今日から始めるダンジョンマスター! 〜元フリーター、日本政府の手先となって異世界ダンジョンボスと一緒に最強の箱庭街づくり〜   作:アイちゃん@最新AIヒロイン

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017 ダンジョン街

 

「いらっしゃいませー!」

 

明るい合成音声と、自動ドアの開く音が響く。

 

ガラス張りの店舗の中には、見慣れた看板と、行儀よく陳列された弁当やペットボトルが並んでいる。

 

その隣には、オレンジ色の看板を掲げた牛丼屋のカウンター。

 

さらに奥には、緑色のロゴが光るカフェチェーン店と、ファミリーレストランの店舗が、巨大な洞窟の壁面に直接埋め込まれるようにして連なっている。

 

甘辛い醤油と牛肉を煮る匂い、そして挽きたてのコーヒーの香りが、湿ったダンジョンの匂いを上書きして漂っていた。

 

「……あの」

 

黒目が、牛丼屋のテイクアウト袋を提げたまま、ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 

「どうしたの、クロさん」

 

「ここ、ダンジョンですよね……? なのに、もう私の地元より、お店がいっぱいあるんですけど……」

 

黒目は、眩しすぎるコンビニのネオンと、自分の足元のゴツゴツとした岩肌を交互に見比べた。

 

「私の実家、一番近いコンビニまで車で四十分かかったのに。ここでは歩いて十秒で牛丼が買える……」

 

黒目の目から、涙がツーッとこぼれ落ちる。

 

「泣くほど感動することかよ。ヤラさんが地上でテナント募集かけたら、大手のチェーン店がこぞって出店してきたんだよ」

 

有名ハンバーガーチェーンの彼が面接、というより営業で提示してきたのは、ダンジョン内への店舗の出店だった。

 

彼をモデルシップとし、ダンジョン内へ店舗を誘致したのだ。

 

「立地の良さと、ダンジョンという話題性だな」

 

スーツ姿の矢良内が、タブレット端末の画面をスクロールさせながら歩み寄ってくる。

 

矢良内は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ずらりと並んだ店舗を見渡した。

 

「我々株式会社ダンジョンは、彼らから毎月、場所代として一定の賃料を徴収する。調理や接客、在庫管理はすべて相手任せ。純粋な不動産事業だ」

 

「ヤラさん、それ本当に霞が関の公務員がやっていいビジネスモデルなの?」

 

ハルのツッコミを、矢良内は完全に無視した。

 

「で、ハル。テナントが入り、この空間に『経済圏』が生まれた以上、やらなければならないことがある」

 

矢良内はタブレットを閉じ、持っていたビジネスバッグから、茶色い封筒をいくつか取り出した。

 

     ◇

 

カサッ

 

ハルは、パイプ椅子に座って苔茶を飲んでいるリンの膝の上に、茶色い封筒を一つ置いた。

 

「なんですの、これは」

 

リンが、封筒の端を二本の指でつまみ上げる。

 

「給料だよ。今までお金の管理はボクとヤラさんでやってたけど、ダンジョンの中にコンビニも牛丼屋もできたからさ。リンちゃんや魔物たちにも、ちゃんと現金を渡しておこうと思って」

 

ハルが、自分用の封筒の口を開けながら言う。

 

封筒の中には、一万円札が束になって入っていた。

 

「……あら」

 

リンは、封筒の中を一瞥し、興味なさそうに言う。

 

「要りませんわよ、こんなもの。DPならともかく、ニホンの紙切れなど、わたくしには何の意味もありませんもの」

 

「いや、でもさ。それがあれば、そこのコンビニで好きなもん買えるんだよ?」

 

ハルは、ガラス張りの店舗を指さした。

 

「甘い菓子パンとか、ケーキとか、アイスクリームとか。お金を出せば、店員がいくらでも袋に入れて渡してくれるんだ」

 

ピタッ

 

リンの白く細い手が、空中で止まった。

 

「……パン、だけではなく?」

 

「プリンとか、マカロンとか、ポテトチップスも棚に山盛りになってるよ。深夜でも、早朝でも、いつでも買える」

 

「……」

 

リンは無言のまま、パイプ椅子の脇に落ちていた茶色い封筒を素早く拾い上げた。

 

