崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第117話 第二の破滅

 朝日に照らされる中、大魔将ジョーフィアは森をなぎ倒し進撃していた。

 

 彼女を阻む者は存在しない。

 そもそも阻める戦力が、このような辺境に有るはずもない。

 

 故に悠々と散策を楽しむかのように、彼女は進んでいた。

 

 その歩みは、鈍重な見た目通り遅い。

 とは言え、その巨体の規模に比べれば遅いというだけで、平時では時速10キロメートル程度、最高で時速20キロメートル程度の速さは確保できていた。

 

 高速機動時ならば少なくとも人の足で逃げ続けるには困難。

 馬であっても気が抜けない速度だった。

 

 遠景ではじりじりと這うように進んでいると感じるかもしれないが、間近に行けばそれが間違いだと誰もが理解するだろう。

 

 巨大な壁がこれほどの速度で迫ってくるのは、根源的な恐怖を人に与えるに十分だった。

 

「さて、どうするかの」

 

 当のジョーフィアはこの凶悪な巨塊を操りながら、悠長にこれからどうするか思案していた。

 

「もう一つ二つくらい街を潰しておいた方がよいか?」

 

 未だ迎撃に出てくる軍勢の姿一つ無い。

 その事にジョーフィアは軽く失望していた。

 

 

 

 一方その頃、ダラマトナから程近いゾビンという街では混乱が巻き起こっていた。

 

 ――ダラマトナに魔族が進軍してくる。

 

 その一報は、ダラマトナから近隣都市へと速やかに伝えられていた。

 

 前線への中継地点であるソラムに最も近い、補給所としての役割を果たしているダラマトナ。

 そこには予備兵力もあり、ルグンドの辺境では前線に次いで戦力が集まる場所であった。

 

 そんなダラマトナがもし抜かれれば、次に魔族の標的となるのは自分たちかもしれない。

 近くの街ではそういう不安に晒されていた。

 

 勿論それはこのゾビンでも変わらなかった。

 

「ねえ、魔族が来るの?」

 

 ざわめく通りを親に連れられて歩く少年が、不安そうにそう尋ねる。

 母親は安心させるように、息子に言い聞かせる。

 

「大丈夫だよ。ダラマトナには騎士様も沢山居るから、魔族だっていちころさ」

 

 これは決して方便ではない。

 母親自身、そう思っていた。

 

 わざわざ王国(エタ)からやって来た精強な騎士達が隊列を為す程に駐屯しているのだ。

 そのような軍隊が負けるわけが無いと。

 

 だが街行く人々の顔を見ると、何れも不安そうな色を隠せていなかった。

 

 魔族の侵攻とは、一体どの程度の規模なのか。

 

 ソラムまで抜かれてしまった今、本当にダラマトナは持つのか。

 

 詳しい情報が入ってこない為、それが逆に住人たちの妄想に火を付けあらぬ噂が立ち上って彼らの間を巡っていた。

 

「魔族はどうやらとんでもない大群らしい」

 

「俺は魔将が居るって聞いたぞ」

 

「ダラマトナもとっくに落ちて、実際はこっちに来てるのを隠してるって話もある」

 

 そんな根も葉も無いような噂がこの街では出回っていた。

 

 本来なら一笑に付すようなその噂を、ゾビンの住人は誰も否定できなかった。

 

 そして不幸な事に、その噂の一部は正鵠を射ていた。

 

 

 

 とてつもない大群である事も。

 魔将がそれを率いている事も、嘘偽りの無い事実だった。

 

 

 

「うちはそろそろ疎開しようかと考えてるの」

 

「うちはどうしようかねえ。あてが無いのよねえ」

 

 そんな世間話を女たちがしていた頃。

 夕闇から赤が抜けて完全な黒に染まろうとしていた時刻に、それは起きた。

 

 

 

 ドォォォォン!

 

 

 

 とてつもない轟音。

 そして――

 

 

 

 大地が揺れる。

 激しい振動で、縦へ横へと地面が揺すられる。

 

 地震。

 

 ルグンドでは滅多に起きないそれが、今ゾビンを襲っていた。

 

 誰もが、立っていられない。

 地面に座り込み、許しを乞うように這いつくばり、ただそれが終わるのを待ちわびていた。

 

「神様!」

 

 地に伏せながらも、天に祈る。

 それが禁忌だという事も忘れ、この恐怖が一刻も早く終わるようにと、皆が祈っていた。

 

 そして人が地に立っていられないように。

 

 建物も、自らを支える事ができなくなっていた。

 

 石造りであった家の壁が、がらがらと崩れる。

 

