崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第116話 完璧な対抗兵器

 ぱちぱちと、何かが燃える音が聞こえる。

 

「んぅ……」

 

 ニノンは光を感じながら、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「んー?」

 

 辺りを見回すと、そこは森の中であった。

 鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた、深い森の奥。

 太陽の光は幾重にも重なる木の枝葉に遮られ、僅かに溢れてくるのみ。

 しかしそれでも、天に昇った太陽は強烈な輝きを地上まで届かせていた。

 

 脇には焚き火が燃えている。

 ぱちぱちという音はこれだったのか、と今更ながらにニノンは納得した。

 炎の熱がほんのりとニノンの体を温め、彼女を包んでいた。

 

 ローブの上からは上着が一枚かけられている。

 

 未来がいつも着ている制服の上着。

 

 それに気づいた時、自分がようやく何をしていたのか思い出した。

 

「未来さん!?」

 

 そうだ、自分は大魔将と出会って――

 

「やあ、おはよう」

 

 一体どうなった!?と焦るニノンの耳に、苦笑したような声が響く。

 

 その声の方を向けば、木に寄りかかるように座り込んだ未来の姿が有った。

 

「ずいぶんとぐっすり眠っていたようだね。体調も回復したようで何よりだ」

 

 ほら、と未来はニノンに小瓶を差し出してきた。

 

「近くの小川で水を汲んである。煮沸したから温いが、まあ我慢してくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 遠慮なくそれを受け取り、ニノンは一口水を口に含み、飲み込んだ。

 ごくりと音を立てて喉の奥へと流れた水は、彼女の疲れ切っていた体に即座に染み込んでいく。

 体に必要な何かが急速に補充されていく感覚をニノンは味わっていた。

 

「もし食欲が有るなら、肉も有る。焼こうか?」

 

「ずいぶん至れり尽くせりですね」

 

 決死隊として街を飛び出してきた時は野営支度なんてしてなかったはずですけど、とニノンは思う。

 死ぬつもりはさらさら無かったとは言え、そんなものを抱えて戦場に行くわけにもいかず。

 出来たのはとりあえずの戦闘準備だけだったはず、と彼女は思い出す。

 

「道すがら、兎を一匹狩っておいたんだ」

 

 未来は自分の手に持った小瓶で軽く喉を潤しながら、そう言った。

 

「その程度なら君を背負いながらでも十分に可能だからね。流石に何も腹に入れないんじゃ力も出ないから、獲らせてもらった」

 

「未来さん狩りも出来るんですね」

 

「前にトトから少し教わってね」

 

「意外と多彩ですねあのお子様」

 

 なかなかやるもんだ、とニノンは今ここに居ない少女の顔を思い出す。

 ちょっと生意気でバイタリティ溢れるあのちびっ子なら、確かに狩りの一つ出来ても何もおかしくないなと妙な納得が胸に有った。

 

「血抜きの仕方なんかも一通り習ったよ。見た目以上に頼りになるんだ、あの先輩は」

 

 そう言いながら、未来は焚き火の横に有る平べったい石に薄く切り分けた肉を並べ始めた。

 既に脂が敷かれていたそこに置かれた肉は、たちまち香ばしい臭いを立てながら色を変えていく。

 

「あまり美味くはないだろうが、とりあえずこいつで腹を満たそう」

 

 ある程度の焼色が付いた所で、未来は枝を削っただろう串に肉を通して、焚き火でさらに焼き上げた。

 

「まずは食べないとどうしようもない。お互い、大分消耗したからね」

 

 そう笑顔を浮かべる未来の顔をニノンはまじまじと見つめる。

 こうして良く見てみると、確かに普段より精彩を欠いているように思えた。

 なんというか、()()が無いというか、とにかく疲れている。

 そんな印象を受けた。

 

「まあ、確かに腹は減ってますねー。多分お昼からなんも食ってないって事でしょうし」

 

 太陽の角度から考えると、おそらく今は正午前だろうとニノンはあたりを付けた。

 丸一日とは言わないが、半日以上自分が意識を失っていたのは間違いない。

 

 そりゃ腹も減るわなー、と彼女は心の中で頷いた。

 

「ところで」

 

 串に突き刺した肉をくるくる回して炙りながら、未来がそう問いかける。

 

「体の方はもう大丈夫なのかい? 血色は戻ったようだが」

 

「あー」

 

 軽く体の感覚を確かめるように、ニノンは肩を回したりなんなりする。

 

「ほぼおっけーですね。ちょっと寝すぎで背中痛えですけど」

 

「それは重畳」

 

「まあ、大魔将の前に出たらしゃーないですわ」

 

 流石にいきなり敵の大ボスが出てくるとは、ニノンにも想定外だった。

 あいつら滅茶苦茶やりやがるな、と心の中で毒づく。

 

