では豊作を祈り、オリーブに見立てた大きな楕円形の球をゴールへ転がす「オリーブころがし」というイベントがある。
そして、このパルデア地方の虫タイプのジムリーダーでありパティシエとしてお店を持っているカエデさんがいる場所。
「なんだか、ターフタウンに似た雰囲気を感じるなぁ」
「……」
広がる木々や農地にそんなことを呟やく、そんな私の言葉に興味がないのか足元にいるカルボウは暇そうに歩いている。
カルボウの様子は相変わらずだ、ボールの外に出たがる。
ポケモンバトルに興味があるように見えるけど、私はポケモンバトルが苦手、ポケモンバトルは極力したくないと思っている人間だ。
だから、この子とどう向き合うべきか分からないでいる。
ポケモンバトルが得意な人に、託すべきなのか。
それとも、野生に逃すべきなのか。
私ではこの子が自分らしく生きる邪魔になってしまうのではないかとそう思うのだ。
ポケモンバトルをさせない代わりに、少しでも気分転換になればと思って、こうしてボールの外に出しているのかもしれない。
本当に、難しいな。
私のポケモン達はみんな私の言うことを聞いてくれる素直な子達ばかりだったからこそ、この子にどう接するべきなのか、分からない。
そんなことを考えていると、少し先にパティスリームクロジの看板が見えた。
お店へと近付くにつれて、店の前に立つ大きな帽子をかぶったコックコート姿の女の人が見えた。
ネットで見た画像が正しければあの人が……。
小走りで女性の元へと向かう。
「すいません。カエデさん、ですか?」
「はい、そうですよ。あなたがシアンさんですね?」
柔らかな笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。
「クラベルさんから、お話は伺っていますよ。遠いところ、よく来てくれましたね。私に出来る限りお菓子作りをお教えしますね!」
「よ、よろしくお願いします!」
「それにしても、せっかくパルデアへ来たのに私の所だけで勉強するなんて良いの?他にも色々と見たいものがあったりしない?おやすみとかかなり融通出きるわよ?」
「私、将来は地元で小さなお菓子屋さんを開きたいんです。そこで、ポケモンもトレーナーさんも食べられるお菓子を作って、お店に来てくれた人を笑顔になって欲しいんです。なので、ここでお店のこと、お菓子作りのことを勉強させて欲しいです」
そこまで言い切ると、カエデさんは少しだけ目を丸くした。
それから、ふわりと笑う。
「素敵な夢ねぇ」
その言葉だけで、少し肩の力が抜けた。
「───でも」
「……え?」
一歩、カエデさんが近付く。
さっきまでの柔らかな雰囲気はそのままなのに、何故だろう。
少しだけ、背筋が伸びていた。
「お菓子作りって、楽しいだけじゃないのよ?」
「……」
「失敗もするし、思った通りにいかないこともある。材料も時間も、時には気持ちまで無駄にしてしまうこともあるわ」
優しい声なのに、その言葉には重みがあった。
「それでも、続けたいと思える?」
試されている。 そう直感した。
ジムリーダーとして挑戦者を見る目ではなく、 職人として、弟子を見る目。
「……はい」
迷わず、答えた。
「失敗しても、覚えることが多くても、私はお菓子を作るのが好きです」
好きなことを続けることは難しい。
それを仕事にすることも同じだ。
でも、私はこの、お菓子屋さんという夢を叶えたい。
前世ではなかった、将来の夢というもの。
他の子にはなくて、私には無かった目指したいもの。
今世で見つけられた、心からなりたいという夢。
それに私には前世がある、苦しい現実を感じて、今世では命の危機だって乗り越えて生きている。
それに───。
「すいません。カエデさん、貴方を少しだけ不快にするかもしれません」
そう言いながら前髪で隠していた、幼い頃にロケット団の男性に突き飛ばされて岩にぶつかった時に出来た、消えない傷。
それをチラリとだけ、見せる。
「っ」
カエデさんの表情が固まった。
先程までの私を試すような少しだけ威圧感を感じるソレが消える。
「その、こんな怪我も乗り越えて生きてますから、きっと頑張れます」
私が夢ばかりみているような、所謂現実のめんどくささや辛さを知ってすぐにやめる女の子じゃない。
ジムチャレンジだって、乗り越えてきた。
きっと、大丈夫。
だってこれは、私が初めて自分で見つけた夢だから。
カエデさんは、しばらく何も言わなかった。
ただ、その瞳だけが少しだけ柔らかく細められる。
「……ええ。今の言葉で、十分伝わったわ」
そう言って、彼女は店の扉を開いた。
「ようこそ、パティスリームクロジへ。今日からあなたは、うちの見習いさんよ」
「……っ、はい!」
なんとか、認められることが出来たのかな。
そんなことを思っていたときだった。
「カァ」
足元から聞こえた鳴き声に視線を落とす。
カルボウが、退屈そうな表情を上げながらあくびしていた。。
「まぁ、可愛いお客さんね」
カエデさんがしゃがみ込み、カルボウを見つめる。
それに対してカルボウは、何処か怪訝な様子で楓さんを見つめ返していた。
「あなたも甘いものは好き?」
そう言いながら、カエデさんは店の中に入っていた商品から一つ、クッキーの入った小袋を手に取る。
そしてその中からクッキーを一枚、カルボウに差し出した。
けれどカルボウは、それを受け取らなかった。
代わりにぷいっ、とそっぽを向く。
「……?」
不思議そうに首を傾げるカエデさん。
「その、すいません」
「ふふ、大丈夫よ。これも一つの個性よね、それにしても両目の色が違うカルボウなんて珍しいわねぇ」
そう言いながら店の奥へと向かうカエデさんの後を追いかける。
「さ、まず今日は簡単な焼き菓子から始めましょうか。シアンさん」
甘い香りが、ふわりと流れてくる。
その香りに誘われるように、私は店の奥へと足を踏み入れた。