森の中へ狩りへ出かけた――と見せかけた未来は、一人ダラマトナへと戻ってきていた。
あの二人に
故に、準備という体で置いてきた。
「さて」
未来は目当ての場所に歩を進める。
向かうのは、彼女自身が倒した騎士の下。
そこには物言わぬ骸となった騎士がそのまま放置されていた。
そして、彼らが握っていた獲物も傍らには転がっている。
未来はその獲物――剣や、長物――を拾い集める。
「見た目は無駄に派手だが、まあ使える」
華美な装飾は、未来の好む所ではない。
彼女は実用的でシンプルな作りのものを好む。
如何にして使うか、如何に使えるか。
判断基準はそこしか無い。
「計十本か」
十人の騎士が各々獲物を一つずつ。
総計十本。
未来が求めるには些か物足りない数だった。
「せめて三十は欲しい」
大魔将を攻略するのであれば、
勝率を上げる為にも、まだ武器を拾い集める必要があった。
残骸となってしまった街を、未来は歩き回る。
かつてトトと一緒に一ヶ月も過ごしたこの街は、思い出の中だけの存在になってしまっていた。
のんびりとした幻想的な街並みも、今は見る影も無い。
今やここに有るのは崩れた瓦礫と燃えかすの集合体。
再び人が住まう場所となるのに、どれだけの年月がかかるだろうか。
未来には想像もつかなかった。
「ふむ」
幾つかの廃屋に、粗末な槍が残っているのを未来は発見した。
槍以外にも簡素な革鎧などが置かれたその場所は、おそらく防衛隊が使用していた詰め所なのだろうと予測する。
「ありがたく使わせて貰おう」
一度だけ手を合わせて、槍を手に取る。
そこまで良い槍ではない。
が、それが逆に良いと未来に思わせた。
「使うなら槍が一番望ましかったからな」
剣等でも代替できるが、最善は槍だ。
未来はそう考えていた。
だからこうして槍が、均質なそれが纏まって手に入るのは僥倖と言って良かった。
拾い集めた騎士の獲物と防衛隊の槍を、崩れた城壁脇にまとめておく。
これは今すぐ拠点に持ち帰る必要は無い。
出番はまだ少し先。
暫くはここでゆっくりしてもらおう。
それら
次に向かうのは、懐かしいあの場所。
トトの家だった。
変わり果てた姿となっているダラマトナを、未来は迷いなく進む。
彼女の記憶は、面影を残さぬこの場所であっても遺憾無く発揮されていた。
街路の形、僅かに残る建物の残骸を脳内マップで参照し、位置を割り出し進む。
程無くして、未来は目的の場所へと辿り着いた。
トトの家は完全に崩れ、そして炎が燃え移った為、その残骸すら燃え尽きていた。
じゃり、と瓦礫を喰む音が響く。
未来の目の前には、白い輝きと黒い炭の塊が有った。
人であったものの成れの果てが、そこには有った。
死を与えられるまでどれだけの苦痛を味わったかすら、そこには残っていない。
ただの物質と化したそれは、人の形から世界を構成する一部へと戻ったのだと雄弁に物語っていた。
「早く逃げていれば、などとは言えない」
もう二度と届かないだろう言葉。
それでも、未来は語る。
「家族は大切だ。戻ってこない家族を待ちたい気持ちも分かる。でももう少しだけ、トトに寄り添ってあげて欲しかった」
静かに未来は座り込む。
焼け残った骨だけが、やたらと白く輝く。
きっとそこにはもう魂すら残っていない。
「トトはもう一人になってしまった」
あの小さな先輩は、これで天涯孤独になってしまった。
自分と同じように。
幸いなのは、
血族の尽くを粛清する必要が無い事だけは喜ばしいと未来は思った。
未来は家の残骸を丁寧に避け、調べる。
瓦礫の奥深く、埋められたようになっていた目的のものを彼女は取り出した。
白く輝く大きな籠手。
エクスカペルと呼ばれる殺人兵器がその手の中に有った。
「ニノンがやべえやべえ言ってたからな」
苦笑しながら、道中のニノンの様子を思い出す。
ダラマトナが壊滅してるだろう事を知った彼女は、「あれ借り物なんだけど無くしたらやべえよ流石にどんだけ温厚でもブチ切れるよ」と頭を抱えていた。
「材質からして焼けたりする事は無いと思っていたが、上手く潰れずに残ってくれていて良かったよ」
ずっしりと重い白亜の籠手は、未来の目から見てもなかなか興味を唆る逸品だった。
これはかつて勇者が使っていた「ジュウ」という武器より着想を得て開発された兵器という。
つまり、かつての勇者は銃器を所持してこの世界に持ち込んだ、持ち込める立場の人間だったと言う事だ。
未来は漏れ聞こえる勇者の逸話から、それがどのような人間だったかおおよそは絞り込んでいた。
「軍人、か」
かつて呼ばれた勇者はそうであった可能性が高い。
自分たちより百年前の人間となると、おそらく昭和後期くらいの人間だろうとあたりをつけた。
となると自衛官か、もしくは警官か。
何れにせよ、公的な機関に所属していた人間の可能性が限りなく高い。
まあ、大穴として暴力団関係者という線も有るが。
とりあえず初代勇者とやらは、素人では無かったのだろうと未来は推測する。
これまで喚ばれてきた召喚者が全員そうかは分からないが、一応のプロ基準で比べられたら堪らないだろうな、と未来は苦笑した。
命の危機一つ味わった事の無いド素人と、曲がりなりにも何かしらの訓練を受けた人間には天と地程の差が有る。
最初の勇者と同じ基準を
高校生だろうが幼稚園児だろうが、どちらにせよ代わりはない。
戦う意思を持てない人間など、どのような能力を授かっていようと。
