崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第10話 調教と疑問

 今日何日目だっけかな。

 小川祐樹はよく回らない頭で考える。

 

 召喚されたあの日。

 自分は特別なんだと、そう信じて疑わなかった。

 

 ――異世界召喚チート付き。約束された勝利って奴じゃねーの?

 

 白亜の壁に囲まれた中、彼は浮ついた気持ちでそう考えていた。

 大好きなあの作品のような事が現実に、自分の身に起きるなんて。

 

 物(・)語(・)に(・)入(・)り(・)込(・)ん(・)だ(・)よ(・)う(・)な(・)高(・)揚(・)感(・)。

 

 それが自分の体(なか)に宿るのを、彼は確かに感じた。

 

 自分に与えられた恩寵(チート)も、勝利を予感させた。

 

 ――刃物であらゆるものを切断する能力。

 

 刃物、と定義されるものでなら、なんでも発動する。

 それで自分が対象を切ろうとすれば、まるで豆腐に包丁を入れるように簡単に切る事ができる。

 鋼鉄の鎧を纏う相手だろうがなんだろうが、祐樹の手にかかれば簡単に切り裂く事できる。

 なんて凄い能力なんだ。

 これを理解した時、祐樹の体は震えた。

 

 だが、彼は選ばれなかった。

 

 特別組。

 おそらく、召喚を目的とした者達が「当たり」と見做した、本物の勇者。

 それに祐樹が選ばれる事は無かった。

 

 確かに特別組の四人は別格の強さの能力だと思う。

 正直自分の能力では敵わないとも思う。

 だからと言って、自分が弱いとも思わない。

 

 十分に勇者としてやっていけるじゃないか、俺の能力(チート)だって。

 考えても見ろよ、防御無視攻撃だぞ?

 相手防御できないんだぜ?

 どう考えても最高に強いだろ?

 だってのに、何故。

 

 砂埃が舞う訓練場の中、祐樹は戦闘組の仲間たちと共に全力で疾走する。

 そして剣を全力で振り下ろした。

 

 ブン、という風を切る音が聞こえる。

 

 この前までは、一応剣の振り方くらいは教えられていた。

 厳しかったが騎士達がつき、丁寧にレクチャーしてくれていた。

 

 だが今は違う。

 ただ全力で剣を振れ。

 そう言われ、同じ動作を反復しろと、それだけしか言われない。

 

 騎士達も今や言葉すら交わさない。

 まるでこちらを監視するように、号令を下す以外の言葉を発しない。

 

 まるで様変わりした練習風景。

 祐樹の心に、憎しみが湧き上がる。

 

 これも全部あいつらの所為だ。

 

 補助組とかいう、役立たずな癖に足を引っ張るしか能のない連中。

 あいつらがやらかさなきゃ、こうはならなかったのに!

 

 すれ違いざまに、補助組の――誰か名前も覚えていない――を軽く蹴り飛ばす。

 召喚者同士の諍いは禁じられているが、この程度ならス(・)キ(・)ン(・)シ(・)ッ(・)プ(・)として見逃される。

 

 少しだけ晴れた心を背負いながら、とぼとぼと、歩いて元の場所に戻る。

 じんわりとした疲労が体に絡みついて取れなくなったのは何時頃からだっただろう。

 もう初日の終わりにはそうなっていた気がする、と祐樹はぼんやりと思う。

 

 こんな事もう止めてしまいたい。

 

 だが、あの「教育」を見てしまって、逆らえる気力を持てる奴が何処に居ると。

 

 帰ってきた二人を見て、人は中身が変わると相貌すら変化すると知った。

 同じ人間なのに、違う人間になってしまう。

 

 ああはなりたくない。祐樹は心の底から思った。

 だから没頭する。

 眼の前の、単なる反復作業に。

 それを忠実にこなしてる限り、あんな事にはならないのだから。

 

「ヴォトゥール!」

 

