崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第100話 二人はカチコミ

 ダラマトナを出発した決死隊の面々は、ただ一目散に駆けた。

 

 誰もが言葉無く、静かに馬にしがみついている。

 

 これから数刻後にはその命が無くなる事を、誰もが理解していた。

 最早何を語るべきなのかすら分かっていない彼らは、ただ口を噤んで残り少ない苦難の未来に覚悟を決めて臨んでいた。

 

 未来とニノンも、一頭の馬の上に有った。

 未来が乗る馬の後ろにニノンもしがみつくように乗せられて揺られている。

 

「おー背中あったけー」

 

 戦場に向かうというのに、魔法使いの少女には意外と余裕が有った。

 

「この服の素材、気持ちいいですね。異世界の技術パネェ」

 

玻璃ノ宮女学院(うち)の制服は特に高いからね。質も保証されてるよ」

 

 すりすりと制服に頬を寄せるニノンに、未来は苦笑する。

 正直背中がこそばゆいが、放っておく事にした。

 

「とりあえず今後のすり合わせをしておこう」

 

 馬を走らせながら、未来がニノンに問いかける。

 

「まず確認したい。ニノンは馬上で魔法を使う事に制限は無いんだな?」

 

「無いっすよー」

 

 未来の背中に頬ずりしながら、ニノンは軽く答える。

 

「まあ普通の魔法使いだったら集中できねえ!とかぬかすんでしょうが」

 

 ふふん、とニノンが笑う。

 背中にかかる吐息が、未来の背中をさらにくすぐった。

 

「まあ私、天才ですんで」

 

 未来は見えない背中で魔法使いの少女がドヤっているだろう事が、手に取るように理解できていた。

 実際すごくドヤっていた。

 

「未来さんの方はどうなんですか」

 

 剣しか持ってないっすよね?どうすんの?

 そういう色が、ニノンの言葉には含まれていた。

 

「馬上戦闘するには、武器が悪い」

 

 彼女の持つ剣はやや大ぶりだが、それでも馬の上から振り回すには心許ない長さしか持っていなかった。

 

「だから敵に突っ込んだら途中で馬を捨てて荒らして帰ろうと思う」

 

「何言ってんだこいつ」

 

 今日は何度信じられない発言を聞いたかわかんねえな。

 ニノンは頭を抱えた。

 

「作戦だと敵の司令官まで突っ込むんですよね? やらないんですか?」

 

「可能なら圧力自体を減らした方が安全だろう、ダラマトナも」

 

 なんでもないように、未来は言う。

 

 軍勢自体を削るべきだと、馬鹿馬鹿しい意見を、さらりと。

 

 たった二人でそれがやれると、彼女は言っている。

 

「私が敵を止めるから、ニノンが薙ぎ払ってくれ。それで相当数やれるんじゃないかと踏んでいるんだが」

 

 ちらりと、未来は後ろを見やった。

 

 頬ずりしていたはずのニノンは背中から離れ、真剣な表情で未来と視線を交わした。

 

「馬の機動力で撹乱しながら魔法ぶっぱした方が安定しないですか?」

 

「それが出来る相手だったら、ここまで負けてないんじゃないか?」

 

 単純に逃げ回れる程度の相手なら、苦戦はしない。

 未来はそう判断していた。

 

「逃げるのは無しだ。正面から迎撃し、全て潰す。その上で、相手を削る。君と私でだ」

 

 たった二人で、一軍を相手にする。

 天音寺未来はそんなとんでもない事を口にしていた。

 

「普通だったら勝手にやってろバーカ!って返すところなんですけど」

 

 ニノンはぎゅっと真理の杖(ソル・ディバイダー)を握りしめ。

 

「未来さんならやれそうな気がするから、怖いですね」

 

 呆れ半分、期待半分にそう答えた。

 

「私が戦った事の有る魔族とやらは二種類だけだが」

 

 大百足と、小動物。

 その二つを未来は思い浮かべる。

 

「あれくらいの連中が主力なら、幾ら群れようと大した問題では無く捌けると思うが、どういうものなんだ?」

 

大百足(ジガ・ミルパット)とか普通にヤバい敵なんですけどね」

 

 前に傭兵半壊してたの見てただろ、とニノンは呟きながら答える。

 

「まあ、大多数はあれと同じくらいと考えていいと思いますよ。ただ魔族は千差万別なんで、強い弱いだけでは測れない部分が有りますが」

 

「それが聞けただけでも十分だよ」

 

 前を向く未来の表情は、ニノンには窺い知る事ができなかった。

 ただなんとなく、笑ってるんだろうなと彼女には想像できた。

 

 

 

 決死隊の面々の視界に、それが見えてきた。

 

 地平線の輝く点。

 

 魔族の集団との接敵の時が、いよいよ近づいてきていた。

 

 ――いよいよか。

 

 ソルゴの胸が、一段と鼓動を早める。

 手綱を持つ手は緊張し、じわりと汗ばんだ。

 

