(更新サボってごめんなさい)
料理人にとって最も満たされる瞬間とは自分の料理を美味しそうに食べられることだろう。
自炊をよくするのでわかるが、自分の作った料理で誰が幸福になる、そしてそれを間近で見て感じることというのは、何とも言えない達成感があるものだ。
であるからして今、一杯の大盛ラーメンを分け合ってる奥の席の集団はこの上ない満足感をこの店の主である紫関大将に提供していることになる。
話はおよそ10分ほど前に遡る。
「この店で一番安いメニューはいくらかしら?」
店内がほんの一瞬、静寂に包まれる。
一番安いメニューだと?
この紅髪の美人は高貴そうな見た目に反して今これから一番安いメニューを食べようとしているのか?
予想外の発言に思考が停止する。
「一番安いメニューでしたら……580円の紫関ラーメンですね!1名様で良かったですか?」
セリカさんはこう言った客に慣れているのか、よどみなく返答した。それにしても600円を切るとは……。この店の採算が心配になる。
そう思っていると、後ろの方から連れであろう生徒が入店してきた。
「アルちゃんあった?600円以下のメニュー。」
「えぇ!やっと見つけたわ!ほら、何事にも解決策はあるのよ。全て、想定内だわ。」
「そうでしたか、流石です社長……。」
……少し気になったので入店してきた生徒を観察してみる。
最初に紅髪の生徒――社長さんに声を掛けたのは眺めの白い髪を花の髪飾りで止めている――サイドテールだっただろうか――小柄な生徒だ。片手に大きな黒いスクールバッグを持っており、小悪魔系とか言われてそうな顔立ちをしている。
その後ろでショットガンを腕に抱えながらおずおずと顔を出した紫髪の生徒がいる。服は少しアレンジがされているが、風紀委員の制服に見える。私から見ても小柄で、そのふるまいからは子ウサギを想起させる。
「4名様でしたか?お席にご案内を――」
「あー大丈夫。どうせ一杯しか頼めないし。」
「一杯しか……でも、今は暇な時間ですし、空いてる席も多いですからどうぞ。」
「おぉー。親切だねぇ。じゃぁお言葉に甘えさせてもらうね。あ、箸は4膳でよろしく。」
「4膳ですか?……一杯を4人で分け合うつもり?」
中々に衝撃的な
そういう風に思っていると先ほどの子ウサギさんがいきなり声を上げた。
「ご、ご、ごめんないっ。貧乏ですみません!」
「あ、いや……その、別に謝るほどじゃ――」
「いいえ!お金がないなら生きる資格なんてないんです!虫けらにも劣ります!すいません!ウジ虫ですみません!」
何らかの地雷を踏んでしまったのか、子ウサギさんはいきなり凄まじい勢いで自分らをヒステリックに卑下し始めた。別に金が無くても人は生きれるんだからそこまで気にしなくてもいいような気もするが、彼女にとってはそうではなかったのだろう。
「大丈夫よ!」
セリカさんが子ウサギさんのヒステリックを遮った。
「お金が無いのは罪じゃないよ!胸を張って!」
「で、ですが……」
「お金は天下の回りものって言うでしょ?それにまだ学生なんでしょ?それでも小銭をかき集めて食べに来てくれたのはいいことだよ!」
「へ?……はい?」
「それじゃ!もう少し待ってて。すぐ持ってくるから!」
そういうとセリカさんは店の奥の方に消えて行ってしまった。金は天下の回り物、の使いどころを間違っているのではないかと思っているともう一人、社長さんの連れだろう生徒が入ってきた。
黒いパーカーにミニスカート、右肩にはリュックサックをしょった白黒ツートーンの髪の生徒だ。悪魔のような角と蝙蝠のような羽が生えていることからゲヘナ出身であろうことがわかる。
彼女は店内を見回すとはぁ、とため息をついてから喋り出した。
「声デカいよ、ハルカ。周りに迷惑。……ねぇ、変な勘違いされてるみたいだけど?」
「んー。私たちいつもはそこまで貧乏ってわけじゃないんだけどね。今回で言えばアルちゃんのせいだし。」
それを聞いた社長さんは眉を少しひそめて言い返した。
「『アルちゃん』じゃなくて社長でしょ?ムツキ室長、肩書はしっかりと――」
「今日の分の仕事は終わったじゃん?」
「……でも、」