「魔将の魔封晶は周囲の偏在魔力(マナ)を吸うだけで済むんですけど」

 

 まあこれだけでも厄介ですけどね、とニノンはため息を付く。

 

「大魔将のものとなると、さらにレベルが一段階上がります。周囲の生物の内在魔力(アニマ)すら吸い尽くすんです」

 

「つまり魔力を強制的に吸い上げられたって事か」

 

 なるほど、と未来は頷く。

 本来自分の体に存在するものが強制的に排出される。

 その苦しみは相当なものだろう、と未来は想像する。

 ニノンの体調が急激に悪化したのも当然だった。

 

「こいつのおかげで、人類は大魔将相手に戦う事すら困難なんですよ」

 

 内在魔力(アニマ)すら吸い上げられるという事は、それに依存する現代式(デルニエクリ)すら起動するのが困難になると言う事だ。

 

 大魔将相手には、戦う為の土俵にすら上がれないのだ。

 この世界の人類は。

 

「それで良く滅びてないなこの世界」

 

「あいつら好き勝手暴れると、大体一定時間で帰るんですよ。なんでか知らないですけど」

 

 時間制限でも有るんですかね、とニノンは付け加える。

 

「ま、そのお陰でなんとかこう人類は存続してるんですけど」

 

「これ耐えてるというか生かされてるだけなんじゃないか……?」

 

 どうしょうもなく詰みすぎてると、未来は頭を抱えた。

 

 それと同時に、何故勇者召喚などという馬鹿げた所業に手を出したのかも、なんとなく見えてきた。

 

 自分たち召喚者は、魔力を持たない。

 よって、魔力を吸い上げる魔封晶の影響はまったく受けず、戦闘可能。

 

 また行使する恩寵(チート)は魔力とは関係ない異能であり、威力を期待できる。

 

 大魔将や魔王を相手にするには、完璧な対抗兵器(カウンターウェポン)

 

 それが、自分たちの正体だと未来は看破した。

 

 ――特別組、などと言う区分を設けて選別したのもその為か。

 

 大魔将と戦って打撃が期待できる能力。

 それを選別し、優遇した。

 

 例え恩寵(チート)を持っていようと、それが大魔将に通じなければ無意味。

 故にこの世界の人間は大量に召喚を行い、通じ得る人間を引き当てようと躍起になっているのだ。

 

 これが、召喚の真実。

 

 かつての友が言っていた。

 これはガチャだと。

 自分たちはおまけで、乗っかってくる能力が本体だと。

 

 その言葉は残酷なまでに(まこと)だったのだと、未来は思い知った。

 

「まあ、納得したよ。何故私達が呼ばれたのか」

 

「目の前にすると、正直勇者でも呼ばなきゃ無理だなって思う気持ちは痛いくらい理解しますね」

 

 ニノンもうんうんと頷いている。

 

 最早その事に未来も異論は無い。

 

 勇者召喚というシステムに、ある程度の納得は得られた。

 それを許せるかは別として。

 

 だが同時に、この世界の人間の愚かしさも、未来は理解してしまった。

 

 未来はぐいっと小瓶を煽りながら、自嘲気味に笑う。

 

 

 

 ――この世界の人間は、()()()()を誤っている。

 

 

 

 あの召喚を主張していた連中は、直接的な打撃力・攻撃力等を基準に能力を選別していたのだろうと予想がつく。

 特別組の四人はいずれもそういう性質の強い能力者だった。

 

 そして、そうではない能力者達を一段下と見て使い潰そうとしていた。

 洗脳までして。

 

 だがそれが誤りだと、未来は気づいている。

 

 彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もし大魔将と相対した時にあの四人が共にいれば、未来は難なく大魔将を下していただろう。

 しかも、さしたる苦も無く。

 

 特に南那の不壊の文字は、応用範囲が広く凶悪極まり無い能力だった。

 あれはあらゆる相手を倒しうる最強の能力だと未来は考えていた。

 

 例え大魔将相手でも、南那の力であれば容易に倒し得ていたはずだ。

 

 それを、この世界の人間は容易く切り捨てた。

 

 彼らの貧困な想像力は活用法を見いだせず、単なる文字を描くだけのつまらない能力と見なして廃棄した。

 

 他の面子の能力もそうだ。

 

 完璧な隠蔽力を与えられ、光の屈折も可能だろう麻美の透明化。

 奇襲を事実上無効化し、完璧な測量という最強のスポッターと成り得た琉覇。

 応用次第で大量破壊攻撃へと転用可能だった帆。

 そして攻守共に応用範囲が異常に広く、あらゆる局面に対応可能だった南那。

 

 誰も彼も、自分の能力とは比べ物にならない程に恐ろしい恩寵(チート)だったと、未来は思う。

 

