一人くらい彩葉のクラスメイトにかぐやに脳を焼かれた人が居てもバレない説【完結】 作:カウン
「よし、これでこのシステムは組み終わりましたね……次はファイアウォールを改良して……あ、帝さんに頼まれたものの納期も迫ってました……」
現在、私はやる事に追われていた。かぐやさんの卒業ライブが迫っており、実質そこがタイムリミット。
その卒業ライブで、私を含めた8人はかぐやさんを守るために月側に、KASSENを仕掛けるということになっている。
ヤチヨさん曰く、この前の行動を見るに、郷に行っては郷に従えをしてくれると踏んでいるらしい。だからこそ、こちらは表向き
そこに合わせて、私は帝さんから作成を頼まれたチートツールを間に合わせなければならない。加えて、私のわがままを実行するために、下準備が必要となっている。これらが、今の私を忙しくしている要因。
学生の私にはかなりのハードスケジュールだ。現に、学校の予習復習は軽くしか行えていない。
卒業ライブまで1週間を切り、もう時間がない日曜日の午後。慌ただしくキーボードを叩いていると、スマホが鳴り響いた。忙しいのだが?そう思いつつ、電話に出た。
「あ、もしもし蓮夏?良ければかぐやとカラオケ行かない?」
「はい喜んで!!!」
推しは全てにおいて優先される。ネットの情報は確かな事を理解した。
「いやー、彩葉とは昨日も遊んだから、蓮夏が空いてて助かったよー!」
「私も暇してたので丁度よかったです」
推しからのコールで、二つ返事をしてしまった私は、近場のカラオケに集合していた。
まぁ忙しかったが、明日から予習復習を無視すれば、何とか間に合うはず……なんてことを考えつつ、表情に出ないよう、気をつけながら会話を進める。
「よし、そしたら歌っちゃおっかな〜!今日の夜、歌配信あるから、その練習!」
舌で唇を湿らせながら、マイクを掴み、立ち上がるかぐやさん。実際、ここ最近根を詰めすぎてた気もするし、息抜きとしては丁度いいか。そう思いつつ、私はタンバリンを持つ。
と言うか、推しが目の前で私だけの為に歌ってくれるとか神か?前世で私はどれだけの徳を積んだのだろうか。
「♪〜」
歌っている推しを見ながら、私は考えていた。酒寄さんから聞いたのだが、彼女はどうやら、もう帰る事実を受け入れているらしい。それが諦めなのか、承服なのか、私には知るすべは無い。でも、私の知るわがままで自由な推しが、そんなすんなり受け入れたのだろうか。帰らない、と配信で言っていた気持ちも嘘ではないはず。
「じゃあ次は蓮夏の番ね!」
考え込みすぎて、かぐやさんの歌が終わっていたらしい。聴き逃したショックを感じる間もなく、かぐやさんが理解できないことを言っている。
「私が?歌う?なんて拷問ですか?」
「ここカラオケだよ?あと蓮夏の歌ってるところ見たことないから、私が聴いてみたい!」
そう言いつつ、パネルを操作し、気がつけば曲が入れられ、マイクを握らせられていた。
「でも自信ないんですけど……」
「大丈夫!蓮夏の声可愛いから、問題ないって!」
いや普通に、歌唱力めっちゃ高いライブ経験者の前で、初心者が歌うとかどんな処刑方法だ!恥ずかしさで悶絶するぞ!
そう考えつつ、なかなか始めずにいたら、かぐやさんが両手を胸の前に握り込んで近づいてくる。不味い!
「蓮夏の歌、かぐやに聴かせてほしいなぁ」
「不肖、上條蓮夏、歌わせていただきます!」
しまった、乗せられて意気揚々と始めてしまった。てか、かぐやさんのオリ曲じゃないか!狂ったようにリピートしてたから歌えるが、本当に拷問なのでは!?
「朝起きて今日は何しよう、好奇心抑えらんない」
頬に熱が溜まるのを感じつつ、どうにか声を絞り出して歌う。基本、音楽の授業でしか歌わない私には高すぎるハードルなのですが!
「ほらほら蓮夏頑張って!」
かぐやさんがとても楽しそうに応援してくれるので、何とか歌えていた。そうこうして、どうにかサビに辿り着こうとした時、かぐやさんがもう1本のマイクを手に取る。えっ、かぐやさんとデュエット???いやもうどうにでもなれ!
