崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第105話 最強の二人

 ダラマトナの狂騒も知らず、未来とニノンはゆっくりと魔族の軍勢へと向かっていった。

 

 馬の居ない二人の進軍は今や徒歩。

 

 地平に輝く銀の軍勢へは少しづつしか近づく事ができない。

 

「待ち構えてるってのもあながち間違いじゃなさそうですね」

 

 大きな丸眼鏡(ウィッチグラス)により視力強化(イーグルアイ)を起動したニノンが、大群を眺めながらそう漏らす。

 

 彼女の目には整然と居並びまるで迎え撃つようにこちらを向いている魔族の姿が映っていた。

 大分数を減らしたはずなのに、まだまだ地を埋め尽くす程の数がそこには存在した。

 

「なんかやる気満々すよあいつら」

 

「それは結構」

 

 未来は変わらず澄ました顔のまま、歩み続ける。

 

「逃げる相手より、向かってくる相手の方が倒しやすい」

 

「そりゃあんたはそうでしょうね」

 

 来た奴来た奴ぶった斬ればいいもんなあ!

 近づかれれば致命傷の魔法使いとしては羨ましい限りな話だった。

 

「しかし解せないな」

 

 ふむ、と未来は一声唸る。

 

「態勢を整えたなら、何故こちらに向かって来ない? おそらくバレてるだろう、私達の事は」

 

「あいつら目が良いから、まあ向かってる私らの事は既に把握してるでしょうね」

 

 魔族は身体能力のみならず、その五感までもが既存の生物を大きく凌ぐ。

 そのような生物が自分たちへ向かってくる敵の姿を見逃しているとは思えなかった。

 

「まあそれならそれで好都合」

 

 ふふん、と上機嫌でニノンは杖を振りかざす。

 ここからは自分の出番だとでも言いたげに。

 

「なら一発こっちからかましちまいましょう。デカいの叩き込んでミンチにしてやんぜぇ~」

 

 楽しそうに、ニノンは詠唱を始める。

 その杖から漏れた光が魔法陣を描き出そうとするが――

 

 魔法陣の形が崩れる。

 まるで氷が溶けるように、光の軌跡がどろりと、空中へと滲んでいった。

 

「ニノン?」

 

 明らかなる異常。

 初めて見るそれに、未来も思わず声をかけた。

 

「っざけんなよ畜生」

 

 不敵に笑うニノンの額には、しかし汗が滲んでいた。

 

「最悪のパターンじゃねえか。そんな事有る?」

 

 はーあ、とニノンは深く息を吐いた。

 

「未来さん。帰りません? これはアウトですわ」

 

「どうやらのっぴきならない事態が起きているようだが」

 

「言ったでしょ。最悪のパターンです」

 

 魔族の軍勢を見つめるニノンの目は、その奥に潜む大敵を捉えているかのようだった。

 

「魔将」

 

 ――魔将が、この先に居る。

 

 人類にとって最強の敵がここに控えていると、彼女は告げた。

 

「未来さん、さっきこう思いませんでした? なんでこんなに大火力広範囲の攻撃が出来て、魔族を簡単に倒せる伝統派魔法使いが日陰に追いやられたんだって」

 

 ニノンの言葉に、未来は静かに頷く。

 実際その疑問はまさに未来の中に有るものだった。

 

 発動に隙が有るとはいえ強力無比。

 まさに兵器とすら形容できる彼女のような存在が本流から外れるなど考え辛い事態だった。

 

「その答えの一つがこれですよ」

 

 杖を掲げ、ニノンは再び魔法陣を展開しようとする。

 しかし、上手くいかない。

 

「魔王は魔将達に偏在魔力(マナ)に干渉し、自分の周囲にあるそれを奪い続ける技術を与えたんですよ。これにより、内的魔力(アニマ)を触媒に偏在魔力(マナ)からより大きな現象を生み出す伝統派の魔法は、魔将の前でその力を大きく減退させました」

 

 つまりですね、と。

 

