崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第121話 死神を喰らう

 騎士は向かってくる未来達の騎馬を迎え撃つよう、長柄武器(ポールウェポン)を振り上げる。

 

 トト相手であれば恐怖を感じる程に威圧的で素早い動き。

 

 だがそれが天音寺未来という少女にとっては、あまりに緩慢で、間の抜けた動作だった。

 

 騎士が腕を振り上げようとした瞬間。

 その時点で既に、未来の攻撃は完了していた。

 

 未来の腕より放たれた石が、過たずその喉を穿つ。

 如何に鎧を着込んでいようと、関節部を完璧に守る事はできない。

 喉当て(ゴージット)を付けていようが関係無い。

 そのような薄き装甲で、怪物の投擲を防げようはずもなかった。

 

 ゴィン、という鈍い音と共に、石が喉当てにめり込む。

 

 っは、という声にならないくぐもった声が兜の奥から漏れ聞こえてきた。

 

「間抜けめ」

 

 未来が嘲笑ともつかない言葉を零す。

 

「既に見せた攻撃が通用すると思っているのか?」

 

 彼女の攻撃は未だ終わらない。

 

 右の手で石の投擲。

 そして反対の左の手は、同時に縄鏢を放っていた。

 

 縄鏢は騎士の武器持つ右腕に既に絡まっている。

 先に喉への加撃で体を崩された騎士は、ぐい、と少し引っ張られただけで容易に態勢をよろめかせた。

 ぐらりと落馬するように、その右側へ体が揺れる。

 

 その横を通り抜けるように、騎馬が駆ける。

 そしてすれ違いざまに、ぱん、と未来は軽く騎士の頭をはたく。

 

 軽く子供に躾けをするように、威力が有ると思えない一撃。

 だがその一撃は、騎士の脳幹へ届き、その部位を破砕させるのに十分な力を持っていた。

 

「記録は0秒だな」

 

 ――だから逃げろと言ったのに。

 

 呆れたように未来が言った。

 

「こいつにはどんな自信が有ったんだ?」

 

「女子供相手に自信もクソもねえんですよ騎士視点なら」

 

 こいつ何を言ってるんだ、という表情でニノンが突っ込む。

 

「負ける要素ゼロですからね!? 普通に考えたら」

 

「これで?」

 

「あんたの言うこれは大抵強えんですよ!」

 

 流石魔将を一撃でぶっ殺した女だ、言う事が違う。

 そろそろ突っ込むのも疲れてきたな、とニノンは未来に諦めを覚えつつあった。

 

「まあいいさ。どちらにせよ、()()に負ける要素は無い」

 

 未来はぎゅっと、腕の内のトトを抱きしめた。

 

「ごめんね、少し帰るのが遅くなった。ちょっと厄介なのに絡まれてしまってね」

 

 当のトトは暫し呆然としていたようだった。

 目まぐるしく変わった状況についていけてないように、何度か目をぱちくりさせる。

 そしてようやく安全だと悟ったのか――未来の手を、強く掴む。

 

「ミク……」

 

 ぽろぽろと、小さな瞳から涙が溢れた。

 

 未来は何も言わず、ただトトを抱きしめた。

 彼女を包み、そのぬくもりだけを与える。

 

 軽く駆ける未来の目の前には、土煙の向こうに破壊され吹き飛んだダラマトナの街が有った。

 大魔将の砲撃はクレーターを作り、その中心部の尽くを吹き飛ばしていた。

 すり鉢状に穿たれた巨大な穴は、かつてここに街が有った名残の一つすら感じさせない。

 

 未来もあの砲撃は地震が起きる程の威力という事は理解していた。

 だがこうしてこの惨状を目の当たりにすると、やはり無心ではいられなかった。

 

 一月暮らし、皆と笑い有った街が消えた。

 その現実は少女としての天音寺未来の心を確かに打ちのめしていた。

 

 そしてニノンも、やはりその光景に衝撃を受けていた。

 

 ――これが、大魔将の力。

 

 大魔将が動けば国が滅ぶ。

 そう言われている事は理解していた。

 

