BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
あれからバーベキューの食材も減り、終わりが近付いていた、ユウリとホップは美味しかったとお腹を擦っているのが見える。
そしてユウリとホップのポケモン、ヒバニーとサルノリも二人の動きを真似してお腹を擦り満足げな表情をしているため、思わずクスリと笑ってしまった。
「ほらほらみんな、デザートだよ~!」
すると、ホップのお母さんがそう言いながら家から1ホールのケーキを持って来た。
ポケモンでも食べられる木の実を使ったレシピで作った、私の力作だ。
問題点は、上手く作れたのはいいけど、一人だと食べきるのは少し大変な大きさになってしまったことだった。
「美味しそうなんだぞ!」
「本当!美味しそうだねホップ!シアン!」
即座にケーキの元に走るホップとユウリ。
ユウリは、嬉しそうに目を輝かせて此方へと振り返る。
当然、ユウリは私が作ったことを知らないからか「早くこっち来て見てよシアン!凄く美味しそうだよー!」と興奮した少女らしいユウリの姿に思わず笑みを浮かべてしまう。
するとユウリの元にヒバニーが走っていき、肩に飛び乗るとケーキを見つめ首をかしげた。
そっか、まだこの子はケーキを食べたことがないのか。
「お母さんお母さん!いつの間にケーキなんて買ってたの?うちの冷蔵庫に入って無かったよ?」
「うふふ、これはただのケーキじゃないのよー?」
そう言いながら、ユウリのお母さんとホップのお母さんは楽しそうに私の方を見る。
「えー!なになにー?もしかして高級なお店のケーキとか?」
「うーん、美味しそうなこと以外分からないんだぞ……」
「もしかして、ポケモンも食べられるのか?」
期待を膨らませるユウリと真剣に考える様子のホップ。
いや、そんな高級なケーキなんて私にはまだ作れないよ……。
あとそんなことを想像した後に私が作ったと分かったら、きっと落胆しちゃうよね。
リザードンをチラりと見ながらそう聞いたダンデさん、正解です。
これはポケモンも食べられるケーキなんです、だから高級店の名前を検索して比較するのは止めてユウリ!私まだお菓子作りの自信は少ししかないから!
そんな事を考えていると、ケーキをテーブルに置いたユウリのお母さんとホップのお母さんは私の後ろに回って私の肩に手を置いた。
……へ?
「なんとこのケーキ、シアンちゃんが作ったケーキなのよ!」
「しかもポケモンも一緒に食べられるケーキなんですって!」
私へとウインクした二人は、ケーキを作ったのが私であることを告げた。
「えぇーー!?」
「シアンが作ったのか!?」
「それは凄いな!お店で売っているものと変わらない出来だぞ?良かったなリザードン、お前も食べられるんだぜ?」
「♪」
驚いた様子でケーキと私を交互に見るホップとユウリ。
ダンデさんは驚いた後に直ぐに、そう言いながら笑うと背後に立っていたリザードンへと問いかける。
ダンデさんのリザードンは何処か嬉しそうに目蓋を閉じて笑っていた。
「凄いよシアン!本当にこれ作ったの!?お店と同じくらい美味しそうだよ!」
「そうだぞ!こんな美味そうなケーキを作れるなんて知らなかったんだぞ!」
二人がそう言って手放しに誉めてくる。
褒められたことが、少し恥ずかしくて私は俯いてしまう。
……うぅ、頬が熱い。
「んふふ、シアンちゃんったら照れちゃったわね。それじゃあ早速切り分けて食べよっか!」
ホップとユウリのお母さんが切り分けてそれぞれでケーキを食べる。
力作のケーキではあるが、お店の人が作ったお菓子じゃなくて私が作ったものでも平気なのかな?