命のやり取りの場では誤差に過ぎない。
あの特別組の四人より、死にものぐるいで向かってくる余命僅かな老婆の方が余程恐ろしい。
未来は経験からそれを知っていた。
戦いの才覚は能力ではない。
戦いに臨む意思を持てるかどうかが全てなのだ。
「ニノンへのお土産はこれで良いとして」
未来はさらに瓦礫を漁る。
燃えかすだらけの中から、一つ一つ未来は形の残っているものを取り出した。
多くは壊れた日用品ばかりだった。
割れた皿や欠けたコップ。
どれも懐かしい品ばかりではあった。
その中の一つを取り出した時、未来がぴくりと手を止めた。
薄汚れた筆記用具。
灰に埋もれて、それは存在した。
「燃えていなかったんだな」
ほんの僅かな間だけ、少年の手元に有った勉強道具。
数日しか使われていなかったそれは、真っ黒に汚れており、使用するにも見窄らしいがらくたに近かった。
だが未来は丁寧に筆記用具を掘り出すと、脇に置いた。
「すまないが、返してもらうよザバ」
天に帰った少年に、未来は一言だけ断りを入れる。
「君との思い出を、持っていかせて貰う」
そのペンはきっと使い辛いだろうが。
いつまでも使っていくだろうと、未来は思った。
がらくたを持って、未来は立ち上がる。
そして、ローネだったものの方へ一度だけ振り向いた。
「トトは私が連れて行くよ」
そう、一言だけ残す。
未来はもう振り返らなかった。
ただ静かに、思い出の残る家の残骸を後にした。
ローネの遺灰は、何も語らない。
未来を引き止める事も、肯定する事も無く。
ただ、さらさらと灰が少しだけ、風に乗って飛んでいった。
未来が大量の
「何処で道草食ってたんですか未来さん!」
帰るや否や、ニノンがかまくらから飛び出してきた。
「わたしゃお腹が空きまくってんですよォー! はよ肉くれ肉!」
ほれほれ、と手を差し出すニノンに、未来は苦笑しながらそれを渡す。
「おっぐぇ!?」
両手に置かれた獲物かと思ったそれは、エクスカペルだった。
ニノンの細腕には余りに重い重量に、ニノンは思わずつんのめりそうになる。
「うぇ!? 探してきてくれたんですかこれ!?」
「燃えてなくて助かったよ」
「嬉しいけど重いいいいいい!?」
どう言い訳しようか必死に考えていたニノンは、思わぬ借り物の帰還にほっと胸を撫で下ろした。
最悪殺されかねなかったので、本気で安心していた。
「それはそれとして、肉をくださいよ肉を! 私は欠食児童なんですよ!?」
「仕方ないなあ」
そう言って未来は革袋を取り出し、地面に置く。
そこからは色とりどりの野菜や根菜が、所狭しと詰め込まれていた。
「野菜イイイイイイイ!? 肉じゃねえええええ!?」
「どんだけ肉が食いたいんだ君は」
子供か、と思いながら未来は捕まえた兎も取り出す。
三人という事で合計三羽ほど捕まえて来ていた。
「やった! 肉だぜ肉! 我が導きの食糧、肉!」
ニノンは兎を両手に持って、ひゃっほう!と踊り狂った。
物言わぬ兎がぷらぷらと揺れて、若干可哀想になる。
もう既に死んではいるのだが。
「誕生日の子供でもここまで喜ばないだろ……」
その様を見ていた未来は、若干引いていた。
戦いの時は頼りになるが、そういえば普段はちょっとおかしい奴だった、と再確認する。
お互いがお互いをちょっとおかしい奴、と思っている事に、双方は気づいていなかった。
「ミクって狩りも出来たんですね」
ひょこっと顔を出してきたトトが、ふーんと言いながらニノンの奇行を眺めていた。
「本当はトトが教える必要も無かったですか?」
「いや、あの時は助かったよ」
砦での狩猟を未来は思い出す。
「あそこで学んだ事が今も役立ってる。自分だけじゃ、ここまで上手くはいかなかったさ」
「なら良かったです。ちゃんと先輩を敬うですよ」
未来が見る限り、トトの調子も徐々に戻ってきているようだった。
彼女は背負っていた革袋から、幾つかの壊れた日用品を取り出す。
「これ」
欠けたり割れたりはしているが、見覚えのある品々。
それに、トトは目を見開く。
「まだ使えそうだったから、持ってきた」
トトはその内の一つ、欠けたコップを手に取ると、懐かしそうにその表面を撫でる。
煤が付いたコップに、つう、と一筋だけ拭われた後が付いた。
「これはカロの奴ですね……他のコップよりちょっと小さいのがお気に入りだったです、あの子」
トトの目に映っているのは、壊れかけたコップなのか。
それとも、在りし日の幻影か。
郷愁に彩られた瞳は、そこに過去が有る事を雄弁に語っていた。
「ニノンに消毒してもらって、使わせて貰おう」
多分そういう魔法も有るだろうと、未来はあたりを付けていた。
彼女の言う
衛生状態を保つ魔法くらいは有るはずだと。
「それじゃあ、まずは食事にしよう」
優しく微笑んで、未来は言った。
「あちらの欠食児童もそろそろ我慢出来ないだろうからね。私たち二人で美味しい食事を作ってあげようじゃないか」
「あの女、飯は作れないけど誰より食べますからね……」
未来とトトは顔を見合わせて苦笑した。
家に居候している時も、誰より食事を食べていたのはニノンだったと、彼女たちは知っていた。
未来はナイフを片手に、ニノンが振り回している兎を回収しに向かう。
まずは腹を満たそう。
喜ぶのも、悲しむのも、まずは食べてからじゃないと始まらない。
何が有ろうと、腹は減るのだ。