 だが理解はしていても実感は無かった。

 国一つ滅ぼす強さ。

 はっきり言って、ピンと来ない。

 具体的にどうという想像がつかなかったのだ。

 

 しかしこの目の前の光景を見れば、そのような認識は覆る。

 

 大魔将は国を滅ぼし得る。

 それどころか、もしかしたら世界すらも。

 

 人類が敵としている魔族の恐ろしさを、改めてニノンは実感していた。

 

「んで」

 

 ニノンの言葉が沈黙を破る。

 

「これからどうすんです? トトさんは確保できたし逃げますか」

 

「あいつらを全員倒す」

 

「ですよねー? 絶対そう言うと思ったわ」

 

 想像するまでもなくわかりきっていた未来の答えに、ニノンは深く溜息を付いた。

 絶対的な強さに支えられた、明瞭な回答。

 未来という少女が答えに詰まる所を、ニノンは聞いた事が無かった。

 

 未来の腕の中のトトはえ?という顔で未来を見上げている。

 

「逃げないと危ないんじゃないですか?」

 

 トトは不安そうに言うが、未来は涼しい顔のままだった。

 

「トトさん、心配するだけ無駄ですよ」

 

 そういうニノンには、半ば諦めが見えた。

 

「なんで私より長く一緒に居るあんたが知らないのかわかんないですけど、この人おかしいから」

 

「人を異常者みたいに言わないでくれる?」

 

「まず異常者だって自覚しろよテメエはよぉ!?」

 

「まあ、普通でない事は認めるが」

 

 うーんとちょっと納得がいかないような未来の様子と、ツッコむニノンにトトはさらに混乱する。

 この二人の空気、どこかおかしい。

 絶体絶命な状況なのに軽い。

 

 まるで、日常の延長のように。

 

「心配しなくていい」

 

 安心させるような柔らかい笑みを、未来は浮かべる。

 

「すぐに終わる。あの程度なら」

 

 未だ不安の消えないトトに言い聞かせるようにそう告げる。

 そこに迷いも恐れも何一つ見えない。

 

 ただ未来は既に決まっているとでもいうような、そういう雰囲気が有った。

 

「ところでトト、馬には乗れるのか?」

 

 唐突にそう振られたトトは、若干戸惑いの顔を見せたが。

 

「だいじょぶですよ。一応習った事有ります」

 

「そうか。じゃあ任せた」

 

 トトの答えを言うや否や、未来はとっ、と馬から飛び降りる。

 

「へ?」

 

 唐突な行動に、トトは一瞬固まった。

 

 馬の横に下りた未来はそのまま並走するように走る。

 

「ニノンは馬に乗れないから一人に出来なかったんだが、トトが居れば安心だ。済まないが、暫くお守りを頼む」

 

「私がお守りする方じゃねえんですか!? される方なの!?」

 

 くすりと。

 トトは僅かに笑った。

 

 先ほどからの二人の緊張感の無いやり取りが、少しだけ少女の心を軽くしていた。

 絶望続きだったこの二日間に、光が差し込んできた。

 そんな気がした。

 

「任せてください」

 

 弱々しく、しかしはっきりとトトは答えた。

 

「ちゃんとお世話するです」

 

「なんかおかしくない? ね? ね?」

 

 解せぬ。

 ニノンは何故自分の扱いがこんなにもぞんざいなのかと頭を抱えた。

 これは才色兼備の令嬢に対する扱いじゃないでしょう!?

