砲撃を受けたダラマトナは壊滅した。
しかしその外縁部、主に貧困部が住まうその場所だけは、辛うじて原型を保っていた。
続く地震で家々は倒れ、最早無事な建物など存在しない。
それでも超質量の弾丸を打ち込まれ消し飛んだ中心部と比べれば、遥かにマシな状況だった。
だが生き残りは多くない。
砲撃により巻き上げられた土砂は死の雨となって容赦なく降り注ぎ、生き残った者達を襲った。
高高度から落ちてきた石はほんの小石であろうと人を殺傷するのに十分な威力を持っていた。
それらが躱せない程に大量に降り注いだ。
砲撃による衝撃で生き残った、最初の幸運を発揮した者。
その者達も、石の雨に貫かれて呆気なく死んでいった。
生き残れたのは次なる幸運を発揮できたものだった。
降り注ぐ岩の雨から身を守る場所に居られた者。
地震で崩れ行く建物が居並ぶ中、それでも軒下という身を守る傘の下に居られた者。
二重の幸運を発揮出来た人間だけが、このダラマトナで生き残る事ができた。
そして極僅かな幸運な者達は運良く倒れなかった建物に集まり、身を寄せ合っていた。
トトはそんな建物の一角で目を覚ます。
当然ベッドなど存在しない。
薄汚れた者達が身を寄せ合うように、ただ人と人の隙間で横たわっていた。
元は倉庫か何かだっただろうこの場所に、今何人集まっているのか。
トトは正確な数を数える気にもならなかった。
ただ、多くはないなと漠然と感じていた。
おばさんにここに連れられて来てから一夜。
あの光の夜からはおそらく二夜がもう過ぎていた。
自分の家で家族と笑いあっていたあの日々が、遠い昔のように感じる。
たった一週間で何もかもが変わってしまった。
ザバとカロが居なくなったあの日から、全てが崩れ去ってしまった。
――どうしてこんな事になっちゃったんでしょうね。
最早溜息一つ出なかった。
諦観を抱えながら、トトは起き上がる。
かと言ってやる事など何も無い。
こうして生き残りが集まって、何が出来るというわけも無く。
ただ不安を紛らわせるように寄り集まっているだけだった。
気を紛らわせるように、建物の外に出た。
外は未だに土煙がもうもうと舞い上がり、太陽の光を遮り、喉を痛めつけてきた。
トトは袖口で口元を覆い、一步踏み出す。
目に入る光景は、何処もかしこも気が滅入るような風景ばかりだった。
霧がかった路地は茫洋として伺い知れず、全てを覆い隠していた。
雑然と立ち並んでいたはずの建物は殆どが崩れ去り用を為さない瓦礫に成り果てていた。
遺体は放置され、あちこちに散乱したまま。
何れ腐敗が進めば酷い事になるだろうと容易に想像できた。
彼女の気分を明るくさせるようなものは、そこには一つも存在しなかった。
「ミク」
あの日決死隊として旅立った後輩の事を、トトは思う。
もう二日も帰って来ない。
彼女と一緒に行った魔法使いもきっと死んでしまったのだろうと、そう思った。
自分の周りには誰も居なくなってしまった。
直前まで居たポンスの行方も、まったく分からない。
少なくとも生存者の中には居なかった。
頼れる人間は、最早居ない。
これから自分は一人で進んでいかなければならない。
そう感じて、少し涙が出た。
「トトはこれからどうすればいいですか……」
少女の呟きは、誰にも届かない。
少なくとも、今はまだ。
その男は、運良く生き残れた者の内の一人だった。
路地を歩いている最中、惨状に巻き込まれ、家屋の崩壊に押しつぶされそうになったのだが――運良く崩れた屋根が傘のようになり、その後の石の雨から身を守る事ができた。
そこから這い出た彼は、この地獄のような状況の下でも生き残ろうと必死に足掻いていた。
「何か使えるものは」
全ては崩れ去ったが、無くなったわけでは無い。
その瓦礫の下には様々な日常用品や道具がそのまま眠っているはずだ。
