崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

113 / 129
第109話 果ての国

 唐突な意識の断絶。

 

 そして次に感じたのは、世界を覆い尽くす眩いばかりの光。

 

 光が意識を通りぬけ、そして――

 

 ゲーザは目を見開くと、ばっと寝台から身を起こした。

 

 何かに焦ったように、そして状況を確認するように、彼は辺りを見回す。

 装飾一つ無い、暗く簡素な部屋。

 硬質な壁には傷一つなく、僅かな光だけを跳ね返し輝いている。

 家具の類も何も無い、生活感の無い空間。

 中央に粗末な寝台が一つ置かれただけの、まるで死体安置所のような陰気な場所だった。

 

 ゲーザは小さく首を振る。

 まだ少し意識が混乱していた。

 

 だが、これだけは分かる。

 

「負けたか……」

 

 徐々に蘇る、敗北の感触。

 自らの熱情(ヘヴレト)を無効化されての、文句無しの完敗。

 

 こうまでも一方的な敗北を喫するのは、彼が経験した戦いの中でも初めての事だった。

 

 ――とりあえず、出るか。

 

 仄かな明かりを頼りに、部屋の出口へと向かう。

 

 意識が覚醒したばかりの所為か、少しふらつく。

 よたよたとした歩みでゲーザは壁面にある扉に近づいた。

 

 近づくのみで、それを察知したように、シュッと扉が左右に開く。

 太陽の光が室内に差し込み、部屋を照らしながらゲーザの帰還を祝福した。

 

 ゆっくりと、外に出る。

 

 ゲーザの背後に有るのは、小さな廟であった。

 

 小屋一つ程の大きさしかない、ささやかな廟。

 しかし表面には精緻な装飾が刻まれており、見るものに荘厳さを感じさせていた。

 その表面を飾る材質は赤く透き通った水晶。

 水晶が廟の全体を覆い、きらきらと光り輝いていた。

 

 そしてその廟の前には、そこを囲むように多くの人々が地に伏している。

 老若男女何れの区別無く。

 頭を垂れて廟に祈るように、彼らはそこに居た。

 

 その先頭、最も入口に近い位置に居た青年が顔をゆっくりと上げた。

 彼はゲーザの顔を認めると安心したように朗らかに笑い、立ち上がった。

 

「ご帰還お待ちしておりました、ゲーザ様」

 

「皆も祈祷(祈り)の儀、ご苦労であった。――一同、面を上げよ」

 

 ゲーザの声に呼応するよう、人々が顔を地から空へと向き直す。

 その表情は一様に明るく、英雄の帰還を喜んでいるのが見て取れた。

 

「此度の出撃、十分に成果の有るものとなった」

 

 その笑顔に応えるように、ゲーザも明るい声をあげる。

 

「当分は不慮の事態に対処できるだけの評価(ポイント)も確保できた。我が(ファル)も数十年は安泰であろう」

 

 おお、というどよめきが群衆から巻き起こる。

 ざわざわとした空気が、彼らの間に広がった。

 

 大人たちの目には期待が映り、子供たちは何か良く分かっていないが、喜ばしい事が起きたのだと感じて無邪気に喜んでいた。

 

 そんな群衆をかき分け、ゲーザはそこへ下へと歩いていった。

 彼の歩みの先には、未だ頭を垂れる一人の女性が居た。

 

半月氏(フェールホルド)のヨラーンよ」

 

 その女の肩に優しく手を置き、ゲーザは語りかける。

 

調整(モードシターシュ)を請願する為の評価(ポイント)を得る事ができた。これでお前の子を癒やす事もできよう」

 

 その言葉に女性――ヨラーンはびくりと体を震わせる。

 伏せた顔の下からは、くぐもった嗚咽が聞こえてきた。

 

「ありがとう……ございます……! ありがとうございます!」

 

「よい。子は宝、その命は我々が守ってやらねばならぬ」

 

 ヨラーンの子、一人息子のヘンリクは忌々しい()()の為、余命幾許もない状況に晒されていた。

 闇の神への請願しか助かる手立てはなく、それには神への供物である評価(ポイント)が大量に必要であった。

 