 他の者達の持つ恩寵(チート)もそうだったはずだ。

 応用次第で化ける、恐ろしい能力揃いだろう。

 

 だが召喚を主導した人間達は、この価値に気づかなかった。

 

 ()()()()()()()という視点が、彼らには欠けていた。

 

 ただ直接的に能力をぶつけそれを行使する事しか知らなかったのだ、あの連中は。

 

 それはなんと愚かで滑稽な事か。

 大魔将に対抗し得る武器は、既に揃っていたというのに。

 蒙昧な連中はそれを自分で投げ捨てているのだ。

 

 まるでダイヤの原石を簡単に燃える石だと溝に放っているかのような所業。

 

 これを喜劇と呼ばずになんという。

 

「ククッ」

 

 思わず、未来の口から笑いが漏れる。

 笑わずには居られなかった。

 

 こんな愚かしい連中の為に、友は使い捨てられ死んだのかと思うと、笑うしかなかった。

 

「今の話、笑うとこでした?」

 

 未来の胸中など知らず、ニノンは小首を傾げる。

 

「まあ無理矢理呼ばれた未来さんからすれば、笑いでもしないとやってられないのかもしれないですけど」

 

「ああ、本当だよ」

 

 その通りだと、未来は笑う

 

「こんなの笑うしかないだろ、どう考えても」

 

「もうごめんなさいとしか言いようないですね、この世界の人間としては」

 

 そう言うニノンの顔は本当に申し訳なさそうで。

 ただそれだけで、未来は少し救われた。

 

 未来は回していた串の焼き具合を一通り確かめると、ニノンに差し出した。

 

「味には期待しないでくれ」

 

 ニノンは串を受け取ると、一気に齧り付く。

 噛んだ肉からじゅわっとした肉汁がニノンの口の周りに広がった。

 

「あちい! あと、かてえ!」

 

「まあ焼き立てだからな」

 

 そう言いながら、未来は自分の分の肉を焼き始めた。

 

「味もあんましねえー」

 

 そう言いながら、はふはふとニノンは肉にかぶりつき続けた。

 

「でもうめえ。腹減ってるからうめえ」

 

 自称淑女とは思えぬ豪快さを見せて、ニノンは肉を喰らい続けた。

 とても男には見せられない女の素顔がそこには有った。

 

 苦笑いしながら、未来も肉の焼き具合を確かめ、良い焦げ色だと満足げに頷く。

 そして一口齧り付いた。

 

 焼いただけの肉は、ちょっとほろ苦かった。

 

 

 

「あー食った食った」

 

 結局、ニノンはあの後肉串を三本平らげた。

 堂々とした食いっぷりであった。

 

「とりあえず、今後はどうします」

 

「ダラマトナに戻る」

 

「そうですね。どうなったかも気になりますし」

 

 ニノンもダラマトナが攻撃に遭った事は、未来から食事中に聞いていた。

 しかし実際にその光景を目にしていない為、今一想像がついていなかった。

 ただやべえなという漠然とした不安だけがあるのみだった。

 

「トトやローネさんがどうなったかも気がかりだ。まずは彼女たちと合流しないと」

 

 合流できる可能性は低いと思いながらも、未来はそう口に出した。

 あの破壊規模。

 街は壊滅している事は確実であり、トトの生存も五分より低い。

 

 だとしても生きていると、彼女は信じたかった。

 

「はー、これから歩いて帰るのかあ」

 

 決死隊には馬に不慣れな者も居て、かつ相乗りだった為、乗っていた時間の割に移動距離は然程でもない。

 だとしても歩いて戻るには厳しい距離であるのに変わりは無かった。

 

「じゃあ、早速発ちます?」

 

 立ち上がろうとするニノンを、未来は軽く手で制した。

 

「申し訳ないが、もう少し待ってくれ」

 

 そう言う未来は、いつものぴしりとした様子は何処へやら。

 木に斜めになってもたれ掛かり、まるで倒れそうな様子だった。

 

「そろそろ私も限界だ……」

 

 言葉を発しながら、未来の瞼が静かに閉じられていく。

 

「少しだけ、眠らせてくれ」

 

 まるで意識が瞬間的に断ち切られたように、未来は眠りに落ちていた。

 

「未来さん?」

 

 もう、ニノンの言葉も届いていないようだった。

 深い眠りの中、未来は安息という闇に浸り込んでいた。

 

「しゃあねえな」

 

 未来の隣に、ニノンは座り込む。

 

「ゆっくり休んでください、未来さん」

 

 二人の少女は、肩を並べて木にもたれかかった。

 僅かに差し込む光がまるで二人を癒すように照らす。

 

 戦いの合間、僅かばかり許された休息だった。

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