だが、目の前の光景に心を奪われてばかりではいられない。
砲撃の余波が、地震となって襲い来る。
遠くはなれたこの場所すら揺れるほどの、大威力。
それは地を揺らす程の衝撃だった。
しかし、その程度に足を取られるような未来ではない。
問題は他に有った。
ずず、と足元で音がする。
未だに未来の体は徐々に大魔将へと引き寄せられていた。
いや、
「引力のような、引き付ける力ではない」
未来は自分の状況を冷静に理解する。
「まるで存在できるフィールドを、狭められているみたいな感覚。見えない壁で一定距離に押し込められているように感じる」
明らかな、異能の産物。
魔族が使用するであろう、
もし引力であれば、体のみならず様々なものが引きつけられるはずだ。
この能力は一見、土・岩・樹木など、地に有るものを無差別に引きつけているようにも見える。
だが未来は向こうに見える兎が、元気に跳ねる姿を見ていた。
ソニックブームから運良く逃れる事ができたその兎は、怯えた様子で一目散に大魔将から離れるように飛び跳ねて向こうへと消えた。
未来は手元から、ナイフを放り投げる。
予備にと持ってきていた、量産品のナイフ。
それを自身から切り離した。
ナイフはやはり、地面に落ちて後そのまま動く事は無かった。
ただ静かに大地へと身を横たえている。
――やはり、何らかの条件が存在するか。
未来はそう結論付ける。
自分が引き寄せられているのは、この能力の発動条件を満たしているからだ。
現に、ニノンの身体は引き寄せられていないと未来は感じていた。
「このままだと、引きずり出されるな」
大魔将の使用する能力を
そして今の未来には、この能力を防ぐ手立ては存在しなかった。
未来はぐっと足に力を入れる。
未来は跳んだ。
巨大な大魔将へ向けて、全力で跳躍した。
下がる事ができないのであれば、自ら飛び込む。
より能動的に行動して活路を開く。
それが未来という女の思考だった。
「やはりな」
その決断で一つ情報を未来は得る事ができた。
大魔将へと向かう自身の身体には、不自然な加速一つもない。
やはりこの能力の本質は引力ではないとまた一つ確信が持てた。
それだけでも、値千金であった。
とんとん、と軽く空中を踏み、大魔将へ向かう。
近づけば絶望的なサイズの差が更に浮き彫りとなった。
両者の大きさの差は、まるで象と蟻のよう。
戦う事などおこがましい程の差が、そこには存在していた。
『ほう?』
ぎちり、と構造物の多足が蠢いた。
敵の訪れを警戒し、歓迎するように、その身体が微妙に角度を変える。
『どうやらようやくお出ましのようだの、
びりびりと空気を震わせて放たれる、大音声。
それに未来は薄く笑顔を湛えて答える。
「ずいぶんと熱烈なお誘いをしてくれたようだからね。出向かねば無礼というもの」
『ここで逃げ出すような臆病者でなくて安心したぞ』
ほほ、と嬉しそうな声が水晶から響いた。
その感情を表すかのように、巨大な身体がきらきらと赤い光を淡く放つ。
『ゲーザを倒したその力、儂に見せてみよ。我らが王に届くかどうか、見極めてやろう』
「見極めるもなにも」
未来はその巨体を見上げる。
近づけばまさに壁としか言いようがないその身体。
視界一面に輝く水晶の固まりは、敵として認識する事すら困難な代物だった。
「戦いが成立するとは思えないがね、これ」
『釣れない事を言うな、
おどけるような未来の言葉に、ジョーフィアは楽しげな様子を崩しもしない。
『
ざわり、と周りから音がする。
抉れた土の中から、掘り出されるように岩塊が引き出され、浮かんでいる。
それは未来を囲むよう、ゆっくりと近づいてきていた。
『強い相手は歓迎するが、
対する未来は、
緩慢に、まるで自分に引きつけられるように動く岩を険呑な視線で探っていた。
『お主が第二の
ジョーフィアの叫びと呼応するよう――
複数の岩塊が突如加速し、未来に迫る。
十数個にもなる岩塊の嵐が、未来の体の中心を撃ち抜くよう、真っ直ぐに飛来してきていた。
視覚と聴覚、触覚を総動員し、未来はその軌道を認識する。
その全てを躱し得る領域を割り出し、軽くステップをするが――
「ッ!」
躱した瞬間、
ホーミングする、というよりも、自分の体から伸びた糸に引っ張られるように。
遠心力で振り回されながら、再びその体を狙って突き進んでくる。
未来は再び岩塊の軌道を脳内で演算する。
再度今起きた現象を考慮し、予測・軌道計算。
再び未来が身を翻す。
未来が動く毎、それに合わせ、岩塊も動く。
未来という軸に合わせるように。
だが、その動きの特性は既に未来に理解されていた。
未来が左斜め後ろに軽く飛ぶ。
それと同時に、振られた岩と岩がぶつかり、砕け散った。