 そして軒先でうずくまっていた男の頭を石材が直撃し、容赦なく押しつぶす。

 彼は悲鳴を上げる間も無く命を散らした。

 

 また別の場所では、ばきばきという音と共に立派な作りの宿が崩れていた。

 立派な木材で組み上げられたその建物も、揺れにより大きく歪み、壁はひび割れ柱はへし曲がった。

 そしてそのまま、まるで上から巨人の手で押さえられたかのようにぺちゃんと潰れてしまう。

 中に居た宿泊客達は、逃げる事すら許されず天井に押しつぶされ、無惨な姿へとその身を変えた。

 

 魔族が攻めて来てすらいないというのに、既にそこには地獄が出来上がっていた。

 

 そしてそれ故に、彼らは気づかなかった。

 

 ダラマトナの方向から立ち上る、巨大な土の塔。

 余りにも存在感の有るそれすら見る余裕を、彼らは失っていた。

 

 永遠かと思われた揺れが収まり。

 そして、ゾビンの住人は街の惨状をようやく目にする事が出来た。

 

「あああ……」

 

 ぺたりと、誰かがへたりこんだ。

 

 家々は、尽く潰れていた。

 勇壮とは言えずとも、多くの人々が住み立ち並んでいた住居が、今は無い。

 たんなる瓦礫の山となって街を汚している。

 

 遠くを見れば、火の手も上がっている。

 時刻はちょうど炊事時。

 最悪な事に各家庭では火を扱う頃合いであり、それが火種となって崩れた家の木材を炙り火災の原因となっていた。

 

 たった一度の地震はそれだけでゾビンという街を破壊し尽くしていた。

 

 通りに蹲って被害を免れた者は、どうしていいのかと呆然と立ちすくんでいた。

 

 屋内に居た者達はほぼ例外無く押しつぶされ、瓦礫の下で呻いている。

 

「こんなの、どうすりゃいいんだよ……」

 

 偶然被害を免れた男が、大通りの真ん中でぽつりと呟いた。

 

 一瞬にして姿を変えた街。

 破壊された日常に、頭がついてこなかった。

 

 ――痛い、痛い。助けて。

 

 そこかしこから、そんな声が聞こえる。

 

 男は何をすればいいのか、わからなかった。

 それでもその声を無視出来る程人の心は捨てておらず、ただ瓦礫の隙間を覗こうと足を動かした。

 

 ゾビンの至る所で、似たような光景が見られた。

 ただ良心の赴くままに、残った者は助けを求める人間の下へ。

 それは、この状況の中輝く数少ない美しい光景だった。

 

 

 

 そんな惨状から時間が立ち、翌日。

 

 天に高く日が昇る頃。

 助けられた者、助けられなかった者。

 徐々に明暗が別れつつあった。

 

 助け出された者達は通りに並べられ、簡素な応急処置が為されている。

 

 重傷者には祈り(オラティオ)が必要だ。

 だがこんな小さな街に居るのは巫女が数人。

 とてもではないが、全員を賄える余裕は無い。

 

 そもそも、その巫女自体が無事なのかすら誰にも分からなかった。

 

 街の小さな祈祷所も例外無く潰れ、中に居た巫女が脱出できているとは考え辛い。

 そのまま潰されてしまったのだろうと大方の住人は予想していた。

 

「ラニヤナから助けは来るのかな」

 

 疲れ果てた様子で瓦礫に座り込む男が、隣に居る男に話しかける。

 どちらの顔も埃だらけで、疲れ切った表情をしていた。

 まるで違う作りなのに双子のようにも見えるその様子は、ひどく滑稽だった。

 

「来てくれなきゃ、どうしようもない」

 

 疲れ切ったように、その男は寝転がりながら投げやりに言う。

 

「こんな状況で魔族まで来てる。俺達にどうしろって言うんだ」

 

「違いない」

 

 二人は顔を見合わせ、苦笑する。

 

 こんな状況本当にどうしようもない。

 

 街は壊滅して、魔族が来てて。

 

 ただ街に住んで日々を暮らしている自分たちに、何が出来るというのか。

 

 こうなればただ神の慈悲を祈り、助けが来るの待つ以外やれる事は無かった。

 

 男は現実から目を逸らすように、遠くを見る。

 ダラマトナの方角には、霞んだ靄のようなものがかかっている。

 それに気づいたのは朝になってからだっただろうか。

 

 何が起きたのかはわからない。

 だがダラマトナでも致命的な何かが起きたのだけは、わかってしまった。

 

 ――ここにも魔族が来ちまうのかな。

 

 その時自分たちはどうするべきなんだろうか。

 全てを投げ出して逃げるべきなのか。

 それとも、儚い抵抗をしてみるか。

 

