崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第五章 魔軍進撃(下)
第111話 ダラマトナ消滅


 視界を埋め尽くす程の圧倒的な存在感を前に、未来は迷う。

 

 彼我戦力差は絶大。

 抗戦による勝率極小。

 

 だがここで引くとなれば、ダラマトナが危うい。

 そしてその腕の中には既に満身創痍のニノンが居る。

 

 ――どうする。

 

 彼女の中に迷いが生まれた。

 それは、常に明快な答えを出し続ける彼女にとって珍しい感情だった。

 

 ズン、と大地が震える。

 

 目の前の大魔将が一步、歩を進めた。

 それだけで地は鳴り響き、地面が細かく上下に震えて大地に生きるものを揺さぶった。

 

 歩くだけで、既に脅威。

 

 大きい事も、重い事も、極まっていればただそれだけで強さとなるのだ。

 

 未来が抱きとめているニノンは、既に意識が朦朧としているようだった。

 ただ苦しそうに喘ぎ、目を閉じている。

 

「下がるしかないか」

 

 ニノンの不調は明らかに目の前の大魔将が原因だった。

 これが現れてから、彼女の様子は急激に悪化した。

 

 より多くの情報と手札を得る為にも。

 また、背中を預けた戦友の命を守る為にも。

 まずは一度引き態勢を整えるしかない。

 未来はそう判断した。

 

 強大な大魔将に背を向け、未来は逃走する。

 一刻も早くそれから離れる為に。

 

 

 

 一方の大魔将ジョーフィアは、暫し戦場を眺めつまらなそうに一言漏らす。

 

「血気盛んに向かってくるかと思うたが、存外に慎重よな」

 

 それも異邦人(イデケン)らしいか、と巨大な水晶の蜘蛛の中でジョーフィアが薄い笑いを浮かべた。

 

「ならば()()()()()を鳴らすとするか。派手にの」

 

 

 

 ばきり。

 

 何かが折れる音が、未来の後ろから響いた。

 

 振り向くまでもなく彼女はそれがなんなのか知覚・理解できていた。

 

 大木のへし折れる音。

 

 なんの前触れもなく、ばきばきと大木が何本も折れていく。

 

 視覚情報を得る為、未来はちらりと後ろを振り向いた。

 そこに有ったのは、予想もしない光景だった。

 

熱情(ヘヴレト)って奴か……!」

 

 水晶の構造体の目の前。

 そこに吸い寄せられるように、周囲にある物質が集まっていっていた。

 まるで見えない穴に落ちるように、土が、岩が、木が、あらゆるものが一点に集中していく。

 

 そしてそれは、未来も例外ではなかった。

 

「くっ」

 

 ()()()()()()

 

 幾ら踏み込もうとも、体が前に進まない。

 まるで見えない壁に遮られているかのように、未来は一定の場所から先へと進む事ができないでいた。

 そしてその壁は徐々に狭まるように未来の体を大魔将へと押し出し、捧げようとしていた。

 

「不味いな」

 

 未来の頬を、汗が伝う。

 彼女は久々に感じる焦りというものを、不本意ながら堪能していた。

 

 正解という選択肢がまるで見えない。

 

 まさに籠に囚われた虫が籠ごと振り回され翻弄されるような心地が未来を支配していた。

 全てを封じられ、詰みに持っていかれている感覚。

 

 相手に先手を獲られ、完全にイニシアティブを握られている。

 

 ――情報が必要だ。

 

 ずずず、と引きずられるようにしながら、未来は大魔将を凝視する。

 その行動、一挙手一投足を見逃すまいと彼女は目を凝らし、頭脳を高速で回転させる。

 

 例えどのような不利な状況でも、天音寺未来に諦めるという選択肢は無い。

 怪物の思考は常に如何様にして相手を噛み殺すか、それだけなのだ。

 

 

 

 大魔将の前に、多様な物質が集積しつつあった。

 

 大地の草木、転がる死骸。

 それら全てが吸い上げられ、一点に纏まっていく。

 

 やがて巨大な固まりになったそれは、直径が10メートルを越える球形となった。

 場違いなまでに大きなボールが掲げられるよう空中に浮かんでいる。

 

 がちゃり、がちゃり。

 大魔将の上部に生えていた足が、その艷やかな表面を滑り、正面へと集ってくる。

 

 集まった足はぴんと伸ばされ、ボールを包み込むよう、まっすぐなままその周囲に居並んだ。

 

 がちゃがちゃと並んでいく足の集まりは、まるで大砲の砲身のように前に伸びていた。

 遥か彼方を指し示すようそそり立っている。

 

 ぐぉん、とその砲の周囲に風が巻き起こった。

 砲の根本、そこは僅かに膨らみ隙間が存在し、そこに向かって周囲の空気が吸い込まれていく。

 大魔将からすれば、そよ風のような揺らぎ。

 しかしそれは大きさから来る錯覚であり、ごうごうと唸りを上げる風の強さは暴風と言って差し支えのない強さを誇っていた。

 

