崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第106話 魔将と怪物

 十分と経たない、その短い時間。

 

 たったそれだけで、戦場は多様な屍を晒した開放感の有る遺体安置所(モルグ)と化した。

 戦場に立つのは少女一人。

 

 そして、その少女を眺めるように岩に座り込む男が一人。

 

 天音寺未来とゲーザ。

 

 怪物と魔将が、ここに邂逅した。

 

「光の民にこのような傑物が居るとは」

 

 ゲーザの表情には、純粋な驚きが満ちていた。

 感心、興味、そして戦意。

 彼の闘争心は、急激に高まっていった。

 

「本命の前に思わぬ拾い物が出たものだ」

 

 岩からゆっくりとゲーザが立ち上がる。

 緩慢な動作、隙だらけの姿。

 

 だが未来は、その様子を探るように静かに男の動きを眺めていた。

 

 未来はにっこりと微笑むと、まるで旧知の友に語りかけるかのような気安い態度で声をかける。

 

「君が敵の大将って事で、いいのかな?」

 

「いかにも」

 

 鷹揚な、自信溢れる態度を崩さず。

 ゆっくりとゲーザは未来に向き直る。

 

「我が名はゲーザ。ヴォルシュ=マゴクのゲーザ。栄え有るヴォルシュの戦士(ハルコシュ)

 

 立ち姿、振る舞い。

 その一挙手一投足を見逃すまいとするように、未来はゲーザの全てをつぶさに見つめ続ける。

 薄く笑みを湛えながらも、目は氷のように冷たく魔将を射抜いていた。

 

 ゲーザも未来の視線に気づいたのか、不敵な笑みを浮かべる。

 敵意のある視線は、彼も望む所であった。

 

「女よ、名乗るがいい。勇士(ホーシュ)の名を記憶に留めるのもまた俺の使命の一つよ」

 

 未来は艷やかな黒髪を一房、手で弄る。

 さらりと掌から逃げる髪の感触を楽しみながら、彼女は告げた。

 

「天音寺未来。ただの下働き見習いの女子高生だよ」

 

「アマネジ・ミク」

 

 ゲーザはその名の響きを噛み締めるように、一音ずつ丁寧にそれを言葉にする。

 

 ゲーザの顔には、訝しげな表情が浮かんでいた。

 何か不思議なものを前にしたような、少しの困惑と疑問。

 彼は「ミク」ともう一度その名を口にした。

 

「この異なる響き……もしや、お前は異邦人(イデケン)か?」

 

異邦人(イデケン)が何を指すのか知らないが」

 

 対する未来も、ふぅん?と面白げにゲーザの反応を眺めていた。

 思わぬ反応に未来は珍しく表情を崩し、魔将を興味深そうに眺める。

 

「この世界でない場所の人間と言われたら、そうだよ」

 

 その答えを聞いたゲーザが、笑う。

 

 獲物を前にした獣のように、笑いが抑えられないとでも言うように、凶悪に笑う。

 

「俺は本当に()()てる」

 

 抑えたくとも、体の内から溢れるとでも言うように。

 ゲーザは自らの口角が歪んでいくのを、止める事ができなかった。

 

異邦人(イデケン)。しかも、勇士(ホーシュ)にまで届くような強者! 我らが神は、俺に幸運を授けてくれたようだ」

 

「随分お熱いアプローチだな」

 

 対する未来は、笑顔を崩さない。

 しかしほんの僅かずつ、その位置を探り始める。

 微妙な位置取りをしながら、ゲーザの様子を伺った。

 

「そんなに私がお気に入りなのかな?」

 

「完璧だ」

 

 強く握られたゲーザの拳。

 そこより生まれた振動が、大気すら震わせた。

 

「最近の異邦人(イデケン)は何がしたいか分からぬ弱卒ばかりだったが……百年前を思わせるような強者が再びこの地にやってくるとは、望外の限り」

 

 ゲーザの纏う空気が、熱く震える。

 それはまるで彼の思いを現しているかのようだった。

 

