崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第96話 鎧袖一触

 出発から四日後。

 

 駐屯軍は、魔族の軍勢と激突した。

 

「奴ら、馬鹿正直に真っ直ぐダラマトナへ向かってきているな」

 

 眷属鳥(ファミリア・バード)による空撮の結果、ソラムを通過した魔族達は最短距離でダラマトナへと向かってくる事が判明していた。

 

 故にその中途となる場所で駐屯軍は陣を張り、この敵を待ち構える事としたのだ。

 

「ようやく戦えるな」

 

 兵士たちは、今かと敵が来るのを待ち構えている。

 槍を握る手は白くなる程強く握りしめられ、彼らの戦意が過剰な程に溢れる様を世界に見せつけていた。

 

「そろそろか」

 

 騎士達は緊張の面持ちで地平を見つめていた。

 そこから来る大群と如何にして戦うか。

 頭の中で何度もそれを反芻し、検討を続ける。

 だが、完勝する未来を思い描けた者はその場には誰一人として居なかった。

 

 万全の体制。

 

 鉄壁の布陣。

 

 彼らは、可能な限りの準備で戦いに臨んだ。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

「うわああああああ!」

 

 戦場は、阿鼻叫喚の地獄絵図を展開していた。

 

 肉と肉。

 

 鉄と鉄。

 

 それが血と臓物で和えられ混ざりあい、この世の地獄のような光景をそこに作り出していた。

 

「来るな、来るなぁ!」

 

 ほんの一刻前まで、魔族を狩れるだけ狩ってやると息巻いていた兵士達。

 その自信に溢れた姿は最早そこには無かった。

 

「やってられるか畜生!」

 

 彼らは今涙を流して、無様に逃げ回っている。

 槍などとうの昔に折れていた。

 

 纏った革鎧(レザーアーマー)は最早ボロ皮と化し、僅かに体に張り付いているのみ。

 体の方々は切り裂かれ血が吹き出し、彼らに激痛を与えていた。

 

 だがそんな痛みなど感じている暇は無かった。

 彼らは()()に追われていたのだから。

 

 兵士たちの脇には、追い立てるように鎧装猪(レ・キュイラ)が並んで走っている。

 槍持つ凶悪な猪は兵が左右に広がるのを邪魔するように、生きた防護柵(ガードレール)となって、彼らの行く手を遮っていた。

 

 その合間には跳ね回る線兎(レ・トレ)が、兵士の動きを遮るように突っ込んでくる。

 

「ひい!」

 

 殺人兎の蹴りをなんとか躱しながら兵士たちは走っていた。

 だがそのような妨害を受けた走りは、とても速いとは言えない。

 何度も身を捩らせたよたよたとした無様な走りは明らかに足止めを食らっていた。

 

 そんな緩慢な逃走をする兵士たちの後ろには、巨大な魔族の姿が有った。

 

 

 

 そこに居たのは、一匹の蟷螂だった。

 

 

 

 体表を銀色に輝かせた、鋼鉄の蟷螂。

 両手にはそのトレードマークとなる鎌のような凶悪な手を見せつけながら、悠然と歩み寄ってきていた。

 

 細い足を動かすたび、がちゃがちゃと硬質の音が辺りに響く。

 それがさらに威圧感を増し、この昆虫の凶悪さを引き立てていた。

 

 しかし一番恐ろしいのは、その大きさであった。

 

 体長はざっと見て4メートル超。

 

 人の二倍以上、三倍にも迫る大きさの蟷螂。

 

 それは見る者全てに絶望的なまでの凶猛さを振りまいていた。

 

 この死を齎す蟷螂を、人は大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)と呼んだ。

 

 

 

 大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)はゆっくりと兵士たちを追走していた。

 しかしゆっくり、と言うのはあくまでも、()視点での話。

 

 4メートルを誇る体躯のその歩みは大幅で速く、一足で1メートル以上を踏破できる。

 人の尺度で見れば、決して遅いとは言えない速度だった。

 

 背後からの圧力を感じながら兵士たちが逃げる。

 

 何も考えず我夢者羅に走る。

 ただただその命を永らえさせる為に、痛みも疲労も置き去りにして、走る。

 

 大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)が、がちゃり、とその手の鎌を開いた。

 

 その魔族の象徴とも言える手の鎌はやはり大きく、人の背丈よりも長かった。

 ぎざぎざとした刃は血にまみれており、太陽の光を受けて赤黒い勲章を輝かせていた。

 

 自慢の鎌が、ゆっくりと展開される。

 刃を見せつけるように、手先が徐々に伸びていく。

 

 そうして鎌が伸び切ると――

 

 ()()()()()()()()()()

 

 細長い腕が、分割されて、ガチャガチャと音を立てながら伸びていく。

 蛇腹のように折りたたまれたそれが、本来の長さを取り戻していく。

 

 やがて現れたのは、自身の体長の倍程にもなる超大な腕の姿だった。

 

 細長くなったその腕を、蟷螂はひゅっ、と上に放り投げるように上げた。

 頭上に踊った鎌を、大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)はそのまま振り回す。

 