 数十秒間、それが続いた後。

 砲身の根本の隙間が閉じられると、ピタリと風が止んだ。

 その静寂は平穏を感じさせるどころか、次の兇行の前触れのようにしか思えず、見る者を不安にさせるものがあった。

 

 そしてその予感が正しいと証明する光景が、続け様に現れた。

 

 砲身の周囲、そこに、さらに土や岩が吸い付けられ、張り付いていく。

 長大な砲身を更に太らせ豪壮なものとするように、表面が大地により装飾されていった。

 

 今や大魔将の目の前には、凶悪な大砲が存在していた。

 そしてその大きさに違わぬ威力を備えている事は一目瞭然であった。

 

()()は済んだか」

 

 ジョーフィアは熱情(ヘヴレト)の感触で、全ての準備が整った事を悟った。

 彼女の視線は、先に有る街へと注がれていた。

 地平の先にあるそこは、狙いを付けるのに手頃な獲物であると彼女には映っていた。

 

 ジョーフィアが軽く手を動かす。

 それに連動するように、巨大砲がぐらりと揺れて、僅かに角度を変える。

 

「ふむ……ふむ。これくらいか」

 

 ジョーフィアは満足そうに頷くと、前に向かって手を翳す。

 

「まずは挨拶代わりの一発。存分に味わって貰えると嬉しいの」

 

 それに呼応するよう、砲身に少し空気が吸い込まれていく。

 そして、ぎ、という鈍い音がそこから響いてきた。

 

凝縮殲滅弾(シュリーテット・ルヴェデーク)

 

 ぎ、ぎ、ぎ。

 

 不快な軋みは、さらに速度を上げて響き渡る。

 それが頂点に達した時――

 

「――発射(テュース)

 

 巨大な砲身より、破滅の弾丸が放たれた。

 

 

 

 直径10メートルを越える砲弾が、音速を越えて発射された。

 

 ドォン!という、空気の壁を破る巨大な音が響き渡る。

 空を裂き、音を越えた砲弾の余波は、巨大な音波という衝撃波となって周囲を襲った。

 

 大地への影響はそれに留まらない。

 貫く槍のように走るソニックブームは大地をさらに捲り上げ、土を周囲に撒き散らし、盛大な粉塵を発生させていた。

 さらに弾丸の尾を囲むように発生した暴風が渦をまき、その粉塵をかき回す。

 千々に乱れた地表物が舞い散り、風に翻弄されていた。

 

 その影響は、大魔将に押し込められようとしていた未来にも襲いかかった。

 

 身に叩きつけるような、強力な衝撃。

 そして、追い打ちをかけるような突風。

 

 まるで台風の只中に叩き込まれたような猛烈な突風と不規則な風の流れが彼女達を襲った。

 

 未来は力なくだらんとしたニノンを抱きすくめると、必死に風の中を泳ぐ。

 無理な抵抗は更なるダメージを発生させる。

 己の触覚から感じるイメージを視覚情報へと変換し、()()()()

 

 未来の脳内では、色鮮やかに風の経路が映し出されていた。

 それに逆らわぬよう、そして時には乗り移るようにして暴風の渦を乗り切る。

 コンマ単位の瞬時の判断を繰り返し、未来は態勢を整えていった。

 

 くるくると激しく回転し、またシェイクされながらも、未来は己の位置を見失わず、着地できるタイミングを窺う。

 

 彼女の卓越した三半規管は自らの状態を正確に把握し、そしてそれを統括する知能は最善手を導き出す。

 常人であれば絶命必至な死の暴風を、未来はまったくの無傷で乗り切った。

 

 だが、完全に無事ではない。

 腕の中のニノンは、衝撃で気を失っていた。

 衰弱に加え、外部からの衝撃。

 彼女を一刻も早く休ませねば、危険な状態である事は間違いなかった。

 

 だん、と大地に叩きつけられるよう、未来はなんとか着地する。

 

 今はこれで精一杯。

 身を立て直し、ニノンの身を守るだけで手一杯だった。

 

 

 

 そんな未来の様子を他所に、弾丸は突き進む。

 数十秒で目標に到達した弾丸は、過たずそこに着弾する。

 

 混乱が支配する、ダラマトナの街へ。

 

 

 

 その時、市長のジョリス・コストも、遠くに見えるそれを見ていた。

 ダラマトナの中では一際高い庁舎の一室の窓から、食い入るように見つめていた。

 

 地平の彼方の空に浮かぶ赤い凶星。

 そしてそれが激しく輝く様。

 目も眩む閃光の後に現れた、巨大な何か。

 

 それがなんなのかは分からないが、きっと魔族による恐ろしい奸計の類だろうという事だけは、なんとか想像がついた。

 

 自然と体が震え、ジョリスは自然と自分の腕を抱きかかえるように強く掴んでいた。

 

「神よ」

 

 自然と祈りが口をついて出た。

 天に御わす至天の神よ。

 どうか我々を救い給え。

 

 超常の光景を前に、人が縋れるのはもはや神しか居ない。

 本能的な祈りが、ジョリスの心を満たした。

 

