一方、その頃。優地はバイト先の一つである川越駅前のスーパーに働いていた。
「…店長、なんですかこれ」
店長が自慢げな顔で謎のデカい機械の上に腕を置いている。
「仕入れたんだよ…超巨大音楽プレイヤーを!」
「超巨大音楽プレイヤー…?」
その場にいる店員がみんな困惑する。
「…要するに音楽聞けるのよ、バカでかい分性能はいいんだよ?」
店長はそう言うと、リモコンを操作して音楽を流す。
「いい曲…ですけど」
「少し世代が古くないっすかね?」
「えー?確かに僕が社会人1年目とかの時の曲だけど…」
「店長、それ最低でも20年経ってるっすよ〜? 」
市川がそう言うと、店長が固まる。
「カーッ…ジェネレーションギャップかぁ…」
「店長、時代はUTA-HIMEですよ〜、そうだ、UTA-HIMEの曲流せません?」
「あ、これCDオンリーだけど」
店長の言葉に一同が肩を落とす。
「CDなんて今どき誰も持ってませんよ…」
「そもそも今なんてスマホひとつで聞けるんですから…」
「店長、図りましたね…!」
「いや知らんし…ま、いないってことは仕方ないから俺の好きな曲をずっと流すか…」
「あ、そういや俺CD持ってますよ?」
優地がそう言うと、一同が優地の方に視線を向ける。
「優地くんナイス!」
「店長のオヤジ臭い曲じゃないならなんでもいい!さあ早く流すんだ!!」
「ねえひどくない?ひどいよね?」
店長がそうぼやきつつ、優地は機械を操作してCDを挿入する。
流れてきた曲の声は少し幼さがあったが、とてもきれいな歌声で一同は惚れ惚れしている。
「優地くん、これってどっから持ってきたの?」
「好きな歌で…彼女に渡そうとしたんですけど渡しそこねて…」
「そっか、高校生は大宮行ってるのか…私も行きたかったなー」
市川が言うと、店長が唸り声をあげる。
「優地くん…」
「『ひどくない?』とかならお断りですよ」
「いやさぁ…この歌手の名前ってわかる?」
優地は店長の質問に首を傾げる。
「それが…CDに入ってた紙は日焼けしちゃってて読めなくて…正直、誰かわからないんです」
「そっかぁ…いや、なーんか聞き覚えがあってさぁ…」
店員たちが曲にノッている中、優地と店長の二人は唸り声をあげるのだった。
『言うことを聞けないお人形さんには…きつーいお仕置きが…必要ですねぇ…!』
先程までとは別人のようなUTA-HIMEと、周囲の異様な光景に陽菜は混乱していた。
『皆さぁん、そこにいるお嬢さんを〜、取り押さえてくださぁい』
UTA-HIMEがそう言うと、近くにいた観客が陽菜に向かって飛びかかってくる。
最初は上手く交わしていたが、増え続ける人のせいで次第に逃げ場がなくなっていく。
「…っ!」
まもなく、背後から飛びかかってきた人にぶつかり、陽菜は地面に倒れた。
すぐさま、周りにいた人々が一気に陽菜を取り押さえる。
「言うことを聞けないお嬢さんにはぁ…私の歌をまる1日聞いてもらってぇ、虜になってもらいましょうか〜」
取り押さえられた陽菜にUTA-HIMEが近づいてくる。なんとか手足を動かそうとするが、取り押さえている人々の力が強すぎて振りほどけない。
気がつけば、UTA-HIMEはすぐ目の前まで来ていた。
「可愛いお嬢さんですねぇ…壊してしまうのがもったいないくらい…」
UTA-HIMEは陽菜の前に屈むと、顎に手をかけて持ち上げる。
その時だった。
「ハイドロ・ストリーム!」
二人の横から大波が押し寄せ、陽菜とUTA-HIME、周囲の人々をまとめて流していく。
流されていく陽菜の腕を誰かが掴み、そのまま持ち上げる。
「陽菜ちゃん、大丈夫!?」
「ゲホッ…徳姫…さんと…天音さん?」
「怪我はありませんか?」
陽菜を持ち上げた徳姫と天音は、そのまま陽菜を会場の最も高いところまで持ち上げて降ろした。
「無事だったんですか…!?」
「はい、徳姫さんのおかげでなんとか…」