「そ・れ・よ・り・。社長のくせに社員にラーメン一杯奢れない人ってどう思う?」
「……。」
あ、黙った。
「今回の案件のためにほぼ全財産使っちゃうし……せめてラーメン4杯分のお金ぐらいはとっておこうよ。」
「……ふふふ。」
「リスクは減らせた方がいいのはわかるけど今回のア――」
パーカーさんがこちらをちらっと見たような気がしてとっさに目をそらす。
「……標的はそこまで危険な連中なの?こんな全財産をはたいて人を雇わなきゃいけないほど?私にはそうは思えないんだけど。」
「それは……」
社長さんの目が動揺で激しく泳いでいる。というかさっきから盗み聞いた限りこの社長さんはかなりのおっちょこちょいだということがわかる。よく社長なんてやれているな。
「アルちゃんもよくわかっていないんでしょ?だからビビッていっぱい雇ってるんだよ。」
「び、ビビッてなんかはいないわ!全部私の想定内!」
「ホントに~?」
「ホントよ!」
そういうと社長さんはテーブルに強く手をついて身を乗り出した。衝撃でテーブルのお冷が少し跳ねる。
「失敗は許されないのよ。そのためにもあらゆるリソースを最大限に総動員して臨む。それこそが我が便利屋68のモットーなのよ!」
「初耳だけど?」
「多分、今思いついたね。」
社員は辛辣である。唯一、ハルカと呼ばれた生徒は何も言わず黙って――おろおろしながら――話を聞いている。
自分が劣勢と見たのか、社長さんは芝居がかった動作で胸に手を当てる。
「いいわ!じゃぁ今回の依頼が済んだらすき焼きよ!だから気合入れなさい!」
「すっ……スキヤキとはっ……?それは一体……!?」
「大人の食べ物だね。それもすごい高価な。」
「大人の……!高価な……!う、うわぁ……私なんかが食べてもいいんですか?食べた後は串刺しですか?」
「ふふん。うちみたいなエリート企業の役員なら当然の贅沢よ。」
「やる気満々だね。アルちゃん。」
「だから『アルちゃん』じゃなくて『社長』!」
社長さんにとって今やってる案件は随分と肝入りらしく、終わったらスキヤキなんていう大人の食べ物をご馳走する気らしい。……他人の食事にケチをつける趣味はないが、最低限ラーメン屋でする話ではないのではないかと思う。
「お待たせしました!紫関ラーメン
そうこうしている内にセリカさんが奥からラーメンを持ってきた。
当然というべきか、持ってこられたのはノーマルの紫関ラーメンだ。
――それがすり鉢と見紛うほど大きなどんぶりに山と盛られている以外は。
「う、うわぁ……!」
「何これ!?ラーメン超大盛じゃん!」
「すごい………10人前はありそう。」
「ちょ、ちょっとこれオーダーミスじゃないかしら?こんなの食べるお金はないわよ?」
戦々恐々といった感じの便利屋68一行。すると厨房の方から柴大将の快活な声が聞こえてきた。
「あぁすまない。ちょっと
「そういうことなので!ごゆっくりどうぞー!」
4人はしばらくお互いに顔を見合わせた。まず驚くのはどんぶりの大きさだが、それよりも驚くべきは上の方の具材の方だ。通常の紫関ラーメンでもヤサイと煮卵、チャーシューを山と盛る二郎系のラーメンだ。であるにもかかわらず、今回の便利屋スペシャルはそれを10倍以上の量にしたうえで一切の歪みが見られない完璧な配置だ。具材の中に隠されたスープから湧き上がる濃厚な醤油の香りは一行の胃袋を万力のごとき力で掴んだようで、視線はラーメンにくぎ付けだ。
その内、誰からともなく箸を取り麺を挟み持ち上げる。よく絡んだスープとアブラがテカテカと輝いている。ごくり、と一度喉を鳴らし、そして一気に吸い上げた。
そこからはもう止まらなかった。4人は一言も発することも無く、ただただ夢中で目の前の山を喰いつくしていった。
そうしてその内、山が残り半分ぐらいかといったところまで食べ進められた時、
「ちょ〜っといいですか〜?」
――唐突にノノミさんが4人に馴れ馴れしい態度で声をかけた。
突然話しかけられて驚いたのか、一行の箸が止まる。
脂っこい匂いのする湯気が舞う店の中を冷たい沈黙が満たす。
………………………………………………………………。
何故誰も喋らない?
