崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第108話 勝利の後で

 ゆっくりと地面に倒れていくゲーザを、未来は冷たい目で見つめていた。

 

 未だ残心は崩さず反撃を警戒する。

 

 人であれば絶命必至の状況であっても、魔族という未知の生物であれば反撃を行ってくるかもしれない。

 そう考え、油断無くゲーザの様子を窺う。

 

 背部より血と臓物を撒き散らしたゲーザは、既に絶命していた。

 臓器と共に(レスプリ)すら砕かれ、完全に生命活動を停止した。

 

 きらきらとした魔鎧の欠片が、周囲に散らばっている。

 水晶のようなそれは殺伐とした戦場の中、場違いな輝きを放っていた。

 

「やりましたねえ」

 

 ふよふよと、上空からニノンが降りてくる。

 その姿を見て、未来もようやく警戒を解いた。

 

「助かったよ、ニノン」

 

 未来は軽く制服に付いた埃を払いながら、いつものように笑顔を浮かべる。

 

「よく私が欲しいものが分かったね。正直驚いた」

 

 未来はゲーザと開戦した直後から、その攻略法は理解していた。

 だがそれを為す為の前提を揃える事が、彼女単独では不可能だった。

 

 必要なものは二つの内どちらか一つ。

 

 砂か、水か。

 

 どちらかを用意できれば、勝つ事はできる。

 だが、そのどちらも今の戦場には存在しない。

 

 となると、勝利の鍵を握るのはニノンだった。

 彼女の魔法によりそれを作り出し、攻略する。

 それが未来の考えた勝利の道筋だった。

 

 だが迂闊に「砂か水が欲しい」などと言ったが最後、ゲーザがニノンを狙う事は明白だった。

 相手も蒙昧ではない。

 少なくともこの状況で求めるものが、自分を攻略する何かだという事は即座に理解すると想定された。

 

 もし投石による牽制を無視し、形振り構わず隠し持っている遠距離攻撃等をされてニノンを害された場合、その時点で未来の敗北は確定する。

 実際、懸念通り強力な遠距離攻撃を隠し持っていた為、この予想は完全に正解していた。

 

 故にどうやって自然にそれを作って貰うかと頭を捻っていたのだが――

 

「あいつの魔技(パルシオン)が、高速振動だって気付いた時点でピンと来たんですよね」

 

 ふふん、と得意気に、ニノンが胸を張る。

 

「振動って水とか砂とかさらさらで動くものは壊せないじゃないですか。だからそれが有れば未来さんならなんとかするんじゃないかなーって」

 

「それで、砂の目隠しか」

 

「破れかぶれなアシストに見せかければ、あいつも警戒しないと思ったんですよ。ま、予想通りでしたね」

 

 バーカバーカ!と物言わぬゲーザに悪態をつくニノンに未来は苦笑しながら、やっぱり頼りになるなと心の中で思う。

 

 こちらからのアクションではなく、ニノンが自発的に魔法を放った時点でゲーザからの警戒度は限りなく下がっていた。

 単なる目隠しをしたのだと、そう考えたはずだ。

 

 まさか自分を攻略する必須条件を揃える為だったとは、夢にも思わなかっただろう。

 

 砂さえ確保できれば、後は簡単。

 

 辺りに倒れている決死隊の死体が持つ麻袋を拾い、砂を詰め。

 それを用いてゲーザの振動を無効化し、攻略する。

 ただそれだけだった。

 

 ――やはり君を連れてきて良かった。

 

 自分が想定した信頼以上のものを返してくれたニノンに、未来は深く感謝の念を持っていた。

 

「しかし本当に二人で殆ど全滅させちゃいましたね、魔族」

 

 とんでもねえな、と呟きながら、ニノンは辺りを見回す。

 

 二人の周りに転がるのは、骸、骸、骸。

 魔将を含めたおびただしい数の魔族が、物言わぬ死骸となって転がっていた。

 

 残るのは空中に残る偵察型と思われる烏数匹のみだった。

 

「これでダラマトナも安心と思いますが」

 

 二人は遥か後方に有る街を見る。

 あそこは今どうなっているだろうか。

 きっと皆焦って避難しているに違いない。

 それが無意味になったと伝えられたら、街の人々はどんな顔をするだろうか。

 ニノンには想像がつかなかった。

 

