「ねえ、どうしたの?」
そう言うと少女は、いきなり俺の右横に座った。
「ちょっ、何勝手に座ってきてるんだよ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなくて、とっさに反対側を向く。
しかし、少女はそんなことなど気にも留めず、話しかけてくる。
「何だよお前!赤の他人なのにグイグイ来るなよ!」
鬱陶しくて、つい俺は声を荒げた。
しかし、尚も少女は頑なにこちらの顔を見ようとしてくる。
遂に俺は諦めて抵抗するのをやめた。そして少女の顔が目に入る。
少し小柄だが、来ているワンピースがよく似合っていた。
「やっとこっち見てくれた!で、どうしたのそんなに泣いて」
少女はこちらのことなんてお構いなしに話しかけてくる。
あんな事話せるわけがない。俺はそのまま黙り込んで乗り切ろうとする。しかし―――
「辛いことでもあったの?」
その言葉に図星だった俺は、つい反応してしまう。
「…ごめんね、そんな事聞いちゃって」
「…いや」
誰も悪くない。悪いわけがない。悪いとするなら、もういない人のことをまだ引きずっている俺だろう。
少女との間に訪れた少しの沈黙のあと、少女は再び喋り始めた。
「私もね、この前の大災害で家が壊れちゃったの」
少女はそのまま話し続ける。
「産まれた時からずっといた大事な家だったの。でも、あのでっかいやつが来て…ぺしゃんこになっちゃって。家にあった大事なおもちゃも何個か壊れちゃった」
大事なおもちゃ…彼女にとって、それは俺にとっての母さんのようなものだったのだろうか。
「…悲しくないのか?」
「…悲しいよ」
少女は少し悲しい顔をしながら話を続ける。
「でもね、だからってずっと悲しんでても、戻ってこないの。だって家もおもちゃもバラバラになっちゃってたし」
戻ってこない―――それは母さんも一緒だろう。一度失われたものは戻ってくるわけがない。
「だからこそ、笑って頑張るの。きっと辛いけど、そしたらなんとなくだけど、また会える気がするから」
なんとなく―――確証なんてないのに…
そう考えていると、少女が突然、右手を握ってくる
「あなたに何があったかは知らない。…でも、泣いてる顔より、最初声をかけた時のあの顔のほうがいいと思うよ」
そう言って彼女は俺の顔真似をする。
「…俺、そんな怖い顔じゃねえよ」
「だってさっき怒鳴ってた時こんな感じだったもん」
「んなわけないだろ…」
そんなやり取りを続けていると、気づいたら俺は笑っていた。
気づけば空は茜色に染まっていた。
「あ、そろそろ帰らないと…」
「あっ、ちょっと…」
理由はわからないが、まだ一緒にいたかった。
「…帰り道、ついて行っていい?」
気づけばそう言っていた。
「いいけど…大丈夫?怒られない?」
「大丈夫だよ…」
全然大丈夫じゃない。多分帰ったら爺ちゃんにめっちゃ怒られるだろう。それでも、少しでいいから彼女と一緒にいたかった。
「…じゃあ、着いてきて!」
そう言って俺は彼女に付き添っていった。路地を抜け、商店街を抜け…あれ、なんかこの道見覚えが…。
気づけば目線の先に自宅が見えていた。意外に近所なのか、そう思っていたが…
「ここがうちの家!正確にはおばあちゃんの家だけど…」
…近所どころか隣の家だった。驚きを隠せないが言われてみればこの家のおばあさんの顔の面影はある。
ボーッと家を見ていると、横から複数人の声が聞こえる。
「陽菜、帰っていたのか」
「あれ、その子は…」
おそらくこの二人が彼女の親だろう。そしてその横には…
「こら優地!いつまで出かけとるんじゃ!」
…ゲッ、爺ちゃんだ。そう考える間もなく、爺ちゃんがこちらへ来る。
「ママ、お友達できた!」
「あら陽菜、良かったわね」
それが少女―――桜庭 陽菜という、明るく輝く星との出会いだった
「…とまあ、これがざっくりとした陽菜との出会いです」
「…大変だったんですね」
天音は申し訳なさそうな顔をする。
「あのあと、1ヶ月くらいで陽菜の家は修復が終わったらしくて、割と早く帰っちゃったんですよ。で、それに俺が号泣して…そしたら爺ちゃん、その次の年に唐突にこっちに越すって言って。…その頃の爺ちゃん、もう体が限界らしくて。守田さんの施設にいつでも行けるようにとか考えて越したんでしょうね」
その話を聞いた天音が優地に聞く。
「それじゃあお祖父様は…」
「小6の夏頃に老衰で亡くなりました」
その言葉を聞いて、天音の中で点と点がつながる。
…それなら、彼の陽菜に対する行動にも合点がいく。
「優地さん…つまりあなたは…」
一瞬の沈黙のあと、天音はゆっくりと口を開ける。
「陽菜さんに強く
それに対し、優地は静かに頷いた。
「…大事な人を一度に失い続けた代償なんですかね、失うことへの恐怖ってのが、治らない傷として残っちゃったんですよ」
一息ついて、優地は更に続ける。
「…俺にはもう陽菜しかないんです。陽菜のためなら、例え五体不満足になろうが、命を落とそうが――陽菜が幸せになっていてくれるなら、それでいいんです」
「そうですか…でも」
天音の声のトーンが変わる。
今までの落ち着いた声から、別の感情が混ざった声に。
「本当に、それで陽菜さんは救われるのですか?」
「それは…」
天音は優地に問いかける。
それに対し、優地は困ったような顔をする。
「…陽菜さんは優地くんを心の底から愛しています。愛する人を失った陽菜さんは、本当に幸せになれるのですか?」
優地の言葉が詰まる。
「きっと、優地さんがお母様を失った時と同じことになるでしょう。本当にそれで陽菜さんは幸せになれるのでしょうか?何より、優地さんはそれでいいんですか?」
「…それでもいいんです」
優地はそう答えると、天音は突然、机を叩いて立ち上がる。
「そんな自分勝手な考えは…絶対に駄目です!」
天音の顔は怒りに満ちていた。
「…天音さんには関係ないでしょう」
優地がそう言うと、天音は我慢の限界に到達した。
突然、机越しに優地の胸元を両手で掴む。
「自分が死んだその先のことを考えてから話してください!死んだ人はそれまででも、残された人の傷は…一生癒えないんです!あなたもわかっているはずです!」
大きな声で怒鳴った後、一息ついて天音は優地の胸元から手を離す。
「…少し熱くなりすぎました」
天音は優地から少し離れた席に再度座る。それから、息を整えて再び話し始める。
「優地さんの思いは確かに納得できるところもあります。しかし、今のあなたは
そう言われると優地は悔しそうな顔をする。
「力を持たないあなたでは陽菜さんを守ることはできません。言い方は嫌ですが、足手まといと言わざるを得ません。この前みたいな人質状態になるくらいなら、シェルターで待っていてもらったほうが、陽菜さんも優地さんのことを過度に考えずに済むのではないでしょうか」
そう言うと優地は完全に黙り込んでしまった。
ちょうどそのタイミングで、天音の電話がなる。
「…赤井司令ですね。すみませんが、今日はこれまでにします。部屋の鍵閉めは後で私がやるので、開けっ放しで大丈夫です」
そう言うと、天音は優地を部屋において出ていった。
一人残った優地は俯いて自分の手を見る。
「…力が。俺に陽菜を守る力さえあれば…!」
その時の優地は気づいていなかった。
自分の手から、僅かな魔力が漏れ始めていたことに。