世の中には、他人の手作りした物を食べることは苦手な人もいると聞くし。
そんな疑問を浮かべながらフォークでケーキを小さく分けて口に運ぶ。
「ジーーーー」
「ん?うぇ!?」
隣から聞こえてきた声に目を向けると、少し前に見たイーブイの着ぐるみのような服を着たポケモンごっこの女の子が私の方をじっと見ていた。
「ジーーーー」
正確には、私の手に持っているケーキを。
試しにケーキを乗せたフォークを左へ動かすと、女の子の目線もフォークの方へと向く。
「これが、欲しいの?」
そう言うとコクリと黙って頷くポケモンごっこちゃん(仮)に、試しにケーキを一口大に切り分けて口へと向けて差し出す。
すると、ポケモンごっこちゃん(仮)はハムりと食べてパァと眩しい笑顔を浮かべる。
うーん可愛い、癒されるなぁ。
そんなことを考えながらケーキを食べていると、ユウリとホップのお母さんがバーベキューの片付けをし始めるのが見えた。
最後の一口をポケモンごっこちゃんにあーんさて食べさせ終えたので皿をもって立ち上がる。
片付けのお手伝いしないと………そうだ、ポケモンごっこちゃんにも早く帰るように伝えないと。
「ねぇ、早く帰った方が──」
帰るように促そうとして振り返る。
「あれ?」
そこにはポケモンごっこちゃんはいなくなっていた。
まるで最初から、そこにいなかったみたいに。
恐らくもう帰ったのだろう、取り敢えずそう考えた私はホップとユウリのお母さんの元に向かった。
バーベキューの片付けが終わり、私は家へと帰って来た。
スマホロトムから来たメッセージによるとお母さんはあと少しで帰ってくるらしい、ご飯の用意は要らないようなので、作らなくて少し楽だ。
お母さんの分として残していた一皿分のケーキを冷蔵庫にいれて、手持ちのポケモン達に晩御飯であるポケモンフーズを出す。
みんながポケモンフーズを咀嚼する音を聴きながら、リビングのテーブルに置いておいた郵便ポストに入っていた一通の封筒を見る。
バーベキューから帰ったときに入っていた少し厚い封筒だ、母さんのお仕事の資料?だと思って宛先を見ていなかったソレ。
本来、送り主が書かれている場所には送り主の名前は載っていなかった。
「宛名は……私?」
この前に注文したお菓子のレシピ本は届いたし、他に注文はしていた物は無いはずなんだけど。
封筒を開ける。
中には一枚の手紙と厚いカードのような物が入っていた。
入っていた手紙を取り出し開き、書いてある文章に目を通す。
「ぇ……」
その一文を読み、心臓が跳ねた。
ゲームのラスボス、ムゲンダイナを復活させガラルの未来を救おうとした男。
この地方を代表するマクロコスモスの社長、ローズからの、手紙だった。
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急なお手紙、申し訳ありません。
私はマクロコスモスの社長を務めております、ローズと申します。
突然ではありますが、今年のジムチャレンジに、是非とも貴女に出場して頂きたく、ご連絡差し上げました。
既にご存知かもしれませんが、ガラル地方におけるジムチャレンジは、推薦状を持つ者にのみ許された特別な舞台です。
その推薦状を、今回特別に同封させて頂きました。
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心臓が煩く鼓動する、震える手で封筒に入っていたもう一つの厚紙を広げる。
ジムチャレンジへの推薦状たった、しかも推薦者の名前にはローズさんの名前がしっかり記されている。
何故、私に?
そんな疑問ばかりが脳に浮かび上がる。
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貴女の“力”は、既に幾つかの形で耳に入っております。
実に興味深く、そしてこの地方にとっても有益なものだと感じています。
貴女のその素敵な力を、ジムチャレンジで見せ付けてみませんか?
