2026/10/13書き直しました。
今日もいつも通り
揺れる電車は、ゆりかごのようだなと思う。特に、今のように退屈している状態であればなおさらだと言えるだろう。
同じリズムでなるドトンドトンという低い音は赤子をあやすガラガラのように眠気を誘い、線路の継ぎ目のたびに小さく揺れる車体は、さながら親に背中をポンポンとあやされているかのようだった。
毎日どこかしらで爆発が起き、2時間に一度銃撃戦が起きるキヴォトスにおいて、このように静かな時間というのはなかなかに貴重なものだ。
特に、そういった荒事を治める立場であるヴァルキューレの一員たる私、椰子やしマユミにとって少し遠出したときのこういった時間はちょっとした休憩時間として好ましく思っている。
なにも考えずにぼーっとしながら雑音で脳内を満たす時間というのはある種の退廃的な――
『次は、能楽町~、能楽町~、お降りの方は』
「・・・はぁ。」
そこまで考えたところで、気の利かないアナウンスが私のささやかな安寧に邪魔をした。
年季の入った中古のバッグを持ち直し、慣性にふらふらと抗いながら自動扉の前に立つ。
扉に開けられている黄ばんだ窓からは外の景色が左から右へと流れていき、やがてホームがやってくる様子が映されている。
『ドア~、開きま~す。』
ガタガタと騒がしい音を立てながら目の前の自動扉が道を譲る。
それを確認してすぐ、いつも通りのペースで足を踏み出そうとして――
気が付けば、私は見知らぬ建物でベンチに座っていた。
全体的に青い印象を受けるガラス張りの部屋だ。似た構造として空港の出発ロビーを想起させるように、主にベンチが置かれている。というより、ベンチぐらいしか置いていない。
窓の外に目を向けると、よく晴れた青い空と差し色として十分なほどに白い雲が見える。そういえば今日の天気予報はどこも晴れだったなと思っていると――
――目の前のベンチに座っている黒猫に目が合った。
それは、見事な黒猫だった。何か特徴はあるかと聞かれれば『黒い猫です』と言ってしまえば事足りるようなほどに鮮やかに黒い猫。特に目を引くのはその目だ。ちょうど今日の青空のように澄み切ったような青い瞳。猫で、それも黒猫で青い目というのは珍しいのではないだろうか。
さらに珍しいと言えば、首元になにやらカードのようなものをぶら下げていることだ。所謂大・人・の・カ・ー・ド・とか言うやつだろうか?
"やぁやぁそこのお嬢さん。そうもジロジロと不躾に見るというのは失礼というものではないかい?"
突然、そのような声がしたので、他に誰かいるのだろうかと周りを見渡す。そして気づいた。この部屋には私しかいない。
あといるとすれば目の前のこの黒猫ぐらいなもので……。
…いや。
いやいや。
いやいやいや。
そんなはずはないだろう。
じっと、目の前の黒猫を観察してみる。だがしかし、目の前から得られた情報はただの猫だといい、私の直感もそうだそうだと同意する。
そうだ。これはただの猫なのだ。
ありえない。私はまだ寝ているのだろうかと願ってしまう。
"……だから、そうまじまじと見るのは失礼と言っているんだが理解できないのかね?黒髪ポニテのお嬢ちゃん。"
また声が聞こえた。今度は私の髪形にまで言及してきた。
「…君?」
"君とはなんだ君とは。これでも今年で25だぞ。少しは敬いというものを持ってほしいものだね。"
猫に敬いどうこうは言われたくはない、そうおもってきたその時だった。
「そこで何をしているのですか?」
気の強そうな、凛とした声がきこえてきた。
慌てて後ろを振り返ると、一人の生徒がこちらを警戒しながら立っていた。それはキヴォトスの住人であれば一度は目にしたことがあるだろう人物。
連邦生徒会首席行政官、七神リンであった。
「こんな忙しい時に……何も用が無いのであれば早急に立ち去って欲しいのですが。」
まずい。七神がいるということはここはサンクトゥムタワー、或いはどこかしらの連邦生徒会の施設ということだろう。そして私は真・っ・当・に・こ・こ・に・入・っ・た・記・憶・が・無・い・。
他の場所ならともかく、流石に連邦生徒会絡みの施設に不法侵入となれば面倒ごとになるのは目に見えている。
そう考えていると、七神が私の後ろ、つまりもともと私が向いていた方、あの変な黒猫がいた方を注視していることに気がついた。
すると突然、七神が私の座っているベンチのほうに駆け寄ってきた。……だが、狙いは私ではないようだ。七神はそのまま私の前を通り過ぎ、そのままあの黒猫を掴み上げた。
「ちょっ⁈」
「……まさか……そんな……」
七神は掴み上げた黒猫の首のところを凝視し、そして自分が見たものについてひどく狼狽しているようだった。掴み上げられている黒猫はというと、文字通り手も足も出ないので伸ばしている。
"なぁそこの盆地のお嬢ちゃん。"
「あ゛?」
なんの突拍子も無く煽ってきた黒猫をにらみつける。本当は一発撃っておきたいものだが、今撃ってしまうと間違いなく七神に当たってしまうため撃ちようもない。
"悪いがこのメガネちゃんに降ろすよう言ってはくれないかい?"