 住人の退避は、ようやく1割進んだかどうかという所だった。

 近隣の街にも助勢は頼んである。

 明日以降になれば、さらに多くの住人を避難させられるはずだ。

 

 だから神よ。

 今暫くの時間をダラマトナに与え給え。

 

 しかしそんなジョリスの祈りは、天には届かなかった。

 

 星の光より現れた()()()が、まるで唾を吐くように何かを吐き出した。

 それはぐんぐんとこちらに近づいてくる。

 

「おお、神よ」

 

 再びジョリスの口から、神への祈りが漏れた。

 今まさにこの街へ破滅が迫りつつ有ることを、彼は本能的に悟っていた。

 

 尾を引いて迫る何かは、ぐんぐんとこちらに向かって近づいてきていた。

 音すらなく進んでくる様は、言いようのない恐怖を彼に与えていた。

 

「神よ! 我らをお助け下さい!」

 

 反射的に、手を天に翳す。

 両手を上げ、助けて!と手を伸ばすように、ジョリスは力いっぱい掌を天に向けた。

 

 だが天に御わすであろう神は黙して語らず、彼の必死な祈りには答えなかった。

 

 ぎゅっと瞑った目からは、涙が滲み出ていた。

 ぶるぶると震え、手を翳し続ける。

 

 その間にも、()()は迫る。

 小さい点のようだったそれは、急速に大きくなりつつあった。

 

「うわああああああああ!!!」

 

 わけも分からずジョリスが叫び声を上げたのと。

 大魔将が放った弾丸が庁舎を貫いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 弾丸は庁舎の二階と一階を貫き、地面へと突き刺さる。

 そしてその膨大な運動エネルギーを蓄えたまま、深く深く地へと潜っていった。

 

 刹那の静寂。

 

 そして、大爆発が起きた。

 

 突き刺さった部分の周囲が、めくれ上がるように上へと噴出する。

 上部に存在していた建物は例外無くばらばらとなり、中に居た人々は一瞬で蒸発した。

 全てが細かい塵となって上空へと巻き上げられていく。

 

 それは、巨大な土の塔であった。

 

 噴出した土砂と建物の破片が、禍々しい建築物を作り出す。

 天高くそびえるそれは、大魔将よりも遥かに高い。

 その数倍もの高さを誇る、天然の塔だった。

 

 その塔の周囲も無事ではない。

 巨大なクレーターには、人の営みの痕跡は何も残されていない。

 ただすり鉢状に大地が穿たれ、刻まれていた。

 

 そしてクレーターの周囲の状況も惨憺たる光景が広がっていた。

 

 着弾による衝撃が広がり、牧歌的な建築物の尽くをなぎ倒す。

 

「え」

 

 影の方でこんな時でも細々と露店を営んでいた男は、わけも分からず死んだ。

 

 石造りの壁は砕け散り、砲弾となって周囲の人間を襲った。

 運良く着弾による衝撃を免れた男は、しかしその衝撃で押し出された石材により頭を潰されて死んだ。

 

 通りに居た人間はより直接的な破壊を受けていた。

 

 馬車に乗る事を諦めた老人が、とぼとぼと歩いていた。

 

「明日には乗れるといいのう」

 

 そう呟いた瞬間、老人は木の葉のように吹き飛ばされる。

 そして衝撃波を直に受けて臓腑の尽くが破裂し即座に絶命した。

 

 通りを歩く犬猫も、消し飛ぶようにしてすり潰されていく。

 

 街の中心部に存在した生命は例外無く死を与えられ、天へと帰っていった。

 

 

 

 ダラマトナの街が、消し飛んでいく。

 

 

 

 喜びも悲しみも全てを吹き飛ばし、何もかもを消滅させていく。

 我先にと脱出チケットを求めて争う地獄のような街は、最早動く者が居ない地獄へと変貌した。

 

 今この瞬間、ダラマトナの街の歴史は終わった。

 

 

 

 その光景を、ジョーフィアは不思議そうに眺めていた。

 

「ふむ?」

 

 小首を傾げ、悩ましげに唸る。

 

「結局秘密兵器とやらは、なんだったのかの? ちいとも出てこんではないか」

 

 流石に攻撃行動を起こせば、リアクションが有るかとも思っていたのだが。

 秘密兵器が隠されていると思われる目の前の街は、無抵抗に消滅した。

 

「分からぬな、光の民の考える事は」

 

 おかしいのう、とジョーフィアは頭を捻った。

 情報収集は丹念に行っていたのだから誤報というはずもない。

 どうにも解せぬ状況に、大魔将も少し混乱をしていた。

 

 

 

 大地に足を付けると同時に、未来もそれを見た。

 

 彼方でも見える程に大きな土柱を上げて、砲弾が着弾する様を。

 そしてそれが何処なのかも、既に察しがついていた。

 

「ダラマトナが」

 

 ほんの少しだけ、声に震えが含まれている事を、未来は自覚していなかった。

 一ヶ月を過ごした思い出深い街の消滅。

 

 それは、彼女の心を思った以上に震わせていた。

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