「足場というのは」
自らの考えを纏めるように、未来は呟く。
「足から伝わる力を反作用として跳ね返し、動く為の起点となる面の事だ」
足裏の感触を、彼女は確かめる。
そこには確かに、小さな、自分の力を跳ね返す何かが存在すると感じられていた。
「だが、別にそれは足に限った話じゃない。
最も人が目にする、身近な足場、大地。
そこにものを落とせば反作用で跳ね返る。
万物皆隔てなく、全て。
だとすれば。
「奴の
【拘束】という
物体を動かし、自分の望む場所へと動かそうとする力。
それが発動した時、そしてそれが自身の
結果、その力は相殺され、移動ベクトルは発生しない。
つまり。
これが、未来が気づいた
小さな足場を作るという一見つまらない能力が、あの
その事を確かめる為にも、未来は上へと昇ったのだ。
昇り離れようとすれば、あの大魔将は自分を引き戻そうとする。
それを誘発し、確認したのだ。
この仮説を。
そして結果は――未来の考えた通りであった。
疲労した未来の目に、力が戻る。
「ようやく、突破口が見つかったな」
脱出する算段は付いた。
あとはそれを実行するだけ。
未来は足に力を入れる。
「もう少しだけ我慢してくれ、ニノン」
ニノンを落とさないよう、強く抱きしめる。
「ここからは、最速で行く」
ほんの僅かに動きを止めた未来に、再び岩塊が襲いかかる。
『呆けている暇は無いぞ、アマネジ・ミク!』
そんなジョーフィアの声を断ち切るように、未来は全力で跳躍した。
空中を跳ね、水切りで飛んでいく石のように、空中を弾いて大魔将から離れていく。
『逃げられるとでも!』
ジョーフィアは
『何故じゃ』
確かにその感触は有るのに、
『何故儂の
岩塊が追いすがるように未来へと向かう。
だが未来はそれ以上の速度で空中を跳ね、彼方へと消えていく。
未来の後ろをなぞるように進んでいた岩塊が唐突に、地面へと落ちていった。
ジョーフィアの
その距離、約1キロメートル。
そこを超えれば、効果を失う。
とは言え攻撃範囲は十分以上の広さであり、また
本来であれば、そうだった。
『侮り難し、アマネジ・ミク』
口惜しそうに、ジョーフィアが呟く。
だがそれ以外の能力は然程でもなく、逃げた人間一人を追えるような索敵能力は備えていなかった。
また解除には拠点へと帰還する必要があり、身軽な
巨大で鈍重の体のまま、暫くは動き回らなければならないのだ。
アマネジ・ミクを逃がしたくはない。
だが、現状追う手段が存在しない。
悔しいが、今は諦めるしか無いと、ジョーフィアは思った。
『だがまあ』
ジョーフィアはアマネジ・ミクを思い起こす。
戦意溢れるその姿。
『あれは逃げはすまい。また向かってくる手合よ』
彼女はそう確信していた。
少女の目は怯えて部屋の隅で縮こまっているような小動物のものではない。
一度見定めた獲物を必ず食い殺さんとする獣の目だ。
『次は逃さんぞ、アマネジ・ミク』
その時は確実に殺すと。
大魔将は、少女が消えた方向をただ見つめていた。
一方、落ちるような連続跳躍で
「なんとか上手く行ったか……」
未来は大魔将に対してほぼ平行に、その中心を狙うように
巧みに、大魔将へ盾を翳すように。
小さな足場を無敵の障壁として使い、未来は横へ横へと跳んでいった。
その結果、ジョーフィアが未来を引きつけようとすればする程その効力は相殺され、意味を為さなくなっていった。
その隙を突き、未来はこうして逃亡に成功したのだった。
夕闇は完全に闇へと変わり、辺りが暗くなっているのも功を奏した。
闇の中森に紛れれば、特殊な感知手段が無い限り相手がこちらを見つけるのは不可能だろう。
そしてわざわざ
見れば、腕の中のニノンの血色も徐々に回復してきている。
大魔将の魔封晶の効果範囲、それもどうやら
「私の推測が正しければ」
誰も居ない森を未来はひたすら疾駆する。