きっと貴女にとっても、そしてガラルにとっても
良い結果をもたらすことでしょう。
お返事は急ぎません。
とはいえ、ジムチャレンジの準備もございますのでそう長くはお待ち出来ませんが。
良い答えを、期待していますよ。
マクロコスモス社長
ローズ
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バレている、私が……メガシンカを扱うことが出来るトレーナーであることが。
駄目だ、逃げ道を塞がれている。
目の前が真っ暗になるような錯覚で、体の力が抜けて思わずその場に座り込む。
断ったら、どうなるのか分からない。
息が苦しくなり、両手で胸を押さえ床に座り込んで浅い呼吸を繰り返す。
いくら、これまでのポケモンのラスボスよりもマシな相手とはいえロケット団での一件を経験した私にとって、どんな事をされるのか想像する事が出来なかった。
したくなかった、怖かった。
「ただい……シアン!?」
玄関の扉が空いた音がして振り返るとスーツ姿の女性、お母さんが立っていた。お母さんは地面に座り込んだ私を見て直ぐに家の中に入って私の元に駆け寄ると背中を擦ってくれた。
「お母さん、こ、これ……」
震える声で、手に持ったローズさんからの手紙をお母さんに見せる。
手紙を受け取ったお母さんは手紙に目を通すと目を見開き、口を開いた。
「シアン、貴女この地方に来てからポケモンのバトルでメガシンカは──」
「使って、ない……バトルすらしてない」
私の言葉にお母さんは顎に手を当てて考え始めた。
「なら、どうしてこの事をマクロコスモスのローズさんが知っているの?心当たりはないし……シアン」
「お母さん?」
「シアン、貴女はジムチャレンジに参加しなさい」
先程まで考え込んでいたお母さんの言葉に私は、思考が停止した。
「えっ!?でも………」
「大丈夫、何もジムチャレンジに参加して
た、確かに。ジムチャレンジは参加する人こそ多いもののファイナルまで勝ち残れるトレーナーは少ない。
期間が終わるまでにジムバッジを手に入れられずに負けられたら、私はあの力を使わなくて良い、戦わずに済む。
「え、でも……そんなに上手く行くかな」
「私の経験上、あんな感じの合理主義者は価値が無いと判断したら、驚くほどあっさり切り捨てるタイプよ。だから大丈夫、もしもの事を考えてこの事は私の職場にいるそこら辺の法律とか色々に少し詳しい人がいるから相談しておくわ」
「う、うん」
まだ恐怖が体に残っているのか体が震える私を、お母さんは安心させる様に頭をなでてくれた。
「一応、1つでも良いからジムはクリアしておきなさい。一応、貴女が負けるつもりでジムチャレンジに参加しているとバレないように。そうね、情報を見るにカブさんの所で負けちゃう人が多いみたいだし、カブさんのジムで負けたら良いわ。なんなら最初だけクリアしてあとは放置とかね?」
確かに、ゲームでもカブさんのジムをクリアすると、ここまで勝ち残れるトレーナーは少ないってセリフと共にそれまでクリアしたジムのジムリーダー三人に応援されるシーンがあった。
たしかに、それなら怪しまれずに済む……のかな。
「でも、もし貴女の身に何か起こったら遠慮無くメガシンカを使いなさい。なーに、もしもの時は別の地方にでも引っ越せば良いのよ!そうねぇ……あの人がいるアローラとかどうかしら?」
そう微笑みながら私を案じてくれるお母さんに、少しだけ心が軽くなった気がした。
気がつけば、身体の震えも止まっていた。
「わかったよ、お母さん。私、負けるためにジムチャレンジ頑張ってみる」
「ふふっ、他のチャレンジャーが聞いたら怒りそうな宣言ね!アハハ!おっかしい!前代未聞よ?負けるための旅だなんて!」
「アハハ……確かに」
お腹を押さえて笑うお母さんにつられて、気がつけば私の口も笑みを浮かべていた。
明日、ユウリとホップはジムチャレンジに参加するために必要な推薦状を貰うはず。
二人にはジムチャレンジに参加しないと伝えたのに、ジムチャレンジすることになってしまった。
後でどう伝えれば……一度断っておきながら参加してるだなんて変に思われちゃうかも。
「よし、そうと決まれば準備に取りかからなきゃね!取り敢えず明日は私と一緒に買い物よシアン、娘の晴れ舞台なんだし、しっかり準備しないと」
「え?お、お母さん?仕事は?」
「そんなの有給をもぎ取るに決まってるでしょ?ジムチャレンジ開始はもうすぐなのよ?キャンプ道具に食材に調理道具、それにモンスターボールも必要と。あとは───」
懐かしいわねぇ、と言いながら必要な物の買い物メモを打ち込んでいくお母さん。
恐らくはお母さんも子供の頃は旅に出ていたのだろう。
本当なら参加しないはずだった、選ばなかったジムチャレンジという旅。
誰もが勝ち上がり、ファイナルトーナメントへ進むため努力するジムチャレンジ。
そんなジムチャレンジに、私は負けるために参加することになってしまったのだった。
これは、本来なら選ばなかったはずの未来。
その先に何が待つのかも分からないまま、
私は、道なき道を歩き出してしまった。
ご愛読ありがとうございます。
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