「魔将の前に立つだけでポンコツ化するんですよ私らは。置物とまでは言いませんけど超絶弱体化します」

 

「何故古式(オブソレット)が廃れたのか疑問だったが」

 

 得心が行ったように、未来が呟く。

 

「幾ら軍勢を蹴散らそうが本筋の相手に効かないとなると、厳しい扱いにもなるか」

 

「まあこれだけが理由じゃないんですけどね」

 

 忌々しげに呟きながら、ニノンは丸眼鏡の位置をくいっと直す。

 

「ともかく、魔将が来てる以上私は半分置物です。魔法がまったく使えなくなるわけじゃないですが、自分の持つ魔力分の効果しか出せません、つまり大火力でぶっ放すとかそういうのは一切無理です」

 

 というわけでー、とニノンは未来に向き直る。

 

「帰りましょう。ね? ね? 危なくなったら帰るって言いましたもんねえ」

 

「獲物を残して帰るのは嫌なんじゃなかったか?」

 

「今じゃこっちが獲物なんですよぉ!?」

 

 死ぬわ!とニノンが叫んだ。

 今の自分は単に可愛いだけの美少女でしかないと、ニノンは自覚していた。

 

巻物(スクロール)なんかでの魔法は使えるのか?」

 

「使えますよ。あれはまさに偏在魔力(マナ)を使わない魔法使用の極地みたいなもんですし」

 

 袖口から何本かの巻物(スクロール)をニノンは取り出して見せた。

 今回の戦闘ではまだ一本しか使用しておらず、彼女のローブに仕込まれた巻物(スクロール)はまだまだ在庫十分という様子だった。

 

「あとは時間かかりますけど、詠唱だけでの初歩の呪文なんかもいけますね。しょっぼいのしか使えないんでこんな大群相手には心許ないレベルですが」

 

 ニノンの説明に、未来はふむふむと頷いて。

 

「つまり――行けるって事だな?」

 

「行けねえって説明してんですけど!?」

 

 ニノンは何一つ自分の言いたい事が伝わっていない事に愕然とした。

 

 私に死んでこいっつーのかよ!と両手を振り回して目の前の少女に抗議する。

 

 だが未来はそんなニノンの様子に動じず、言葉を続けた。

 

「でも、君なら()()()だろう?」

 

 確信を持った口調で、そう言い切った。

 

「…………何故そう思うんです?」

 

「君の強みは、強大な魔法を放てる部分ではないと、私は思っている」

 

 まるで全てを見透かしているかのようような、その目。

 天音寺未来の貫く視線は、ニノンにすら畏怖を感じさせる何かが有った。

 

「力押しに傲るような蒙昧な魔法使いではあるまい、君は。君の本当の強さは」

 

 未来は笑っていた。

 いつも湛えている柔らかい笑み。

 だがその目だけは、視界に入った全てを解体するかのような無機質で執拗な恐ろしさを、ニノンに向けていた。

 

()()()使()()()()()事だ。違うかな?」

 

「こえー女ですよ、ほんと」

 

 ニノンは大きな魔法使い帽でぎゅっと顔を隠す。

 今の自分がどのような表情をしているか、目の前の彼女に見られなくなかった。

 きっとそれは、説明の出来ない顔だっただろうから。

 

「そうですよやれますよ、ニノンさんなら。ただこっちもギリギリを攻めなきゃならないんで、やりたくないだけで」

 

 その答えに、未来は短くフフッと笑った。

 

「だったら、行こう。何、安心してくれ」

 

 言葉と共に、未来が駆け出した。

 

「ここからは――本気だ」

 

「おいちょっと待て」

 

 未来の一言に、ニノンはそう言わざるを得なかった。

 

「お前、今まで本気じゃなかったのかよぉ!?」

 

 あまりにも常軌を逸した発言だった。

 

 まさか魔物数百を切り倒しておいて――それが本気でないと、誰が思う。

 魔法使いの驚愕は、誰にも共有される事無く空へと消えていった。

 

 

 