とりあえずはそれを集め、使えるようにしなければならない。
彼はそう考え、家々の残骸を巡っていた。
「これは……もしかして、使えるか?」
瓦礫の下から男は目的のものを掘り返す。
給水の魔導具である、給水栓。
特に欲しかったそれが、彼の手元に有った。
これが手に入れば、とりあえず水は確保できる。
今この街で生き残っているのが何人かは分からないが、幾つか確保できれば大分楽になるはずだ。
まずは水。
そして食糧。
それが無ければ始まらない。
「食糧はどうすればいい」
水とは違い、食べ物は流石に魔法で生み出すわけにもいかない。
食料品店など完全に吹き飛んでいるし、そうなると各家庭で備蓄してあった、使えそうな食糧を掘り出すしかないなと彼は考える。
「地下室の有る家なら、残ってるか?」
地上は惨憺たる有様だが、地下なら。
一縷の望みを賭け、男は地下室の有りそうな家を探して歩き回っていた。
だが、内縁部であるこの近辺は壊滅していないとは言え被害は大きい。
「ここも駄目か」
折角見つけた地下室も、降ってきた岩塊で潰され用を為していないものが大半だった。
また部屋が無事でも食糧が潰され食べられなくなっているようなものばかり。
「やっぱりここらへんじゃ駄目か」
――外縁部に行くべきか。
攻撃の着弾地点である街の中央から離れれば離れる程、街の被害は小さい。
故に物資が残っているとすれば街の外側ギリギリ、外縁部。
だがその場所は今や街を守る城壁が崩れ、やはり危険な場所となっていた。
もしかしたら外から
そうすれば、それらと最も遭遇しやすい場所でもあった。
「でも行くしかねえ」
頭を振って悪い考えを振り払い、男は活を入れる。
何もしなければ死ぬのだ。
どうせなら、何かして死んだ方がまだマシ。
そう考え、彼は足を動かした。
もうもうと立ち込める砂煙を抜けて、男は外縁部へと辿り着いた。
この街でも特に貧困層が暮らすこの場所は、それに応じた貧相な建物しか存在しない。
あばら家のようなそれらは地震で例外無く潰され、形を為してはいなかった。
「だけどこういう家だから」
男はうろうろと、家の有っただろう場所を歩き回る。
「地下室は多いんだよな」
――有った。
崩れた家に埋もれるようにある、地下への入口。
男はそれを見つけた。
家を上に建て増すより、下に穴を掘る方が安い。
土を掘る分には
だから、貧困区の家には地下室が良く有る。
男は慎重に入口の瓦礫を取り除くと、ゆっくりとその蓋を開けた。
開けた先には急な階段が設置されており、ぱっと覗いただけでも然程広くないのが見て取れた。
だがその空間に積まれた木箱に、彼は胸を膨らませた。
逸る心を押さえ、転ばないようゆっくり確実に階段を降りる。
埃っぽい地下室だが、それでも今砂埃に包まれている地上よりも清浄な空気を保っていたのは、なんの皮肉かと男は思った。
とん、と床に下りた男は手近な木箱に手をかける。
そして、両手で蓋をずらす。
その中を見た時、彼の目は希望に輝いていた。
「やった」
そこに有ったのは貯蔵していたと思われる芋類。
他の木箱をどんどん空けると、そちらには根菜等が綺麗に収められていた。
「これなら、しばらくは持つぞ」
弾んだ声を地下室に響かせながら、腰に結わえていた革袋にそれらを詰める。
場所は分かった。
後は何人か連れてこいつを持って帰れば、上手く行けば救助が来るまでなんとか食い凌げるかもしれない。
腰の袋がぱんぱんになったのを確認すると、男は上機嫌で階段を登った。
先ほどまではあれ程重かった足が、今は軽い。
まるで羽が生えたようだと軽快に階段を一段とばしで上がっていく。
地上に顔を出した時、彼は奇妙なものを視線の先に見つけた。
黒い点のような何かが、こちらに近づいてくる。
「ん?」
