ダラマトナの郊外にある一角。
空き地として放置されていたその場所に、うらぶれた男たちが集っていた。
人数は、ざっと30人程。
彼らの表情は一様に固い。
顔色は青白く冷や汗すら流れているが、その目だけは鋭さを失っていなかった。
手には剣や槍を持つ者がぽつぽつと。
その他、棍棒や果ては角材を持っている者など、その獲物は様々であった。
ダラマトナ決死隊。
住人が避難する時間を稼ぐ為の自殺志願者の集まり。
彼らが稼げる時間は一分か、一秒か。
ほんの僅かである事は疑いようもないが、その僅かを作り出す為に、彼らは命を捧げると決意したのだ。
愛する家族を逃がす為か。
伝える事のできない、想い人の為か。
それとも、ただその崇高さに殉じる為か。
ともかく、各々が違う想いを抱えてここに集ったのは間違い無かった。
そんな集団の中、あまりにも場違いな人間が二人居た。
一人は黒髪を靡かせた少女。
見慣れぬ衣装に身を包み、腰には如何にも上等な剣を佩いている。
彼女はこの集団の中にあっても、唯一落ち着いているように見えた。
表情は柔らかく自然で、なんら不安を感じていないような面持ちだった。
もう一人は、金髪が美しい少女。
大きな帽子と丸眼鏡。
だぶついた高級そうなローブに、手に持った白い杖。
どこからどう見ても、物語から抜け出してきた魔法使いのような出で立ちだった。
彼女の方は落ち着きなくきょろきょろと辺りを見回し、所在なさげな雰囲気を振りまいていた。
天音寺未来と、ニノン・ザ・レイディアントソード。
その集団の中で、二人はあまりにも異物であった。
「なんか滅茶苦茶浮いてますよねええええ私達」
めっちゃ気不味いんですけど!?と呟きながら、ニノンは落ち着きなく周囲を見回していた。
目に入るのは、男ばかり。
しかもどこから集めてきたんだとばかりに、統一感が無い。
そこらへんに歩いてるおっちゃんから兵士まで。
とりあえず目についた人間をかき集めてきたかというようなカオスっぷりを晒していた。
「気にするな」
対する未来は、素知らぬ顔で佇んでいる。
いつも通り静かな笑顔を顔に湛えながら時が来るのを待っている。
「戦いは見た目でするわけじゃない。いざ戦場に突っ込めばなんの関係も無い話だ」
「私は今気不味いんですけど!?」
見る限り、女性は自分たち二人だけだった。
そりゃこんな自殺に女が参加するわけねえよな、とニノンは思う。
「な、なああんたら」
一人の男が、二人に声をかけてくる。
中年の人が良さそうな男だった。
「なんでこんなもんに参加してんだ? お嬢さんがたがやるようなもんじゃないだろう」
彼の言葉は、その場の空気の代弁のようだった。
ここに居る誰もがそう思っていると、無言の内に理解できた。
「いいから早く逃げな。若い娘さんが死にに行く事は無い」
男が未来とニノンを見つめる瞳には、含みの有る色が浮かんでいた。
彼が二人を通して見ているのは、一体誰か。
妻か、娘か。
何れにせよ、その姿を重ねているような、切なさと痛みを伴う瞳だった。
だが未来は、柔らかな笑顔でそれを受け止める。
「ご心配には及びませんよ」
にこりと、場違いな華のように。
「不安に思われるのも仕方がないかもしれませんが、私達二人も多少は
「そうは言っても」
男はちらりと、未来の腰に刺された剣を見た。
鞘こそ凡庸なものだったが、そこから見える柄の作りは豪奢ではないものの、値打ちのある逸品である事は剣に詳しくない彼にも良く理解できた。
そのような剣を携えているのなら、それが伊達で無いのなら。
確かに腕に自信があるのだろうと思った。
だがそれでも、年若い女性が戦場に行くなどと、という感情を男が抱くのは、無理からぬ事だった。
「情けない話ではありますが、危なくなったらすぐに逃げさせて貰いますので」
フフ、と未来は小さく笑った。
「
物腰丁寧だが、そこには頑とした意思が宿っていた。
誰に何を言われようと引く気はない。
言外に、彼女はそう語っていた。
「………………危なくなったらすぐに逃げなさい。誰も責めない」
男は不承不承、そう言い残して下がっていった。
「やる気満々過ぎるだろこの女」
どこからこの自信が湧いてくるんだ、とニノンは疑問に思った。
確かに、あの地下で見た未来の動きは尋常ではなかった。