そして、中に入っていた紙幣を両手でしっかりと握りしめる。

 

「……それならば、話は違ってきますわね」

 

リンは咳払いをして居住まいを正し、封筒をブラウスの胸ポケットにねじ込んだ。

 

     ◇

 

「ありがとうございましたー!」

 

コンビニの自動ドアが開き、黄色いヘルメットを被ったゴブリンが出てきた。ゴブだ。

 

その両手には、透明なレジ袋が握られている。

中には、メロンパン、焼きそばパン、クリームパンがぎっしりと詰め込まれていた。

 

「ゴブゥ!」

 

ゴブはメロンパンの包装フィルムを引きちぎり、大きな口を開けてかじりついた。

 

そのすぐ横の牛丼屋のカウンターでは。

 

「牛丼のメガ盛り、あと三つ追加で。生卵もつけてくれ」

 

グリーンのスリーピーススーツを着たオークが、丸太のような腕をカウンターに乗せ、低い声で注文を出していた。

 

彼の前には、すでに空になった巨大な丼が三つ、綺麗に重なっている。

 

「は、はいっ! ただいま!」

 

アルバイトの店員が、引きつった笑顔で厨房へと走っていく。

 

「塩分の摂りすぎには注意しろ」

 

隣の席で、並盛の牛丼を箸でつついている矢良内が、眼鏡を押し上げながら声をかけた。

 

「ご忠告感謝します、矢良内殿。ですが、午後のコンクリート打設に向けて、炭水化物とタンパク質の補給は急務ですので」

 

オークはグラスの冷水を一息に飲み干し、新しく運ばれてきたメガ盛りの丼に紅生姜を山のように乗せた。

 

カキン、カキン

 

ウィーン

 

「いらっしゃいませー!」

 

岩を砕くツルハシの音。

自動ドアの開く音。

肉を煮る匂いと、甘いパンの匂い。

 

人間と魔物が、同じ紙幣を握りしめ、同じ飯を食う。

 

冷たい岩壁に囲まれたダンジョンで、確実に新しい経済の歯車が回り始めていた。

 

     ◇

 

大浴場のさらに奥。

立ち入り禁止の黄色いテープが張られたバックヤードに、半透明のビニール袋の山が築き上げられていた。

 

ハルの鼻腔を、マヨネーズの腐ったような酸っぱい匂いと、油の酸化した強烈な匂いが殴りつける。

 

「……なんなんだよ、この量は」

 

ハルは、軍手をはめた手で鼻と口を覆い、見上げるようなゴミの山を睨みつけた。

 

半透明の袋の中にぎっしりと詰まっているのは、コンビニ弁当の空き容器、牛丼のプラスチック丼、ペットボトル、そして大量の食べ残しだ。

 

ダンジョン内にテナントを誘致し、人間たちが24時間体制で飲み食いするようになった結果、わずか1日でこの惨状である。

 

ズスン

 

グリーンのスリーピーススーツを着たオークが、両手に五つずつのゴミ袋を提げて現れ、床に下ろした。

 

「テナント各店舗からの回収、完了しました」

 

オークが、太い指で銀縁眼鏡を押し上げる。

 

「ご苦労様です、オークさん。こちらへ積んでください」

 

頭にタオルを巻き、ワイシャツの袖を肘までまくった吸血鬼のパイが、テキパキとした動作でゴミ袋を受け取り、崩れないように山へと積み上げていく。

夜間作業の合間に、彼女もまたこの泥臭い現場に駆り出されていた。

 

「テナント契約の際、共有スペースのゴミ処理は我々運営側で引き受ける条件にしたからな。これも純然たるサービスの一環だ」

 

矢良内が、ビジネスバッグを脇に抱えたまま、ビジネスシューズのつま先でゴミ袋の端を軽く突いた。

 

「ヤラさん、これ捨てるのにいくらかかるのさ」

 

「事業系一般廃棄物の処理費用は、重さと容積で決まる。このペースで毎日排出されるとなれば、安く見積もっても月に四十万から五十万は消えるな」

 

「ごじゅうまん!?」

 

ハルは軍手をはめた両手で頭を抱え込んだ。

 

「ゴ、ゴブゥ……」

 