不思議に思ってひょいと覗いてみると、そこには頬いっぱいに頬張らせたラーメンを咀嚼しながらノノミさんを見つめる4人がにこやかなスマイルを浮かべたノノミさんと見つめ合っていた。
ガン飛ばしあっているのかとも思ったが、単に話しかけられたから答えようとしたけど頬張りすぎて喋れないだけなのだろうし、ノノミさんはそれを見て『可愛い〜。』とでも思ってるのだろう。
そうこうしているうちにやっと飲み込めたのか、パーカーさんが口を開いた。
「…なに。」
先ほどのリスのような頬張りを見られたことに多少の羞恥もあるのだろうか、返ってきたのは刺々しい警戒心のにじみ出た返事だった。
「いえ♪とても美味しそうに食べていたのが見ていて嬉しくなってしまったんです♡」
「…そう。」
やはり彼女自身も先ほどの食べっぷりは気にしていたのだろうか、それを聞いた彼女はそっぽを向いて頬を染めた。 室長さんはそれを見て面白そうにニヤついている。
「そうでしょうそうでしょう。ここのラーメンは本当に最高で、遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ。」
「私達ここの常連でさ〜。一見さんがそんなに美味しそうだと嬉しいんだぁ〜。」
いつの間に席を立っていたのか、ホシノさんも一行に絡みに行ってしまった。
さて、いつ止めに行こうかと考えていると、やっと咀嚼が終わったのか社長さんが――育ちがいいのかずっと噛んでいた。――口元を紙ナプキンで拭いてから口を開いた。
「ええ、わかるわ。ここまでおいしいラーメンは中々お目にかかったことはないもの。」
「その制服、ゲヘナの生徒さん?わざわざ遠くからこんな砂しかない所まで何しに来たの?」
それを聞いた社長さんは先ほどと同じように胸をあて、誇らしげに答えた。
「それはもちろん――ビジネスよ!」
「…ビジネス?」
そう聞き返したホシノさんは目を細めて社長さんを見つめた。
逆に社長さんは誇らしげな顔でホシノさんを見つめた。
「明日、近くで仕事があるのよ。今日はその下準備と下見に来たってわけよ!」
「…あぁ、そういう。随分仕事熱心なんだね~。」
「もちろんよ!なんていっても私たちはプロだもの!」
社長さんは自分の頑張りを誇れるのがよっぽどうれしいのかペラペラとしゃべりだした。
ふと、彼女の後ろを見てみると室長さんとパーカーさんがこちらを見て何事か耳打ちしあっているのに気が付いた。なんだろうか。飲食店に猫がいるのは忌避感があるのだろうか。
私は何の気なしに大漁出費に放心状態の先生の肉球をもてあそんだ。
そこからはお互い溜まるものがあったのかそれぞれの苦労話が始まった。やれ先月も赤字だっただの、どこそこの業者にぼったくられただのといった話が続き、両者はすっかり打ち解けたようだった。
「それじゃぁ、気を付けて!」
「お仕事頑張ってください!」
「えぇ馳走様!貴方達も学校の復興、頑張ってね!」
いっぱいのラーメンを食べ終え、話すことも無くなったアルさんと便利屋68の3人はそういって去っていった。
途中、カヨコさんがこちらをじっと睨んでいたのは怖かったものの、まぁ目つきが悪いだけだろう。
"ふひひ……おかね……もやし……"
「貴方猫なんだからもやし食わないでしょ。」
"そういう問題ではない!あぁ……今月は厳しいのに……"
「そう思うんだったらもっと節約してください。結局ユウカさんに怒られるのは私になるんですから。」
今更往生際悪くブチブチと文句を垂れ流す先生を無視しつつ、私たちも校舎へと帰っていった。