 一方の未来は、全力で魔族の大群に突っ込んでいく。

 まだ動き出さない敵の真っ只中に、自分から突き進んでいった。

 

 それは誰かが見れば、まるで自殺のような光景と感じただろう。

 

 だが、未来という少女にとっては死の影すら感じさせない、なんの気負う事の無い作業の始まりだった。

 

 未来は腰の剣を、抜かない。

 

 天音寺未来はおおよそあらゆる武器類を使いこなす事ができる。

 だが彼女の本領は素手による攻撃だった。

 己の肉体という最も優れていて繊細なデバイスによる加撃にこそ、その真価が有った。

 

 だから、剣は抜かない。

 ニノンの下に敵は辿り着かせないと、そう決めた。

 故に最強の武器を以て敵と相対する。

 

 未来が()()

 

 地面より水平方向、真横への跳躍は、最早飛翔と称すべき機動をもって敵へと迫っていた。

 

 恩寵(チート)を使用したそれは最早生物の動きとは言えない。

 

 横に飛んだかと思えば上へ。

 

 上に行ったかと思えば下に。

 

 下かと思えば前へ。

 

 空中での踏み込みが予測不能な動きへと変換され未来は飛び回る。

 

 それは完全に異次元な機動として、魔物たちへと襲いかかった。

 

 跳ね回るピンボールのボールのように、未来は大群の中を縦横無尽に飛び回り、そして次々に打撃を見舞う。

 

 掌による打撃。

 

 足による蹴り。

 

 時には体当たり。

 

 肉体のあらゆる面を使い、魔族達に打撃を見舞っていく。

 

 彼女が一つ呼吸する間に五体以上の魔族が沈んでいった。

 

 敵をきょろきょろと探すその腹に打撃を受けた害獣(フェルテ―ニュ)の背中が、その皮膚ごと剥がされるように吹き飛んだ。

 

 地面に居る線兎(レ・トレ)は、触れられただけで四分五裂という酷い有様で爆散した。

 

 背中を打たれた鎧装猪(レ・キュイラ)はその姿を保ったまま、全ての臓腑が腹から飛び散り絶命した。

 

 重厚な壁牛(レ・ミュール)の頭も、柘榴のように吹き飛んだ。

 

 魔族は何れも内部から爆発するように打たれた部位の反対側が吹き飛び、(レスプリ)を破壊するまでもなくその活動を停止させた。

 

 恩寵(チート)による、無制限の踏み込み。

 それはあらゆる体勢からほぼ十全な打撃を可能としていた。

 空中にいようが、どこを向いていようが関係ない。

 今の未来は、常に9割以上の威力を持つ打撃をどの局面でも打つ事ができる。

 それが例え、飛び回る最中だろうと。

 

 魔族達は最早抵抗する術も無く、ましてや未来の姿を捉える事すらできない。

 

 あらゆる場所で踏み込み、自由な方向へと跳ぶ未来を、認識する事ができないのだ。

 行き先の予想すらつかずに視線は明後日の方向を向き、その死角を取られ完全に姿を見失う。

 そして強力な打撃が容赦無く叩き込まれる。

 

 その様子は、戦闘と言うにはあまりにも一方的で凄惨。

 

 単なる屠殺であった。

 

 

 

 大群の手前で控えるニノンは今、先ほどの未来の言葉を嫌というほど理解させられていた。

 

「これが、本気」

 

 一瞬にして、魔族たちが血飛沫を上げて死んでいく。

 何をしているのかニノンの目では理解する事すらできない、埒外の絶技。

 それが今眼の前で繰り出されていた。

 

 自分の大規模魔法と変わらぬ殲滅っぷりを、ただ一人の人間が為している。

 恩寵(チート)という能力の補佐は有れど、未来という個人の能力がずば抜けていなければこのような事はできない。

 

「実際は一人で突っ込んでなんとかなったでしょ、これ」

 

 どう見ても千体居ようが一人で平らげていたとしか思えない。

 だがそれでも、自分を誘ったのは何故なのか。

 

