最初に感じたのは、床の冷たさとサビのにおいだった。
目を開ける。けれども視界は暗いままで、いつまでたっても明るくならない。
まだ夜だったのだろうか?
そう思って体をおこそうとして、バランスを崩して床に倒れてしまった。
「んっ!」
痛い。それに冷たい。
寝ぼけてベッドから落ちてしまったりしたのだろうと思い手をつこうとして気づく。
手が、縛られていた。
がっちりとロープで縛られている。いくら手を動かしてもびくともしない。
いや、手だけではない。足もしっかりとロープで縛られている。
叫ぼうと声を出してみるが、口に噛ませられた布のせいでうまく響かない。
意識がはっきりしてきて思い出す。
そうだ。私は昨日の帰りに襲われたのだ。
紫関から出たところでヘルメット団を見つけた。それで何をしているかとっちめて聞き出そうとして深追いしたのがいけなかったのだろう。待ち伏せしていた仲間にやられてしまったのだ。
つくづく、自分の未熟さに腹が立つ。これがもしホシノ先輩だったら返り討ちしていただろう。ノノミ先輩やシロコ先輩なら、他の対策委員会のメンバーを集めるなどの判断を下せただろう。アヤネだってそれは変わらないはず。
――或いはあの部外者の少女ならば違ったのだろうか。
一昨日のことは、自分でも最低な対応だったと思っている。
彼女は私たちを助けにはるばるアビドスまでやってきてくれたというのに、私はその手を拒んだのだ。信用できないからというあいまいな理由で。
確かに信用の話もあったかもしれない。だが私が彼女を拒んだのはおそらく、嫉妬だ。
初めて会った時、こんな頼りなさそうな奴がなんの役に立つのだろうと思った。後から同い年だと分かったが、その時の私は彼女が高校生だということも信じられなかった。
そんな私の想像に反して彼女は、カタカタヘルメット団を撃退するばかりか、慈善活動として足りなかった人手にして見せた。そのくせ本人は少し卑屈気味で、けれどもちょっと面白いところもあって。
そんな彼女に、何もかもが足りない自分を重ねてしまったのはなぜだったのだろうか。
「う……ふっ……。」
思わず涙がこぼれてしまう。惨めだ。
こんなに暗い場所で一人でいると、否が応でもネガティブになってしまう。
私には何もない。ホシノ先輩みたいに強くないし、ノノミ先輩みたいな余裕もない。シロコ先輩みたいな思い切りの良さもなければ、アヤネちゃんみたいな賢さもない。
何もない。
いらない自分。
いつも一人で突っ走って、間違って、助けられて、……迷惑をかけて。
今回もそうだ。一人で深追いなんかしないで先輩たちを呼べばよかった。
カタカタヘルメット団に勝って調子に乗っていたのだ。別に自分の力でもないのに。
これから私はどうなるのだろうか。人質にでもされるのだろうか。それとも邪な大人にでも売られてこき使われるのだろうか。或いは全身の臓器を売りさばかれるのかもしれない。
みんなは探してくれているだろうか。そうであって欲しいと思う反面、そうであって欲しくないとも思う。こんな役立たずの後輩なんか、
暗く寒くて寂しい部屋。案外、今の私にはお似合いなのかもしれない。
そんな風に思っていると――
突如、爆発が轟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「敵襲ーっ!てきしゅ――」
「はーいちょっと黙ってようねー。」
真面目に職務を全うしようとした見張りは顎を撃ち抜かれ、あっけなく倒された。
ここはアビドス郊外の廃墟。もとは駅があった場所らしい。
「爆弾起動します!」
「ん、援護する!」
何故私たちがこんな場所にいるのかというと、ここにセリカさんが誘拐されたからだ。
話は半日ほど前にさかのぼる。
アヤネさんから連絡を受けた私はホシノさん達とセリカさんの捜索をしていた。
するとホシノさんが「ノノミちゃんからセリカちゃんが見つかったってマユミちゃんから連絡があったって言ってるんだけど……どういうこと?」と言い出し大困惑。
当方、ノノミさんに連絡するどころかモモトークも交換しないのだ。慌てて画面を確認してみると見覚えのないノノミさんの連絡先が。しかも自分からメッセージも送信してあった。
