時は少し遡り、二十分ほど前―――ビルが壊れ、廃墟のようになった大宮の市街地を、優地は一人で歩いていた。
見渡す限りどこを見ても人の気配は感じられず、半日も前に見たあの賑わいが嘘のように見える。
「ひどいな…これは」
自分が知る限り、一番ひどい荒れ方だった。ワカバモールですら、まだ原型はとどめていたのに…。
こんな惨状になっても優地がここまで来た理由は単純に心配だという理由だけだった。
天音がいなくなってからも、優地は駅にいた。せめて負傷者くらいどうにかしたいという思いでシェルターと駅を行き来していた。しかし、何度か往復したところで駅に魔法戦士が運ばれてきた。その時盗み聞きした際、僅かだが「劣勢」、「支援を」と聞こえたのだ。
おそらく、戦況はあまり良くないのだろう。
それはつまり、陽菜も良くない状況に置かれているということだ。
陽菜は強くなった。それは優地が一番わかっていた。それでも、自分の中にある不安と恐怖が「陽菜ならだ心配ない」という考えを塗りつぶしてしまう。
戦場から聞こえる音は徐々に小さくなっていた。
魔獣が弱っているのか、はたまた陽菜たちが追い詰められているのか、どちらかはわからない。それでも、なにかできるはず―――そう頭の中では考えても、結局何ができるのかは思いつかなかった。ただ、力も考えもなく、優地は戦場へ向かっていた。
「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
突如、戦場の方から大きな声が聞こえ、思わず耳をふさぐ。
あまりにもでかい音で耳をふさいでも大きな声が聞こえる。
少しして、音が止み、耳をふさいでいた手をもとに戻す。
先程の声は一体何だったのだろうか。少なくとも、人ではなかった―――なら魔獣の断末魔だろうか?
内心ではそう思いたかったが、どうしても嫌な予感がした。
優地はなんとか原型を保っている建物が並ぶ大通りを進んでいくのであった。
足が動かない―――陽菜は戸惑っていた。
突然足が力を失ってしまった。最初は魔力切れと思ったが、周りを見ると徳姫と天音も立ち上がれなくなっている。周囲に見える大宮支部の人も動けなくなっていた。気がつけば、体中に鳥肌が立っている。
「はは…どうだお前ら。怖いか?」
そしてやっと陽菜は気づいた。今、自分はレオをとてつもなく恐れているのだと。
頭の中では恐れていなくても、体はレオに対して強い恐怖心を抱いているのだと。
「これは奥の手だったがなぁ…俺の咆哮はあらゆる生物に恐怖心を植え付けることができる。お前らは今、蛇に睨まれた蛙のように動けねえ」
そう言うと、レオは傍にあったビルをそこにいた魔法戦士もろともなぎ倒した。
「どうして俺の力が変幻自在なのか、わかるか?」
レオはゆっくり三人がいる方へ近づいていく。
体を動かそうとしても言うことを聞かない。
「それはな、俺がこの星の生物の人に対する怒りや苦しみから産まれてきたからだ」
レオは三人の前に立ち止まる。
「この星には数多の生物がいる…本来、それらは共存と敵対を繰り返しながらサイクルを回していた。…人類がこの世界を完全に支配するまでは」
そこまで言うと、レオの表情が怒りに変わる。
「人類はその知能を使って、サイクルを破壊し始めた。その結果、多くの生き物が死に絶え、絶滅した…。それどころか、人類は同じ生物を下の存在とみなして無理やり従わせ、見世物にすらし始めた」
すると、レオは徳姫と天音を掴む。二人は必死に逃れようともがくが、レオの手からは逃れられない。
「多くの生物が苦しみ…絶望しながら死に絶えた。だが、そんな時代はもう終わりだ」
そして、二人を掴んでいる手の握力を強める。全身を押しつぶされる痛みに二人の悲鳴が聞こえる。
「俺が人類を滅ぼし、再びあるべき姿に戻すのさ」
言い終わると、二人を握っていた手元から何かが折れる音が聞こえた。
レオは二人を投げ捨てて陽菜の方へ近づいていく。
「お前はさんざん邪魔してくれたよな…本来、あのでかい建物を襲撃した日、俺は人類に宣戦布告する予定だった。俺の圧倒的な力を見せつけ、抵抗させる気すらなくして一方的に蹂躙するつもりだった…しかし、お前があの魔獣を制圧し、計画は台無しになったんだ!」
レオは陽菜の前まで来ると、陽菜を掴み上げる。
「その後も俺の魔獣を意図も容易く倒して…俺の計画は台無しだ!」
レオは陽菜をそのまま地面に向かって勢いよく投げ飛ばす。地面に激突した陽菜は咆哮のせいで動けない上、地面にあたった衝撃で意識が朦朧としていた。
「だからな…お前だけは簡単に殺さねえ。この星の生物が味わった苦痛をたっぷり味わってから死ね」
そう言うと、動けない陽菜に向けて、レオは巨大な拳でパンチを放つ。
回避することのできない陽菜は攻撃から守ることができず、レオのパンチをもろに受ける。
一回では終わらない。何度も、何度もレオは陽菜に殴られる。
悲鳴や苦痛の声をあげる余裕すらない。ただ、数え切れないほど殴られるだけだった。
それからしばらく時間が経った。陽菜は辛うじて意識を保っていたが、既に足の骨は折れ、他の部位もかなりの重傷を負っていた。
「どうだ、今まで踏みにじってきた命の痛みはどうだ?」
陽菜は声を出すことすらできない。
「…だんまりか。まあいい、もうそろそろとどめを刺そうとしていたところだ」
そう言うと、レオの口が光りだす。
「体力もある程度回復したんでな。最後は楽に消し飛んでもらうぜ」
左右の口も光りだす。
陽菜の体は既に満身創痍だった。指一つ動かすことすらできない。
―――長かったなぁ、私の人生。
レーザーが放たれる寸前、陽菜は虚ろな目で光の方を見ながら考えていた。
本来、あの時尽きるはずだった命なのに、優地のおかげで少しだけだが長く生きることができた。
なのに結局、優地が危惧していた通りの死に方をしてしまった。
自分の未熟さと考えのなさが起こした死だ。後悔してないと言えば嘘になる。もっと一緒にいたい。また二人で何処か行きたい。
だが、もうそんな願いは叶いそうにない。
「ごめん、ね…」
振り絞って出そうとした声は、優地に対しての謝罪だった。
聞いてるはずもないし、届くはずのない言葉。何故言おうと思ったのかはわからない。
「あばよ…!」
光が私の前に向かってくる。私を滅ぼす、破滅の光が。
私は目を瞑った。
「陽菜ーーーーー!!!!!」
―――ありえない。聞こえるはずがない。
そう思い、一度瞑った目を再び開き、声の方を向く。
目に入ったのはこちらに向かってくる優地だった。
駄目―――こっちに来たら―――
言おうとしても、声はかすれてでない。
神様―――そう願ったその時だった。
陽菜の体が、突然浮いて、何処かへ引っ張られる。
誰かが私を持ち上げているわけではない。体に紐か何かがついているわけでもない。不思議な力が私を何処かへ引っ張っていく。
そして向かった先には―――優地がいるのだった。
「陽菜!!!」
気がつけば、陽菜は優地の腕の中にいたのだった。