未来が語る作戦。
それを聞いたニノンは、深く溜息を付いた。
「確かにやれると思いますよ、この方法なら」
提示された大魔将の攻略法に、ニノンは改めて未来に対し畏怖を覚える。
凡俗であれば、相手を凌駕する程の大火力魔法を如何にぶつけるか、どのようにしてそれを発動するかと、そのような思考に陥るだろう。
しかし未来はその真逆。
ありふれた低級魔法の組み合わせで、空前絶後の破壊を巻き起こす方法を生み出した。
この作戦に必ずしも自分は必要ない。
ただ、彼女と
最悪、無理をすれば未来すら必要無い。
原理と狙いを知っていさえすれば、他の人間が模倣すら可能なのだ。
それは、なんと恐ろしい事か。
彼女は、天音寺未来は、人類の怨敵である大魔将攻略の
「奴の弱点は」
補足するように、未来は語る。
「デカい事と、鈍い事だ。その移動距離がそこまで高速でない事は、私自身が確認している」
未来は前回の邂逅時、その移動速度が大凡時速十キロメートル程度と看破していた。
無理をしてもせいぜいその倍だろうと。
人の足よりは遥かに早い。
だが、あの巨体を推し進めるにはあまりにも遅い。
つまり、狙い撃ちしやすいという事だ。
「もし高機動で暴れまわる相手だったらこの方法は使えなかった。あいつが
そう笑う未来を、ニノンは胡乱げに見つめていた。
言うは易し。
だが行うは難し。
それをなんでもないように口にする未来が、やはり異常なのだ。
ついでに言いたい。
なんか私の負担結構重くない!?
未来の立てた作戦は、何気にニノンの労力が結構大きい。
ついでに言うと、なかなか怖い。
できればもっと安心できる方法を考えて欲しいんですけど!?
これが最善とわかりつつ、そう思わざるを得ないニノンだった。
「そうなると明日の朝には出発ですか?」
あれだけデカい大魔将だが、既に見える範囲には居ない。
ニノンが
故に相当な距離を既に移動しているものと思われていた。
「追いつくのなら、行動は早ければ早い方が良い」
休まずにする程ではないが、と未来は言った。
「そう考えるなら今日一晩ゆっくり休み、明朝出るのが一番良いだろう」
「じゃあそういう方向で」
「ただ問題が有ってね」
うーんと未来は少し困り顔をした。
「奴が何処に行ったかわからなくてね」
「ああ……」
確かに、大魔将がどちらの方向に進撃したかは未知数だった。
ダラマトナより先、より王国側へと向かったのは間違いないが、それでも考え得る方角は膨大過ぎる。
見当外れの方向に進んでまったく逆方向でした、となると目も当てられない。
「通信魔導具が全滅したのが痛えなあ」
ニノンが持ち込んでいた
だがそれらが砲撃に伴う家屋倒壊に巻き込まれ破損した以上、通信する手段は無い。
魔導通信の為に
これら小型魔導具の生み出す出力では、情報を送れる【穴】を作り出せないのだ。
その為、人の居住地には
一般大衆が通信する場合、基本的にはこの
今のダラマトナのように何もかもが壊滅した状況で、通信を行う事は不可能だった。
「
情報を得られない事がこんなに不快だとは、ニノンは想像もしていなかった。
好きな時に、好きなように情報を得て、知識欲を満たす。
その行為がどれだけの快楽に満ちていたか、それを失って初めて実感した。
「狙いとしては、おそらくこの国の首都でないかと思うのだが」
あの大魔将が再び都市を狙うなら、より大きな成果を出せる場所を狙うだろう。
そう、未来は考えていた。
「となるとラニヤナ……でしたっけ、この国の首都。そこ目指すべきでしょうか」
「その可能性が大きい、というだけでどうも絞り込めないんだよなあ……」
流石の未来も、よくパーソナリティを理解もしてない相手の行動を完全に予測するのは不可能であった。
数少ないやり取りから、おそらく首都ではないかとなんとか捻り出せた程度だ。
「これで完全に外して、実は全然別の方向から王国内へと進軍なんて事になったら」
「まあ、追いつけませんね多分」