「殆どの異邦人(イデケン)は丸腰と見るや突っ込んできて死んでいくのだがな。戦いのイロハすら知らぬあれの相手は、我らの間でも笑い話にしかなっていなかった」

 

 ゆっくりとゲーザが手を天に掲げる。

 

「だがお前はそうしなかった。探っていたな、俺を。俺が無防備でないと、理解した立ち振舞。まさに強者の姿だ」

 

「そうそうあからさまに、()()()()()()()と待ち構えてる相手に突っ込む馬鹿が居るのか?」

 

 未来の目には、武器一つ帯びないゲーザが、触れた瞬間爆発する爆弾のように見えていた。

 触れれば即起爆する、逃れられない罠。

 危険な臭いを未来はその立ち振舞から感じ取っていた。

 

「悲しいが、馬鹿ばかりだった」

 

「そうか。なんか敗北してるぞ現代義務教育」

 

 未来が軽く右足を引く。

 半身の構えとなった未来の視線は、まだ油断無くゲーザを見つめ続けている。

 

 仕掛け所を、彼女は探っていた。

 

 後ろから、とてとてとニノンがやってくる。

 顔には、心底行きたくねえなあ、という雰囲気が溢れていたが、それでも彼女は未来の下へとやってきた。

 

「何悠長にくっちゃべってんですか。さっさと倒しちゃってくださいよ」

 

 こいつ何やってんだ、という目でニノンは未来を見ていた。

 

「出来るならそうしたがったんだが」

 

 未来はゲーザから目を離さない。

 いや、離せない。

 

 目の前の相手が自分を殺し得る相手だと、彼女は既に理解していた。

 

「多分――私は相性が悪いな、あいつと」

 

「ホァ!?」

 

 どういう事!?とニノンが叫びを上げる前に。

 

 空から、輝ける星がやってくる。

 きらきらと輝く水晶の星。

 それが、戦場に現れた。

 

「うげえ」

 

 それを見て、実に嫌そうな、本当に嫌そうな声をニノンは零した。

 

「魔封晶がよぉー畜生ー」

 

「魔封晶?」

 

 未来にとって初めて聞く単語だった。

 

「さっき言ったでしょ、偏在魔力(マナ)を吸い上げる技術を魔王は魔将に与えたって」

 

 それを見つめるニノンの視線は、忌々しげなものに満ちていた。

 

「これがそうですよ。魔将と結びついた、悪魔の石。こいつは例えその場に無くともアストラル界経由で魔将と結びついてその力を発揮し続けます。魔法使いの天敵ですよ」

 

 ()()()が現れてから、自分たち伝統派の失墜が始まった。

 全ての元凶にして天敵。

 決して許されざる、悪夢のような存在とニノンは思っていた。

 

魔法使い(ヴァラーズロー)とは、まるで昔に戻ったようだな」

 

 そんなニノンの姿を認めたゲーザは、面白そうに笑う。

 まるで懐かしいものを見たように、戦場には場違いの柔らかい目をしていた。

 

「どこまでも心を踊らせてくれる、アマネジ・ミク!」

 

 天から星が墜ちる。

 主であるゲーザの元へ、彼と一つになる為に。

 

融装(フュージオ)!」

 

 星と魔将が一つになり、地上に太陽が如き輝きが現れた。

 

 強烈な光に、未来も手を翳し目を護る。

 

「にゅわっ!?」

 

 ニノンはとっさに頭をさげ、帽子の(つば)でそれを遮った。

 

 ほんの、一、二秒。

 それだけの時間で、戦場を遍く白く塗りつぶした光が収まる。

 

 光の中から現れたのは、輝きを纏う戦士。

 赤き鋼と煌めく水晶を纏った、魔将の姿だった。

 

「おいおい」

 

 ゲーザの姿を見た未来が、苦笑して呟く。

 

「私は何時から日曜朝に紛れ込んだ? 特撮ヒーローと戦うとは聞いてないぞ」

 

