また何かを唱えて壁に触れた後に、リアンが振り返る。
「これで.....ひとまずは安心です」
リアンが俺に微笑みかけながら
「なな......さん?それに結さん?で、よろしいでしょうか」
彼女がそう尋ねてきた
結と目を合わせた後、静かに頷く。
リアンが改まった様子で話し始める。
「ななさん、それと結さん」
「この部屋に、魔術をかけさせていただきました。」
結の肩が揺れた。
それにつられて、俺も反射的に身構えてしまう。
「っ......ご、ごめんなさい!」
「違うんです、敵意はありません!」
リアンが慌てたように両手をあげる
こちらには、何もないとアピールしてくる。
「私は......神殿側に、監視されていて。」
「こうでもしないと、あなたたちとこうして話すこともできないのです。」
リアンが咳払いをする。
「まずは、この部屋の案内をしますね。」
そう言って、部屋の案内をしてくれる。
白を基調とした広い部屋だった。
中央には小さなテーブルと、ふかふかしたソファーが向かい合わせに置かれている。
一通り説明が終わった後に。
「立ったままだと疲れてしまいますよね。」
「どうぞ、こちらに座ってください。」
そう言って、リアンがソファーのある方へ誘導をしてくる。
ソファーに座る時、結が体が引っ付きそうな位置まで体を寄せてくる。
聖女が矢継ぎ早に話し始める。
「それではまず、......本当に申し訳ありません」
深く頭を下げてくる。
「...こんな異世界の事情にあなた達を巻き込んでしまって」
「本来勇者召喚は、行われるはずではなかったんです」
「でも......」
リアンの声がわずかに揺れる。
「最近......聖女様が、亡くなられてしまい」
「あ、これは......前の、聖女様で......」
「それで、魔王の封印が――」
「ちょっと、待ってください」
「そんな、一気に話されてもわかりません」
結が話を遮る。
「そうですよね、すみません」
「あまり時間がないので、つい早口になってしまいました」
「それでは、要点だけ」
リアンの言葉がそこで、詰まってしまう。
そして、意を決したように話し始める。
「あなた達は、もう......元の世界には帰れないかもしれません」
――その瞬間、この世界から音が消えたような気がした。
帰れない。その言葉が、冷たい水のように脳に染み込んでくる。
意外と冷静に受け取れた。俺はもう失うものなんて、あっちの世界にはもうなかったから。
けれど、結は?
結の方を、向く。
「そう...なんですね......」
その声は、驚くほどに静かで、そして、やけに落ち着いていた。
でも、どこか力の抜けたような響きだった。
目もさまよっていて、焦点が合っていない。
「もう私、あっちの世界に帰れないんですね......」
「あっちの世界なんて、もう...どうでもいい、”死んでも”いいそう思ってましたけど」
「そう、聞くときつい......ですね......」
そう言って、微笑んだ。
それを見て、自分の胸が締め付けられるような感覚があった。
俺はさっき、この子を「守る」全部背負うってそういったのに。
なのにもう、こんな顔をさせてしまっている。
リアンがそれに応えるように話す
「全力は尽くします、必ずあなた達が元の世界に帰れるように。」
その目には覚悟が宿っていた。
「また......同じことを、繰り返さないように。」
その声はとても小さく、まるで自分に言い聞かせているようだった。
「それに、天使様...いえ魔――」
そう言いかけた時に、コンコンと扉をノックされる。
「勇者様それに、天使様おられるでしょうか?」
ゼルファディアの声がする。
「今日は、ここまでにします。ゆっくりしてくださいね」
そう優しく声をかけた。
「元の世界に絶対に返してみせますから」
リアンがそう言い残して扉の方に向かう。
「ゼルファディア様、今ちょうどお部屋の説明が終わったところです」
「そうですか、それはよかったです」
ゼルファディアが扉から顔を覗かせ、こちらを見てくる。
「勇者様それに、天使様また明日お迎えに来ますので」
「それまでゆっくりしてください」
そう言って、リアンとゼルファディアは去っていった。
扉が閉まる音が響いた。
結がソファーの端で膝を抱える。
「ななって”天使”なんですよね?」
沈黙が続く。
「.......私、こっちに来てから、ずっと泣いてばっかりで」
結がぽつりと呟く。
「私はもう元の世界には帰れないの.....かな?」
その言葉に答えられなかった。
「......おかしいですよね、さっきまで死にたい、なんて言っていた人がこんなこと」
結が自嘲気味に笑った。
俺は咄嗟に結を抱き寄せる。
「大丈夫......」
「私も、まだわからないことだらけだけど」
「......ずっと離れないから」
少し間が開いた後に、結が話す。
「......うん、ありがとう」
結が小さく息を吐く。
「ちょっと...落ち着いてきました」
「お風呂......入った方がいいですよね?」
結が急にそんなことを話してくる。
「でも、私一人で入るの怖いから...ななもお風呂一緒に入ろ?」
ドキッとしてしまい。