とん、とん、とん、と。
軽くステップをする毎、岩がぶつかり落ちていく。
岩塊はぱらぱらとした細かい塵へと変わり、用をなさずに大地へと帰っていった。
どのように動くか、その法則さえ掴めれば。
天音寺未来という怪物にとって、同士討ちを誘う事など造作もない事であった。
『ほ』
一言漏らしたジョーフィアの声。
そこには、驚愕の色が滲んでいた。
『そのような対処の仕方、初めて見たわ。お主、本当に人間か?』
「意外と得意なんだ。子供の遊びにつきあうのも」
単独になり、最後に飛んできた一つ。
それを足の裏で止めながら、未来は不敵に返した。
「
ぐっ、と軽く押し出すように岩を真下に蹴り出す。
狙う先は大魔将。
ダメージを与えられるとは思えない。
だが一当てして、探る。
そのような意図で岩を放った未来だったが――
未来からの蹴りを受け、高速で落ちていった岩塊の速度が、みるみる内に落ちていく。
まるでブレーキをかけたように緩やかになり、極限に達して止まったかと思うと、まるで見えないスリングに放たれたように、今度は未来の方へと跳ね返って来た。
剛速球とも言える強烈なストレートボール。
それを今度は受け止めず、華麗な蹴りで未来は砕いた。
「なかなかに刺激的な手品だな」
ふう、と一息ついて、未来がそう言う。
「きっと子供には大人気だな。テーマパークにでも行ったらどうだ?」
口ではそう言うものの、未来は内心の不利を悟っていた。
両手はニノンを抱きかかえ塞がれている。
使えるのは足のみ。
ニノンの様子を鑑みれば、時間制限も有った。
打開策を講じねば、ジリ貧なのはこちらだと、誰よりも理解していた。
『手品とは心外な』
そしてジョーフィアも余裕を崩さない。
未来の対応に驚きはしたものの、その優位はなんら揺るいではいない。
『我が
言葉と共にがちゃり、と上の足が蠢いた。
『拘束とは、相手を自らの思う通りに留めておきたいと思う心。遠くに行って欲しくない、そこから動かないでほしい、そっちに行って欲しい。そういう些細な乙女心の発露よ』
ジョーフィアの言葉を、一語一語噛みしめるように未来は脳内に叩き込む。
そして、おおよその彼女の
――【束縛】という呼称の通り、相手の動態・位置関係に干渉する能力。
発動条件はおそらく任意認識。
その括りは大雑把で、主観認識に大きく依存すると思われる。
具体的な効力は、位置関係の調整。
例えば先ほどは、「異邦人を逃がしたくない」という認識が作用し、自分が大魔将から遠ざかる事を禁じさせていた。
ただし、それ以外の
それだけでは、説明できない事象あり。
先ほどの岩塊は岩と私を一纏めにしたいという思考の発露。
二つの対象を同じ位置に置きたいと考えれば、能力を利用したホーミング攻撃の出来上がり。
双方の中心点がぶつかりあい、破壊される。
またこれを応用し、対象の圧縮も可能と判断。
最初に使用した砲撃は、圧縮した空気を炸裂源とし、重量物を圧縮した砲弾を発射したものと推測される。
反作用等の影響から鑑み、おそらく圧縮した対象をどの方向に解放するかの指定も可能と推測。
非常に強力な異能と思われる。
そこまで理解するのに、一秒未満。
ほぼ一瞬と言える時間で、未来はジョーフィアの能力を推測した。
――だが、そうなると不味いな。
そして、自身が致命的なまでに不利である事もまた、悟っていた。
推測の通りであれば、目の前の大魔将から逃れるのは不可能と言って良い。
その能力の対象に指定されただけで、未来はここから離脱する事は不可能となるのだ。
今この場で交戦して勝利を修めるのは限りなく不可能。
一度撤退し勝利する為に態勢を立て直す事は必要不可欠であった。
なんとしてでもこの戦場から脱出せねばならない。
『受け止めてくれるかの、我が熱情を』
地上よりさらなる岩塊が浮かび上がる。
その数は先程の倍以上。
そして、がちゃりと。
大魔将の鋭い足が持ち上げられていた。
鋭い切先は未来を狙い定め、動かない。
『このジョーフィア、言うのもなんじゃが重い女じゃぞ!』
攻撃の第二波が放たれた。
う、という小さい呻きがニノンから漏れる。
自分一人なら如何様にでも捌ける。
だが、ニノンの体の負担を考えるとあまり激しい機動を行う事はできない。
――頭を回せ、天音寺未来。
己の脳の全てを用い、未来は迫りくる脅威への対処法を演算する。
余計なものを削ぎ落とし、ただ目的を達成する機械となって、最善の道を模索する。
勝利条件は二人での帰還。
それを達成する為に、未来は今己の全てを費やそうと決意を燃やす。
最早歩を踏む事すら無い。
ほんの僅かな重心移動。
それで岩の動きを制御し、ぶつけ合わせる。