 

「まあそれはそれとして、援護とか要らないですか未来さん」

 

 扱いに対する疑問は置いておいて、一転して顔を引き締めたニノンはそう問いかける。

 

「あいつら普通じゃないですよ。おかしい」

 

 ニノンは騎士が尋常ならざる存在だとすぐに気づいていた。

 彼女の視点では、あまりにも異常。

 

()()()()()()()()使()()()()()。私の知識に無い技術です」

 

 そう、魔法。

 古式(オブソレット)であれ、現代式(デルニエクリ)であれ、必ず必要な起動鍵(コマンドワード)を発声するという最終工程。

 それが、あの騎士達には存在しなかった。

 

 使用しているのは魔族の魔技(パルシオン)や未来の恩寵(チート)のような異能ではない。

 

 彼女の大きな丸眼鏡(ウィッチグラス)は、魔法特有の魔力の流れを明瞭に読み取っていた。

 

 ――あれは魔法だ。そう、自分の知らない体系の魔法。

 

 全く未知の魔法の運用法がそこには有った。

 

 深刻な顔をするニノンと対照的に、未来になんの気負いも見られなかった。

 

「確かに変わった手品を使うのだろう、あいつらは」

 

 息も切らせず馬と並んで走り続ける未来は、だから?とでも言いたげな様子だった。

 

()()()()、そんなものは」

 

 未来が空を蹴り、二人から離れていく。

 馬よりも早く、鳥よりも自由に、空中を駆ける。

 

「すぐに戻るから!」

 

 手を振りながらそう叫ぶ未来を――トトは大口を開けて見送っていた。

 見送っていたというか、びっくりしていた。

 

「なんか」

 

 先ほどまでの恐怖は何処へやら。

 なんなのこれぇ、という驚きしかそこには無かった。

 

「空を走ってきましたよ、ミク!?」

 

「あ、うん。まあそれが普通の反応ですよね」

 

 ニノンはトトの肩に手を置くと、同情するように言った。

 

「トトさんもその内わかりますよ。あの人がとんでもないびっくり人間だって」

 

「もう十分驚いてるですけど!?」

 

 トトの初々しい反応に、そうそうこうだよなと思う。

 

 やっぱおかしいわあの女。

 

 改めて自己認識が間違ってない事を理解して、実に満足げにニノンは頷いた。

 

 

 

 騎士が二人、並んで歩く。

 

 その各々の両手からは、何れも炎が吹き出していた。

 人間火炎放射器と化した二人の騎士が、辺りを焼き払う。

 

 吹き出した炎はまるで竜の息吹の如く、周囲を遍く包み込んだ。

 瓦礫だらけの街路の表面は黒く焼け焦げ、家の残骸は尽く燃え、巨大なトーチとなって煙を拭き上げた。

 

「ウギャアアアア!!!」

 

 凶悪な騎士達から逃れようと瓦礫の影に隠れていた者達も、また同様だった。

 舐めるように地から壁から這ってきた炎は彼らを包み込み、平等に焼き尽くす。

 

 つんざく悲鳴と肉が焦げる臭い。

 それが辺りに立ち込めた。

 

 騎士達は無感情に、ただ掌を翳し続けていた。

 悲鳴も懇願も、彼らの耳にはまるで届いていないように、ただ隠れ逃げ惑う避難民達を焼き払う。

 

 人が作り出した地獄。

 その光景は、永遠に続くかと思われた。

 

 

 

 どさり。

 

 

 

 唐突に騎士の一人が倒れる。

 

 なんの前触れも無く、突然魂が抜けたように。

 隣の騎士がそれに驚くより早く。

 

 

 

 どさり。

 

 

 

 そのもう一人も地に伏した。

 

 彼らは最後の瞬間まで、後ろに居る人物に気づく事は無かった。

 

 天音寺未来。

 

 彼女が、そこに居た。

 

 一切の無音。

 気配一つ無く、未来はそこに立っていた。

 

 凄惨な地獄には似つかわしくない制服姿で、スカートを靡かせただ立っていた。

 

「成る程成る程」

 

 未来は面白そうにククッと笑う。

 

「新しい芸を仕込まれた代わりに、古い芸は忘れたか」

 

 呆れたように、楽しげなように。

 未来は薄く笑いを浮かべる。

 

()()()()()が出来ていないな、お前ら。お得意の魔導式通信とやらは品切れか?」

 

 見下げたものだ、と未来が呟く。

 

「隠し芸一つより、相互通信による連携力の方が遥かに脅威となる。戦闘で一番恐ろしいのは数だ。余程図抜けていない限り、質は問題にはならない」

 