体術に疎いニノンでも分かる。
それは達人と言われる領域に突入した、人の限界を越えた動き。
長年を修行に費やした果てに辿り着くような、その人しか持ち得ないような技芸。
極点に到達したものだけが持つ輝きが、そこには有った。
彼女は間違いなくそういうものを持ち合わせた人種だ。
――異世界ってどんな所なんでしょうね。
勇者や未来のようなとてつもない強者がひしめく修羅の国。
住人の全員が戦いあい、強さを競い、強さだけが全ての弱肉強食。
その癖高度な知性と文明を持ち合わせているような、狂気の世界。
ニノンにはそういう場所としか想像できなかった。
「こえーな異世界。絶対行きたくない」
「唐突に妙な事を言い出したな……」
ぶるりと身を震わせるニノンに、未来はなんだこいつという視線を向けていた。
その集団の前に、一人の男がやってきた。
大通りで決死隊の参加を呼びかけていた男だった。
「良く集まってくれた、感謝する!」
彼はそう言って深々と頭を下げた。
力強さを感じさせる動きが彼の感謝の念を表していた。
「私はダラマトナ防衛隊第三隊隊長、ソルゴ!」
ソルゴと名乗った男は、ゆっくりと集った勇士達の顔を見回す。
一人一人、全ての姿を目に刻むように。
「……ん?」
集団の後ろの方。
そこに、場違いな雰囲気を持つ、少女二人の姿を認めた。
「いや、まあ。拒むまい、誰であっても」
今ここで水を差す事も有るまいと、ソルゴは二人の存在を黙認した。
それにこの先は男も女も無いだろう。
戦場なのだから、と彼は自分を納得させる。
「さて」
気を取り直すように、彼は一言挟む。
「我々の役目は単純極まりない。少しでも避難民達が逃れる時間を作り出す。それだけだ」
「なあ、隊長さんよ」
参加者の一人、青年がおもむろに手を挙げる。
「時間稼ぎをするのはいいけどよ。どうやってそれやんだよ」
青年の顔には、疑問符が浮かんでいた。
訝しげな目を隠してもいない。
「軍隊だって簡単にやられちまったんだろ? どうやって素人の俺達が」
それは、集まった皆が感じていた疑問でもあった。
寄せ集めでしかない烏合の衆。
それがどうやって抗うのかと。
「魔族の部隊には、必ず指揮官に相当する魔族が居る」
そう、静かに説明するソルゴ。
「その魔族を討ち取れば、必ず魔族の軍勢は混乱する。命令する頭が居なくなるんだからな。俺達は、そいつだけを狙う」
ソルゴは目を閉じ、ゆっくりと宣言した。
「我々はひたすらに魔族の大群へと吶喊し、その魔族を狙う。軍勢の一番後ろに居るだろう、そいつだけを狙う人間の槍となって、一矢報いる」
「そんなんでそいつを倒せるのか?」
素朴な疑問が集団から飛んで来る。
ソルゴはそれに、簡潔に一言だけ言葉を発する。
「わからん」
「そもそもそこまで辿り着けるのかよ」
「わからん」
「わからんわからんじゃねえよ!」
青年の怒号が、辺りに響き渡った。
だが良く晴れた空の下、その声が吸い込まれるように消えていく。
「命を捨てる覚悟は有るさ」
吐き捨てるように、青年が言う。
「だけど、無駄死にするつもりはねえぞ!」
「これ以外の方法は無い」
ソルゴはそう断言する。
「この少ない人数で魔族を混乱させる程の打撃を与えるには、これしかない」
斬首作戦。
弱者による乾坤一擲は、常に博打のような危うさを孕んでいる。
負けをひっくり返すというのは、運否天賦に身を任せる事も必要なのだと、世の無常が語っていた。
「例え無駄死にになる可能性が高くとも、ほんの僅かな糸のような突破口に賭けるしかない。それが今の俺達の状況なんだ」
その言葉に、場は静まり返った。
訓練も受けていない素人が大多数のこの集団。
やれる事は余りにも少ない事くらい、彼らも理解していた。
だからこんな博打みたいな突撃をかまさなければいけないと、分かってしまったのだ。
その様子を見て、ソルゴは深く頷いた。
皆の納得が得られたと、そう捉えたのだ。
「…………馬を幾つか借り受けている。全員分は無いので相乗りしてもらう事になるが、これで我々は突撃をかける」
「俺、馬なんぞ乗れねえが」
「乗れる者に乗せて貰え。その分、必死に武器を振るう事になるが」
そうかあ、とうなだれる男を見ながら、こそこそとニノンも未来に耳打ちしてくる。