弁明する私。銃を向けて尋問を始めようとするホシノさん。するとホシノさんの携帯が鳴りだし私のアカウントからメッセージが。先ほどホシノさんのアカウントが私の携帯に登録されていないのはわかっていたので流石におかしいと感じて一度帰還。とりあえず先生に相談してみると"それ私だよ?"とのこと。
キレる私。逃げる先生。抑えるホシノさん。教室は一瞬にして混沌を極めていた。
その後先生からセリカさんの携帯の位置を特定したと知らされる。流石にシャーレと言えどそんな権限はない。不審に思った私が問い詰めるとセントラルネットワークにちょちょいのちょいしたらしい。
キレる私。逃げる先生。抑えるホシノさん。教室は一瞬にして混沌を極めていた。
とりあえず向かうことになったが歩いていてはあちらに気付かれる恐れがある。仕方ないので私が魔改造したスーパーnasuに4ケツして突撃することになった。
そうしてなんとか現地に近づいた私たちだったが、改造のし過ぎでブレーキが弾け飛ぶアクシデントが発生。もうここまで来たらいっかって話になってそのままノンブレーキでエントリー。スーパーnasuは
……もう、この際規則とかは見ないふりをした方がいいんだろうか。一応セリカさんの命もかかっているわけではあるし。
「クソがーっ!」
そんな風にぼーっとしているとヘルメット団が襲い掛かってきた。
得物はAKだろうか?見るからに粗悪品のパーツなのでよくわからない。
私は相手の照準が定まるよりも速く、バイザーに一撃を撃ちこむ。
「がっ!なんだこれ、見えない!」
撃ちこんだのはペイント弾だ。
本来はマーキング用だが、こうやって目元に撃ち込めば目潰しにもなる。
私は相手のAKを奪い取り、そのまま腹に向けてマガジンがきれるまで撃ちこむ。
……どうやら気を失ってくれたらしい。
自分ひとりで仕留められたことにほっとする。
周りを見渡し、まだこちらに気付いていない敵を見つけた。
ライフルとショットガンの二人組だ。
弾を再装填しつつ相手に駆け寄ってライフルの方を思いっきり蹴り飛ばす。
ショットガンの方が慌てて距離を取る。
発砲。
弾は互いの顔面にぶち当たる。
「あ、がっ……。」
痛さと衝撃でうずくまる。
これだから戦闘は苦手なんだ。なんで好き好んでこんな痛い思いをしなくちゃいけないんだ。
「くっそがぁ!」
ライフルの方が起き上がったらしく、銃身をこちらに向けている。
反撃しようとするが、銃はさっき取り落としてしまった。
まずい。また当たる。相手は弾を込めてこちらに弾丸を――
「させないよ。」
――撃ちこむ前にホシノさんに突撃された。
狙いはブレて銃弾は明後日の方向に飛んでいく。
それを私が認識する間もなく、ホシノさんは顎を蹴り上げ、敵を気絶させる。
「マユミちゃん伏せ!」
「ひゃ、ひゃい!」
とっさに地面に飛び込む。
銃声とうめき声。
ショットガンの方が起き上がって私を狙っていたのだろうか、ホシノさんはそれを撃ち抜いたらしい。
「あ、ありがとうございます。助けてもらっちゃって。」
「大丈夫だよ~。それよりもマユミちゃん、意外と戦えるんだね?おじさんびっくりしちゃったなぁ~。」
「そうでもありませんよ。……痛いのは苦手なんです。」
そんな軽口を叩いているとアヤネさんから連絡が入った。
『もしもし!聞こえていますか!』
「聞こえてるよ~。位置はわかったの?」
『一階のコンテナです!そこから反応があると先生が!』
「わかったよ。……じゃあ行こうか、マユミちゃん。今、ノノミちゃんとシロコちゃんが足止めしてくれてるから、今のうちに行こう。」
「はい!」
今はとりあえずセリカさんを助けよう。何よりも、今はそれを優先すべきだ。
「悪い人たちにはお仕置きです~♧」
「ん。逃がしはしない。」
……なんかさっきから悲鳴がやまないの気のせいだろうな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
外では何が起こっているのだろうか。先ほどから爆発音と銃声が止まらない。
もしかしたらみんなが助けに来てくれたのだろうか?