「……自分で言ったらいいじゃん。」
"別にいいだろう~見るからに暇そうだし。"
「暇かどうかは関係ないでしょ?……というかお前の方が近いんだからお前が言ったら――」
そこまで言いかけて、七神が今度は私の方を見ていることに気が付いた。
七神は異常者を見たかのような表情をしながら、ためらいがちに口を開く。
「先ほどから、誰と喋っているのですか?」
「……はい?」
"…あらら。"
私が先ほどから不本意ながら喋っているのは今まさに七神が掴んで離さないその憎たらしい黒猫である。にも関わらずこの女はなんと言った?
それではまるでー
「聞こえてないんですか?その猫の声。」
「……私には、その猫はニャーとしか鳴いているようにしか聞こえませんでした。。」
「そんなバカな。」
思わず狼狽が口をついてスタコラと出て来てしまった。
"なぁ、とりあえず降ろさしてくれよ。この体性はなかなかに不快だ。"
空気の読めない黒猫にイライラするが、今なにかやらかしてしまってはまずいことはわかっている。どうしようもないが、安定した生活のためにはしかたないのだ。
すると七神が何事か考え込むと、もう一度抱えた黒猫の首をのぞき込んだ。
「……あなた、名前は?」
「――椰子やし、マユミです。」
「…マユミさん。貴方が話しているというこの猫に、名前を聞いてもらえますか?」
"雨宮つゆみやリナだ。……そろそろ脇痛くなってきた。"
「ツユミヤリナだそうです。――あと、降ろして欲しいとも。」
それを聞いた七神は、黒猫を落として天を仰ぎ見た。
"わっと。……もっと丁寧に降ろしてくれよ"
七神は何も言わない。パソコンがフリーズした時のように固まったままだ。
しばらくすると、七神が顔を上げた。その顔にはひきつった様な笑顔が貼り付けてあった。
「いいです……それなら……」
「貴方も巻き添えです。」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「端的に言いますと、連邦生徒会長が失踪しました。急にいなくなるのは今までもよくありましたが、今回のような長期のケースはありませんでした。」
「待ってツッコみどころしかない。」
七神……じゃなくて、リン行政官に連れられてエレベーターに乗り込んだ私と雨宮(?)は現状起こっている面・倒・事・の説明を受けていた。
まさかこのようなトンチキな話だとは思わなかったが。
「ま、まず、連邦生徒会長が失踪して?」
「はい。」
「わりと今までもちょくちょくいなくなることはあって?」
「サボタージュとかでよくやられましたね。」
「……いつもよりも長いから焦っていると。」
「お恥ずかしい限りです。」
私は頭が痛くなってきた。まさかキヴォトスの頂点とも言える連邦生徒会長がそのような自由人フリーマンだとは思わなかったのだ。
"それで、私は何のために呼ばれたのかね?"