「何言ってんだかわかんないですけど、あれが魔将の魔鎧ですよ」

 

 魔鎧。

 

 魔将が纏う、最強の鎧にして武器。

 その装甲は刃を容易に弾き返す程に固く、また魔将の力をさらに増幅させる。

 魔封晶そのものであるその鎧はさらに対魔法能力も備えている。

 人類にとっては悪夢のような鎧だった。

 

「本来なら、一軍を当てて対策するような相手なんですよ、魔鎧付けた魔将なんて。二人で戦うなんて正気じゃない」

 

「だろうな」

 

 未来は腰に佩いていた剣を捨てた。

 最早これは彼女にとって重りでしかない。

 

 目の前の相手は()()で戦える相手ではないと、そう判断したのだ。

 

 ゲーザもまた、一步、歩を進める。

 がちゃりと鎧が音を立て、戦場に響いた。

 

 それは――戦いの開始を伝える、ゴングのようだった。

 

「いくぞ、アマネジ・ミク!」

 

 ――イィィィィィン

 

 甲高い音と共に、爆発的な踏み込みで、ゲーザが未来へと襲いかかる。

 

 ボ、と空気を裂く音と共に、赤い輝きが弾丸のように進んできた。

 

 ゲーザの手が未来を捉えようとした刹那、未来は既に軽く横へとステップを踏んでいた。

 そこからさらに高さ数十cm、そこに恩寵(チート)で足場を作りやや斜め上方へと跳ぶ。

 

 ふわりと浮き上がり、空中で体を翻す未来は、ゲーザの真上を取るような形になった。

 

 手を伸ばせば頭に手が届く距離。

 必殺必中の間合いだった。

 

 だが、未来は打たない。

 

 彼女は既に理解している。

 その()()()()が如何様な効果を及ぼしているかを。

 

 そのままゲーザを飛び越えるように地面へと着地すると、素早く身を屈め、何かをすくい上げた。

 

「疾――」

 

 ゲーザが言葉を発し終わるよりも早く、それは放たれた。

 

 石礫。

 

 未来の手により砲弾が如く加速した石の数は三。

 

 それは狙い違わずゲーザの喉・脇・膝裏を正確に撃ち抜いた。

 

 もし人に着弾すれば、絶命必至の威力を持った投石攻撃。

 しかしこの凶悪な原始の砲弾は、ゲーザの鎧に触れた途端、まるで自壊するように崩れ去った。

 石礫の一撃は、この魔将になんのダメージも与える事ができていない。

 

 だが影響皆無というわけでは無かった。

 

 ほんの瞬間、ゲーザの動きが止まる。

 

 常人には認識できぬ程の僅かな隙。

 だが達人同士の立ち会いにおいては、致命的なまでの間隙。

 

 未来はその間隙に、だが攻めを選択しなかった。

 さらにゲーザから距離を取るように軽くとん、とんと跳ねるように移動し、さらに投石する。

 

 その石礫はゲーザの胸の中央を直撃するが――やはり、脆く崩れ去って消えた。

 

「ニノン!」

 

 走りながら、未来が叫ぶ。

 

()()! そういう魔法くらい、使えるだろう!」

 

 何故、そう言ったのかニノンにはわからない。

 だがこの状況で未来という少女が無駄な事を言わない事だけは、わかる。

 

 ローブの裾から巻物(スクロール)を取り出したニノンは、急いでそれを上へと放りなげた。

 

飛行(フライ)!」

 

 怪物と魔将の動きに比べれば、遥かに緩慢な動作でニノンは空中へと浮き上がった。

 そして魔将から距離を取るように、上へと上がっていく。

 

 ゲーザはそんな魔法使いの姿を一瞥すると、それを振り切るように地に居る少女へ目標を変えた。

 

 ゲーザが再び、未来へと肉薄する。

 

 再び行われる、風を裂くような突撃(タックル)

 

 だが未来もまた、魔将の手の届かぬ中空へと姿を翻した。

 

 恩寵(チート)の恩恵による空中跳躍で、ゲーザの周りを翻弄するように飛び回る。

 