時間的ロスと距離的な乖離、この二つが重なった場合、人類圏の多くが蹂躙される事になるだろう。
それは未来にとってもニノンにとっても看過できない事態だった。
「せめて大まかでいいから
大体でいい。
こっちの方向に行った、という確証が欲しかった。
「あれだけの巨体だから、その跡を辿れるかもしれないが……」
これも万が一、実は飛行能力を持っていました等と言われたら詰みだ。
こうなるとリスクを取らねばならない事態だなと未来は考える。
そしてリスクが有るにしても、より良い選択を選ぶ為にさらなる情報が必要だった。
「それしか手がかりが無い以上、一番無難なのはやはり跡を辿る事か」
この選択であれば少なくとも途中までは情報が手に入る。
「まあ妥当なとこでしょうね。万が一外したらもうしゃーないって事で」
ニノンも同意見だった。
結局の所、その足跡を辿って行くしかない。
追いつくまでにどれだけの犠牲が出るか分からないが。
「そもそも私らが大魔将と戦う義理なんて、本来これっぽっちも無いんです。謂わば余計なおせっかいなんですから、もし駄目だったとしても受け入れましょう」
たった二人で敵の最高戦力と戦う。
あまりにも馬鹿げた
それが失敗したとして、誰に謗られる理由が有ろうかとニノンは思っていた。
「あの」
トトがおずおずと手を上げる。
その様子に、未来はおや?と少し驚いた顔をし、ニノンはなんだこのちびっ子という表情を隠していなかった。
「大魔将って、赤くぴかぴかしてる奴ですか? なんか、星みたいに見える奴」
そう質問してくるトトに、成る程、と頷きながら未来が答える。
「多分そうだと思う。最初空に居た時なら、確かにダラマトナからでも見える」
あの大魔将は最初上空に転移してきていた。
その状態で巨大な魔封石が輝いていたなら、それが星のように見えてもおかしくない。
それに合身する時の膨大な輝きは、目が灼き潰れる程だった。
あの光量であれば、ダラマトナも優に照らせただろう。
「ならですね」
少し自信なさげに、トトが言う。
「多分方向とか分かるです」
「いや分かるって」
そう言われても、ニノンには半信半疑だった。
このちびっ子がどうやって大魔将の位置を割り出すというのか。
自分だってできねえんだぞ。
「なんか説明できないんですけど」
わたわたと手を動かしながら、トトは懸命に喋る。
自らも言語化できていない何かを必死に表現しようとするように、両手でわけの分からないものを形作りながら、言葉を紡ぐ。
「そいつの居る方向、分かるですよ。方向っていうか、
「何言ってんだおめぇ」
ニノンにとってはまったく意味不明な発言だった。
何が言いたいか分からない。
だが未来は、ぴくりと僅かばかり眉を動かす。
その表情からは、柔らかいものが消えていた。
ただ何かを探るように、氷のような視線が備わっていた。
未来は一本の木の枝を取ると、トトの前に置いた。
「この木の枝の真ん中は、どこだと思う?」
そしてそう問いかけた。
唐突な質問にトトは困惑したものの、即座に木の枝の一点を指し示す。
「ここらへんですかね」
トトは枝の真ん中よりやや根本、少し太くなっている部分を指さした。
「いやなんかズレてね?」
そう呟くニノンを無視し、未来はさらにコップを三つ持ってきた。
どれも欠けてはいるがまだ使えるコップ。
その内一つにはなみなみと水が汲まれ、残り二つは空だった。
「今度はこの水をぴったり半分に分けてみてくれるかい?」
「いいですけど」
トトはコップの水を空いている片方に注ぎ始めるが、「あっ」と何かに気づいたように声をあげた。
「これ、
いやほんと何言ってんだおめえ。
先程からのトトの言動が、ニノンにはさっぱり理解できない。
まるで
だが未来はそれと真逆。
何かに納得したように、ただ真剣にその様子を見つめていた。
「
彼女はぽつりと、そう呟いた。
「琉覇が持っていた
四十八願琉覇。
たった一ヶ月だけ共に居た仲間。