 未来はしゃがみ込むと、騎士が持っていた槍を拾い上げる。

 実用するものにしては華美な装飾が施されたそれを、確かめるように幾度か軽く振った。

 

「そう思わないか――お前も」

 

 まるで誰かが居るかのような問いかけ。

 

 その言葉に一瞬身を固まらせた者がそこには居た。

 

 背後よりそろりと迫る、騎士が一人。

 

 無防備に見えた未来の背中に斬りかからんと、彼は足音を殺して忍び寄っていた。

 

 

 

 だが、天音寺未来にそのような児戯は通用しない。

 

 人類の極点を越えた空前絶後の身体運用能力。

 そして、一秒足りとて休まる事無く磨き上げられた殺人技術。

 

 その二つが知覚に応用された時、恐るべき効力を生み出していた。

 

 

 

 騎士が一気に加速し、踏み込んでくる。

 

 それは、人知を越えた踏み込み速度だった。

 

 ただ一步にて、数メートルを一瞬にして進む。

 瞬き一つする間に騎士の体は既に未来へと肉薄していた。

 

 対する未来は未だ振り返らず。

 それに気づいていないかのように、ゆるりと立ち上がる最中だった。

 

 あまりにも無防備な姿。

 余人であればそう判断するだろう。

 

 だが、違う。

 

 ()()()()()()()()()()のだ、彼女には。

 

 ゆるりと、槍の柄の先が持ち上げられる。

 半円状の軌跡を描いたそれは、緩やかな曲線を形作り平行な位置でぴたりと止まる。

 

 その柄の先が平行になった瞬間と。

 騎士がもう一步踏み込み切り込もうとした瞬間は、ほぼ同時であった。

 

 正確には、騎士が踏み込んだ本当に僅か、刹那の後。

 柄の先が騎士の腹先すれすれへと置かれた。

 

 

 

 天音寺未来は()()()()()()()()()を、完璧に理解している。

 自らの体をどのように動かすか。

 他人の体がどう動くのか。

 彼女は今を生きる人間の誰よりも知っている。

 

 故に、五感から伝わる情報とそれを合わせれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は自らの五感の及ぶ範囲であれば、ほぼ予知に等しい精度でその動きを予測できる。

 

 その息遣い、呼吸、立てる音、皮膚の歪み。

 

 たったそれだけで、相手の動きが丸裸になる。

 

 例え聴覚と触覚という限られた情報だけでも、彼女は相手の動きをほぼ正確にシミュレートする事が可能であった。

 故に、視覚外であろうと未来に隙は無い。

 

 未来という怪物と人が戦うのであれば、まずその知覚範囲から逃れなければ話にならないのだ。

 

 

 

 騎士が自らの推進力で槍の柄へと突き刺さる。

 一瞬で数メートルを縮めるその脚力が、致死性の打撃となって自らに跳ね返って来ていた。

 

 それのみでも致命傷。

 だが、未来の攻撃は終わらない。

 

 槍が騎士の推進力を返し威力と転化した瞬間。

 ほんの僅かだけ、槍を突きこむ。

 

 二段階で発生した衝撃は騎士の腹を暴れまわり、その臓腑の尽くを破砕させた。

 消化器から、肺、心臓。

 全ての臓器が一瞬にして破れ、単なる肉の袋と成り果てた。

 

 どさり、と騎士が倒れ込むのと同時に。

 未来はようやく立ち上がり終わった。

 

「一発芸だけだな」

 

 つまらなそうに呟くと、未来は騎士の獲物を確かめる。

 

 剣、槍、その他諸々。

 

 各々がそれなりの獲物を持ち合わせている。

 

「喜んではいけないのだろうが、不幸中の幸いだな」

 

 騎士の剣を持ち上げ、その作りを確かめながら未来は呟く。

 

「全員分確保すれば、足りるだろう」

 

 未来は音も無く、再び空に駆け出した。

 

 あれだけ暴虐を誇っていた騎士三人。

 その骸は、彼らが惨たらしく殺した住人たちと、なんら変わる事無く。

 ただ、無言で大地に横たわっていた。

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