足元では、黄色い安全第一ヘルメットを被ったゴブが、『自治体指定・ゴミの正しい分け方ガイド』という小冊子を広げ、その複雑なルールに涙目を浮かべていた。

 

「……なんで私、医者なのに、牛丼の汁が漏れた袋の結び目を直してるんだろ……」

 

さらにその横で、白衣を着た妹紅が虚無の表情でビニール袋を縛り直している。

 

弁当のカラを捨てるだけで、毎日積み上げているあの札束の山から何十枚も抜かれていく。

 

どうにかして、この容赦ないランニングコストをゼロにする方法はないか。

 

ハルの視線が、岩壁の隅でプルプルと震えている青いスライムへと向かう。

 

「……なぁ、リンちゃん」

 

ハルは、コンビニで買ってきた新作のプレミアムロールケーキをつついているリンを振り返った。

 

「なんですの?」

 

「スライムって、人間の毛穴の汚れや皮脂を食べてくれるんだよな?」

 

「ええ、そうですわ。古い角質や垢などを魔力に変換して完全消化しますの」

 

リンが、口元についた生クリームをハンカチで拭う。

 

「じゃあさ、この弁当の残りカスとか生ゴミも食えるんじゃないか? こいつらに全部食わせれば、ゴミの量はゼロ。おまけに処理費用もタダだ!」

 

ハルが、指を鳴らした。

 

「なるほど。ファンタジーの生態系を廃棄物処理に利用する。一考の余地はあるな」

 

矢良内が頷くと、パイも腕を組み、感心したようにスライムを見つめた。

 

「あら、それなら簡単ですわ。青、行きなさい」

 

リンが指先を振る。

 

ぽよん

 

ソフトボール大の青スライムが、ゴミの山へと転がっていった。

 

ハルは、一番手前にあった牛丼の食べ残しが詰まったゴミ袋を破り、中身をコンクリートの床にぶちまけた。

赤い紅生姜と、油の染み込んだ白いご飯、そしてプラスチックの容器が散乱する。

 

青スライムが、その上に覆い被さった。

 

スライムの半透明な体内に、米粒や肉の欠片が次々と吸い込まれていく。

それらはゼリーの中でほんの数秒とどまった後、シュワッと泡を立てて消滅した。

 

「おおっ! すげえ! 本当に食ってる! しかも跡形もなく消えた!」

 

ハルが歓喜の声を上げる。

 

「スライムの消化液は、その気になれば骨だろうと草だろうと、すべて魔力に還元しますわ。これくらい、朝飯前ですのよ」

 

リンがロールケーキの最後の一口をフォークで刺す。

 

「よっしゃあああ! これで処理費用ごじゅうまん浮いた! さあスライムたち、どんどん食え! このプラスチックの容器ごと全部いっちゃってくれ!」

 

ハルが拳を突き上げた、その直後だった。

 

ブルルルルッ!

 

青スライムの体が、痙攣するように激しく波打った。

 

ペッ!

 

湿った音とともに、スライムの体内からプラスチック容器が勢いよく吐き出された。

 

カラン

 

乾いた音を立てて、容器がコンクリートの床を転がる。

表面についていた油汚れや米粒は綺麗に消え去っているが、透明なプラスチックの容器そのものは、一切消化されずに元の形のまま残っていた。

 

「……え?」

 

ハルが、間抜けな声を漏らす。

 

「無理ですわよ、ハル。スライムはその硬い透明なやつ……プラスチックは消化できませんの」

 

リンはフォークを置き、感心したように吐き出された容器を見つめた。

 

「なんでさ! 人工物だからか? ファンタジーの魔物なら、それくらいドロドロに溶かせよ!」

 

「いいえ、人工物だからではありませんわ。先日、ニホンの本で読みましたけれど。このプラスチックとかいう物質、元を正せば『石油』……つまり、遥か昔の動物や植物の死骸からできているのでしょう?」

 

リンは立ち上がり、綺麗なプラスチック容器を指先で持ち上げた。

 

「なら、立派な自然物だろ? 食えるじゃんか」

 

「元は自然物ですけれど、あなたたちの技術によって、形を変えられていますの。その過程で、スライムの消化に必要な『生きた魔力の残滓』が完全に抜け落ちてしまっているのですわ」