どこまで離れれば良いのかわからないが、最悪あの砲撃がまた行われる事も視野に入れなければならない。
ならば、離れれば離れるだけ良い。
今は足を止めるべきではないと、彼女はそう判断していた。
「
今の装備で倒しきれる相手ではない。
だが、無敵でもない。
あの
それが、明確な弱点。
つまり、巨大な躯体を破壊し得る手段さえあれば勝てる。
そしてその手段を、未来は既に考えついていた。
「私の
未来はそう確信していた。
「ダラマトナはどうなっただろうか」
未来は先程の砲撃を思い出す。
街を壊滅させる程の、超威力の砲撃。
そして巻き上げられた土砂と、衝撃による地震。
これにより、砲撃から生き残った者達も多くが命を落とすと予想できた。
街に残してきた小さな獣人の少女の姿を未来は思い起こす。
不安そうにしていた彼女は無事なのだろうか。
トトが住む場所は郊外。
そこが被害を免れている事を祈るしかない。
それに、実利的な意味でもダラマトナは必要だった。
大魔将を倒す為の
それを、調達しなければならない。
もし無ければ詰みだ。
少なくとも、暫くの間はあの大魔将が人類の生存圏を荒らし回るのは間違いない。
二度、三度と砲撃が行われれば、どれだけの都市が壊滅するのか。
それは阻止しなければならないと、未来は思った。
ちらりと後ろを見る。
幸い、あの大魔将はダラマトナを外れ他の場所へと向かうようだった。
もしトトが生存できていた場合、これ以上の脅威――少なくとも魔族のもの――からは遠ざかったと見ていい。
未来は大回りでダラマトナへと向かうルートを取った。
大魔将に見つからないよう、若干迂回する。
そして一度ニノンを休ませてからダラマトナへと帰還。
そう決めた。
「大魔将ジョーフィア」
巨大な動く構築物を眺め、未来は呟く。
「次に遭う時は、必ず仕留める」
その為にも、今は引く。
未来は足を止めないまま、夜の闇に包まれた森の中を走っていった。
未来を見失ったジョーフィアは、その巨体をゆっくりと動かした。
足を一本一本動かす毎に地は揺れ、ズドォ!という大地を抉る音が辺りに響き渡った。
遠目には昆虫の足のように細く見えるそれも、近づいて見れば巨木の如き太さを持ったものだという事が分かる。
その足が十六本、地面に突き刺さっている。
ゆっくりと、水晶の蜘蛛が向きを変える。
秘密兵器が有ると思われていた正面の街は、既に壊滅した。
「となると、まずはこの国でも落とすか」
それくらいはせねばな、とジョーフィアは呟く。
まずはこの
「まったく、せせこましいのは昔から変わらぬ」
ジョーフィアはどうにもヴェネリサールという国が好きではなかった。
数有る
しかもやる気も無い。
せこせことした手段ばかり得意な卑怯者の国、というのがジョーフィアのヴェネリサール評だった。
故に、ここの担当時期は皆が外れだと、そう言っていたのだが。
「もうちっと
100年前に現れた
異能を持ちながら、それを使いこなすだけの精神性を一切持たぬ、小動物のような臆病者。
それでいてやたらと
つまり、出てくれば出てくるだけこちらが助かる、ボーナスのような存在だった。
「まああのアマネジ・ミクのような奴が何人も居るとなると、笑って居られんが」
おそらく脅威となる、二人目の
二人目が現れた以上、三人目四人目が居ないという保証は無い。
「もし複数居るようであれば、形振り構わず砲撃で仕留めるとするか」
アマネジ・ミクと同等の戦力が三人も居れば、王にすら届き得るかもしれない。
そうなればこちらも笑ってはいられない。
全氏族の総力を挙げて、この
「召喚か」
そう呟くジョーフィアの声には、呆れが含まれていた。
「そのような博打に、どれだけの
もう少し建設的なものに使えばよいだろうに。
一族を束ねる長として、ジョーフィアはそう思わずにはいられなかった。