今日から始めるダンジョンマスター! 〜元フリーター、日本政府の手先となって異世界ダンジョンボスと一緒に最強の箱庭街づくり〜   作:アイちゃん@最新AIヒロイン

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028 王国の重鎮たち

冷たい大理石の床に、重い金属の足音が反響する。

 

ステンドグラスから差し込む光が、王の座る高い玉座を青や赤に染め上げていた。

 

「……まだ、勇者からの報告はないのか」

 

白い髭を長く蓄えた王が、重い王冠を戴いた頭を手のひらで支え、低く唸るように尋ねた。

 

「はっ。勇者殿が王都を出立し、あの『悪魔の迷宮』へと向かってから、すでに数週間が経過しております。しかし、一切の音沙汰がありません」

 

白銀の鎧を着た騎士団長が、玉座の下で片膝をつき、深く頭を下げる。

 

「お父様……。勇者様は、まさか……」

 

王の隣に立つ王女が、純白の絹のドレスの胸元を両手で強く握りしめた。

彼女の顔は血のの気を失い、震える唇からかすかな息が漏れている。

 

王都から馬車で数日の距離にある、辺境の森。

かつては小規模な洞窟だった場所が、数ヶ月前から突如として異様な魔力を放ち始めた。

 

事態を重く見た王は、国で最も強い勇者に聖剣を授け、迷宮の調査と討伐を命じたのだ。

だが、その勇者すらも帰還しない。

 

「やはり、強大な軍を編成し、あの迷宮を力で制圧するしか……」

 

王が玉座の肘掛けに手をかけた、その時だった。

 

ギギギ……ッ

 

玉座の間の重い木製の両開き扉が、ゆっくりと外側へ開かれた。

 

「陛下。恐れながら、武力による制圧は強く反対いたします」

 

扉の隙間から、一人の男が静かな足取りで歩み入ってきた。

 

かつて、勇者よりも前に私兵を連れて迷宮へと乗り込んでいった、大貴族の男だった。

 

「おお、卿か! 生きておったのか!」

 

王が身を乗り出す。

 

男は、大理石の床に片膝をつき、優雅に、そして隙のない動作で一礼をした。

 

騎士団長が、その男の姿を見て息を呑む。

 

男の体から、血の匂いはしない。

それどころか、見たこともないほど滑らかで光沢のある、漆黒の極上の生地で作られた奇妙な衣服(スーツ)を身に纏っていた。

 

肌は長旅の疲労を感じさせるどころか、ゆで卵の薄皮を剥いたようにツルツルと白く輝き、若々しい活気に満ち溢れている。

 

「卿よ。その不思議な衣服はなんだ? いったい、あの迷宮の奥で何があったのだ。勇者はどうなった!」

 

王が、玉座から身を乗り出して尋ねる。

 

大貴族の男は顔を上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「陛下。あの迷宮は、決して悪魔の巣窟などではありません。我々の想像をはるかに超える技術と資本を持った、超大国の『商館』です」

 

「商館だと……?」

 

「はい。彼らは自らを『株式会社ダンジョン』と名乗っております」

 

男は懐から、一枚の薄い紙を取り出した。

そして、それを騎士団長に預け、王の元へと運ばせる。

 

王は、その紙を受け取って目をむいた。

 

「な、なんだこの紙は……!? 表面が氷のように滑らかで、光を反射しておる。それにこの絵……いや、絵ではない。本物の人間をそのまま紙に封じ込めたのか!?」

 

それは、ハルたちが刷りまくっている、フルカラーの写真入りチラシだった。

 

「『ゲンダイのインサツ』という技術だそうです。彼らは我々の持つ魔石や魔物の素材を、驚くべき高値で買い取ってくれます。そして代わりに、このような紙片一つから、極上の織物、見たこともない香辛料まで、あらゆる物資を提供してくれるのです」

 

男は自らの着ているスーツの襟を正した。

 

「私は彼らと正式に交易の契約を結びました。領地で採れる鉄鉱石を彼らに卸し、代わりに彼らの国の『鉄骨』と『セメント』という建築資材を輸入しています。おかげで、私の領地のインフラはたった数ヶ月で劇的に向上し、税収は過去最高を記録しております」

 

男の言葉に、玉座の間は水を打ったように静まり返った。

 

