嘘つき。嘘つき。
みんな嘘つき。
ありもしないデマを広げる人。そのデマを信じて私を見放した人。ペラッペラの言葉で優しくしてくる人。
みんな、嘘つきだ。
どこで間違えたのだろうか。私はただ、みんなに歌で笑顔になってほしかっただけなのに。それなのに―――なんで。なんで。
そんな事を考えながら、私は夜の街を一人トボトボ歩く。
特に目的もなく、ただひたすらに歩く。
どうすればよかったのだろう。
もう、それを教えてくれる人はどこにもいない。
もしかしたら―――そもそも、あんな願いを持ったこと自体が間違いだったのか。
そう考え続けながら歩いていると、たまたま通りかかった3人組の男たちとぶつかり、地面に尻餅をつく。
「あっ…すみません…」
「やっと見つけましたよ…宇多田 翔子さん」
唐突に名を呼ばれたことに驚き、私はぶつかった相手の顔を見る。
私は彼らの顔を見たことがあった。
少し前、部屋のすぐそこまで記者たちが押し寄せた時に真音さんが必死に止めようとしていた人だ。
「急に事務所からいなくなったのは少し焦りましたが…まあ、退所のニュースをいち早く手に入れられたのは幸いですねぇ。こりゃ金になる」
気づけば私は3人に囲まれていた。その上、体が震えて言うことを聞かない。
「安心してくださいよ、我々にそういう趣味はありません。今から質問することに全部『はい』と答えてくれれば手荒なことはしないと保証しますから」
「かは…っ…!」
記者の一人が私の首を掴む。
「スキャンダルやスタッフへの暴力は真…この雑誌に載っていることはぜーんぶ真…そうですよね?」
違う―――そんなの嘘。
私は―――そんなこと―――
「知らない…です…っ」
「チッ…『はい』って答えろって言ってるだろ!」
首を絞める力が強まる。
頭の中が徐々に曇っていく。
「どうせあんたが『この記事は嘘だ』なんて言ったところで世間はだーれも信じはしねえよ!所詮あんたを好きなファンが言ってることなんか、ぜーんぶ
記者が翔子を揺さぶりながら言うが、翔子の意識はすでに遠のきかけていた。
戯言―――全てが、戯言―――
薄れゆく意識の中、翔子の脳内にその言葉が響き続けていた。
そんなことない―――みんな言ってた。
私の歌を聞いていれば元気が出る。
私の歌を聞いていたら嫌なことも忘れられる。
私の歌を聞いていたら―――
みんな私のことを応援するって言ってた。それなのに―――なんで私のことを助けてくれなかったの?
応援するって言ってたのに―――どうして?
―――ああそうか。すごいのは、
私のことなんて、別にどうでも良かったんだ。
私の夢も、所詮叶わない夢―――うたかたの夢だったんだ。
ならもうこんな夢なんか、いっそのこと―――捨ててしまえばいい。
むしろ―――全部壊してしまえばいい。
―――あれ、なんか目の前が眩しく―――
『離れて』
ふと、翔子がかすれた声でそう言うと、翔子の首を掴んでいた手が離れていき、3人が気力のない足取りで翔子の後ろに下がる。
『どっかに行ってください』
そう言うと3人はとぼとぼと路地裏から離れていった。
『
すると、翔子の体を光が包む。
光が晴れると、翔子の服が変わっていた。ふと近くの窓ガラスを見た時、そこに写っていた私は、腰まで届く長い髪とやや青に寄った青紫色の瞳、そしてかつての日にライブで来ていた青いパフスリーブとパニエを着ていた。
「ふふっ…」
それは、世間で魔獣を退治し、注目を浴びている魔法戦士の力だった。
「神様も、やるときはやってくれるんですねぇ。私にこんな力をくれるなんて」
翔子の顔には笑みが浮かんでいた。
『声を具現化する力』―――誰も聞いてくれなかった私の声を届けるには相応しい力だ。
そうだ、この力を使って、すべての人を操ってしまおう。
そうすれば―――。
そうして、私は真音さんとなんとか再会し、とある極小規模のアイドル事務所に入り、そして―――乗っ取った。事務所の社長を無理やり操り、そして掌握した。
私のために動き、私のために尽くしてもらうために。
そして、すべての準備を終えた私は、再びステージの前へ立った。かつて私から全てを奪いつくしたその世界に。
今度は全てを手に入れ、頂点に―――『UTA-HIME』になろう。
突然流れ始めたその曲に激しく動揺する翔子。
「なんで…なんでこの曲が…?」
「優…知り合いが持ってたの。私も聴かせてもらった」
陽菜は色褪せたCDケースを取り出す。
「すごくいい曲だった。純粋で、きれいな声で…あなたのキラキラした心をすごく感じた」
「へぇ…だから何なんですか!」