「さっさと帰りたいが、馬が無いんだよな」

 

 二人の乗った馬は、突撃の途中で既に乗り捨てている。

 おそらくそのまま街に帰ってしまっただろう。

 そうなると、帰る手段は徒歩しかない。

 

「結構遠いですよねえ、街」

 

「結構どころじゃなくて遠いな、ダラマトナは」

 

 この軍勢と相見えるまで相当な時間を馬で駆けてきた。

 人の足でその行程を帰るとなると、日を跨ぐ程の時間がかかるのは間違い無かった。

 

「ていうか帰る時の事考えてなかったんですかあんた」

 

「私は普通に歩いて帰れば良いかなと思ってたから……」

 

「これだから嫌なんだよ体力お化けはよぉ!?」

 

 自分基準で考えてんじゃねーよ!

 可憐な深窓の令嬢を自認するニノンには、とてもついていけない話だった。

 

「ニノンの方は何か移動に使える魔法とか無いのか。こう、高速で空を飛ぶとか」

 

 魔法使いだし、と気軽に聞いてくる未来に、ニノンはちょと殺意が湧いた。

 

「そんなもん有ったら皆喜んで使うんだよ! 好き好んで馬車には乗らねえって!」

 

「そういやダラマトナにも馬車で移動してたな……」

 

 意外と使い勝手悪いな魔法、と未来は呟く。

 ゲームなどの魔法なら移動魔法は定番なのだが、どうやらこの異世界には無いらしいと少し彼女はがっかりした。

 

「こんな急じゃなかったら、転移魔法陣準備できたんですけど」

 

「転移はできるのか?」

 

 ほう、と意外そうに未来は驚いた。

 

「移動する魔法より転移する魔法の方が、正直難しそうなイメージなんだが」

 

「転移魔法の方が、魔法法則的には労力が少ないんですよ」

 

 やれやれ仕方ねえなこの素人は、という顔でニノンは解説し始める。

 しかし知識マウントが取れる喜びが隠しきれていなかった。

 崇めよ我は魔導士ぞ。

 

現実世界(フィジカルサイド)で重量物を動かすより、物の情報を精神世界(アストラルサイド)に一旦送り別の場所で再構築する方が魔法にとっては簡単なんですよ。馬の要らない馬車は作れなくても、人を遠距離に飛ばす事はできるんです、魔法は」

 

「ふむ」

 

 何か不思議な話だな、と未来は頭を捻る。

 運動エネルギーを得るよりも、物質を再構成する方が簡単?

 それは有り得ないだろうと。

 

 尤も異世界に魔法、自分の常識が通じなくてもおかしくない。

 それでも何か喉に骨が引っかかったような違和感が、未来の頭から消えなかった。

 

「そういうわけで、こんな急に決死隊に参加するなんて話じゃなくて、きちんと計画された出陣なら帰り用の転移魔法陣を用意してそこに飛ぶ、なんて事もできたんです。私は天才ですから、そういう魔法もお手の物ですよ」

 

「そこは素直に感心するよ。実際難しい魔法なんだろう?」

 

「まあ、魔術士(アデプト)くらいでは扱うのが難しい程度の難易度ではありますよ」

 

 ドヤァァァァァ、という顔を隠さず、ニノンは偉そうにふんぞり返った。

 

「ただ準備はほんと時間がかかるんで……まあ、私でも二、三日は見てもらわないと駄目でしたね」

 

「とりあえず魔法で帰れないのはわかった」

 

 うん、と小さく未来は頷く。

 

「どうやって帰るのかはまず置いておいて……最後にやるべき事をやっておこう」

 

「そんなもんありましたっけ?」

 

 不思議そうに首を傾げるニノンに、未来は静かに答えた。

 

「決死隊の人たちの遺品を持って帰ろう。彼らが立派に戦い抜いた証として」

 

 

 

 それから未来とニノンは、勇敢に散った決死隊の男たちの遺品を集めた。

 個人の分かるような持ち物があればそれを。

 そうでなければ、遺髪を切り分け、懐に仕舞った。

 