その男の力が、トトに宿っている。
「だが何故、トトがこれを?」
疑問は尽きない。
何故トトがこの
どうして唐突に使えるようになったのか。
理解するには、あまりにも情報が足りない。
だが一つだけ確かなのは。
琉覇は託したのだ。
この
少女の助けになるように。
如何なる理由が有るかは不明でも、それだけは分かる。
それ以外で有ろうはずもない。
少年の一人は、命を賭けて少女を守った。
もう一人の少年は、生きていけるように力を残した。
それはなんと気高く、誇らしい在り方か。
――やはり君たちと出会えて良かった。
天音寺未来は自分が怪物だと自覚している。
決して勇者にも、英雄にもなれない。
だが、勇者の隣に確かに自分は居たのだと、胸が熱くなった。
「リュウハ」
トトも懐かしそうにその名を呟く。
僅かな間共に働いた仲間。
そして、自分を守って死んでいった友達。
彼らから受け取れたものが僅かでも有ったのだと、少女は初めて知った。
「それも勇者が授かった
「そうだよ。勇者は一人に一つ、能力を与えられている」
「そしてトトさんが今使ってるのが、未来さんのお仲間の持ってた奴と」
――ショボくね?
ニノンの率直な感想はそれだった。
物の中心を測る能力。
いや真ん中測れたからなんだよ。
工作とかには便利そうだけど。
これを至天神が与えているのだとしたら、余程頭がおポンチに違いないとニノンは確信した。
「何を考えているのか大体分かるけどね」
そんなニノンの心中を感じ取ったのか、未来が苦笑した。
「これはこれで中々に脅威な能力なんだよ」
「へー」
ニノンは全然納得できていなかった。
「例えば今トトがやっていた事なんだけどね」
ほら、と未来は水が最初に入っていたコップを持ち上げる。
「トトはこの中に入っている
とん、とコップを置くと、また別のコップを手に取る。
そちらはトトが水を注ごうとしたコップだった。
「だが水を注ぎ続ければ、その中心は変化する。トトが見るのは
「その理屈はわかりましたけど」
じゃあ、とニノンは言う。
「それの何が怖いんですか? とんだポンコツ能力じゃないですか」
使えねえと嘆く彼女に、未来は断言する。
「
「へ?」
その答えに、ニノンは一瞬虚を突かれる。
それがどういう事なのか、まだわからない。
「重心が見えるという事はね」
コップを揺らしながら、未来は言う。
「
「……相手の動きが読める?」
「そういう事。近接戦闘だけで見ても、恐ろしい程に有用な力だよ」
そこまで説明されると、ニノンにも徐々にその脅威が理解できてきた。
相手の動きがつぶさに理解できるとなると、それはとてつもないアドバンテージを生む。
頭を巡らせるニノンは、さらに恐ろしい事実に気がついた。
「もしかしてなんですけど」
恐る恐る、そう尋ねる。
先程の様子から、単に重量を測るだけではない。
距離も測れるという事が予想できた。
そして、きっとそれ以外も。
となれば――
「これ、見えない所の相手の動きとかも、もしかして……分かるんじゃないですか?」
その答えに、未来は満面の笑みを浮かべた。
できの良い生徒の、会心の回答を聞いたように。
「良く判ったね。まあ、そうなる」
「マジでやべえ能力じゃねえかよこれええええええ!?」
ニノンは完全に認識を改めた。
使えない能力じゃない。
使えすぎるヤバい能力だ。
そしてきっと、まだまだ応用できる使い方がこれには隠されている。
伸び代が残っているのが、一番恐ろしかった。
「リュウハの力が、トトに」
どうしてなのかは分からない。
だけど、思い出した
――避けろ。
あの時聞こえた声は、琉覇だったのだと。
きっと天に帰った彼がちょっとだけ自分を助けてくれたのだと、そう信じた。
そして持ってきてくれたのだ。
トトが逃げるために必要な力を。
トトは一筋だけ、涙を流した。
未来は優しく、少女の肩を抱く。
言葉は無い。
だが、二人が思う相手はきっと、同じだった。