 そしてゲーザに向かって、間欠的に石礫を放ち続けていた。

 

「それがお前の異能(スペレレー)か、アマネジ・ミク」

 

 石礫の嵐に、まるで動じず。

 愉快そうに、ゲーザが笑う。

 

「手品としては優秀だが……悲しいな。お前程の異邦人(イデケン)であるのに、強力な異能(スペレレー)を与えられなかったとは」

 

 異邦人(イデケン)が皆特殊な能力――異能(スペレレー)を備えている事を、ゲーザも知っていた。

 特に百年前に魔王を追い詰めた男は、非常に恐ろしい異能(スペレレー)を備えていた。

 

 だが目の前の少女のそれは、余りにも弱々しく、滑稽に彼の目には見えた。

 おそらく空中を歩く異能。

 だが、それだけだ。

 それだけしかできない。

 

 これほどまでの勇士(ホーシュ)が、このような奇術師のような真似しかできない。

 

 そこに悲哀を感じずにはいられなかった。

 

「確かに強いとは言えないが」

 

 空中を飛び回りながら、未来はそう言う。

 

「だが存外使い勝手が良いものだよ、これも」

 

 空中に、地上に。

 

 縦横無尽に飛び回る少女を、ゲーザの目ですら完全に捉える事は出来ていなかった。

 

 ――巧い。

 

 ゲーザは舌を巻いた。

 アマネジ・ミクという少女の動きは、ただ速いだけではない。

 こちらの意識の外を狙うような、常に死角を取るその動きが絶妙だった。

 

 常に視界の端でしか捉えられない。

 いや、捉えさせられている。

 

 完全に見えないより、()()()()()()今の状況の方が逆に怖い。

 見えなければ死角に潜んでいるとわかる。

 だが、この少女の動きは見えているのに次の瞬間どう行動するか理解できないのだ。

 

 また次の瞬間、消えているのか。

 それとも、目の前に現れているのか。

 

 それがわからない。

 

 経験を積んだ戦士ならば誰もが持つ、()()()()()()()()という蓄積から来る予測が、この少女には通用しない。

 

 そして、投石攻撃。

 

 ゲーザへの石礫は、一見一切のダメージが無く、無意味なように思えた。

 だが、ゲーザからすれば余りにも厄介な牽制だった。

 

 ――まるで、心を読まれてるみたいだ。

 

 石礫の一撃一撃が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで「お前の動きは全部分かっているぞ」と言わんばかりに、意識を動作に傾けた瞬間に石が着弾するのだ。

 

 確かに自分の天晶鎧(クリスタツェル)の表面で、石は砕ける。 

 だがその衝撃が全て消えるわけではない。

 僅かに伝わるそれに、一瞬だが身が固まらざるを得ない。

 ほんの僅かな衝撃だろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんと恐ろしい戦士だ、とゲーザは思う。

 

 おそらく、自分の熱情(ヘヴレト)は既に理解されている。

 この振動という熱情(ヘヴレト)が、触れれば武器も肉体も即座に砕ける必殺の能力だと知った上で、この少女は()()()()を削りに来ているのだ。

 

 最初の一撃も、実際は魔法使いの少女を狙ったものだった。

 だがアマネジ・ミクはそれを読んでいたかのようにこちらの動きを投石で止め、縫い付けた。

 

 そもそもからして、最初から熱情(ヘヴレト)を使っている事自体がおかしいのだ。

 そうでなければ一瞬にして死んでしまうような予感が、彼にこの力を使わせたのだ。

 本来ならまず手合わせをしてから力を発揮する。

 それが戦士の流儀だったというのに、今のゲーザはそれすら欠いていた。

 

 客観的に見れば決定打を持たず、逃げ回っているのはアマネジ・ミクの方だ。

 

 だがゲーザには、自分が追い込まれているように思えてならなかった。

 

 まるで巨大な怪物の腹に飲み込まれているような、そんな気持ち悪さを魔将は今感じていた。

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