 きっとあと一刻もしない間に、俺は死ぬ。

 防衛隊に入った時から死は覚悟していた。

 魔族と戦うという、命の危険と隣合わせの仕事を選んだ時から、ベッドの上では死ねないだろうと思っていた。

 

 だがまさか、魔族の大群に突っ込んで死ぬ事になるとは想像もしていなかったと、ソルゴは皮肉げな笑いを浮かべながら自重した。

 

 付き従うのは、戦力として換算するのが難しいような素人ばかり。

 

 目的を達成するには彼らを盾として使い潰さねばならない、そう自分に言い聞かせた。

 

 ソルゴが決死隊を募った理由は一つ。

 

 ()()()()()()()からだ。

 

 無謀な斬首作戦を少しでも成功に導く為の、哀れな生贄。

 

 囮として魔族を引き付け、自分たちがその軍勢の奥深くまで入り込めるようにと募った、肉盾であった。

 

 心の中で、すまない、と皆に詫びる。

 

 殺す為にこんな所まで連れてきてしまった、その恥知らずな行いはどれだけ謝罪しても償う事はできないだろう。

 

 だがもうこれしか手は無かった。

 駐屯軍が壊滅し、僅かな戦力で魔族の軍勢を退けるには、この手段しか無いのだ。

 

 ――せめて、成功で皆の命に報いなければ。

 

 この30余名の命の盾をもってしても、成功率は低い。

 だが成功させなければ、なんの為にその命を使い捨てるのか分からない。

 

 ちらりと、他の仲間や衛兵達を見る。

 彼らもこの作戦の概要は理解している。

 素人を盾として、少しでも戦力として使える自分たちが深く浸透し、誰でも良いから頭を取る。

 誰か一人でも司令官の下へとたどり着き一撃ぶちかませるなら、それで勝ちなのだ。

 

 ――ああ、だが。

 

 震える右手を、左手で抑える。

 それは武者震いか、恐怖の震えか、ソルゴ自身にも理解できなかった。

 

 ――これで終わっちまうのは、悔しいな。

 

 まだまだ悔いの有る人生だった。

 せめてさっさと結婚くらいしておくべきだったな、と彼は後悔する。

 両親の居ない彼には、この命を捨てた後、悲しんでくれる家族はもう居なかった。

 例え辛い別れになるとしても、誰かに見送られて死にたかった。

 彼は土壇場で、そう考えてしまった。

 

 地平の銀の輝きはいよいよ強く、はっきりと彼らの前に姿を現しつつあった。

 徐々に輪廓を得ているそれらは禍々しく、凶悪であった。

 

 埋め尽くすような魔族の大群が、今目の前に居る。

 その事にソルゴも、その場の男たちも恐怖を覚える。

 

 ソルゴはもう一度、手綱を強く握った。

 

 そして、馬の腹を蹴って加速しようとして――

 

「なッ!?」

 

 それを見た。

 

 彼の両目が捉えたのは、一頭の馬が全力で突出していく様。

 一団の中でも場違いな程に華やかな、少女たちが乗った馬が、全力で駆けていった。

 黒と金の軌跡を靡かせ、それは突撃していく。

 

 こんな時なのに。

 ソルゴはその姿が美しいと、ただそう思ってしまっていた。

 

 

 

 馬が潰れるような全力で突貫するのは、未来とニノンであった。

 

「開幕の狼煙だ」

 

 姿勢を低くし、前方を睨むように見据え、未来が不敵な笑みを浮かべる。

 

「一発かましてやってくれ、相棒」

 

「やったらあ!」

 

 しがみつくニノンは、袖口から巻物(スクロール)を抜き出し、勢いのままぶん投げた。

 

「カチコミ用に作り置きしておいたのが残ってて良かったですよ!」

 

 そして杖を振り上げ、全力で叫ぶ。

 

爆裂(バァァァァァスト)!」

 

 起動鍵(コマンドワード)が完成したのと。

 

 害獣(フェルテ―ニュ)鎧装猪(レ・キュイラ)の混成集団の中心に、巻物(スクロール)が放り込まれたのは、ほぼ同時だった。

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして巻き起こる、閃光と爆風。

 

 魔法はその集団を吹き飛ばし、その陣容にぽっかりと空いた穴を作り出した。

 

「よし、跳ぶぞ」

 

「へ?」

 

 ふわりと、唐突の浮遊感がニノンを襲う。

 それが未来の手によって自分の体が抱えられたのだと気づくのに、一瞬の時間を要した。

 

「でえええええええ!?」

 

 未来は鐙を蹴って、空中へと躍り出た。

 ふわりと舞うように、柔らかな跳躍。

 荒々しさの欠片も無い空気と一体化したかのようなそれは、着地すら音なく行われた。

 

 両手で抱きかかえられていたニノンすら、あまりの衝撃の無さに着地した事をしばらく理解できない程だった。

 

「後は後ろに」

 

 未来は優しくニノンを下ろすと、その背に庇うように、自身は一歩前に出た。

 腰の剣をするりと抜き、脱力したようにだらんと下げたまま握る。

 

