【停止中:リニューアル版を再構成・連載中】英霊戦線クロスロード ― 異世界の少女勇者、未来戦争に転移しAIと共に人類を救う ―   作:美風慶伍

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■7:再び繋がる戦線

 渓谷を突破してなお、カリナたちの進軍は楽ではなかった。

 

 分断結界の圧は依然として戦場のそこかしこに残っており、地形もまた完全には落ち着いていない。つい先ほどまで一枚岩のように繋がっていた大地は、今や亀裂と隆起に引き裂かれ、ルクセンブルク山塊へ向かう道も決して平坦ではなかった。それでもカリナ本隊は前進を続けていた。止まれば終わる。止まらなければ、まだ繋がれる。そう信じて。

 

「前方の稜線、敵影一〇〇以上! 魔導強化個体ではありません、通常兵です!」

 

 ミリア配下の斥候兵が駆け戻りざまに報告する。

 

「数が少ないですね」

 

 カリナが呟くと、エルリックが低く応じた。

 

「大物は他の領域へ割かれているのかもしれんな。こちらは急ぐぞ」

「はい」

 

 カリナは頷き、すぐに号令を飛ばす。

 

「前衛、散兵線を維持したまま進軍! 無駄な交戦は避けてください! あくまで目標はルクセンブルク山塊です!」

「はっ!」

 

 今のカリナ本隊に必要なのは、敵を全滅させることではない。必要なのは、生きて目的地へ辿り着くこと。そして途中で一人でも多くの味方を拾い上げることだった。

 

 セリアス・ダースブレイズ率いるルミナリアの騎士団は、ここでも頼もしかった。渓谷突破で消耗しながらも、彼らはなお隊列を保ち、細かな地形の乱れにも柔軟に対応している。狭所では徒歩に切り替え、開けた場所では即座に馬を進める。その判断の切り替えが早い。

 

「勇者殿、右手の尾根から回った方が早い!」

 

 セリアスが進路を示す。

 見ると、低い尾根筋がルクセンブルク方面へと斜めに伸びていた。正面から進めば泥濘地を通らねばならず、進軍速度が落ちる。だが尾根伝いなら、多少は起伏があっても足場は堅い。

 

「わかりました。右へ寄せます!」

 

 カリナがすぐに頷く。

 

「前列、針路修正! 右尾根へ!」

 

 命令が伝わり、隊列がゆっくりと流れるように進路を変えていく。こういう時、アルカナヴァンガード本隊の練度はよく出る。一見して派手ではない。だが、細かな転進や戦術変更のたびに隊列が乱れず、そのまま次の動きへ繋がるのだ。それは数え切れぬ戦場を一緒にくぐり抜けたからこその強みだった。

 

 その時だった。

 

 ソフィアが足を止める。

 

「……待って」

 

 誰もが振り返る。

 ソフィアは目を閉じ、周囲の魔力の流れを探っていた。彼女の周囲に浮かぶ微細な魔導文字が、淡く明滅している。

 

「近いわ」

「何がです?」

 

 カリナが問うと、ソフィアは目を開いて言った。

 

「味方の反応。しかも一つじゃない。複数が、こっちへ向かって動いている」

「本当ですか!」

「ええ。まだ断片的だけど、確実に近づいてる」

 

 ミリアもすぐに斥候たちへ手を振った。

 

「伝令班、先行! 前方の歪み地点を確認して! 味方ならそのまま誘導しなさい!」

「了解!」

 

 軽装の斥候たちが再び駆け出していく。その背を見送りながら、カリナは胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。

 

 繋がっている。

 まだ終わっていない。

 その事実が、これほどまでに力になるとは思わなかった。

 

 だが――

 

 その安堵も束の間だった。

 

 前方で、進軍と突撃を告げる鋭い角笛の音が鳴る。セリアスが即座に剣を抜いた。

 

「構えろ! 前方から来る!」

 

 土煙の向こう、尾根の切れ目から黒い甲冑の一団が現れる。数は八百ほど。魔王軍の重装兵と精鋭歩兵の混成部隊だ。その動きには乱れがなく、むしろこの地形を待ち構えていたようですらある。

 

「ちっ、ここを通す気はないってわけか」

 

 エルリックが低く吐き捨てる。

 カリナは一歩前へ出る。

 

「迎え撃ちます。ただし、長引かせない。最短で突破します!」

「承知!」

 

 エルリックが即座に応じる。

 

「重装前衛、楔形から横列陣に戻せ! セリアス卿の隊は右翼から圧を! 我々は中央を割る!」

「心得た! 陣容を三つに分けて散兵機動戦術をかける!」

「鉄床と鉄槌ですね?」

「そうだ。こちらが叩くまで敵を噛ませる!」

 