 号令が聞こえると、祐樹は反射的にまた走り出す。

 この言葉が聞こえたら言われた通りに動け。

 ただそう言われて、何百回と同じ動きを繰り返させられる。

 どんな意味が有るのかも分からない。

 何に役立つのか想像もできない。

 でも、やれと言われたからにはやるしかないのだ。

 

 全力と、でもよたよたとしながら祐樹はまた走る。

 こんな訓練に何の意味が有るのかと想いながら、剣を振る。

 

 ここに来た瞬間は甘い夢を見ていたはずなのに。

 その事すら忘れて、祐樹は体を動かし続けていた。

 

 

 

 砦の最上階からその光景を見下ろし、カスタルノーは満足げに頷く。

 

「素晴らしい」

 

 彼女は上機嫌だった。

 これこそが、有るべき調(・)教(・)の姿だと、実に満足していた。

 

「あのような扱い」

 

 アウレリアの表情は対照的に暗い。

 

「あまりにも無体ではないですか?」

 

「無体。無体と仰る」

 

 フッ、とカスタルノーは鼻で笑った。

 

「あ(・)れ(・)が生半可には使い物にならないというのは、他ならぬ貴方様が一番良くご存知でしょう」

 

 彼女は目頭を押さえ、天を仰ぐ。沈痛な面持ちで。

 

「惰弱にして蒙昧。珍奇な妄想を晒し、神が授け給うた恩寵に敬意すら払わない」

 

 その声色には色々なものが含まれているようだった。失望。侮蔑。絶望。憤怒。様々な感情が綯い交ぜになり、空を震わせる。

 

「あれをなんと呼べばいいのだ? 豚の方がまだ高貴であろう。我々が求めたのは勇者ではなかったのか?」

 

 カスタルノーの声は、悲嘆に満ちていた。

 

 そして表情を一転させ、つかつかと机に歩いていく。

 そこに見える表情は、憤怒。

 

 ダン!

 

 机を叩きつけたカスタルノーの拳からは、怒りがにじみ出ているようだった。

 

「誰が施療院に叩き込まれてるようない(・)か(・)れ(・)の餓鬼を連れてこいと言った! 本当にあれは勇者と同じ民なのか?」

 

「それは、間違いなく」

 

 アウレリアもまた、沈痛さを隠せずに応えた。

 

「黒き髪も、肌の色も、間違いなく彼の勇者様と同じでございます。我らが祈り(オラティオ)により誓願されたのは、依然変わりなく」

 

 胸に手を当て、その手を直上に天に、掌を向けるように翳す。至天神を奉る光神教の祈りの形だった。

 

「か(・)つ(・)て(・)の(・)勇(・)者(・)様(・)と(・)同(・)じ(・)者(・)を(・)送(・)り(・)給(・)え(・)。それのみでございます」

 

「ならば何故あんなものが送られてくる」

 

 カスタルノーは頭を抱えた。

 

「もしや闇神の策謀ではあるまいな?」

 

「恩寵を賜った民が彼の神の手とは考え辛く」

 

「神は我らを試されるか……」

 

 であるのならば、と。

 

「尚の事、今の扱いが適正と言わざるを得ないでしょう。神から賜ったも(・)の(・)を無駄にする事は許されますまい」

 

「ですが、今の扱いは……まるで人を人とも思わぬようなあれは」

 

 痛ましいものを見るように、彼女は目を伏せる。

 

「せめてもう少し敬意を持って接する事はできないのですか?」

 

「幾重もの試行錯誤の結果です」

 

 アウレリアの誓願を、カスタルノーは冷たく切り捨てた。

 

「これまで色々の形であれの運用法を模索してきました。その果てに私が辿り着いた答えこそが、今のやり方です」

 

 怜悧な瞳が、アウレリアを貫く。そこには一切の情も無く、一切の言葉を受け付けぬという鋼鉄の意思が感じられた。

 