 そこで降って湧いてきた、光の民への攻撃作戦。

 ゲーザはヘンリクを救うためにその出撃権をもぎ取り、戦地へと赴いたのだ。

 

 勿論その他の目論見も有る。

 評価(ポイント)は有れば有るだけ良い。

 不測の事態も鑑みれば、稼げる時に稼げるだけ稼いでおくのが肝要と言えた。

 

「皆も疲れたであろう。各々家に帰り疲れを癒やすといい。私もこれから戦団(クラン)に報告へ行かねばならん」

 

 廟から離れるゲーザを、民達はやはり祈りを以て見送った。

 偉大なる戦士(ハルコシュ)は、彼らを治める長にして、崇敬を集める力の頂点。

 それは目の前に生きる神のような存在であった。

 

 

 

 ゲーザの目の前には、長閑だが美しい景色が広がっていた。

 抜けるような青空の下に生い茂る、瑞々しい木々。

 整然と整備された街並みは文明の香りと人の営みを感じさせた。

 

 果ての国(レーシェク・オルサーガ)

 それが、この闇の民が住まう国の名だった。

 

 ゲーザはゆるりと道を歩む。

 

 燦々と陽の光が漏れ注ぐ並木道を進んでいたゲーザの周囲の風景が、ぐにゃりと歪んだ。

 彼の周りはまるで早回しの映像のように目まぐるしく変わり、またガラスのコップ越しに見ているように歪んだ光景が展開されていた。

 

 そのような奇異な風景の中を、数秒ほど進んだ辺りで、ゲーザは目的の場所へと到達した。

 

 豪奢な扉の目の前。

 

 彼はそこに居た。

 いつのまにか広い廊下の只中に彼は存在し、静かに佇んでいた。

 

 ずっしりとした感触を確かめながら、ゲーザは両手で静かにその扉を開く。

 

 その部屋の中は、会議室のような空間だった。

 落ち着いた内装と暗めなその部屋には、大きな長机が中央に置かれていた。

 机の左右には数人の男女が座り込んでいる。

 

 皆、ゲーザを待っていたように。

 

「よう、大した負けっぷりだったな!」

 

 一際大柄な男が、手を挙げながら声をかけてくる。

 ゲーザより身長もその恰幅も一回り大きな筋肉質の男。

 彼は陽気な笑みを浮かべながら、ゲーザを迎え入れた。

 

「既に情報は共有させて貰ってる。随分な難敵だったみたいじゃないか」

 

「ああ」

 

 噛み締めるように、ゲーザはただ頷いた。

 

「強かった。アマネジ・ミクは」

 

 実際、完敗だったと言っていい。

 初手から熱情(ヘヴレト)を切らされ、奥の手は無効化され。

 あまつさえ一撃で沈むという体たらく。

 

 最初から最後まで戦いの主導権を握っていたのは相手の方だった。

 何一つ相手を出し抜けず、その掌の内で負けたとゲーザは理解していた。

 

「あれほどの異邦人(イデケン)が存在するとはな」

 

 感心したような声を上げるのは、奥に座る女性だった。

 赤く長い髪を持つ、長身の女。

 彼女は足と手を組み、椅子に深く座り込んでいた。

 鷹の如き鋭い目つきは今、面白そうに歪んでいる。

 新たな獲物を見つけた獣のように。

 

「最近の異邦人(イデケン)熱情(ヘヴレト)()()()を振り回す手品師ばかりかと思っていたが、どうしてなかなか気骨のある戦士(ハルコシュ)も居るではないか」

 

「確かに、戦いが成立した異邦人(イデケン)は久々だった」

 

 女の言葉にゲーザも同意せざるを得なかった。

 

「普段であれば、チートがどうのこうの叫んで呆気なく死んでいくだけだからな……」

 

 光の民は異邦人(イデケン)勇者(ホーシュ)と呼び、まるで英雄かの如く送り出してくるのが常だった。

 

 だがその実態は軽く()()()しただけで子犬のようにぶるぶる震えて命乞いをするような弱卒揃い。

 