「うう」

 

 ニノンは口元を押さえ、青白い顔で未来の後ろをついてきていた。

 

「グロ注意だけど、注意してもどうにもなんねえ」

 

 決死隊の面々の遺体はどれも無惨なまでに損壊していた。

 人の形を保っているものの方が遥かに少ない。

 多くは魔族に踏み荒らされ、服にまとわりついたミンチのような惨状となっていた。

 

 死体など見慣れていようはずもないニノンには刺激が強すぎる光景だった。

 

「うおぇっぷ」

 

 込み上げてくる吐き気と戦いながら、天才魔法使いはよたよたと未来の後ろを歩く。

 

「そんなに辛いなら待っていてくれてもいいんだが」

 

 未来としては、一人でも十分な作業だと考えていた。

 無理に付き合ってもらう必要はさらさら無い。

 

「途中までは一緒に来た仲間じゃないですか」

 

 うう、と呻きながら、ニノンは言葉を絞り出す。

 

「けじめみたいなもんですよ。最後まで付き合ってあげないと」

 

「そうか」

 

 それ以上、未来は何も言わなかった。

 ただよたよたついてくるニノンに歩調を合わせ、ゆっくりと歩くのみだった。

 

 二人の非効率的な作業は、一時間ほども掛かった。

 未来の腰に下げられた袋には、遺品類が綺麗に仕舞われた。

 幾人かの遺髪も胸元に潜んでいる。

 

「街に縁者が残っていれば良いんだが」

 

 既に避難は始まっている。

 もしかしたら、もう彼らを知っている人は居ないかもしれない。

 未来の懸念を、しかしニノンが否定した。

 

「多分居ますよ。すぐに逃げられない誰かが居るから――こうして命まで賭けたんでしょ、この人たちは」

 

 あの街に残る小さな少女と同じように。

 きっと彼らにも、生き延びて欲しい誰かが存在したからこそ、決死隊に参加したのだろう。

 恋人とか、家族とか、自分よりも大切な誰か。

 その気持ちは、ニノンには痛い程良く理解できた。

 

 自分もついこの前まで、同じ気持ちだったのだから。

 

「ああ、そうだな」

 

 未来も柔らかく笑う。

 

「だとしたら、きちんと持って帰ってあげないとな」

 

「そうですね」

 

 それが決死隊に参加した自分たち最後の仕事だと、二人の少女の気持ちは一致していた。

 

「あーこれから死ぬ程歩きかー憂鬱過ぎるー」

 

 戻ったら体バキバキになんぜ、と嘆くニノンを他所に、未来はそこに近づいていった。

 

 魔将ゲーザの遺体。

 

 彼女は、そこにしゃがみ込む。

 

 未だ輝く鎧に包まれたその表情は窺う事ができない。

 しかしきっと何故死んだのかすら理解できず、この魔族の魂は天に召されただろうと、未来は思う。

 だらんと大地に横たわるその手を持ち上げ、ゆっくりと組ませる。

 

「いや何やってんすか未来さん」

 

 ニノンの声は、呆れを含んでいた。

 

「そいつは敵ですよ敵、しかも親玉。さんざんこっちを殺してくれた大悪党じゃないですか」

 

「確かにそうだが」

 

 それでも、と未来は言う。

 

「粗略に扱うような相手ではないと、私は感じた。だから慰め程度には形を整えさせて貰ったよ」

 

 ゆっくりと、未来は立ち上がった。

 眼下に横たわる魔将は、何も語らない。

 だがその姿は満足げなように、ニノンには見えた。

 

「ま、良いですよ。実質倒したのは未来さんですし。好きにしたら」

 

 数日の付き合いだが、未だに新しい面が出てくるな、とニノンは思った。

 

 天音寺未来。

 

 彼女の事を知るにはまだまだ時間が必要だと、そう彼女は感じていた。

 

 地平を見る。

 太陽は傾き、そろそろ日が落ちようとしていた。

 

「夜になる前に、どっかで野営準備しないとですね」

 

「夕餉になりそうな獲物くらいは、獲らせてもらうよ」

 

 二人の少女はゆっくりと歩き出す。

 

 帰る人が待つ、ダラマトナの街へ。

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