 小さければヒュンヒュンという風切り音を上げただろう。

 しかしその巨大さ故に風を無理やり引き裂くようなブゥンという低い音が鳴り響き、まるで唸り声のように兵士たちには聞こえた。

 

「あっ、あっ」

 

 恐怖と混乱で、ただ声が漏れる。

 

 次に何が起こるのか、兵士たちは良く理解していた。

 もう何人も()()の餌食になった仲間の姿を見てきたのだ。

 

 だからこそ、走る。

 さらに力を入れて全力で疾走する。

 死の鎌から逃れる為に、少しでもそれから離れる為に。

 

 

 ――大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)の鎌が、放たれた。

 

 遠心力で力を蓄えたそれは、恐るべき速度でまっすぐに、兵士達へと向かって行った。

 

「おげぇ!」

 

 一人の腹を、蟷螂の腕が貫いた。

 

 速度と質量を伴ったそれは胴体を貫通するなどという生易しいものに留まらず、彼の腹を爆発させ貫いていった。

 

 死んだ男は何が起こったのかも分からず、ただ歪んだ表情のまま上半身と下半身が永遠に別れた姿となり、大地に転がった。

 

 だが、蟷螂の攻撃はそれで終わらない。

 

 長く伸びた腕が、さらに横へと振り回される。

 

 長大な鋼鉄のワイヤーが、走る兵士たちを薙ぎ払った。

 

「ぐぇえ」

 

 一人の兵士の体を、ワイヤーが襲う。

 鋭利でないそれは体を寸断する程のものではなかった。

 しかしそれ故にワイヤーは腹に食い込み、脊柱手前で留まり、継続的に彼の臓腑を侵し続けた。

 

「うう、ああー!」

 

 彼は必死に藻掻いてワイヤーに手をかけるが、遠心力を伴ったそれに体は引きずられるばかりで、地獄のような責め苦を与えていた。

 

 やがて滑ったそれは肋骨を何本かへしおり、ようやく止まったその骨の際を滑るように、ぞりぞりと肉を削ぎながら胸を横へと進んでいく。

 

 多く開いた腹からは臓腑が溢れ、辺りにびろんと広がった。

 

 あまりの苦痛と、己の体が解体される恐怖。

 それに耐えられず、男は意識を手放した。

 そして永遠にその闇から帰って来る事は無かった。

 

 何人かの兵士が同じようにして鋼鉄のワイヤーに引っかかり、凄惨な死体へと姿を変えていた。

 

 逃げ惑う彼らは、この魔族の前では抵抗すらできない哀れな供物に過ぎなかった。

 

 だが兵士を蹂躙し伸び切った腕。

 それは間違いなく、この魔族の隙に相違なかった。

 

「でぇい!」

 

 騎士の一人が、その瞬間を逃さず突っ込んでくる。

 馬による突撃(チャージ)めいた、全力疾走。

 腕には長いパイクを構え、この巨大な蟷螂の横から突っ込んできていた。

 

 狙うは頭。

 

 (レスプリ)の場所が判明していない場合、この生命の急所とも言える部位を狙うのが次善策として有効だった。

 魔族は頭を落とされても死ぬ事は無いが、頭脳を欠いた為か動きが単調になる。

 故に、攻略の際はそこをまず落とすのが肝要だった。

 

 馬が大地を蹴って軽く跳躍し。空を舞う。

 

 勢いのまま人馬一体となり、魔族を貫かんとする槍と化した騎士の槍先は、(たが)わず魔族の頭を捉えていた。

 

 長く伸び切った腕は迎撃に戻すのには間に合わない。

 もう一方の手は反対側を迎撃できるようにはできてない。

 

 まさしく必勝の状況がそこには有った。

 

雷撃付与(エンチャントライトニング)!」

 

 さらにダメ押しの属性付与(エンチャント)

 

 雷を纏った騎士の武器は、ばりばりと放電を伴い真っ直ぐに蟷螂の首を貫こうとしていた。

 

 

 

 しゃらんと、美しい音が響いた。

 

 

 

 戦場にはまるで場違いな涼やかな音。

 

 ――一体、なんだ?

 

 騎士が疑問に思うよりも早く。

 

 その体に、赤く線が奔る。

 

「あ」

 

 線から分かたれるように、騎士の体が寸断された。

 

 最早力を失った上体は、勢いのまま蟷螂の腕の付け根付近にぶつかり、地面へと落下する。

 下半身とそれを乗せた馬は蟷螂の首の下を抜け、戸惑うようにそのまま駆け続けた。

 

 音の正体。

 

 それは、蟷螂の羽であった。

 

 高速で開いた薄く強靭なそれは、鎧すら貫く刃となって騎士を襲った。

 きらきらと輝く金属製の羽は、戦場に有って尚美しい輝きをなんら損なってはいなかった。

 

衝撃波(ショックウェーブ)!」

 

 別の騎士が、遠距離より攻撃を放つ。

 

 放射式の魔導式は不可視の衝撃として、大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)を襲う。

 