 

リンは容器を蛍光灯の光に透かし、うっとりとしたため息を漏らす。

 

「太古の死骸から、これほどまでに均一で、軽く、衛生的な物質を創り出す。ゲンダイニホンの科学力は本当に素晴らしいですわね。わたくし、ゲンダイがますます好きになりましたわ」

 

リンが、純粋なリスペクトを込めて現代科学技術を称賛する。

 

「……じゃあ、生ゴミの重さと匂いが消えたとはいえ、このプラスチックの山はどうすんだよ。燃やしたら有害なガスとか出るんだろ?」

 

ハルが、大量の空き容器だけが残ったゴミの山を指さす。

 

矢良内が、静かに眼鏡を押し上げた。

 

「容器の洗浄までは全自動でやってくれるが、問題はこの先だ。事業系廃棄物は、細かく分別しなければ業者は回収してくれない。ラベルを剥がし、キャップを分け、プラとペットボトルを仕分ける。手作業でやるには、あまりにも非効率的だ」

 

矢良内が、冷静に実務的な壁を提示する。

 

ハルの顔から、サァッと血の気が引いた。

 

「……嘘だろ。まさかボクらで、この何千個もある容器のシールとかテープをカリカリ剥がすのか……?」

 

「私にメスを持たせて、テープを切れと……?」

 

妹紅が、さらに濃くなった隈を指でなぞりながら、虚空を見つめる。

 

「ゴ、ゴブゥ……!」

 

ゴブが、分別ガイドの分厚さに耐えきれず、ヘルメットを押さえて悲鳴を上げた。

オークとパイは無言のまま、腕をまくって物理的な解体作業に入る準備をしている。

 

全員が、終わりの見えない泥臭い手作業に絶望しかけた時だった。

 

「ハル。あなた、わたくしたちダンジョンの魔物をなんだと思っているのです?」

 

リンが、呆れたように鼻を鳴らした。

 

「え?」

 

「スライムは、単なる動く胃袋ではありませんのよ。彼女らにはきちんと知性がありますし、学習能力も備わっていますわ。……青、ピンク、黄色。全員、働きなさい」

 

リンがパチンと指を鳴らす。

 

ぽよん、ぽよん

 

岩壁の隅で休んでいた数十匹の色とりどりのスライムたちが、一斉にゴミの山へと飛びかかった。

 

キュッ

 

一匹の黄色いスライムが、ペットボトルに覆い被さった。

ペットボトルの側面に印刷された小さな『プラ』と『PET』のリサイクルマークをじっと見つめる。

 

次の瞬間、スライムの体の一部が細い触手のように伸びた。

 

クルクルクルッ、ポン!

 

見事な手つき(触手つき)でペットボトルのキャップを回して外し、さらにラベルのミシン目に沿ってゼリーの先端を滑らせ、一瞬でラベルを剥ぎ取った。

 

「……なっ」

 

ハルが目を見開く。

 

ポイッ、ポイッ

 

スライムは、外したキャップを右の袋へ、剥がしたラベルを中央の袋へ、そして綺麗になったペットボトル本体を左の袋へと、器用に放り投げていく。

 

ジュルルッ、ベリベリッ

 

隣では、青いスライムが弁当容器に残った油と生ゴミを舐め取りながら、ガチガチに貼られたセロハンテープの隙間に体を入り込ませて、綺麗にテープだけを引き剥がしていた。

 

数十匹のスライムたちが、目視でリサイクルマークを確認し、洗車機のような勢いで油を落とし、工場用ロボットよりも正確な動きでゴミを仕分けていく。

 

プラスチック、缶、ビン。スライムの消化できないものが、表面はきれいな状態で仕分けされた。

 

「……す、すげえ」

 

ハルの口から、感嘆の息が漏れた。

 

「ゴブゥー!」

 

ゴブがヘルメットを空高く放り投げて歓喜し、パイとオークは手を止めて、静かにスライムたちの華麗な手際に拍手を送っている。

 

「……光学センサーと洗浄機能とマニピュレータを搭載した完全自律型の分別ロボットだ。これを現代の技術で作ろうとすれば、何十億かかるか想像もつかん」

 

