それから2日後の朝。陽菜は川越駅の改札前にいた。
「それじゃ行ってくるね、優地」
「ああ、思いっきり楽しんでこい」
バイトでライブに行けない優地は、陽菜を見送るため改札まで付いてきていた。
「なんかあったらすぐ知らせろよ、飛んでいくからな」
「大丈夫だって…ありがとね」
「…一応言っとくけど、俺今はマジで飛んでいけるからな。いざとなったら本当に知らせろよ」
冗談だと思っていたが、昨日の一件で、今の優地なら本当にできるのだと陽菜は気づいた。
「ふふっ…それなら安心だね。じゃあ、いってくるね」
そう言うと陽菜は改札を通り抜けていくのだった。
「…あ、陽菜にこの前言ってた歌手のCD渡すの忘れてた…まあまた今度渡せばいいか」
それから30分。陽菜は大宮駅に着いていた。
陽菜は改札を出て近くにあったカフェの前で立ち止まった。
「…少し早く着すぎたかな」
陽菜は徳姫、天音たちと会場へ向かうため、ここで集合する約束をしていた。
しかし、集合時間より1時間近く早く着いてしまった。
「…優地の出勤に合わせたとはいえ、ちょっと早すぎたかなぁ…」
仕方なく、陽菜は少し近くを歩くことにした。
駅の外に出た陽菜は、ふと足を止めた。
昨日のレオの一件で、大宮は壊滅的な被害を受けたはずだ。なのに、ビルも道路も傷一つなく元通りになっている。
陽菜が困惑していると、正面から見覚えのある顔が近づいてきた。
「あなたは…桜庭 陽菜ですか」
「えっと…確か天国…明日奈さんでしたっけ?」
目の前にいた女性―――天国明日奈が、陽菜の前に立ちはだかった。
「奇遇ですね、まさかこのようなところで会うとは。どのような要件ですか?」
「あ、えっと…」
正直、陽菜はこの明日奈という女性が苦手だった。
威圧感のある喋りが古傷を撫でられるようだからである。
「そういえば、今日はUTA-HIMEが県内の高校生を集めてライブを開催するとのことでしたが…なるほど、そういうわけでしたか」
明日奈はそう言って立ち去ろうとする。
「あ…あの!」
「…何か御用ですか?」
「その…町が元通りになってるんですけど…これって…」
鬱陶しそうに聞き返してくる明日奈に対し、陽菜は小さな声で明日奈に問う。
あんなひどい惨状を傷一つない状態に戻せるとしたらそれはきっと―――
「私の力です。昨日修繕しましたが、確認したとはいえ少し不安でしたので……ところで、そちらの二人はあなたの友人でしたよね?」
明日奈がそう言い、陽菜の後ろを指さす。
後ろには徳姫と天音がいた。
「久しぶり…ではないけど、これまたすごい人に会ったね…」
「陽菜さんとおしゃべりしていましたが、一体何を話していたのでしょうか?」
「…私の力の話を少々しただけです。次の予定がありますので、またどこかでお会いするとしましょう」
そう言うと明日奈は去っていった。
「…やはりあの刺々しい感じは嫌ですね…」
「なーんとなく悪い人じゃない気はしてるんだけどなぁ…」
明日奈の後ろ姿を見て二人が話す。
「っていうかお二人とも、いつの間に来ていたんですね…」
「ああ、着いたのは10分くらい前だけど、私たちも早かったから少し歩こうと思ってね。そしたら二人がいたの」
「余分に早く着いておくつもりでしたが、陽菜さんの方が一足早かったようですね。せっかくですし、街を見つつ、少し早く会場へ向かいましょうか」
そうして三人は会場へ向かった。
「よお陽菜ちゃん!うちの学校の集合場所はこっちだぜ!」
会場にはひと足早く新一含むクラスメイトたちがいた。
「それでは陽菜さん、また後で会いましょう」
天音がそう言うと、徳姫と天音の二人は自分らのクラスがいる方へ向かっていった。
「全員集まりましたねー?それじゃあ行きますよみなさーん」
真由美先生がそう言い、一同はアリーナの中へ入るのだった。
会場には既に多くの観客が集まり、広大なアリーナもほとんど埋まっていた。
「いやータダでライブなんて太っ腹も良いところだぜ!しかもペンライトまでタダでくれたしよ!」
「本当だよ、優地来れなくて残念だな」
新一とその友人が優地の話をしている。
座った席の左右には織原と新一が座っている。
嫌というわけではないが、それでも優地がいないことが少し寂しかった。そう感じていると、スマホから通知音が聞こえる。スマホを起動すると徳姫からメッセージが来ていた。
『後ろ』
後ろを振り向くと、少し離れたところに徳姫と天音がいた。ペンライトを振る二人に陽菜もペンライトを振り返す。
『間もなく開演です、今しばらくお待ちください』
「おおー!」
「待ってました〜!」
満員になったアリーナのあちこちから歓喜の声が聞こえる。
「…もうすぐ開演だけど、お手洗いに行っても大丈夫かな…?」
