崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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暁のサン=ヴォワイエ
第1話 異邦の南那


 険しい山の中腹。

 鳥の鳴き声だけが細く響く緑豊かなその場所は、凄惨な様相を呈していた。

 

 山道を囲むように横たわる骸の数々。

 どれも苦悶の顔を浮かべ、腹は引き裂かれ、苦痛の果てに死んでいった事が一目で理解できた。

 凄惨さを極めたような光景の中、動く影が二つ。

 

 まるで地獄がそのまま地上へと現れたかのような光景。

 その中から抜け出すように、二人の少女が歩いている。

 

 一人は高校生くらいの少女。

 制服に身を包み、しずしずと歩く。

 風に吹かれたスカートが、ばたばたと靡く。

 ただ無言で、悼むように目を伏せて。

 一歩一歩確かに進んでいく。

 

 もう一人はそれよりも小さい少女。

 大きな少女に手を引かれて、やはりとぼとぼと歩いていた。

 その顔は泣き腫らしたように腫れている。

 頬には消えない涙の跡が、日の光を受け虚しく輝いていた。

 

 二人は無言で山道を歩いていた。

 麓へと下る道を、ゆっくりと。

 その背後に見えるのは、砦だった。

 背の向こう、彼方に白くそびえ立つそれは、陽の光を受けて美しく輝く。

 

 だがその輝きに背を向けて、少女達は歩いていた。

 

 もうあそこには誰も居ない。

 誰一人として生きていない。

 精強なる騎士達も、白き衣の巫女も、共に喚ばれた仲間達も。

 

 残ったのは二人。

 たった二人。

 

 僅か一ヶ月ばかりの共同生活。

 思い出が詰まったそれを振り切り、彼女達は進んでいく。

 

 全ては一月前。

 彼女達が出会った、その時から始まった――

 

 

 

 ――Infernum ipsum hic immerserunt. Spes omnis interiit.

 

 

 

 異世界召喚って、皆は聞いた事有る?

 

 そう、こことは全然違う世界に喚ばれて、勇者なんて呼ばれて、冒険する。

 そんな展開は、ちょっとアニメとか好きな人なら一度くらいは妄想した事有ると思う。

 

 でも実際当事者になってみたら分かるよ。

 

 これ、そんな良いもんじゃないって。

 

 

 

「ほら、急ぐです! 仕事は待っちゃくれねえですよ!」

 

 そんな声が私たちを二人を急き立てる。

 

 私が今何をやっているかって?

 お掃除ですよお掃除。

 

 だだっ広い建物の中を、ぴかぴかになるまで磨き上げる。

 そんな作業をやらされてます。

 

 真っ白い綺麗な石造りの壁。

 その汚れを、真っ白になるまで磨けというのが、今自分たちが与えられた仕事だ。

 

 なんでこんな事してるかって?

 

 これが、異世界召喚された結果って奴ですよ。

 

 こういうのってほら、特別な力を与えられたりするっていうのがお約束でしょ?

 当然有ったわけ。

 私たちにも。

 

 恩寵(チート)、って呼ばれる特殊能力。

 それが、召喚された人間には一人一つ貰えるんだって。

 

 そうなるとちょっと期待するでしょ?

 なんか凄い力が使えるようになって、なんか活躍できるのかなって。

 

 私もいきなり召喚された時はふざけんなって思ったけど、そういう特殊能力有るって判ったら正直少しだけワクワクしたよ。

 

 でもさ、それが全然使えない能力だったら、どうする?