目を細め、それを見つめる。
あれは、人だ。
馬に乗った人がやってくる。
それも一人じゃない。
何人も引き連れて、こちらへと来ている。
「もしかして」
――ああ、まさか。
信じられない光景に、彼は目を疑った。
何度も目をしばたたかせ、擦って、何度も何度も見返した。
だが、それは消えない。
思い込みなんかじゃない、実際に存在するそれは。
待ち望んだ、救援の姿に他ならなかった。
居ても立っても居られず、男は駆け出した。
階段を駆け上がり、瓦礫の上を走り、崩れた城壁を乗り越えて、彼らの方へと向かう。
「おーい!」
両手を振り上げ、大きく叫ぶ。
地の果てまで届けとばかりに、張り裂けるまでに声を張り上げた。
目の前の集団も男に気づいたのだろう。
やや軌道を修正して、真っ直ぐ彼の下へと向かうコースを取り始めた。
近づいてくると、その姿はより鮮明になってきた。
それは、古めかしい鎧をつけた一団だった。
かつて使われていた、金属の鎧。
顔一面を覆った厳つい兜は、否応無しに威圧感を感じさせる。
腰に下げた剣は現代のもののように洗練されてはおらず、華美で過多な装飾をしていた。
彼らはやはり豪奢な鞍を付けた馬に乗り、悠然とこちらに駆けてきていた。
それはまるで物語に登場する古の騎士のような出で立ちであった。
男はその違和感に気づく事なく、彼らへ近づいていく。
ようやく来た救援の姿に、ただ助かるという安堵以外の全ての考えが塗りつぶされていた。
男と騎士が、遂に邂逅する。
騎士の一団は、十人程で形成されていた。
何れもが同じような鎧を着込んでおり、統一感の取れた印象を男に与えた。
「お前はこの街の住人か」
先頭の一人が男にそう問いかける。
重く低く、くぐもった声だった。
「は、はい」
男は喜びに相好を崩しながら、勇んで答える。
「そうです。ここの住人です!」
――助かる。これで助かる!
安堵で力が抜けそうになるが、男はなんとか踏ん張った。
倒れるのはこの地獄から抜け出した後で良い。
「生き残りはお前だけか?」
何かを確かめるように、騎士がさらに一言告げる。
「いえ、違います」
男は少し考え込むと、多分これくらいだろうな、と重い言葉を続けた。
「幾つかの集団に分かれて集まってるみたいですけど……多分、百人くらいは生き残ってると思います」
正確ではないが、大体それくらいだろうと、男は告げた。
決して多い数ではない。
だがこんなにも生き残っていたのだと、彼らに伝えたかった。
あの惨劇で奇跡のように自分たちは生き残れたのだと、誇りたかった。
男の言葉に、騎士達は顔を見合わせた。
無言で何かを交わし合うよう、確かめ合うよう、彼らは見えぬ視線を絡み合わせた。
「その集団の具体的な位置は?」
「いえ、そこまでは」
流石に生き残り全てまで、男は把握していなかった。
「ですが自分が居る避難場所までなら案内できますが」
そう申し出る男に、騎士は首を振る。
「それには及ばない」
騎士はすらりと剣を抜き放つと、まるで世間話のついでのように、それを突き出した。
「え?」
男の胸に、剣が突き刺さる。
鋭い剣は彼の肋骨を寸断し、軽々と心臓まで到達した。
「あ? え?」
男は何が起こったのか分からないというように、交互に自分の胸と騎士の顔を見る。
兜の奥に隠された騎士の表情は窺い知れず、胸から生えた剣はやけに熱く感じられた。
「あ」
ぐりん、と男が白目を剥いた。
そして糸の切れた人形のように、どさりと地面に落ちる。
その姿を、騎士達は無感情に見つめていた。
「聞いたな」
先頭の一人が、そう告げる。
「一人も生かしておくな。全員殺せ」
その声を契機に、騎士達が弾かれるように散った。
小さくなった街の残り、そこへ駆けていく。
剣を抜きながら走る彼らは、この街に訪れた新たな死神に相違無かった。