眉間をもみもみして頭痛を和らげていると、退屈していたのか腕の中の雨宮があくびをしながら声を掛けていた。
「それで、なんでこの猫を探していたんですか――ってこの猫が。」
「……はい。そうでしたね。……実は会長から手紙で頼まれていたんです。『雨宮リナ』を先生として、連邦捜査部シャーレの顧問にするようにと。」
「……シャーレって言うのは?」
そういうと七神さんは自分のタブレットを何事か操作し、その画面を差し出して見せてくれた。
その画面にはシャーレに関する資料があった。……上の方の極秘マークは見えなかったことにして置こう。
連邦捜査部シャーレ。
連邦生徒会長が設立した超法規的機関。
その業務は学園における問題の解決や生徒たちの個人的な依頼、または学園や連邦生徒会としての依頼。さらには不良達等の制圧のための戦闘、そしてそれらを解決するために、キヴォトスに存在するすべての生徒たちの勧誘を可能とし、各学園の自治区で制約なしに戦闘活動を行うことができる。
「先生には本来、シャーレの顧問としてこれらの業務にあたってもらう予定でした。信頼できる大人と聞いていたのですが……聞いて……いたのですが……。」
七神さんが力なくつぶやく。窮地のお助け要因がまさか人ですらないと知った時の彼女の絶望は筆舌に尽くしたがいだろう。
「じゃあ、最初にコ・レ・の首元を見てたのって――」
「会長が言っていた雨宮先生の特徴の一つとして、『肌身離さず黒いカードを持っている。』とい言っていました。念のために名前の欄を見てみましたが……しっかりと……。」
そういわれて私もカードをのぞき込んでみる。かすれて一部は読み取れないが――確かに、『RINA ―――MIYA』という記載がある。私すら持ってないというのに猫はカードを持てるとは……。
「なんであれ、対策が見つかるまではあなたの助けが必要になります。……何を勝手な、とは思うかもしれませんが……。」
…まったく。
そんな顔をされては断れるものも断れないではないか。
チンッ、と。場違いに思えるほど子気味の良い音を立ててエレベーターが行き先の階に止まった。
「だ・か・ら!早く代行を出してって言ってるでしょ?!」
外が見えたかと思うと、キンキンとしたわめき声が鼓膜を貫いた。
隣のリン行政官を見てみると射殺さんばかりに睨みつけている。
「…面倒な…。」
あまりに不機嫌が極まると人は冷静になるらしい。例えば今のリン行政官がそうだ。
痛む頭と捻れる胃腸を押さえつけながらエレベーターを出ると、こちらに気づいたのか先程の生徒が駆け寄ってきた。
「見つけた、待ってたわ!遅いわよ代行!」
先程の大声が至近距離で襲いかかり顔をしかめる。
黒いオフィススーツに白い上着をまとったツインテロングの青髪の生徒。眉間には濃いしわが刻まれ、その眼光は怒りに満ちている。ていうかうるさい。
「それで?!何時になったら連邦生徒会長は出てくるの?一体何時まで待たせ……誰?」
気づいてなかったんかい。そうしていると、他の学園の生徒であろう人達も集まってきた。
一人は長身で黒い大きな羽の生えた生徒。…あの制服は確かトリニティの自治組織だったはず。仲間内では黒い方と白い方で呼び分けていたから憶えている。
もう一人は腕につけてある黒と赤に『風紀』と刻まれた腕章からゲヘナの風紀委員だとわかる。
何ということだ。ここには三大校の生徒が雁首揃えて集まってるということだ。
胃腸の捻じれがギュルギュルと唸りだした。
「お待ちしてました。連邦生徒会長は居ないのですか?風紀委員長が納得のいく回答を要求されています。」
「こちらも同じようなものです。何週間も姿を表さないとは組織の長としてどうなものでしょうか…?」
あーあー気が滅入るなー。
大体一人いなくなったぐらいで問題が起きるようなシステムなんてろくなものじゃないだろう。
会長サンが卒業したらどうするつもりだったんだ?またその時にもこうやって騒ぐのか。
「皆さん落ち着いて――」
七神さんがなんか言っているのが聞こえたような気分になっている。あーやだやだ。
軽請負いなんてするもんじゃない。どうせまた手に負えなくなるのがオチだ。
「行方不明っ?!」
うるっさ。耳がキンキンする。
「落ち着いてください。・・・・・・えぇそうです行方不明です。その影響で現在、連邦生徒会われわれは行政制御権を失いました。」
「落ち着いてなんていられるものですか!・・・・・・もうっ!緊急用のコードとかは無いの⁈」
「こちらでも認証を迂回できないか探っていたのですが悉くに失敗しています。ですが――」
すると七神さんがこちらを向いた。
おっとっと、なんだか嫌な予感がするのだけれど?
「――彼女らこそが、この件のフィクサーとなります。」
なにそれ聴いてないんですけども?
「どういうこと?私にはただのヴァルキューレにしか見えないけど?」
「いえ、正確にはその彼女ではなく、今彼女に抱えられている猫の方ですね。」
「え、猫?」
"呼んだかい?"