「これと並べるって期待してたんですか、もしかして」

 

 自分の事を背中を任せるに足るパートナーだと、そう思ってくれてたのだろうか。

 だとしたら。

 

「なら、負けてらんないですよね」

 

 ここで大人しくしているという選択肢など、ニノンは持ち合わせていなかった。

 

 今使える手段は少ない。

 その中で今最善の行動は――

 

「嫌がらせですね、うん」

 

 攻撃力(未来)は足りてる。

 なら自分がすべきはそのアシストだろう。

 

 そう考え、ニノンは杖を掲げた。

 

 本来なら必要のない長い詠唱。

 それを行い、魔法を紡ぐ。

 偏在魔力(マナ)を使用する大規模魔法が使えない。

 だからささやかで、かつ最も効果の有る魔法を選択する必要が有る。

 

 そしてその魔法はこれしかないと、ニノンは思った。

 

大地律動(アース・リップル)

 

 ニノンが起動鍵(コマンドワード)を発した瞬間。

 

 彼女の眼の前の大地が、波打った。

 まるで地表が踊るように綺麗な波をつくり、それが押し寄せては消える。

 その波は魔族の大群まで波及し、戦場を侵す。

 

 平時であれば、悪戯程度にしか使えない馬鹿馬鹿しい魔法でしかなかった。

 うわっ、と地面に立っている人間が驚いて終わる。

 そんな大げさな癖にささやかで大したことのない魔法。

 

 そのはずだった。

 

 だが今この瞬間にそれが使用された事は、魔族にとってあまりにも致命的な状況の変化だった。

 

 例え紙一枚の厚さの障害物でも、人が歩行する際は違和感を覚えるような障害物になり得る。

 砂粒程の棘でも足を着けばよろめき、挫いてしまいそうにすらなる。

 

 では各々が全力疾走しているこの状況下で、地面が波打つとどうなるか。

 

 全力で真っ直ぐ疾走していた鎧装猪(レ・キュイラ)は、唐突に小さく陥没したその部位に足を取られ転び、滑るように転倒した。

 鋭い牙は近くに居た害獣(フェルテ―ニュ)を貫き、その体を道連れにする。

 

 唐突に飛び出た小さな隆起に壁牛(レ・ミュール)の足は引っかかり、前につんのめって転がった。

 重量の有る体は大きな地鳴りを響かせ、砂煙をあげる。

 

 線兎(レ・トレ)は跳躍しようとした瞬間、その真下の地面がへこみ、足が空を切る。

 飛べなかった兎は小さくしゃがみ込むような形になり、致命的な隙を晒した。

 

 ほんの僅かな大地の変化。

 

 それが致命的な罠となって戦場を支配し、魔族に混乱を呼んでいた。

 

 そしてその混乱を見逃す程、天音寺未来という女は甘く無かった。

 

 元より対応できていなかった魔族がさらに一方的に、速度を上げて蹂躙されていく。

 

 大地が波打つこの状況。

 未来にその影響は無かった。

 

 空中という足場を恩寵(チート)の恩恵で飛び回る彼女に、地面の異常は意味を為さない。

 尤も例え足をつく事になっていたとしても、彼女がその影響を受ける事は無かったが。

 

 ニノンの選択は、今の未来にとって最良のアシストとして働いていた。

 

「やはり頼りになるな、(ニノン)は」

 

 未来の顔からは、思わず笑みが溢れていた。

 ニノン自身が想像した通り、未来はニノンであれば背中を任せるに足る人物だと思っていた。

 そうでなければ、こんな鉄火場には誘わない。

 

 誰よりも信用できると思ったからこそ、共に戦おうと思ったのだ。

 

 人として、魔法使いとして。

 ニノンが思う以上に、未来はニノンという人間に信を寄せていた。

 

「私も――張り切りたくなるじゃあないか」

 

 未来の飛翔が、より速度を増す。

 戦場の全てを刈り取る為に、異界からやってきた怪物は敵を蹂躙し続けた。

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