「言った通り時間は稼ぐ」

 

 一人の少女の背中。

 それがまるで鉄の城塞のように、ニノンには見えた。

 

「だから派手にかましてやれ。ニノン・ザ・レイディアントソード」

 

 静かに一歩、未来は前に出る。

 

 それに呼応するように、ニノンも高く杖を振り上げた。

 

「言われなくても!」

 

 杖から漏れた光が魔法陣を描き出すのと、銀の剣閃が走ったのは同時だった。

 

 飛びかかるように襲い来る害獣(フェルテ―ニュ)を二匹、未来の剣が両断する。

 

 鋼鉄の肌をまるで溶けたバターのように苦も無く未来の剣戟は切り裂いていた。

 固定もされていない鋼鉄を斬るという絶技も、この少女にとっては呼吸するより容易い芸であった。

 

 攻撃の隙を狙うよう、鎧装猪(レ・キュイラ)が鋭い牙で少女の体を貫かんと全力で突撃してくる。

 だが未来は一瞥すらせず、その体を軽く蹴った。

 

 蹴りが生み出すのは、僅かばかりの衝撃。

 

 しかしその衝撃は全力疾走する質量の行き先を変えるには十分な働きをしていた。

 よろめいて軌道を逸らされた猪は、死角より未来を奇襲しようとしていた線兎(レ・トレ)の体を貫き、そのまま走り去っていった。

 

 一瞬にして四体。

 四体もの魔族が葬り去られた。

 

 しかし魔族の戦意は衰えず、この闖入者へと襲いかかる。

 まるで津波のように、魔族の大群が未来へと殺到した。

 

 周囲から飛びかかるのは、害獣(フェルテ―ニュ)が三体。

 完全に三方を塞ぎ、同時に跳躍してきた。

 

 足元には鎧装猪(レ・キュイラ)が膝を狙うように突進をかける。

 

 新たな四体の同時攻撃。

 

 剣を戻すにも遅いタイミングを狙ったそれは、鍛え抜かれた騎士達であっても苦戦は免れない連携だった。

 

 だが眼の前に居るのは騎士ではない。天音寺未来(怪物)だ。

 

 彼女は剣より手を離す。

 

 ふわりと一瞬、空中に剣が浮いた。

 

 その刹那の間隙を縫うように、未来の手が三体の獣を()()()

 

 打撃とも言えぬ、柔らかな手つき。

 しかしそこから生み出された衝撃は、害獣(フェルテ―ニュ)の臓腑を爆散させ即座に絶命させた。

 

 中空に佇んでいる剣を再び掴み、斬り下ろしの一閃。

 それは違わず鎧装猪(レ・キュイラ)の首を切り裂いていた。

 

「さして強くはないが」

 

 未来は笑っていた。

 いつもと変わらぬたおやかな笑みで、剣を振るっていた。

 

「守りながら戦うというのは、これでなかなか難しいものだ」

 

 次々と襲い来る魔族を切り捨てながら、少女は笑っていた。

 

 その姿を見ながら、ニノンは心の中で毒づく。

 

 ――ああ、なるほど。

 

 ニノンは先程未来が言った言葉を思い出す。

 百体くらいならなんとかなるから、足止めくらいはできると思うよと。

 だがその言葉が嘘だった事を、今悟った。

 

 ――()()()()()って事ですか。ハハッ。

 

 既に少女の眼の前に積み上がる骸は、何十体になっているか。

 そしてそれだけの動きをしていながら、その顔には汗一つ浮き出ていない。

 戯れに風に手を翳すような気軽さで、天音寺未来という少女は人類の敵を次々と屠り去っていた。

 

 百体斬り捨てるなど、この少女にとってはなんの労苦にもなっていない。

 それを、ニノンは今実感していた。

 

「強いってのは知ってたつもりですけど」

 

 全然動いていないのに、ニノンが杖を持つ手は汗で滲んで来ていた。

 

「思ってたよりずっとつえーじゃないですか、未来さん」

 

 その声が聞こえたのか。

 

「人並みにできる程度だよ。淑女の嗜みさ」

 

 時間差で左右より蹴りつけてくる線兎(レ・トレ)を2体、叩き落とすように切り捨てながら、未来は苦笑していた。

 

「それが人並みなら、とっくに人類は勝ってんですよ」

 

 そう言っている間に、ニノンの魔法陣構築が終わる。

 呪文詠唱も既に終了していた。

 

 後は、これを解放するだけ。

 

「んじゃぶっぱしますよ! いいですね!?」

 

「ああ」

 

 害獣(フェルテ―ニュ)を斬り裂きながら未来が軽く後ろに飛び、ニノンの横へと並ぶ。

 

「かましてやれ、ど派手にね」

 

 バトンタッチするような未来の言葉。

 それに今度はニノンがにやりと笑う番だった。

 

 未来という少女の暴力の時間は終わり。

 そして、ニノンという魔導士の真価が発揮されるその時がやってきた。

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