 エルリックたち重装歩兵が強固な石垣となり、セリアス率いる機動部隊が打撃を与える。ソフィアもすでに動いていた。

 

「直撃魔導は使わないわ。地形が崩れる。抗魔補助と撹乱だけに絞る!」

「任せて」

 

 ミリアは短剣を抜き、斥候兵たちへと手信号を飛ばした。

 

「敵の目を潰すわ。指揮役と伝令役を狙って」

 

 そして、戦いが始まった。

 正面のぶつかり合いは一瞬だった。セリアスの騎士たちが右翼から強烈に圧をかけ、エルリックの重装兵たちが中央を押し込み、ソフィアの魔法が敵の足並みを僅かに乱す。その刹那をミリアの斥候兵たちが見逃さない。死角を取って小銃と矢を打ち込み、敵の隊形を崩した。

 

 そして最後に、カリナが踏み込んだ。

 聖剣レギオンブレイドの一閃が、敵の指揮官格らしき黒甲の兵を薙ぎ払う。その一撃で、敵の流れが明らかに鈍る。

 

「今です! 一気に!」

 

 カリナの声に、味方が一斉に押し込む。

 ほどなくして、黒い甲冑の一団は完全に潰走した。

 

「追わなくていい!」

 

 カリナはすぐに制した。

 

「時間を取られます。前へ!」

 

 それが今の彼女の強さだった。勝ったからといって深追いしない。目的を見失わない。

 

 そして、ほどなくして――

 空から、小さな光がいくつも降ってきた。

 

「魔導紙片?」

 

 ソフィアがその一枚を受け止める。そこには、強引に圧縮された座標式と魔導符号が刻まれていた。

 

「……ルクレティアの筆跡だわ」

「ルクレティア!?」

「シルヴィアとラピデスも一緒に動いてる。空から結界の綻びを解析して、再集結地点をルクセンブルク山塊と定めたらしい」

 

 カリナは思わず息を呑んだ。

 

「やっぱり……!」

「ええ。こちらの判断と一致してる。つまり空の仲間も同じ答えに辿り着いたってことよ」

 

 その時、前方の稜線の向こうから、新たな旗が見えた。

 

「あれは――」

 

 セリアスが目を細める。

 緑と金を基調とした旗印。風に揺れるその紋章を見て、ソフィアが声を弾ませた。

 

「グレインリーフ! それに、エルフ連合の旗も!」

 

 やがて、尾根の向こうから現れたのは、エルビス・アルシェ率いる歩兵群と、ヴェネラ・モンテカルロ率いるエルフ部族連合だった。兵の数は減っている。誰もが疲れ果て、泥や血にまみれている。だが、その眼は死んでいなかった。

 

 カリナは思わず、一歩前へ出た。

 

「エルビス卿! ヴェネラ殿!」

 

 エルビスもまた、険しい顔のまま深く頷いた。

 

「ご無事で何よりです、勇者殿」

「そちらもね」

 

 ヴェネラが弓を肩に担ぎながら笑う。その笑みには、ひどく疲れた者同士だけが共有できる安堵があった。

 

「槍列を二重にして持ちこたえたわ。エルビスの兵は、こういう時ほんとに崩れない」

「エルフの射線が無ければ、こちらも持たなかった」

 

 エルビスが静かに言った。

 

 再接続。

 その最初の形が、今ここに生まれた。

 

 カリナは一人ひとりの姿を見回し、そして静かに言った。

 

「まだ集まりきってはいません。ですが――確実に繋がり始めています」

 

 誰も否定しなかった。

 事実だからだ。

 ソフィアがすぐに言葉を継ぐ。

 

「残る反応もまだあるわ。ルクセンブルク方面へ集束してる」

「ここから先は、合流しながら進んだ方がいい。小さい部隊のまま動くより、まとまった方が強いわ」

 

 ミリアが地図を広げる。

 

 エルリックも頷いた。

 

「その通りだ。ここで一度、行軍序列を組み直そう」

 

 セリアスが剣を納めながら言う。

 

「ようやく、軍らしい形が戻ってきたな」

 

 その言葉に、カリナは小さく笑った。

 

 確かにそうだ。

 まだ全部ではない。足りない者もいる。無事かどうか分からぬ者もいる。だが、それでも確かに今、散り散りになった戦線は再び一つへ向かい始めている。

 

 ルクセンブルク山塊まで、あと少し。

 

 そこへ辿り着けば、さらに多くの味方と繋がれるはずだ。

 カリナは剣を握り直し、前を見据えた。

 

「進みましょう」

 

 その声に、今度はより多くの者たちが応えた。

 分断された戦場の只中で、再起の軍勢は確かに形を取り戻しつつあった。

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