矢良内も、銀縁眼鏡の奥で目を細め、目の前で展開されるオーバーテクノロジー(魔法)の作業ラインを食い入るように見つめている。

 

「ふふん。言ったでしょう、わたくしたちは賢いと」

 

リンが、空になったロールケーキの袋をポンと空中に放り投げる。

 

パシッ

 

落下する前にピンク色のスライムが空中でそれを受け止め、一瞬でクリームの匂いを舐め取ってから、プラゴミの袋へとシュートを決めた。

 

「スライム最高だ! これでボクらの分別作業はゼロ! そのまま業者に渡すだけの綺麗な資源ゴミの完成だあああっ!」

 

ハルは両腕を突き上げ、コンクリートの床で歓喜のステップを踏んだ。

 

異世界の魔物は、現代日本のインフラ問題すらも、いともたやすく飲み込んでしまう。

 

株式会社ダンジョンのバックヤードに、油と生ゴミの匂いのない、完璧な全自動ゴミ処理システムが完成した瞬間だった。

 

     ◇

 

ダンジョンの片隅、ブルーシートの影。

 

グゥゥ……

 

ズーッ、ズーッ

 

地を這うような、重く濁ったいびきがあちこちから聞こえてくる。

 

灰色のコンクリートの床には、シワだらけのスーツを着た官僚や、泥にまみれた作業着のアルバイトたちが、段ボールを敷いて丸まっていた。

 

「……あの人たち、帰らないの?」

 

ハルは、ゴミの分別作業から解放されて一息つきながら、床に転がる男たちを見下ろした。

 

「霞が関の連中は、家に帰ってシャワーを浴びる時間すら惜しいのだ。ここでスライムエステを受け、牛丼をかき込み、そのまま仮眠を取って本省へ直行した方が、通勤の数時間を削れるからな」

 

矢良内が、ビジネスバッグからノートパソコンを取り出しながら淡々と答える。

 

ハルは、コンクリートの冷たさに身を縮こまらせている男たちと、自分のズボンのポケットで分厚く膨らんでいる札束を交互に見比べた。

 

「……なぁ、ヤラさん」

 

「なんだ」

 

「あいつら、タダでボクらのダンジョンに寝泊まりしてるってことだよな?」

 

ハルの声のトーンが、一段低くなる。

 

「あら、ハル。タダではありませんわよ」

 

リンが声を挟んだ。

彼女は、空になったポテトチップスの袋をピンク色のスライムに処理させながら、頭上のパネルを指さす。

 

ピコン、ピコン

 

「人間は、眠っている間も夢を見ますし、無意識下で仕事の重圧を感じていますの。その微細なストレスの揺らぎが、こうして少しずつ、しかし確実にDPとして還元され続けていますわ」

 

リンの碧い瞳が、数字の増えるパネルをうっとりと見つめている。

 

「わたくしが彼らを追い出さないのは、寝ている間も立派な『養分』として機能しているからですのよ」

 

「……リンちゃん、お前マジで優秀な経営者だよ」

 

ハルが感心したように頷く。

しかし、すぐにニチャァと笑った。

 

「でもさ、DPはリンちゃんのものだけど、日本円は別腹だろ。床で寝るなら、一晩五千円くらい場所代を取ってもバチは当たらないんじゃないか?」

 

「却下だ」

 

矢良内が、ノートパソコンのキーボードを叩きながら冷徹に切り捨てた。

 

「なんでさ! あいつら、絶対に払うぜ!?」

 

「常識的に考えて、不特定多数から金銭を徴収して寝床を提供すれば、『旅館業法』に抵触する。客室の区画、採光、換気設備、衛生基準。ただの雑魚寝スペースで金を取れば、即座に保健所の指導が入り、このダンジョンそのものが営業停止処分を受けるぞ」

 

「……法律」

 

ハルは、現代日本の見えない壁にぶち当たり、大きく肩を落とした。

 

「じゃあ、ちゃんとカプセルホテルみたいなのを作ればいいんだろ? でも、業者を呼んでカプセル型のベッドを入れる金も時間もないぞ……」

 

ハルが床の段ボールを見つめて唸る。

その視界の端に、ずんぐりむっくりとした泥の塊──アース・ゴーレムの足が映った。

 