自分が誘拐されてからどれほど経っているのかはわからないが、どうやってここまで早くたどり着いてくれたのだろうか?
遠くから、私を探す声が聞こえてくる。
叫んでいるのはホシノ先輩と……マユミだ。
あんなことを言って突き放した私を助けてくれるというのか。
拒絶した私を、勝手に決めつけてけなした私を、助けてくれるというのか。
「んー!ん-!」
足に力を入れ、体を壁に叩きつける。
何度も。何度も何度も叩きつける。
声が出ない以上、自分の居場所を知らせるにはこれしかない。
「んっ!んっ!」
自分にはがむしゃらにやるしかない。ずっとそうやってきたのだ。
足りなくてもいい。
少しでも、私にできることをやり続けるしかないのだ。
「んっ!んっ!」
探す声がさらに近づいてくる。
体をさらに強く叩きつける。
どうか届いてほしいと、どうか助けてほしいという意思のもとに、体を壁に叩きつけていく。
「んっ!んっ……んっ?」
ふいに、壁がなくなった。
間違って壁がない方向に飛んでしまったのだろうか?
私は地面の衝撃に身を固めて――
「セリカさん!」
誰かに、抱き留められた。
猿轡が外され、目隠しも解かれる。
いきなり差し込んできた光に目を細める。
「セリカさん!私の声聞こえますか?」
「マユミちゃん!一回寝かせよう。セリカちゃーん?こっち見えてる?」
白んでぼやけた景色が徐々に輪郭を取り戻していく。
「まゆみ……?……ほしのせんぱい……?」
あぁ。助けに来てくれた。
私を、見捨てないでいてくれた。
うれしい。こんな私を必要としてくれるのが、すごく嬉しい。
「あり……がとう。」
なんとか言えた感謝を最後に、私は意識を手放した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……寝ちゃいましたね。」
「大分無理してたみたいだね。今は寝かしてあげよっか。」
救出されたセリカさんは疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
手足の縄を切り、背中に背負う。
……思ったよりも軽い。普段から無理しているのだろうか?
後ついでに言うとぺぇもそこまで発展しては――
「マユミちゃ~ん?なんか失礼なこと考えてない?」
……そのようなことあろうはずがございません。
『や・り・す・ぎ・ですっ!』
戻ってきてみたらシロコさんとノノミさんがアヤネさんにしこたま怒られていた。
なんでも聞いてみると、こんな流れであったらしい。
まず、思ったよりも敵が多かったことでノノミさんが弾切れに。
仕方ないので近くの敵を片っ端からパワーボム*1(!?)していたらしいのだが、その内楽しくなっちゃってプロレス技を片っ端から試していると、それを見ていたシロコさんが悪乗りして延髄蹴り*2で敵を倒し始めたそうで。その内二人でツ―プラトン*3を始め出し、その内クロスボンバー*4やら刈龍怒*5やらやってたのでアヤネさんがブチギレたそうだ。
道理で周りのヘルメット団がヘンテコなポーズでダウンしていると思った。
というかなんでノノミさんは銃持ってる相手にパワーボムができるんだ……?