帰り際、ミツリさんだけが振り返り、便利屋の4人が去っていった方向をじっと見つめていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「いやー、いい人たちだったわね!」
その一言を聴いた鬼方カヨコは、この上なく頭が痛くなった。前々から抜けてるとは思ってたし騙されやすいのも知ってはいたが、まさかあの距離で気づかないとは思わなかったのだ。
「…社長、気づかなかったの?」
「……何が?」
そのきょとんとした顔を見て、ため息を一つ、ついた。
それを見たムツキが口を開いた。
「さっきのあいつら、多分アビドスの生徒だよ。」
――静寂。
「……な、」
「なななな、なっ、何ですってーーーーーーー!!!???」
予想通りの反応に、小さなため息をもう一つ、口から溢してしまった。
立ち居振る舞いで誤解されることがあるが、我らが便利屋68の社長陸八魔アルはかなり、いやそこそこ、わりとというか結構なぐらいに天然というか、純粋が過ぎるところがある。
それが彼女の美徳であり長所でもあるのだが、予期せぬアクシデントの原因になることもある。
それをサポートするのが私の役目であり社員の役目であるのではあるから問題はそこまでないのではあるが……。
「あははは、本当に気づいてなかったんだうけるー。」
「ど、どうしよう……。」
ようやく放心状態から戻ってきたのかアルが両ひざをつく。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「応援してるって言っちゃったのに、明日には襲撃をしかけるって……そんなの……。」
「油断させて不意打ちしてるみたいだね♡」
「いやぁぁぁあぁ!」
「大丈夫ですかアル様!一度戻って私が――」
「いえ大丈夫!大丈夫だからハルカは待って!」
「そうだよ。どうせ明日には仕掛けるんだしその時暴れちゃおうよっハルカちゃん。」
「そんな……嘘でしょう……何という運命の……。」
アルはすっかり気落ちしてしまっている。仕方ないので無理やり立たせた。完全に参ってしまっているのは目に見えているが、一企業の長としてこのぐらいの非情さはもってもらわなければ困る。
「ほら立って。バイトのみんなに明日の襲撃のブリーフィングしなきゃでしょ?」
「うぅ……本当に……?私明日にもあの子たちを……?」
「んー。心優しいアルちゃんにこの状況はちょっときついかもだけどー。」
そういうとムツキはアルの頬を指でつつきながらいたずらっぽく笑う。
「でもさぁ?『情け無用』『お金がもらえればなんでもやります』がうちのモットーでしょ?悩むとか今更じゃない?」
「そ、そうだけど…………いえ、そうね。このままじゃダメよ!社長として、このままじゃ!」
そういうとアルは勢いよく自分の頬を張った。そして強く張り過ぎて赤くなった顔を道の先へ向けて叫んだ。
「行くわよ!バイトに連絡をして!」
いつも通りの騒がしさになった身内にもう一度ため息を漏らしつつも、カヨコは先ほどの
あの黒髪の生徒について。
私たちを入店直後からじっと見てきたあの生徒。物珍しいからと言ってしまえばそこで終わり名なのだが、なぜか視線に違和感を感じたのだ。その感覚を言語化するのは出来ないが、鬼形カヨコにはそれがどうしても気味の悪いものを感じてならなかった。
念のため、用心しておこう。
この時はそこまで重要視していなかった鬼形カヨコは、そう思うにとどめておいたのであった。
翌日、アビドス校舎は砂煙に飲み込まれた。
まさかのマユミで被りましたが2章までは書く気がないのでこのままでいきます。
予定では一章分で終わりです。