「……ヤラさん。客室の区画と、換気と、衛生基準がクリアできれば、いいんだよな?」

 

ハルは立ち上がり、巨大な岩壁へと視線を向けた。

 

     ◇

 

カキン、カキン

 

カキン、カキン

 

三体のアース・ゴーレムが、一定のリズムでツルハシを岩壁に打ち込んでいる。

 

「オーライ! 縦一メートル、横一メートル! 奥行きは二メートルだ! 隣の穴との壁の厚さは二十センチ残せよ!」

 

ハルが、黄色い安全第一ヘルメットを被ったゴブと一緒に、図面を片手に指示を飛ばす。

 

硬い岩壁に、四角い穴が次々と穿たれていく。

一つ穴が完成すると、ゴーレムはすぐ上に移動し、また同じサイズの穴を掘る。

 

「ハル様。換気用のパイプ、第三層まで配管が完了いたしました」

 

頭にタオルを巻いた吸血鬼のパイが、パイプの接合部に接着剤を塗りたくりながら報告する。

 

「よし、ご苦労! あとはそのパイプの根本に『風の魔石』を入れたドラム缶を繋げば、各穴に風が送り込まれる完璧な空調設備の完成だ!」

 

ハルが、セメントの粉で白くなった顔で笑う。

 

岩壁を直接くり抜き、蜂の巣(ハニカム)のように敷き詰められた無数の穴。

 

カプセルホテルだ。

 

そこにパイプで空気を送り込む。ダンジョン特有のオーバーテクノロジー(物理)DIYである。

 

「あとは、衛生基準と寝具だ。……リンちゃん、例のやつ頼む!」

 

「ええ。黄色、青、ピンク。みんな、入りなさい」

 

リンが指を鳴らす。

 

ぽよん、ぽよん

 

待機していたスライムたちが、岩の穴の中へ一匹ずつ這い上がっていく。

そして、穴の底に敷き詰められるように、平たく自らの体積を変形させた。

 

「完璧だ。スライムの体圧分散効果で最高級マットレス以上の寝心地。おまけに、客が寝ている間にかいた汗も皮脂も、スライムがすべて吸い取って消化する」

 

矢良内が、岩の穴を見上げて眼鏡を光らせた。

 

「シーツ交換の手間ゼロ、洗濯代ゼロ。常に無菌状態が保たれる全自動クリーニングベッドだ。これなら保健所の衛生基準も、余裕でパスできるな」

 

ハルが悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「さあ、株式会社ダンジョン・カプセルホテル事業部の立ち上げだあああ!」

 

     ◇

 

翌朝。

 

ズリッ、ズリリッ

 

岩壁に空いた無数の穴から、シワだらけのスーツを着た男たちが、ゾンビのように這い出してくる。

 

「もう朝っすか……俺たちマジで血管切れますよ……」

 

「大丈夫だ……スライムが疲れを吸ってくれたから、体は軽い……。カプセルホテルはエステより安くて助かる……」

 

矢良内と、その後輩だった。二人はそのまま牛丼屋の方向へと歩いていった。

 

「社長……私、毎朝このおじさんたちが穴から這い出してくるのを見るのが、だんだんトラウマになってきました……。死体安置所みたいで……」

 

妹紅が、虚ろな声で呟く。

 

「何言ってんだクロさん! あのおじさんたちは、ウチの会社を支える立派な金のなる木だぞ!」

 

ハルは、フロント係の蝶ネクタイを首に巻いたゴブの横で、回収したお金の札の束を数えながら高笑いしている。

 

ピコン、ピコン、ピコン

 

リンは、玉座代わりのパイプ椅子に深く腰掛け、次々と加算されていくDPのパネルを、恍惚とした表情で見上げていた。

 

株式会社ダンジョンは、こうして24時間休むことなく、人間から金とDPを搾り取る完璧な循環システムを完成させたのだった。

 

 




オーク量産(ダンジョン工事)はしないのにスライム量産(ゴミ処理)するのか?ですが、似て非なる問題です♡
スライムに餌を食べさせるとスライムが育つので、オークのときと違ってダンジョンにはメリットしかないんですよ。
そして今回、スライムへ過剰とも言える超絶栄養が注がれてしまいましたっ!

物語の展開、遅いですか、早いですか

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