「…さっき、あなたの歌から何も伝わらないって言ったけど…一つだけ、気づいたことがあるの」
すると、陽菜は翔子に向けて再び視線を向ける。
「翔子さん。あなたは…寂しかったんじゃないですか?」
「なっ…何を言うんですか?」
「いろんな情報を調べて、ある週刊誌の記事にたどり着きました。書かれていたのはスポンサーへの暴行やスキャンダル…でも、あんな歌声を響かせていたあなたがそんなことをするなんて考えられません!」
「…っ!?」
「きっと、出任せか事実を捻じ曲げた内容なんでしょう…だけど当時のあなたはこれがきっかけで引退まで追い込まれてしまった」
陽菜の話に、翔子はただ、スカートの端をギュッと掴んでいる。
「苦しかったでしょう。憎かったでしょう。…寂しかったでしょう」
「…さい…うるさい…うるさいです!」
すると翔子がいきなり攻撃をヒートアップさせ、光弾を手当たり次第に打ち放つ。しかし、陽菜はそれを軽々と避ける。
「あなたに…あなたに何がわかるんですか!」
「全部はわからない。でも、私も似たような境遇だったから……あなたがどれほど苦しかったのか、少しはわかるつもりです。でも、あなたには私と違って…手を差し伸べてくれる人がいなかった…一人で、ただ泣くことしかできなかったんじゃないですか?」
「…ええ、そうです。私には手を差し伸べてくれる人なんていなかった…だから私は誓ったんです!次は全てを手に入れよう…この力で全てを支配してしまおうと!」
「それは違う!」
陽菜が再び大きな声で言う。
「支配しようとしたなんて嘘…だってあなたの力があれば容易にできたはずです。それなのに、わざわざアイドルになってやろうとした…。翔子さん、きっとあなたは―――まだかつての夢を、捨ててないんじゃないですか!」
「なっ…何を言うんですか!幼き日の夢なんて、疾うの昔に…」
「あなたの夢は『歌でみんなを笑顔にすること』だったはずです!そのつもりじゃなかったとしても、その願いは今も尚あなたの心に残り続けているはずなんです!」
「…っ!」
ふと、翔子の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックする。
あの日、避難所で歌った時。
そして、この力を手に入れたあの時。
私は同じことを決意した。
あの日、私は歌でみんなを笑顔にすることを誓った。
そして、あの時。私が願ったのは―――その力を使って、私のような人をなくすこと。
―――私の歌で、みんなを笑顔にすることだった。
翔子の攻撃が止む。翔子が操っていた人々が一斉に倒れる。
同時に、翔子が膝から崩れ落ちる。
「あ…ああ…」
「翔子さん」
陽菜は翔子の前に立った。
「…翔子さんはすごく心の優しい人です。だからこそ、いつしかその願いが何処か歪んでしまったんだと思います」
陽菜がそう言うと、舞台袖から優地が走ってくる。優地に気づいた陽菜が、優地にCDケースを渡す。
「…これは、昔俺の母が聴いてたやつです。母、ずっと言ってました」
『この曲、声も歌も全部いいけど、一番いいのはやっぱり歌ってる本人なの。歌詞を覚えれば誰でも歌えるけど、その歌に込めた気持ちまで理解して歌えるのは、作った本人だけなんだから』
「…母は亡くなりましたが、死ぬ少し前まで、ずっとこの曲を聴いてました。きっと…今も何処かであなたのことを応援してます」
「優地くんの親御さんだけじゃないよ」
すると、店長がこちらに近づいてくる。
「ずーっと前、俺がまだ新卒だった頃、よく聴かせてもらってましたよ。当時は歌なんて別に大したもんじゃないとか思ってましたけど…この歌だけは違った感じがしましたよ。何ていうかなー…吸い込まれてく感じ?最近は忙しすぎて頭から抜け落ちてましたけど、久しく聴いたおかげで、あの頃の懐かしい記憶が蘇ってきましたよ」
「皆さん…」
翔子は膝をついたまま、陽菜たちの方を見る。
「確かに、一度はみんなに裏切られたのかもしれない…でも、今は違います。私は、あなたの大ファンです」
「俺も…母さんも」
「俺もファン復帰だな」
陽菜、優地、店長の三人は微笑む。
すると、陽菜は小さな紙を取り出して翔子に差し出す。
「ちょうどいいものがなかったのでこれで妥協してほしいんですが…サイン、お願いできますか?」
「…はいっ!」
そう言うと、翔子は何処からかペンを取り出してサインを書く。
その顔には一粒の涙が。
彼女の中にあった黒い感情をすべて詰め込んだ一粒が、地面へと落ちていくのだった。
「お待ちなさい!」
ふと、大きな声が聞こえて一同が声のする方を振り向く。
そこにいたのは―――真音、そしてメイオウだった。