迷宮の主は、破壊者ではなく、圧倒的な資本を持つ商人だった。

 

「……彼らは、我々から金を奪い尽くすつもりではないのか?」

 

「ええ。彼らの組織の『ヤラナイ』と名乗る宰相は、私にこう言いました。『我々は生かさず殺さずの搾取はしない。貴方たちが豊かになり、持続可能な市場に成長してこそ、我々の商売も永続する。共に経済を回そう』と」

 

王は、手の中のチラシを震える指でなぞった。

 

武力で攻め込まれるよりも、はるかに恐ろしい事態だということを、王の聡明な頭脳は即座に理解していた。

 

「……文化と経済の、侵略か」

 

王の低い呟きに、男は深く頷いた。

 

「はい。彼らの提供する癒やしの魔法(スライムエステ)と、極上の食事。それに一度でも触れてしまえば、我々の生活はもう元には戻れません。彼らと敵対すれば、我が領地の経済は即座に崩壊し、領民たちは暴動を起こすでしょう」

 

圧倒的な質の高いサービスで、異世界の貴族や民衆を完全に依存させる。

それが、株式会社ダンジョンの真の恐ろしさだった。

 

「……勇者は、どうなったのだ」

 

王が、絞り出すような声で尋ねる。

 

大貴族の男は、少しだけ顔をしかめ、懐からもう一枚、折りたたまれた羊皮紙を取り出した。

 

「勇者殿から、陛下への親書を預かっております」

 

騎士団長が受け取り、王の前で読み上げる。

 

『陛下。私は現在、この迷宮の奥深くに潜入し、彼らの文化と経済システムを内側から調査しております』

 

「おお、勇者よ! 敵の懐に飛び込んでいるのだな!」

 

『彼らの提供する「ダブルチーズバーガー」という未知の糧食は、我が国の軍用食の概念を根本から覆すほどの滋養と美味に満ちております。また、彼らの施設では誰も血を流さず、種族の垣根を越えて共生する姿が見受けられます』

 

「共生、だと?」

 

『私はさらに調査を深めるため、彼らの提供する宿泊施設に滞在し、全メニューの解析を行う所存です。つきましては、調査費用(軍資金)の追加融資をお願いしたく存じます。追伸・バニラシェイク最高です』

 

「……」

 

騎士団長が羊皮紙を丸め、玉座の間に気まずい沈黙が落ちた。

 

「……勇者よ。完全に丸め込まれておるではないか」

 

王が、頭を抱えて重いため息をつく。

 

だが、王の隣に立つ王女は、王が落としたフルカラーのチラシを拾い上げ、目を輝かせていた。

 

「お父様。このチラシに載っている『ツルツルお肌の魔法』……わたくし、王族の責務として、直接視察に赴くべきかと思いますわ!」

 

王女が、チラシを胸に抱きしめて熱弁を振るう。

 

「馬鹿なことを言うな! 王族がそのような得体の知れない施設に直接赴くなど……!」

 

王が立ち上がり、声を荒げようとした、その時。

 

大貴族の男が、静かに口を開いた。

 

「陛下。武力による対抗が不可能である以上、我々に残された道は、彼らと正式な国交を結び、利益を分かち合うことだけです。彼らは、我々を滅ぼすつもりはありません。ただ、途方もなく合理的に『商売』をしているだけなのです」

 

男の言葉に、王はゆっくりと玉座に腰を下ろした。

 

彼らがもたらす未知の技術と物資は、喉から手が出るほど欲しい。

だが、主導権を握られたままでは、国そのものが彼らの経済圏に飲み込まれてしまう。

 

「……よかろう」

 

王は白い髭を撫で、鋭い眼光を放った。

 

「余が自ら、お忍びでその『ダンジョン』とやらへ赴こう。彼らの商売が我が国に何をもたらすのか、この目で見極めてくれる」

 

「お父様! わたくしも同行いたしますわ!」

 

王女が嬉々として声を上げる。

 

「……くれぐれも、彼らの文化に呑み込まれぬよう、お気をつけください」

 

大貴族の男は、自らのスーツの滑らかな手触りを確かめながら、深く、そして意味深な一礼をした。

 

日本の資本と技術が、ファンタジー世界の中枢へと確実に根を張り始めた。

 

株式会社ダンジョンと異世界王室の、高度な経済交渉の幕が、今まさに上がろうとしていた。

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