「まあ、そん時はそん時だな」

 

 男は澄み渡る空を眺める。

 こんな時なのに、ダラマトナの方角以外は爽快なまでに青かった。

 

 人の営みを見守るように青く、ただ青く、どこまでも広がっていた。

 

 そこに一筋の線が引かれている事すら、彼はその瞬間まで美しいと感じていた。

 

 

 

 次の瞬間、()()()()()()()()

 

 

 

 ダラマトナとまったく同じ、土の塔を作り出して。

 ダラマトナより小さいゾビンは、ただの一撃で全てが消し飛んだ。

 

 

 

 その光景を、ジョーフィアは満足げな表情で眺める。

 

「うむうむ、善き哉」

 

 凝縮殲滅弾(シュリーテット・ルヴェデーク)の一撃は小さな街を吹き飛ばし、単なるクレーターへと変えた。

 

 この攻撃には時間がかかり、また準備中には熱情(ヘヴレト)を集中せねばならない為他対象への熱情(ヘヴレト)の使用不能・移動不可と隙だらけとなる。

 だがその分威力は絶大であり、このように街を破壊するなどお手の物であった。

 

 拠点殲滅を得意とする大魔将。

 それが、このジョーフィアだった。

 

「この調子であと何個か街を潰して行くか」

 

 砲として展開していた上足を戻し、彼女はゆるゆると再び進撃を開始した。

 

「とりあえずこの国でも落とせば、腰の重い王国の連中も出てくるじゃろ」

 

 秘密兵器とやらが空振りになった以上、王国を少しでも叩いておかねばな、とジョーフィアは思う。

 

 少しは危機感を持って欲しいのだ、彼らには。

 他の猟域(テリュレト)のようにせめて戦いが成立するレベルまで来て欲しい。

 その為の活を少し入れてやろうと、そう彼女は思っていた。

 

 存在したかもしれない秘密兵器のような隠し玉を、もっと作ってくれ。

 

 それが、ジョーフィア及び魔族の偽らざる本音だった。

 

「さあて、次行くか次」

 

 重い体を引きずり、大魔将は進む。

 

 ルグンドの首都、ラニヤナに向けて。

 

 

 

 ニノンがその音を聞いたのは、未来が眠り込んでどれだけ経った頃だろうか。

 

 空に響く轟音。

 世界を割るかと思われたそれは、圧力すら伴ってニノンに届いた。

 

「な、なんじゃにゃあああ!?」

 

 そして間髪入れず起こる地震。

 激しい揺れが、二人の居る森をも襲った。

 

 ひええ、と思わず転びそうなニノンの肩を、しっかりと抱きとめる感触が有った。

 

「落ち着け、ニノン」

 

 天音寺未来。

 その人の手だった。

 未来はニノンが転ばぬよう、その体を支えていた。

 

 当のニノンは反応する余裕すら無い。

 この世界で、少なくとも王国(エタ)とその周辺で地震は少ない。

 ましてやこのような大きなものは一生に一度遭遇するかも怪しかった。

 

 ニノンにとっては、未知の経験と恐怖。

 だが隣に居る未来の力強さが、彼女の恐怖を拭い去っていた。

 

 一方の未来にとっては、地震は慣れ親しんだものだった。

 伊達に地震大国日本で生きてはいない。

 この程度の揺れ、日常の範囲でしかなかった。

 

 数十秒が過ぎ、ようやく揺れが収まる。

 

「み、未来さん。お早いお目覚めで」

 

 ちょっと震えた声で、ニノンはなんとか言葉を絞り出した。

 

()()じゃ流石に起きるさ」

 

 対する未来も苦笑しながら答える。

 

「しかし、不味いな。あの大魔将とやら、またやったな」

 

「またって言うと?」

 

 そう疑問を呈するニノンを導くように、未来は空を指さした。

 そこには遠くで舞い上がる土の柱がはっきりと見て取れた。

 

「大魔将の砲撃だ」

 

 厳しい表情で、未来が言う。

 

「ダラマトナもあれで攻撃を受けたと思われる」

 

「それって、滅茶苦茶やべえんじゃ?」

 

 大地が揺れる程の攻撃。

 それがヤバくないわけが無い。

 思った以上の惨状に、ニノンの顔が青くなった。

 

「だから、なるべく早くダラマトナの様子を確認しなければならない」

 

 未来はすっくと立ち上がる。

 

「休息は十分に取れた。戻るぞ、ダラマトナに」

 

 その言葉に、ニノンも無言で頷いた。

 

「まずは、この森を抜ける」

 

 二人の少女の短い休息は終わり、再び戦いへの助走が始まろうとしていた。

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