 

 本当になんの役にも立たなさそうな、戦えない能力だったら。

 まあ、がっかりするよね。

 

 私もそうだったし、多分喚んだ人たちもそうだったんじゃないかな。

 

 だから今私はこんな事をしている。

 役立たずだって言われて、下働きに落とされて。

 

 単なる雑用係をさせられている。

 

 ――保護組。

 

 私たちみたいな使えない恩寵(チート)を持つ人たちを集めた集団は、そう呼ばれてる。

 戦えない、保護されるべき人間だから保護組だって。

 

 まあ、どう呼んでも結局は雑用係でしかないよ。

 ここに来て一週間になるけど、とにかく便利にしか使われてないもの。

 

「ほんとやんなるよねー」

 

 そう言って私の隣で溜息をついてるのが、牧内 麻美(まきうち あさみ)ちゃん。

 私と同じ高校一年生だ。

 見た目からしてもう陽キャって感じの明るい子で、多分こんな状況じゃなかったら絶対友達にはならなかったと思う。

 

 彼女も勿論、私と同じ保護組。

 

 今私は、彼女と一緒に必死に壁を磨いてる。

 

 白い大理石みたいな壁は、とにかく汚れが目立つ。

 ここはどうやら宗教的な何かっぽくて、常に白く保たないと駄目なんだそう。

 

 だからこうして、毎日毎日汚れを見つけてはそれを磨き、見えなくなるまで必死に雑巾で擦る羽目になる。

 

 今も私たちは、巡回の騎士が剣の鞘かなんかで擦ってできただろう、結構目立つ汚れを必死に磨いている。

 

 だけど黒く入った線はなかなか消えてくれなくて、何分も擦っているけど白くなってくれる気配が全然見えない。

 

 そろそろ腕も痛くなってきた。

 ほんと止めたい。

 

 だけど隣の麻美ちゃんは全然そんな顔は見せていない。

 

 鼻歌混じりで軽々と作業をしている。

 

 彼女がお掃除マスターだから……ってわけじゃない。

 

 麻美ちゃんは壁を拭く()()をして……誰も見てないのを確認してから、汚れにそっと手を添える。

 

 そうすると、すっ、と汚れが消えていく。

 まるで元から無かったみたいに。

 

 これが麻美ちゃんの恩寵(チート)、「物を透明にする能力」。

 

 触ったものを透明にできるんだそうだ。

 勿論、戦うのにはなんの役にも立たない。

 

 それでもお掃除という仕事には、なかなかに役立つ恩寵(チート)なので、ちょっと羨ましくなる。

 

「いよっし」

 

 麻美ちゃんは小さくガッツポーズして、次の場所に取り掛かり始めた。

 この()()のお陰で、麻美ちゃんは掃除や洗濯が上手だと思われている。

 雑用の評価もなかなか良い。

 

 ちなみに私は――

 

「ナナはまだ終わらんですか」

 

 ちょっと厳しい感じで私に声をかけてきた子は、トトちゃんって言います。

 召喚されてきた私たちとは違う、現地の子。

 まだ歳は十二歳らしいけど、もう何年も下働きをしてるベテランらしい。

 

 そしてなんと驚く事に、普通の人間じゃない。

 まさにファンタジーって感じの、獣人って奴。

 可愛い猫耳が頭に乗っかってて、ぴこぴこ動いてて可愛い。

 

 このトトちゃんが私達の雑用の監督役で、補佐役をやっている。

 歳は下でも上司ってわけ。

 

 トトちゃんは割と仕事には厳しい。

 プロ意識が高いというか、手抜きは許さない。

 仕事するならちゃんとしろ、というスタンスの子だ。

 

 だからまあ、私にはちょっと厳しい。

 

「なかなか汚れが落ちなくて」

 

 へへ、とごまかし笑いする私に呆れたように、トトちゃんはやれやれと首を振っている。

 

「ナナは要領が良くないですね。そんなんじゃ一人前になれないですよ」

 

 まあ別に私は一人前になりたいわけじゃないんですけど。

 そもそも無理矢理やらせられてるだけだからね、こんな雑用。

 

「ちょっとはアサミやミクを見習ってほしいです」

 

 そう、奥の方をトトちゃんは指さした。

 

 そこでは、長い黒髪の如何にもお姉様って感じの大人びた先輩が壁を磨いている。

 

 奥の方で掃除をしているのは、やっぱり保護組の一人。

 

 天音寺 未来(あまねじ みく)さん。

 高校三年生の、私から見たら先輩だ。

 

「まあまあ、少し大目に見てあげてくれないか」

 