「..........へ。」
間抜けな声が出てしまう。
「いや......私は、後で入るよ」
......見た目は女の子同士でも、中身が男だ、さすがにまずい。
「いやだ、一緒に入ろ?」
それでも、結が引かない
「扉の前まで.....なら。」
「それなら、いいでしょ?」
確認するように結を見る。
こちらも、超えてはいけない一線がある。
思いが伝わったのか
「わかった......」
結が不服そうな顔で口をとがらせる。
「でも、不安だから」
「絶対に扉の前から離れないでね?」
上目遣いでそう甘えてきた。
「うん......」
「大丈夫だよ、約束......守るから。」
風呂に向かう。
結が服を脱ぎ始める気配がした。
咄嗟に、壁に視線を向ける。
「なんで。壁なんか眺めているんですか?」
「私、べつに裸見られても恥ずかしくないですよ?」
首を振って応える。
パタパタと足音が近づいてくる。
突然、結が後ろ抱きついてくる。
背中に柔らかな感触が伝わる。
体がびっくりして少し跳ねてしまう。
「なながあっちの世界にもいたらよかったのに......」
そんな、消え入りそうな声が聞こえた。
その手は少し震えていた。
少しだけ抱きつく力が強くなったあとにすぐに離れる。
声はとても近かったのに、どこか遠くへ行ってしまいそうなそんな声だった。
――また、目の前からいなくなるんじゃないか。
気づいたら、振り向いていた。
一瞬、裸の結が瞳に映し出され。
すぐに目線を逸らしてしまう。
「......やっと、こっち見てくれた」
嬉しそうな声色が聞こえる。
「.......先、入ってくるね」
扉の閉まる音がした。
結の裸が目に焼き付いて離れなかった。
でも、少し違和感を覚えた。
本来感じる感覚がなかったようなそんな気がした。
そんなことを考えていると。
水の音が止んだ。
「お待たせ」
「ななもお風呂入るよね?」
「うん」
気まずくなって顔を逸らしてしまった。
結が気を遣ったのか、すぐ服を着た後に部屋を出ていこうとする。
そして、扉のまえで足を止める音が聞こえた。
「待ってるからね...」
そう言い残して出ていった。
服を脱ごうとして、視線を戻す。
そこでふと、鏡に映し出される自分の姿が目に入った。
白を基調とした、ひざ下まであるゆったりとしたワンピース。
手首まで隠れる長い袖。
陶器のように白い肌に、腰まで流れる銀髪。
銀色の目が、こちらを覗いていた。
.......その目は、どこか作り物めいていた。
服を脱ぎ、自分の裸が露になる。
それはまるで、彫刻にそのまま肌色を塗ったような、綺麗すぎる白い肌。
おなかあたりに、小さく7の数字が刻まれている。
よく見ると、本当にうっすらと肩と股あたりに継ぎ目みたいなものがある。
やっぱり、おかしい。
何も....感じない――
さっき、結に触れられた時もそうだったけど。
恥ずかしさも、胸の奥からくる高まりも。
本来あるはずのものが、抜け落ちたそんな感覚。
そこで確認するように鏡に手を当てた。
「私は、もう――」
そこでも、違和感に気づいた。
俺はいつから、「私」なんて言葉を使っているんだ。
おかしい、何もかもまるで自分じゃないみたいだ。
そこから、理解するまでそう時間はかからなかった。
そっか.......もう、俺は
風呂を上がると。
扉の前で、結が倒れていた。
魔法陣の血だまりの中で倒れていた彼女の姿がフラッシュバックして。
慌てて近寄る。
「結!!」
「........ん」
「ごめん......いつのまにか寝てたみたい」
目をこすりながら、結が起き上がる。
「......よかった」
全身の力が抜けていく。
「抱っこして.......」
小さく手を広げる。
断れるはずもなく、抱きかかえてしまう。
「えへへ.......ななといるとなんだか安心する。」
「……あのね、なな」
「さっきの......あの”言葉”信じてもいいんだよね?」
そうぼそりとつぶやいた。
「え...?」
言葉が聞き取れずに、聞き返してしまった
「信じてるから.....」
その目は、どこまでもどこまでも虚空を映し出していた。
ベッドに結を運んだ後に、立ち上がろうとした瞬間に腕を引かれた。
「一緒に寝よ」
ほんの少しだけ、腕を引き返そうとするが。
――離す気はないらしい。
「いいよ」
根負けしてしまい、結の言葉に従う。
ベッドに入ると、結が手を握ってくる。
それを、そっと握り返した。
「なな、いまさらなんだけど......ななって呼んでもいいよね」
「うん」
「私も結って呼んでね」
「......わかったよ、結」
満足そうに結が微笑んだ。
「おやすみ」
「おやすみ」
長い長い1日がようやく終わった。
起きて少し経った後に、ドアがノックされる音が聞こえる
「おはようございます。勇者様、天使様お迎えにあがりました」
そう言ってリアンが挨拶をしてくる
その後ろには、銀色の鎧を身にまとった騎士。
金髪ツインテールで縦ロールの紫色の目をした少女がいた。
豪華なドレスを身に纏っているが、その雰囲気は落ち着いたものがあった。
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