「「上等!心拍数上げて生きようよ退屈奪っていこうよ」」
笑顔で歌いながら踊るかぐやさんを見つめつつ、私も合わせて歌う。なんとなく、あのステージで酒寄さんが感じたものが分かったかもしれない。これが奏でる事の楽しさなのか。その楽しさが、忙しかった私の心に染みる。
「「誰も止められやしない
歌わずにはいられない!」」
結局、かぐやさんのお陰で、最後まで楽しく歌えた。満足気に席に戻るかぐやさんが、こちらに微笑みながら話しかけてくる。
「やーっと、笑ってくれた!今日の蓮夏、ずっと難しそうな顔してたから」
やはり顔に出てたらしい。動揺して眼鏡を直す。
「蓮夏は笑顔が似合うんだから、これからも、もっと笑ってね」
その、これから、と言う言葉に心がずきりと痛む。これからも、かぐやさんが笑顔にしてくださいよ。そんな責め立てるような毒が吐けたら、少しは楽になれるのだろうか。
「やめてくださいよ、そんな最後の忠告みたいな言葉……」
どうにか出した言葉は、引き留めるには意味をなさない。少し眉を下げながら、かぐやさんは首を振る。
「最後になるかもしれないから、伝えておきたいんだ。蓮夏の笑顔が可愛いのはかぐやのお墨付きだから!」
「だって……笑顔は貴女から貰ったんですよ……かぐやさんが居なくなったら……私……」
今後の作戦が失敗して、かぐやさんが居なくなったとしたら、今までのように笑えるだろうか。そう思い俯くと、かぐやさんの口から衝撃的な事実が話される。
「大丈夫!実はかぐやもこっちに来るまで、笑えてなかったから」
私が目を見開きながら顔を上げると、驚いてくれた事が嬉しいのか、楽しそうな顔で会話を続ける。
「月ってさ、ちょーつまんないの!味も、温度も、全部が平坦。たぶん私はそこでは今みたいに、心からは笑えてなかった」
ここがカラオケだと言うことすら忘れるくらいに、かぐやさんの口から出る言葉しか耳に残らない。それくらいの静寂を感じた。カラン、と溶けた氷がコップで音を奏でる。
「それで地球に来て、私びっくりしたんだ。地球のみんなは自由に過ごしてるのに、蓮夏だけ感情が何もなかった。私と同じ月の住人なのかなって思えるほど。だってそれくらいに、連夏苦しそうだった」
校門の前ですれ違った天真爛漫な女の子。今更気がついた。私は、ツクヨミで出会うより前に、かぐやさんに会っていたようだ。
「でもね、私のライブに来たとき、別人かって変わりようで、また驚いちゃった。それでね、私が推しって言ってくれて、心から笑えなかった、自由を知らなかった私でも、人の感情を動かせるって、知れたんだ。蓮夏のお陰なんだよ」
それを聞いて目頭が熱くなる。貴女のお陰で、笑えるようになったのに、好きって気持ちを知れたのに、逆に感謝されるなんて。
そっか、どこまでも自由を知らない貴女だからこそ、どこまでも自由だったんだ。
泣き出して、心が決壊するのを感じる。気持ちが抑えられない。
「もっと、お礼を言いたい」
「うん」
「もっと、応援したい」
「そっか」
「もっと推させてほしい……」
「……ありがと」
「……かえらないで」
「……ごめんね」
コップについた水滴が、縁を伝って机を濡らす。
私が駄々をこねているだけなのは分かってる。かぐやさんに迷惑なのも重々承知だ。でも、たとえ私のエゴだとしても、推しの笑顔を望むのは当然の権利じゃないか?だったら、と私はマイクを掴んだ。
「
「蓮夏……!こんなものじゃない、私からしたらさいっこうの贈り物!!」
私のお陰で、かぐやは今のかぐやになれたなら、それは私も一緒。それなら、かぐやの様に歌に乗せよう。気持ちを、想いを、願いを、今の私を全部かぐやに届ける。
だから、貴女の歌った歌で心に一番響いたこの曲を送ります。
「透明よりも綺麗なあの輝きを確かめに行こう
そうやって始まったんだよ
たまに忘れるほど強い理由」
歌い始めると曲がわかってか、かぐやは嬉しそうに手を叩く。それが私も嬉しくて、慣れないマイクをさらに握りしめる。
「いつか君を見つけた時に
君に僕も見つけてもらったんだな
今 目が合えば笑うだけさ言葉の外側で」
拙くて、下手でも、この心を伝えたいって、私のすべてが声を上げている。もし別れることになっても、私の気持ちも届けたい。だからこそ、床を踏みしめ、声を張る。
「ゴールはきっとまだだけど、もう死ぬまでいたい場所にいる
隣で、君の側で魂がここだよって叫ぶ!」
少し前の私が見たら驚くだろうな。何故かそれが楽しくて、口角を上げながら、腕で涙を拭う。向かい合うかぐやも泣きながら笑っている。
「君の一歩は僕より遠い 間違えなく君のすごいところ
足跡は僕の方が多い間違えなく僕のすごいところ」
かぐやに会えたから、かぐやと友達になれたから、かぐやを推せたから!私は今へ踏み出せた!息を吸い、さらにもっと先に!
「どんな最後が待っていようと、もう離せない手を繋いだよ
隣で、君の側で魂がここがいいと叫ぶ!」
あぁ、終わってしまう。もっと、気持ちを伝えたいと騒ぐ心が居る。でも終わりのない物なんてない。寂しく思いながらも、最後の最後まで笑いたい。
「君がいることをきみに伝えたい
そうやって始まったんだよ」
かぐやが拍手をくれる。こんな酷い歌によくもまぁ。でも悪い気はしない。鼻水と涙で崩れた顔を袖で拭い、かぐやを見つめる。お互いに涙で頬が濡れていた。気持ちが伝わったみたいで嬉しくて、笑う。
「これが私の気持ちです。ありがとう、かぐや」
かぐやも笑いながら、私を抱きしめてきた。声を震わせながら、あの時と同じように、真っ直ぐと通る綺麗な声で返事をくれる。
「……こちらこそありがとう!蓮夏は、私の最高のファンで友達だよ!」
私はかぐやの身体に手を回す。月にすんなり返してたまるか。最後の1秒まで、諦めない。だって私は彼女のファンだから。決意を新たに、私は今の幸せを噛み締めた。