 未来さんはそう苦笑して、トトちゃんに話しかける。

 

「南那もまだ不慣れだからね。これからどんどん上手くなるさ」

 

「でも、もう一週間もやってるんですけどねえ」

 

「まだ一週間だよ。長い目で見てあげてほしい」

 

 フォローしてくれるのは嬉しいけど、ちょっと複雑な気分にもなる。

 未来さんはとにかくなんでも卒無くこなせる人で、どんな仕事もすぐに覚えてぱぱっと終わらせてしまう。

 麻美ちゃんは流石お嬢様、って感心してた。

 

 実際未来さんはお嬢様らしい。

 資産家の出で、通っているのも玻璃ノ宮女学院っていうお高い人たちが通う、私じゃ逆立ちしても入れないような学校だそう。

 

 そんな人から見れば私は出来の悪い後輩みたいなものなんだろう。

 実際そうなんだけど、そうなんだけど。

 

 今ここで全然仕事できてないの、私だけなんだよね。

 未来さんはなんでも出来るし、麻美ちゃんは恩寵(チート)でなんとかできちゃってるから。

 

 だからこう、なんていうか、やっぱりヘコむ。

 

「少し手伝おう。そうすれば早く終わる」

 

 自分の区域を終わらせたのか、未来さんがこっちに来てくれた。

 正直有難いです。

 

「高い所は、私がやろう」

 

 未来さんの視線の先には、天井近くに有る僅かな汚れが見えた。

 普通だったら絶対届かない、モップでも必要な場所。

 

 でも未来さんは、()()()()()()そこに手を伸ばす。

 

 これが未来さんの恩寵(チート)

 「空中に足場を作る能力」。

 

 一見するとそれなりに役に立つんじゃない?って思っちゃうんだけど、作った足場は一秒しか保たないし連続でも使えないんだそう。

 だからこうして、空中で一回ジャンプするくらいにしか使えない。

 

 まあ、やっぱり微妙な能力だなと思う。

 実に保護組らしく。

 

 未来さんは、さっとひと拭きするとそれで綺麗に汚れを拭ってしまった。

 どうやったらそんなに簡単に汚れが取れるのかさっぱり分からないけど、未来さんはなんかささっと取ってしまう。

 これがお嬢様力って奴か。

 

 まごまごしてると全部未来さんに終わらせられてしまう。

 急いでやらないと、またトトちゃんに怒られてしまう。

 

 そういえば自己紹介がまだだった気がする。

 私の名前は――

 

 

 

「何書いてるの?」

 

 物陰で何やらこそこそとやっている彼女に、麻美が声をかける。

 びくり、と彼女は驚いて、それを落としてしまった。

 

 床に落ちていたのは小さなメモ帳だった。

 可愛らしいピンクの表紙の、ポケットに入りそうなメモ帳。

 

 彼女はそれを拾い上げると、ちょっと恥ずかしそうに言った。

 

「ここでの出来事を、忘れないように書き留めておこうかなと思って」

 

「ほー、マメだねえ」

 

 私は日記とか全然つけないタイプだから、と麻美は呟いた。

 

「私も今まではつけてなかったんですけど」

 

 ぱらりと、彼女はメモ帳を開く。

 そこには輝く文字で、何事かがびっしりと記されていた。

 

「これくらいにしか使えそうに無いですし。私の恩寵(チート)

 

「まあ、うん、そうかも」

 

 麻美も彼女の恩寵(チート)を思い出したのだろう。

 微妙な笑顔を浮かべながら、そう答えた。

 

 彼女は再び、メモ帳に指を走らせる。

 ペンは持っていない。

 ()()()()()()()()()()()

 

 ――私の名前は、衣目川 南那(ころめがわ なな)

 「ものに文字を書きこむ能力」なんて、大した使い物の無い能力を与えられた。

 なんの取り柄も無い高校一年生だ。

 

 そう書き終わると、彼女――南那は、麻美を追いかけて駆け出す。

 雑用はまだまだ残っている。

 

 トトにどやされないように、南那は足早に仕事場へと戻っていった。

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