 ちょっと劣勢になると「なんで俺の恩寵(チート)が通用しないんだ!」とか、「俺達は勇者じゃなかったのか!? なんで敵がこんなに強いんだよ!」などと喚き散らす姿を、彼らは何度も目にしてきた。

 

 あれを勇者(ホーシュ)と呼ぶのは勇者という言葉を貶めたいのか、それとも皮肉なのか、理解に苦しむ所だった。

 

 しかしこのような雑魚でも何故か評価(ポイント)は良く、効率の良い獲物ではあった。

 その為出てきたら積極的に狩るのが彼らの常となっていた。

 

「あのような相手が出てくるのであったなら、出撃権は譲らなかったものを」

 

 場に居る全員が、そう思っているとゲーザには一目でわかった。

 

 強者との邂逅。

 

 それは彼らにとって何よりの喜びである。

 

「しかし残念だったな、ゲーザ」

 

 別の男が声をかける。

 短髪に刈り込んだ、やや年若く見える男。

 少年をようやく脱したような、そんな雰囲気を彼は持っていた。

 

「崩体した以上、暫く出撃は無理だ。リベンジはできないぜ」

 

 挑発的に、彼は笑う。

 

「俺達が先に食っちまうからな」

 

「好きにすればいい」

 

 その事はゲーザが一番良く痛感していた。

 無事に撤退できたなら問題なかったが、肉体を失ったのは痛手だった。

 それを新たに形成するのにかかる期間は決して短くない。

 

 事実上、彼は暫く出撃停止措置を得たに等しかった。

 

「あれだけの相手が出てきたのなら、猟域(テリュレト)での活動が活発になるのは当然だろう。悔しいが、俺の番が来るまでアマネジ・ミクが生きているとは思えない」

 

「その事だが、悪い知らせが有る」

 

 女の言葉に、場に居る者達が一斉に彼女を注視した。

 

「どうやら、長老(ヴェーン)が出撃なさるようだ」

 

長老(ヴェーン)が?」

 

 その事実に、ゲーザも驚きを隠せない。

 氏族の長である()()がわざわざ戦場に出るのは、尋常な話ではない。

 

 国を一つ二つ間引くとか、そういうレベルになってくる。

 

()()()()は満たされている。どうやら久々に暴れたいらしい」

 

 ふう、と女は溜息をついた。

 諦めのこもった溜息だった。

 

「残念ながら挑戦する事は叶わないようだな、アマネジ・ミクとやらは」

 

 本当に残念だ、と女は呟く。

 

 ゲーザもアマネジ・ミクの冥福を祈る。

 自分たちのような戦士(ハルコシュ)ならば兎も角、長老(ヴェーン)が出撃する以上その勝利は確定していた。

 

 長老(ヴェーン)が動く時、そこで行われるのは戦闘ではない。

 

 調()()だ。

 

 戦域を整え、自分たちに都合のいいように書き換える。

 その為にこの強大な戦力は存在する。

 

 この強大な戦力が投入されると決定した時点で、戦いは成立しないのだ。

 

「例の()()()()とやらの炙り出しもしたいようだ。結局どの程度の脅威なのか、出てこなかったので不明だからな」

 

「俺の前に出てこなかったのは、脅威度が足りないかもしれないという事か」

 

 そう思いたくはないが、その可能性も有る。

 戦士(ハルコシュ)程度ならばあのアマネジ・ミクで十分。

 出すまでもない戦力だと、そう判断されていたのかもしれない。

 

 そこまでの兵器を光の民が作り上げていたのなら、確かに脅威となるだろう。

 

 だが長老(ヴェーン)相手に出し惜しみする暇は有るまい。

 国の一つは容易に滅ぼせるのだから。

 

 

 

 大魔将。

 

 

 

 光の民がそう呼ぶ、我らが氏族の長。

 その相手には、彼らも総力戦を挑んでくるはず。

 

 そうでなければ滅ぶだけだと。

 ゲーザもその場に居る他の者達も、気持ちは同じくしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。