「あらあら~。セリカちゃんは眠っちゃったみたいですね~。」
「ん。寝ちゃったのなら仕方ない。早めに帰って休ませてあげよう。」
……明らかに焦ってる。よほどアヤネさんの説教が答えたらしい。
アヤネさんだけは怒らせないようにしよう。
とはいえまぁ……。
「そうですね。帰りましょうか。」
既に日付は変わっており、体もクタクタだ。
もう書類とか面倒くさいし、今日はこのまま休ませてもらおう。
面倒くさいことは明日の私がやってくれるさ。
湯気が立ち込める店内。
その元が客に用意されたラーメンからなのか、それを啜る客によるものかは知る由もないが、そのようなことはここの連中にとってはどうでもいいことだろう。
「……えっと……。」
高く積み上げられたヤサイ、こってりとトッピングされた背油、そしてばっちりと効かされたニンニク。
それを食べる者、食べる前の者、そして食べる気がなかったものでさえも、その匂いによる食欲には無力だ。
「こ、この度は……。」
――しかし今日は、そうも言っていられないらしい。
「迷惑かけてごめんなさい!」
深々と頭を下げるセリカさん。
あの後一応病院で検査等もしてもらったが、特に異常は見られないとのことだった。
何事も無くてよかったということで終わりかと思ったが、今回はセリカさんが独断専行したことも原因の一つということでこうして謝罪の場が設けられたのだった。
「まぁ~セリカちゃんにも何事もなかったわけですし大丈夫ですよ☆」
「ん、それよりノノミ。今度はキン肉バスターの練習を」
「シロコ先輩?」
「ん、何でもない。」
シロコさんはすっかりプロレスに魅せられてしまったのだろうか。
銃社会のキヴォトスで接近技はやりづらいというのに……こういうところはまだ学生というところだろうか。
「ところでミツリちゃん。今回の件は本当に知らなかったのかな?」
呼ばれたミツリさんはビクッと体を震わせ、ブンブンと首を横に振る。
一応アビドス側の人間になったとはいえ、彼女はヘルメット団だ。スパイ行為を疑われてもおかしくはないだろう。まぁスパイにしては無様が過ぎるというものだろうが。
「ふーん?まぁミツリちゃんだったら校舎に連れてこられた時点でアヤネちゃんとかを狙うだろうしね~。」
「……またカイザーなんですかね……。」
カイザーの名前が出てくるのも無理はない。
今回のヘルメット団が持っていた銃器の中にはそこらで扱っていないような高価なものも混じっていた。それこそ、カイザーの系列企業ぐらいでしか扱っていないようなものが。
しかし――
「まだ証拠としては言えないですね。カイザーが盗まれたんだって言われちゃそれまでですし……。」
証拠が足りない。あちらからはずっと攻めてきているのに。こちらはずっと防戦一方だ。
なにか、決定的な何かがあれば……。
「ま、こんな辛気臭い話なんてずっと話してても仕方ないし、ご飯にしよう!」
「いいですね~♧チャーシュー麵二つ!」「あ、」
「塩。」
「味噌でお願いします。……あの、支払いって……。」
「特製味噌ラーメン!炙りチャーシュートッピングで!……それはもちろん、ねぇ?」
"おいちょっと待て助手これなんだかデジャブを感じ「もちろん先生が快く払ってくれるそうです。担々麺、トッピングいっぱいで。」うわーっ!またかっ!またなのか助手!"
今回もあんまり働いてなかった奴の声なんて聞こえなーい。
そう言えば聞き忘れていたのだが――
「モモトーク使えるんならなんでモモトークで会話したりしないんです?私要らないのでは?」
そう問うと先生は当たり前のことを聞いたかのように首を傾げた。
"え?戦場での指揮は迅速なものでなくてはならないだろう?それにモモトークでやり取りして重要機密が漏れたりしたら大変だ。だから助手にはいてくれないと困るのだが……それはそうと考え直さないか?私まだカイテンジャーの支払いが残っていて――"
「サイドメニューのチャーハンと餃子もお願いします!」
暴れる先生を抑えつつ談笑していると、ドアが開いた音がした。
"せめて食べさせろ!私の金なんだから食べさせてくれ!"
猫にとっては割と有害なラーメンを食べさせるわけにもいかないので羽交い絞めしつつ入口の方を見ると、ひとりの生徒が立っていた。
赤い、ワインレッドの髪をたなびかせ、赤いコートを肩に掛けた少女。
大人びた雰囲気があるが、顔つきにはどこか幼さも感じる典型的なキレイ系美人だ。
角が生えているということはゲヘナか百鬼夜行の生徒だろうか?
まあ角だけではどこかわかるわけではないのだから決めつけるのも良くないが。
……それにしても、あの顔はどこかで……?
謎の美人は店内をひとしきり見回した。
「ちょっと行ってくる……いらっしゃいませ!おひとり様でしょうか?」
セリカさんに声をかけられた美人は妖し気に微笑み、口を開いた。
「この店で、一番安いメニューはいくらかしら?」
プロレス技って色々あるんですね。
感想などお待ちしております。