陽菜が戻る数分前。ライブを聴いていた徳姫と天音は違和感を感じ始めていた。
「なんだか…乗り物で酔ったときのような感じがします…」
「私も…なんでだろ…」
歌を聞き始めて数十分。歓声に包まれる会場で、二人は謎の倦怠感と立ちくらみを覚えていた。
次第にその違和感は、頭まで到達し始める。
「気持ち悪い…ですけど、なんだか楽しい感じがしてきたような…」
やがて違和感は高揚感へと変わっていく。先程までの苦しさとは一転、幸福感に包まれて―――
「天音ちゃん!」
横から聞こえた声と頬に感じた痛みで、天音は正気を戻した。
「徳姫さん…?」
「ごめん、こうでもしないと多分正気に戻れなかったから…」
ふと天音が徳姫の左手を見ると、そこには小さな刺し傷があった。
「徳姫さんそれって…」
「ちょっとね……それより聞いてほしいの。多分なんだけど…この歌、人を洗脳する力がある」
「洗脳する力って…そんないきなり…」
「前にメイオウにされたやつと似た感じがしたの…あれよりは優しくて、どっちかと言うと懐柔される感じだけど…」
徳姫は以前、メイオウの支配を受けたことがある。下手な勘より根拠のある言葉だった。
「…仮にあるとして、なぜそのようなことが…」
その時だった。下に見える入口に陽菜が見えた。
『みなさーん、私のこと、好きですかー?』
「「「「好きー!」」」」
『じゃあ皆さん…私の言う事、なんでも聞いてくれますよね?』
「最初は様子見でしたが、流石に動かないわけにはいかなくなりましてね…」
「…結構水量あったと思うんだけど、UTA-HIME結構ピンピンしてるよ…」
下を見ると、UTA-HIMEが何もなかったように起き上がり、どこからか持ってきたタオルで顔を拭いている。
「ひどいですねぇ…メイクが落ちちゃったらどうするんですか?」
「メイクじゃないのでしょう?その姿は…」
UTA-HIMEの言葉に、天音が言い返す。
「メイクじゃないって、まさか…」
「…同業者を騙すには、ちょっと嘘が下手でしたかぁー」
陽菜がそう言うと、陽菜たちの真横を光弾が通り過ぎる。
「そうです。私はあなた達と同じ、魔法戦士なんですよぉ〜」
「ははは…当たってほしくない予想があたっちゃったなぁ…」
「魔法戦士って…なんで!?」
「魔法戦士だからといって、全員が世界を守ろうとしているわけではありません……彼女のように」
陽菜の疑問に、天音が答える。
「せっかくですし、皆さんには私の力を教えてあげましょう…私の力は『言葉を具現化させる能力』。つまり、私が言ったことはすべて現実になるんです。こんな風に……」
するとUTA-HIMEは息を大きく吸う。
『爆ぜて』
すると、陽菜たちの周りで突然小さな爆発が起きる。
「
咄嗟に陽菜も変身して身構えるが、爆発はごく小規模であり、大したものではなかった。が―――
「よそ見はぁ…めっ!ですよ!」
後ろからの声に気づき振り向くと、UTA-HIMEがマイクスタンドを思い切り振りかぶっていた。
「フィリア・シールド!」
陽菜が咄嗟にガードを展開するが―――
『吹き飛んで』
すると、陽菜たちの体が中に浮かび、一気に地面まで吹き飛ばされる。
『抑え込んでください、みなさーん!』
UTA-HIMEがそう言うと、地面に激突した陽菜たちを観客たちがのしかかってくる。
最初は薙ぎ払っていた三人だったが、一般人相手に本気で攻撃することもできない。
手加減しながら追い払っているうちに、次々と人が押し寄せ、ついには三人とも身動きが取れなくなった。
「ここまで人が多いと、先程のように無理やり押しのけるのも無理でしょう?」
眼前まで来たUTA-HIMEに陽菜が問いただす。
「どうして…どうしてこんなこんなことをするんですか!この前は…みんなを励ましたいって!」
「そのとおりですよぉ。私は皆さんを励まして、笑顔になってほしいんです…ほら、み~んな笑っているでしょう?」