その場の全員が七神さんに冷たい視線を突き立てる。
「実は連邦生徒会長から手紙がありまして・・・それによるとそちらにいらっしゃる雨宮つゆみやリナを連邦捜査部シャーレの顧問とした、だそうです。」
「しゃーれ?・・・って、そんなことよりもいうべきことがあるでしょう!」
青ツインはこちらに図々しくも指を指して声を荒げる。
「なんでそんな大層な組織の顧問で!今回の件のフィクサーの!それも教師が!なんで猫なのよ!」
"ごもっともな意見だね。"
「自覚あったんかい。」
「それに関しては私も驚きましたが・・・特徴として伝えられていたイニシャルの入った首輪も確認しました。恐らく本人かと。」
「――百歩譲ってその猫が先生だとしましょう。」
口を挟んできたのはトリニティの黒い方だ。
「そちらの方は何者ですか?先ほどの言い方からして、そちらもこの件に関わっているのでしょうか・・・?」
切れ長の鋭い目がじっとこちらを見据える。
その眼光の鋭さに、思わずこちらも身構えてしまった。
「彼女は椰子マユミさん。・・・恐らくキヴォトスで唯一、先生の声が聴ける方です。」
"にゃんですとー"
「随分お気楽だなアンタ。」
視線の先が、今度はこちらに差し替えられ、冷たい沈黙で満たされる。
沈黙を破ったのはゲヘナの生徒だった。
「その、先生の声が聴けるというのはどこでわかったんですか?」
「名前です。彼女は雨宮先生の名を、私が喋っていないにも関わらずに言って見せました。」
「それなら、いくらでも誤魔化しようがあるのでは?見たところ、その猫の首に掛けられているクレジットカード。その名前をそのまま読んだ可能性は?」
さすがと言うべきか、まさかこの距離で私が抱えた猫の首のカードを見つけるとは思わなかった。
「それに関しては問題ないかと。マユミさん。先生をこちらに。」
「あっはい。」
言われるがままに猫を持って歩み寄る。
「このカードなんですがよく見てください。名前のところです。」
「・・・『AMAIYA』?刻印が間違っているということですか?」
「はい。ですので、彼女がこのカードを見て名前を言うのは不可能です。さらに言えば'雨'を'つゆ'なんて読むことは一般的には少ないです。」
「ほかに資料は?その資料を盗み見たという可能性は。」
「あり得ません。現状、雨宮先生について書かれた書類はこの手紙と、あとはシャーレに関する資料に少しぐらいです。そのどれにも雨宮先生の漢字の読みについて書かれたものはありません。」
「ぐぬぬ・・・。」
訝し気な態度をとられてはいるが、どうやら納得してもらえたようだ。
しかし刻印が間違ったカードって使っていいんだったかな?
「そういうことですので、事態は間もなく収束します。わざわざご足労いただきありがとうございます。詳細は追って連絡します。・・・ではお二人はシャーレの部室に向かいましょう。」
手短で簡素な形ばかりのあいさつを終えると足早にリン行政官はこちらに来た。
「部室っていうのは?」
「今までずっとほったらかしだった建物がありますのでそこを部室とします。・・・申し訳ありませんがマユミさんにはしばらくシャーレの部員になっていただく必要がありそうです。」
「それはいいんですが・・・私事務とかできませんよ?荒事もなるべく避けたいですし。」
「それに関してはおいおいということで。今、マユミさんに求められているのは通訳です。仕事するにしても何にするにしても話ができなければどうしようもないですからね。今、ヘリを用紙します。」
"大出世じゃないか。よかったね、盆地君?"
「次、盆地っつったらケバブにしますから。」
"こわー。"
リン行政官の電光石火な説明祭りも終わり、ヘリが来るまでの間に私たちはロビーで待っていた。
他の面子はあちこちに連絡を取っているようでせわしない。大人になったらあんな感じかなと思うと、なんともため息が止まらない。――にしても、
「ヘリかぁ。」
"なんだい?その歳で高いのが怖いのかい?"
「いやそういうわけじゃ・・・。ヘリの椅子に座ったことないからどんななのかな~っと。」
"経験は無いのかい?"
「無いわけじゃないんですが――」
すると、視界の端でリン行政官を捉えた。
そういえばヘリを手配すると言ってからずいぶん経った気がする。
時計を見てみればもう10分もたっていた。何をそんなに話しているのだろうかとみていると――
――鈍い破砕音を響かせ、リン行政官は自分のスマフォを握りつぶした。
一瞬にして、部屋は静寂に包まれ、だれもがリン行政官にくぎ付けになる。
「・・えっと、なにかありましたか・・?」
さきほどはあれほどに騒いでいた青髪ツインテもたじたじになっている。
「問題ありません。多少の問題が発生しただけです。」
リン行政官の目がギラリと光る。
「あ、あの?」
「ちょうどここに、各学園を代表する立派で暇そうな方々がいて、私はとても心強いです。」
その部屋の全員が圧倒されていた。そこにただ佇んでいるだけの笑顔の少女に。
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。」
にこりとほほ笑むリン行政官。
「少し、マラソンなどいかがでしょうか?」
こちらを映すその眼は、まるで真夜中のドブ池のように、暗く濁っていた。
感想お待ちしております。