ごんごん、と次々と岩がぶつかる音が未来の周囲から響き渡った。
僅かな重心移動により岩を振り回し、相喰ませる。
傍目から見れば、まるで自爆しているかのような光景。
だがそれは、確実に未来が引き起こした事故だった。
その合間を縫うように、巨大な足先が未来へと飛来した。
蛇腹状に伸び、鞭のような形状になったそれは未来を貫かんと高速で突き進んでくる。
だがそれを叩き落とすように、砕けた岩塊の一部が足先に向かって落ちてきた。
かん、と硬質な音を立て、足先は叩き落とされる。
未来の目の前に差し出された形になった足先を、さらに蹴り上げ、彼方へと吹き飛ばす。
下から上へとジェットコースターのような動きで跳ね上げられた足先が向かった先は、また別の足先であった。
その足と足がぶつかりあい、カィィィンという甲高い音を奏でた。
未来への攻撃全てが、無効化されていく。
まるで全ての動きを読んでいたかのように、一つ一つが潰しあい、数を減らしていった。
対する未来は一步も動いていないというのに。
『アマネジ・ミク、であったか』
先ほどまで気だるげな声を発していたジョーフィアの声が一変していた。
堅いものを含んだ、引き締まった声。
まるで目が覚めたとでもいうように、別人のように変貌していた。
『侮っておった。お主はまさしく化け物よ。
減った岩塊が、補充されていく。
減るどころかさらに増えて、岩塊は数を増していく。
『ここで殺さねば、禍根となろう』
がちゃりと、足が鳴る。
多足が細かく蠢き、落ち着き無くざわめいていた。
『故に、ここで終わらせる』
ジョーフィアの宣言と共に――
怒涛の攻撃が始まった。
最早嵐のようになった岩塊が、次々と未来へと迫りくる。
飛ばされてくる足は岩の隙間を縫うように的確に未来を貫かんと迫る。
しかしそれだけではない。
ジョーフィアの
常人であれば立つ事すら困難な揺さぶりを、未来は与えられていた。
だが未来は動じない。
己の動きを制動し、無言で攻撃を同士討ちさせ、また叩き落とした。
まるで透明な壁に阻まれているように、未来に攻撃は届かない。
あまりにも静かな、そして異常な迎撃戦がここでは繰り広げられていた。
全てを凌ぐ未来も、無事ではなかった。
顔からは滂沱の如く汗が流れ、彼女を濡らす。
全力で思考し続けている彼女の脳は多大な酸素とカロリーを消費し続け、その体を急速に疲労させていっていた。
外せば即死の詰め将棋の耐久戦。
それを一手のミスも無く打ち続ける未来は、しかしその代償として自らの命を削っていた。
すう、と未来が大きく息を吸う。
常に呼吸を乱す事が無い彼女が、息を吸う。
彼女を良く知る人間はそれだけで、如何に追い込まれているかを悟る事ができただろう。
少しづつ少しづつ、未来は削られていく。
大きく動かなくとも、その芯は削られていっていた。
何度目かの、大きな深呼吸。
それをした刹那――
「くっ!?」
未来は咄嗟に、
階段を駆け上がるように、数歩、急速に。
そして未来が自らの体を押し上げた瞬間、
そこに有った岩塊がばらばらに砕け散って砂へと姿を変えていった。
『
純粋に驚愕したジョーフィアの声。
そこには賞賛、そして畏怖が込められていた。
『予知でもしておるのか、アマネジ・ミク』
ジョーフィアが放ったのは、圧縮した空気だった。
【拘束】の
それの一部方向のみ【拘束】を解除する事で、そちらに高圧の空気を噴出させる、不可視の攻撃であった。
だがそれを、未来は躱してのけた。
この異常な対応能力にジョーフィアは心が冷えるような心地を覚えていた。
それをほぼ動かず耐え対応し、不可視の攻撃まで見切る。
まさに、怪物。
直接的な戦闘力の圧は100年前に戦った
だが、その他の面では目の前の少女の方が圧倒的に上回っていると、ジョーフィアは思った。
――やはり、此奴は逃せぬ。
大魔将の冷徹な思考が、目の前の少女を逃がせぬという答えを弾き出していた。
一方の未来は、ついに肩で息をしながら上へと駆け上がっていた。
不可視の空気砲という攻撃が有る以上、ニノンの消耗を度外視して動かざるを得なかった。
能力の性質から推測するに、あれは固定砲台のようなもの。
動かずに居ればそれを大量に作られ、詰む可能性が高い。
未来は上へ上へと駆け上がる。
そして駆け上がりながら、
「ん?」
危機の中、思わず漏らす間抜けな声。
しかし意識は体感覚に集中されていた。
何だ。
何がおかしい?
とん、と数歩駆け上がり、未来は理解した。
「まさか、
未来は己の足元を見た。
そこには何も無い。
ただ、眼下には大魔将の姿が見えるのみ。
だが確かにそれは存在していた。
形すら見えぬそれの存在を、未来だけは間違いなく感じていた。