「あ(・)れ(・)を露払いとして仕込み、私の道具として使う。大魔将には参撥(ステージ3)が使える私でなければ戦えぬ。あれにはその血路を開いて貰うだけでよい」

 

「貴方は一体勇者様をなんだと――」

 

「喋る犬、ですかね」

 

 おっと失敬、とカスタルノーは悪びれず言う。

 

「それは美しく勇猛な猟犬たちに失礼極まりない。言葉を誤りました」

 

 最早侮蔑の念を隠す気すらない彼女の姿に、アウレリアは顔を顰める。

 

「あまりにも無体な物言い。ですが、カスタルノー卿のお言葉が分からなくもありません」

 

 だが揺れる瞳に表れていたのは、嫌悪ではなかった。

 それとは別の、むしろ真逆の感情。

 

「私も覚えています。あの初めての召喚の日を」

 

 アウレリアは目を閉じる。

 遠い遠い、かつての光景を思い出すかのように。

 

「あの失望を、私も忘れてはいません」

 

「あれは救世会(ソシエテ)の誰も忘れられんだろうよ」

 

 苦々しく、カスタルノーは言葉を吐いた。

 

「そもそも」

 

 苛立ちを隠せない響きで、さらにカスタルノーが口を開く。

 

「此度の召喚は、最低でも百は見込める規模では無かったのか。上手くすれば百五十に届く可能性すら有ると」

 

「はい。仰る通りです。私(わたくし)たちも、そう考えておりました」

 

「だが三十五。三十五だぞ。しかもこれまででも最低クラスの盆暗揃いと来た。これは一体なんの手違いだ?」

 

「そして授かった恩寵(チート)も、過去に類を見ない程に弱々しい……」

 

 アウレリアの呟きには、隠しきれない失望の色が有った。

 

「もしや、二心有るのではなかろうな。巫女アウレリア」

 

「そのような事は有り得ません!」

 

 巫女はそれだけは無いとばかりに、声を張り上げる。

 決して普段は聞くことの出来ない巫女の怒声。

 それは彼女の信仰心と矜持の現れだった。

 

「世を憂う気持ちも、安寧を齎したいという気持ちも、神に近い偽りは御座いません」

 

「流石に失言であったな。許されよ」

 

 二人の間に、沈黙の帷が落ちる。

 

 言葉が紡がれぬ中、それを破ったのはアウレリアの方であった。

 

「……わたくしどもとしても、今回の召喚は腑に落ちない結果なのです」

 

「ほう?」

 

 巫女の言葉に、カスタルノーは興味を引かれたように返事を返す。

 

「カスタルノー卿が仰るように、今回の召喚はこれまでに無い大規模なもの。衛星国(セクタ)より可能な限りの贄を集めて、必勝の体制で臨んだ召喚だったのです」

 

 指折り、巫女は数える。

 神への供物がどれだけだったかと。

 

「大巫女と、それに準ずる力を持つ巫女が六名。これだけの数の祈り(オラティオ)が、神に届かぬなど有りえぬ話。であれば、私達が何かを見落としているのです」

 

「何をだ」

 

「何かを、です」

 

 巫女アウレリアは、そこで言葉を区切り、口を噤む。

 対するカスタルノーも、無言であった。

 

「兎も角」

 

 暫し後。

 話を打ち切るように、カスタルノーは言い放つ。

 

「今回は、これで行く。それは決定事項だ。変えるつもりはない」

 

 だが、と。

 

「次は多少配慮はしよう。私としても巫女の不興を買うのは本意ではない」

 

「……ありがとうございます」

 

 踵を返すアウレリアは、一言、問う。

 空を見上げながら、ただ問う。

 

「勇者様は、何故御出になって下さらないのでしょうね」

 

「それは、私が知りたいくらいだ」

 

 同じ悩みを抱えたまま。

 二人の呟きは、ただ暗闇に消えていくのみだった。

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