「私も馬乗れないですけど」
「安心してくれ、私は乗れる」
「まあそんな気はしてました」
未来が馬に乗った姿を、ニノンは想像した。
ぴしりとした姿勢と凛とした佇まい。
それは余りにも絵になっていた。
「これで乗れなかったら嘘だよねぇ……」
「何がこれで、なのかは分からないが、子供の時に乗馬を習った経験が有ってね」
本当に小さい頃だけど、と未来が付け加える。
「まあ普通に走らせるだけなら問題無い。後ろに乗ってサポートしてくれ」
「本当に頼みますよ、本当に」
集団には、数人の兵士達も混じっていた。
彼らが先導して馬に乗り、最悪真っ直ぐ進むだけの素人集団を率いる事になるのかもしれない。
まあ、元から分が悪い作戦だし、無謀もクソも無いですよねー。
ニノンは冷静にそう心の中で評していた。
「成功確率は、1%も無いでしょうねこんなの」
首刈り作戦がお手軽な勝利の方程式であるのなら、毎回それをやっている。
理屈では成り立つが、実際行うのは難しい。
そういう類の戦法だった。
「確かにこれは無謀な方法だ」
静かに、ソルゴが語る。
それは半ば自分に言い聞かせるようでもあった。
「だが、無駄では無いと信じたい。皆にも居るだろう、この街に住まう大切な人間が」
胸にそっと手を当て、ソルゴは朗々と綴る。
「彼ら彼女らの未来の為にも、どうかその命を預けて欲しい」
ああ、と何処かから声が漏れた。
自分よりも大切な誰かの為に。
それは、ここに居る皆が共有する感情だった。
「まあ私らはちょっと違いますけどね」
ちょっと気不味そうに、ニノンが呟いた。
特に彼女の場合、気に入らねえからぶっ飛ばしてえ、が主な理由なので尚更顔向けできない。
「まあ、いいじゃないか」
隣の未来も苦笑していた。
「それに私達にも居るだろう。帰りを待つ可愛らしい妹のような子が」
未来もニノンも、トトの事を思い出していた。
小さな家主の存在が、ここを守る動機でもあると、彼女たちは知っている。
決死隊に参加する前。
一度トトの家に戻った二人は、その事をトトに告げていた。
「な」
驚愕に目を見開く、獣人の少女。
文字通り言葉も無く、呆然としている。
「何考えてるですかお前ら!? 死にに行くつもりですか?」
「危なくなったらすぐ逃げるから、問題無いさ」
未来はまるで散歩に行く事を告げるかのように、気楽な様子だった。
「普通魔族の大群からは逃げられねえんですよ!」
「もっと言ってやってくださいちびっ子。この女には常識が通用しねえ」
囲まれたらそのままアウトだろ。
少なくともニノンの認識上ではそうだった。
「分かってるですか、戦争なんですよ」
ぎゅっと、トトが未来に抱きついた。
そしてその胸に顔を埋める。
「もう、皆居なくなるのは嫌ですよ……」
父も、弟達も、皆居なくなった。
知り合った人間も死んでしまった。
その上でこの後輩まで居なくなってしまう事が、トトにはもう耐えられなかった。
「戻って来るさ」
未来は震える少女の体を、優しく包んだ。
伏せる母の代わりのように、愛に満ちた抱擁だった。
「自慢じゃないが、私は約束は破らない方だ。だからきっと、ここに戻ってくる」
「本当にどっから湧いてくるんですかね、その自信は」
傲慢さすら感じさせるような、未来の確信。
それに呆れもニノンは感じていたが――
「君が居るからな」
そんな未来の一言が、胸を撃ち抜いた。
「一人では無理だろう。だけど隣に君が居る。なら、帰れるよ」
「その言い方はちょっとずるいでしょう」
こいつが男だったら本気でヤバかったな。
あざといんだよチクショウ!
少しばかりの照れを隠すように、ニノンは天を仰いだ。
「だから、待っていてくれ」
トトの頭を未来は優しく撫でた。
少女のくぐもった声を宥めるように、静かに撫でた。
槍を突き上げ、ソルゴは気炎を挙げる。
「さあ行くぞ野郎ども。死に時だ!」
オー!という歓声に、未来は一人ぽつりと呟く。
「死ぬつもりはないさ」
腰に佩いた
その遥か彼方には、居るはずだった。
地を埋め尽くす程の魔族の大群が。
「生きて帰ると約束したんでね」
少女との小さな約束が、怪物の戦意に火を入れた。
ただそれだけで既に戦力比が逆転してしまった事を、まだ誰も知らなかった。