 しかし――

 

 その鋼鉄の体表に当たったそれは、ガィンという音を残して虚しく消散した。

 

「くそっ!」

 

 ムキになって衝撃波(ショックウェーブ)を連発する。

 しかしその尽くは、銀色の装甲に弾かれ虚しく消えていく。

 

 ぎろりと、蟷螂の首が騎士を捉える。

 

 凶悪に開いた顎が、新たな獲物の到来を喜んでいると如実に現していた。

 

 

 

 駐屯軍は戦いの開始から一刻もせずに半壊状態に陥っていた。

 

 兵士は逃げ惑い、抵抗する騎士達も徐々に数を減らしていく。

 

 そこに最早抵抗する力が残されていない事は明白であった。

 

 ここはもう戦場ではない。

 

 魔族達が残党を始末する、単なる狩り場と成り果てていた。

 

 

 

 その様を戦場の後方から眺める一人の男の姿が有った。

 

 魔将ゲーザ。

 

 その人であった。

 

近接型(ペンゲ)は要らなかったか……?」

 

 あまりにも一方的な蹂躙に、彼は少々編成を誤ったと反省していた。

 

 持ってきた攻城型(オシュトロム・ホルドゾー)の大半を緒戦で討ち取られ、ゲーザの軍勢はかなり戦力を減じていた。

 

 ゴドフロアの奮戦は決して無意味ではなかった。

 攻撃の要である砲撃象(ル・コロス)の半数以上を倒したその成果は確実にゲーザに損害を与えていたのだ。

 

 ――決定打が足りないな。

 

 主要火力である砲撃象(ル・コロス)――攻城型(オシュトロム・ホルドゾー)を欠いた状態に、ゲーザは危機感を覚えていた。

 

 残るは小型の雑兵たちのみ。

 数で押せば良いが、強者相手となると物足りない。

 

 かと言って最初から自分が出る事は()()()

 

 幾ら安いとは言え自分の手札が減るのは、彼としては面白く無かった。

 

「仕方ない、出すか」

 

 そうして出してきたのが、虎の子の大鎌(ラ・グランド・フォスィーユ)であった。

 近接戦闘に特化した、強力な魔族。

 先程のような攻城戦で無いのであれば、むしろ有用なこの戦力をゲーザは投入した。

 

 

 

 その結果が、一方的な蹂躙。

 

 

 

 勝つ事は喜ばしい。

 だが、()()()()()()()()()()()

 

「これは査定に響くな」

 

 ゲーザは思わず溜息をついた。

 

「どうして光の民はこう弱いのだ……」

 

 雑兵よりは強いがそれ以上の強力な個体となると苦戦する。

 

 それが魔族達の光の民評だった。

 

「我らが魔王がこの状況を作り上げたのは理解しているが」

 

 魔王が光の民の力を封じた結果がこれというのはゲーザも理解していた。

 だからこそ、闇の民である自分たちが、彼らの領土である地上をも支配する事ができたのだから。

 だとしても。

 

「下の俺達が苦労するんだよな……」

 

 その為出撃回数が減り、功績を思うように稼げなくなり。

 さらに、一線毎の稼ぎすら減るようになっては、愚痴一つも言いたくなろう。

 漏らせない不満を、魔将は心の中にしまい込んでいた。

 

「しかし、おかしいな」

 

 ゲーザは首を捻る。

 彼の想定では、ここが決戦になるはずだった。

 

 ()()()()が現れて、自分が迎撃する。

 それが、想定されていたシナリオだった。

 

 だというのに、ここには雑魚しか居ない。

 その事がどうにも理解できなかった。

 

「秘密兵器とやらが完成したのではなかったのか……?」

 

 光の民がこの先の街で何やら開発している事を、魔族側も掴んでいた。

 開発物が()()()()()()()である事も。

 

 その起動反応を察知し、魔族側も色めき立ったのだ。

 

 ()()()()()()、と。

 

 だからこそ急いで出撃してきたのだ。

 それを倒す為に。

 

 高い功績を得られるこの瞬間を逃さぬ為に。

 

 だというのに。

 

「何故出して来なかった」

 

 ゲーザの頭には、疑問符しか無い。

 これだけの大戦力、切り札を切ってこないなどとは考えられない。

 出すしか無いのだ、滅ぼされない為には。

 

 だが現実として、それは現れなかった。

 

「出し渋りできる程余裕も無いだろうに」

 

 ゲーザは悩む。

 光の民の考えが理解できなくて。

 あそこまで一方的に叩かれておいて、戦力温存するとは正直考え辛かった。

 

「何か考えが有るのか?」

 

 もしかしたら、この先の街で万全の態勢で戦う為の手筈を整えているのかもしれない。

 最強戦力を最善の形で活かす為に。

 

「そうだったら嬉しいのだが」

 

 ゲーザは強敵が立ちふさがってくれる事を、何より願っていた。

 

 この戦場で、駐屯軍以上に人類が健闘する事を、魔将が祈っていた。

 あまりにも滑稽で皮肉な構図だった。

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