周りを見ると、UTA-HIMEに向けて再び歓声が送られる。観客たちはみな笑みを浮かべて歓声を送っている。しかし、そこに感情はこもっていない。空っぽの歓声が、陽菜たちの周りで響く。
「狂ってる…!」
「正気の沙汰ではありません…!」
UTA-HIMEを非難する二人。
その直後、UTA-HIMEの後方に二人の人影がみえる。一人は先ほど会ったUTA-HIMEのマネージャー、そしてもう一人は―――
「メイオウ…!?」
「お久しぶりですね、皆さん」
二人は一瞬、彼女が操られている可能性を考えた。しかし―――メイオウは突然四つん這いになって地面に這いつくばった。
「あら、いつも通り椅子になってくれるんですかぁ。ありがたいですね〜」
「いえいえ…
「えっ…!?」「なっ…!?」
突然の光景に困惑する二人。
「こちらの方はスポンサーのお一人なんです。どうやらお知り合いのようですが、この方はもう私の忠実な犬なんですよ〜」
「UTA-HIME様!一生ついていきます!!」
まさか、メイオウまでもUTA-HIMEの支配下に落ちているとは思わなかった。陽菜、徳姫、天音の三人は衝撃を受ける。
「ところで真音さん、準備はできてますか〜?」
「もちろんよ。すでに県内の大半のネットワークは掌握してるわ!」
「何を…するつもりですか!」
取り押さえられたままの陽菜がUTA-HIMEに問う。その声色には、怒りがにじみ出ている。
「反骨精神の強い方ですねぇ…でも、もうすぐ皆さんも彼のようになるんですよ?」
UTA-HIMEは立ち上がり、未だに四つん這いになっているメイオウを蹴り飛ばす。
「ああ感服!」
気味の悪い発言をするメイオウを横目に、UTA-HIMEは再びステージへ戻っていく。
「…今だ!」
徳姫がそう言うと、再び大波が一同を飲み込む。三人を取り押さえていた人々が流され、三人は解放される。同時に、三人はそのまま入口へ続く通路へ向かう。
『止まりなさい!』
UTA-HIMEがそう言うと、三人の動きがピタッと止まり、動けなくなる。
「はぁ…っ!」
しかし、陽菜だけはその拘束を振り払い、会場から去っていった。
「一人だけ逃げてしまいましたが…まあ戻ってくるのは時間の問題でしょう」
動きを止められた徳姫、天音は先程振り払った観客によって近くの椅子まで運ばれ、縄できつく拘束される。
『それでは皆さん…私、UTA-HIMEによる、エターナル・ライブをお楽しみください!』
拘束を振り払った陽菜は入口の窓ガラスを突き破り、会場の外へ出る。
そのままアリーナの上空まで来た陽菜だったが、まもなく異変に気づいた。
アリーナの外にいるはずなのに、UTA-HIMEの曲が街の至る所から聞こえてくる。
よく見ると、ここへ来るときには動き続けていた道路の車が、すべて止まっている。
その周囲では、人々がまるでゾンビのように力なく徘徊していた。
『みなさーん!私の声が聞こえていますか〜?』
UTA-HIMEの声に、人々が歓声をあげる。
UTA-HIMEの声は近くの防災無線から聞こえ、ビルのスクリーンの映像はUTA-HIMEのライブ中継になっている。
『私のライブからぁ、脱走者がでちゃったんです!この人を見つけた人は、すぐに私に連絡してくださいね〜!』
スクリーンには陽菜の姿が映し出されている。
「おい、いたぞ!」
「空にいるわ!」
先程までUTA-HIMEの声を聞いていた人々が陽菜を指差している。
今や、街中の人々がUTA-HIMEの操り人形と化していた。
(…優地!)
陽菜は胸騒ぎを覚えた。この騒ぎがこのあたりだけで済んでいるはずがない。先程、マネージャーの男は「県内の大半のネットワークを掌握した」と言っていた。
そこから考えられる、最悪の可能性。
(…徳姫さん、天音さん、絶対にまた後で来ます!)
陽菜は心の中でそう言うと、川越に向かって飛び立つのだった。