怒号と喧騒に包まれる中。
少年は一人、家の玄関の前に座り込んでいた。
「パパ、どこに行ったのかな」
――これから遠くへ旅行に行くんだ。
そう、父親から言われた時は心が弾んだ。
少年は生まれてから一度も、このダラマトナから外に出た事は無かった。
絵本に描かれている外の世界はきらびやかで、とても輝いているように少年には思えた。
そんな場所にこれから行けるかもしれない。
否が応でも彼の期待は高まっていた。
何か用事が有るのかな?
少年はそう考えてぼうっと通りを眺める。
家の前の細い通りは、少年が生まれて初めて見る奇妙な光景を映し出していた。
誰も彼もが足早に、まるで何かに急かされているように走っている。
手には大きな旅行鞄を抱え、街の外側へ向かって疾走していた。
その様がまるで何か競争をしているようで、少年にはちょっと面白く感じられた。
「パパも何か競争してるのかな?」
ふと、そう思う。
きっと街をあげて何か大きな競争をしているのだ。
そう思うと、なんか楽しくなってくる。
今日はお祭りなのかな?
まだ幼い少年にとっては、生まれてから数える程しか催されていないお祭り。
突然そんなビッグイベントがやってきたのかもしれないという願望は、まるで事実であるかのように少年の心に響いた。
「どうしよ」
自分もこの
だけどもしかしたら、パパが帰ってくるかもしれない。
少年は少し腰を浮かせて、このまま立ち上がるか、それともまた座り直すか、しばし体を固まらせる。
――パパも競争してるなら、先に到着して待ってるのかも。
そんな考えが少年の頭に浮かぶ。
そうだ、きっとそう。
よく見たらパパの鞄も無い。
きっと持っていったんだ。
中腰の状態から、少年はそのまま立ち上がる。
そして、背中の背負い鞄の重みを確かめる。
きっとしばらくは帰ってこられないから、必要なものは全部詰めるようにと言われた少年の鞄はぱんぱんに膨れていた。
小さな体には、ちょっと重い。
でも手放したくない重さだった。
「よし」
ぐっと少し腰を落として、皆が走っていく方向を見る。
あの先には何が有るんだろう。
きっと楽しいものに違いない。
足を勢いよく踏み出し、少年は駆け出す。
大人にも負けないよう必死に、でも笑顔で走る。
――負けないぞ!
見果てぬゴールへ向けて、彼は駆ける。
小さな体はするすると大人たちの間を抜け、そして彼方へと消えていった。
少しだけ開いた玄関の扉が、きい、と小さく軋んだ。
誰にも聞かれる事も無く、扉は虚しく揺れ動いていた。
まるで去っていく家人を引き止めるように、きい、きい、と。
扉は吹きすさぶ風を受けて、未練がましく開閉を繰り返していた。