陽菜は隣にいた織原に問う。
「いいけど…もしかして外の空気のせいで体冷えちゃった?」
「そうなの…悪いけど少し席外すから荷物お願いできる?」
「いいよ、横の新一が漁らないように見張っておくよ」
「なんで俺!?」
織原の了承を得た陽菜は席を離れてお手洗いへ向かった。
『皆さん、盛り上がってますかー?これからずっと、盛り上がっていきますよー!』
その時、ちょうどライブが始まるのであった。
「時間かかっちゃった…!」
アリーナ内のトイレは行列ができていたため、陽菜はやむを得ず入口近くまで来ていた。
既にライブは始まっているようで、遠くからUTA-HIMEの歌声と観客の歓声が聞こえる。
「早く戻らないと…!」
陽菜が駆け足で戻ろうとした時だった。
StaffOnlyと書かれている看板の後ろにある通路。そこに人影が見えた。
普通なら、ただのスタッフだと思って気にせず立ち去る―――はずだった。
しかし、陽菜はその人影を見て足を止めた。
なぜならその人影は陽菜の見覚えのある―――特徴的な仮面をつけていたからだ。
「…メイオウ!?」
本来ならそこにいるはずのない人物を目にした陽菜は、StaffOnlyの看板を乗り越えてメイオウを追い始めた。
メイオウは堂々と通路を歩いていた。陽菜はその後ろを静かに追う。
ふと、メイオウが曲がり角を曲がった。見失わないように、陽菜も追いかけようとする。
「やぁ」
「…っ!」
角を曲がろうとした途端、メイオウの顔が眼前に立ちふさがり、咄嗟に陽菜は後ろに飛び退いた。
「久しぶり…でもないよね」
「メイオウ…どうしてここに…!」
メイオウは腕を組み宙を見上げる。
「うーんとねー…推し活?」
「ふざけるのは大概にして!なにか企んでるのは分かってるんだから!」
陽菜は近くに置いてある刺股に手をかけ警戒する。
メイオウは大きくため息を吐くと、陽菜の手を掴んでそのまま投げ飛ばした。
床に叩きつけられた陽菜だが、幸い怪我はしていない。
「ここに来た目的は主に2つ…一つは実験、もう一つは…そうだね、ショートカットかな」
「ショートカット…?」
それが何を意味しているのかはわからなかったが、何か良からぬことを企んでいることは確定した。
「まあ、偶には流行りのアイドルの歌を聞いてみたらどうだい?きっとハッピーな気分になれるよ♪」
「何を企んでるかわからないけど、ここで悪さはさせない!
陽菜が変身して応戦しようとしたその時だった。
「ちょっとちょっと!何してるのよあんたら!」
メイオウの後ろから男性の声が聞こえる。
「…これはマネージャーの
突然現れた男に困惑する陽菜を横目に、メイオウが真音にコソコソと話す。
「ったく、そういうことね!お嬢ちゃん、ここはスタッフ以外入っちゃいけないのよ。今なら不問にするから、ほら戻った戻った!」
「え、いやその人は…」
「この人はスポンサーの方!ライブは始まってるんだからさっさと戻りなさい!」
「真音さん、この子は私が責任を持って帰します。それより、真音さんは
陽菜の前に立ちはだかるメイオウは真音に目配せを送る。
「…そうね!じゃあそっちは任せたわよ!」
そう言うと真音は立ち去っていった。追いかけようとする陽菜にメイオウが立ちふさがる。
「…何をするつもり?」
「さぁ…それより、そろそろ戻ったほうが良いんじゃないかな?きっと、みんなすごいことになってると思うよ?」
陽菜はハッとして慌ててステージの方に向かった。
とてつもない嫌な予感が背筋を伝う。
ステージに戻った時、会場は相変わらず歓声に包まれていた。
『皆さん、ありがとうございます!』
UTA-HIMEがそう言うと、会場の歓声が一層強まった。
まだ何も起きていないことに安堵しつつ、現状を伝えるために徳姫のところに向かおうとした時だった。
『みなさーん、私のこと、好きですかー?』
「「「「好きー!」」」」
『じゃあ皆さん…私の言う事、なんでも聞いてくれますよね?』
陽菜はその
ただマイクで喋っているだけなのに、胸の奥を触られるような感触を感じる。まるでメイオウの力のような―――
『お持ちのペンライトを…壊してください』
UTA-HIMEがそう言うと、会場の人々が一斉にペンライトを壊し始めた。踏み潰し、叩き壊し…突然広がる異様な光景に、陽菜は足を止めてしまう。
『おやぁ…?どうやら言うことを聞いてないお人形さんがいるみたいですねぇ…』
そう言うと、先程までUTA-HIMEを照らしていたライトの一部が陽菜に当てられる。
『言うことを聞けないお人形さんには…きつーいお仕置きが…必要ですねぇ…!』
そこにいたのは、先程まで明るく歌を歌っていたアイドルではない。
氷のように冷たい瞳と声で支配する、女王だった。