崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第12話 狩猟の開幕

  

 告知より二日後。

 

 高い壁に囲まれたサン=ヴォワイエ砦から召喚された少年少女たちが外に出るのは、これが初めてのことだった。

 

「すご……」

 

 初めて目にする、異世界の自然。

 砦の前は切り開かれており、ちょっとした広場になっているが――その周囲は、生い茂る針葉樹で囲まれている状況だった。

 

 そして何より驚いたのは、そこが()()()だった事だ。

 

 なだらかではあるが斜めになっており、決して平らではない。

 丘に砦が建っているのか?と一瞬考えるが、それが間違いだとすぐに気づく。

 斜面の高い方、そちらにはより切り立った山の峰が見えていたのだから。

 そして、一方の下り側を見ると遥か彼方まで続いているようだった。

 

 つまるところ、この砦は巨大な山の中腹に建てられている、という事だ。

 

「高い場所に有るとは聞いていたけど」

 

 南那はここに来て二週間以上の時間をかけて、ようやく自分がどんな場所に居るのか知る事ができたのだった。

  

 そして遠くに目を凝らせば、広大に広がる針葉樹林のその遥か先に道らしきものが有り、そして村だろうか、明らかに人の営みが想像できる場所が見て取れた。

 南那は改めて、ここが異世界なのだと実感を深めた。

 

 

 

 

 火を付ける為の火打ち石と、松明のセット。

 食料――固い黒パンや干し肉等――が一人につき一日分。

 そして人数分揃った分厚い革製のマント。

 最後にそれらを入れる為の背負い袋。

 

 五人の足元に置かれている、支給物資。

 保護組に支給された狩り道具は、たったこれだけだった。

 

「予想はしてたけど、弓すらねえよ……」

 

 頭を抱える帆に、今回ばかりは南那も同意した。

 

「有った所で弓なんか使った事も無いけどさ。飛び道具も無しに動物を狩れるもんなのかよ」

 

「それが簡単に出来たら、猟師なんて存在は生まれなかっただろうね」

 

 唯一の経験者である未来も、珍しく渋い顔をしている。

 実際やった事が有るからこそ、これからどれだけの困難が押し寄せるのか良く理解できているのだろう。

 「うーん」と思案し、どうするべきか思索を広げているようだった。

 

「他の組、っていうか班はちゃんと武器有るのに」

 

 恨めしそうに、麻美が他班を見やる。

 そこには剣や弓を手に持ち、準備万端という様子の戦闘組や補助組達の姿が見えた。

 小ぶりの振りやすそうな剣(ショートソード)取り回しのよさそうな弓(ショートボウ)を各々が持ち、これからに備え武具の調子を見ているようだった。

 

「訓練で使ってる武器をそのまま持ち出してきたんだろ」

 

 見たこと有るし、と琉覇は言う。

 

「武器は……ありませンねえ~これがァ~」

 

 両手をひらひらと掲げる。当然、彼の手には武器の一つも有りはしない。

 

「だって俺達……雑用係だからッ!」

 

「一応ナイフは借りてきましたけど……」

 

 南那は三本のナイフを懐から取り出す。

 厨房のおじさんにお願いしてなんとか借りられたものだ。

 これが、保護組唯一の武器であった。

 

「こうなったら罠でも作ってそれにかかるの待つしか無いかねェ」

 

「それはそれで難しそうなんですけど」

 

「もう始まる前から詰んでる臭いしかしねェ~」

 

 どう考えても先行き不安な現状だった。

 

「何始まる前から弱気になってるですよ!」

 

 暗くなる五人に活を入れたのは小さい少女。

 なんと、トトだった。

 彼女は保護組の補助人員として今回の狩猟に参加している。

 

「まあ正直ちょっと……というかかなり……というか無謀な……狩りですけど、頑張るですよ! トトも特別手当分がんばりますですよ!」

 

 がんばりますです!と獣人の少女は拳を握って気合を入れていた。

 この集団で今一番やる気が有るんじゃないかな?

 そう、南那には見えた。

 

「トトもお仕事で食糧調達のお手伝いしてた事有るですよ! 狩りの事ならちょこっとは知ってるのです。今回も先輩として引っ張ってってやるです!」

 

「流石先輩! 頼りになる!」

 

「シャス! センパイシャス!」

 

「とにかく助かります……」

 

 素人揃いの中、頼れるのは経験者の未来と、労働経験の有るトトの二人。

 他四人は二人に全力で寄りかかるしかない。

 割と形振り構ってられないのだ、この状況。

 

「どう考えても食糧は自給が前提だからね。勝負を度外視しても多少は狩れないと、不味い」

 

 この「狩猟」期間は二泊三日。

 食糧が一日分しか無い以上、残り二日分は自前で調達する必要が有る。

 

 樹の実や山菜を採れて食べられるならいい。

 元の世界と違う以上どれが食べられる植物か南那達にわかる訳がない。

 トトが知っているかもしれないが、専門家でない以上僅かな種類だけだろう。

 そう考えると結局真面目に狩猟して肉を確保するのが一番簡便な食料調達手段じゃないかな?と南那も思い至る。

 

 都合の良い事に、成果物の納品は「獲物の皮」だった。

 解体し皮を剥いで収めればそれが得点になる。

 残りの部位は好きにしろというわけだ。

 これはどう考えても食料調達も念頭に入れたルールのように思えた。

 

「それに道具のハンデが有る上に、人員もこちらは少ない。狩りはより困難になる」

 

 戦闘組、そして補助組の各班にはそれぞれ数人の補助役(サポーター)が随伴していた。

 彼らが素人同然の班員に代わり獲物の解体や道具の運搬を担う事になってるらしい。

 各班自体は狩りに専念できるというわけだ。

 

 特別組に至っては補助人員に加え幾人か騎士まで加わっている。

 最も人数が少ないはずなのに一番の大集団となっている矛盾。

 あいつらどこまで恵まれてんだ、と思わず心の中で不満を漏らす。

 特別組は装備も充実しており、寝泊まりする為のテントやその他魔道具まで持ち込んでいるのが見て取れる。

 完全に別待遇として扱われているのは誰の目にも明白だった。

 

 対して保護組は、武器も無く補助役は子供であるトト一人。

 どう見ても一番不利ですありがとうございます。

 

 ふざけんなよこのやろう。

 

 

 

 ピィィィィィー!

 

 

 

 骨笛(ボーン・ホイッスル)の甲高い音が場に響き渡る。

 それが狩猟開始の合図だった。

 開始時刻は丁度正午。

 日が頭上に高く昇るこの頃合いは、陽気が体を温め一番動きやすい時間帯と言えた。

 

 堰を切ったように各々が、獲物を求めて森へと入っていく。

 三日間の狩りの祭典が今幕を開けた。 

 

「とりあえず荷物は持てるだけ俺が持つわ」

 

 背負い袋に纏められた荷物を、三人分。三つの背負い袋。

 一際鍛え抜かれた肉体を持つ琉覇がそれを軽々と持ち上げる。

 うわすご、と素直に南那は感心した。

 というかまず俺が持つわとか普通に心がイケメン。

 

 

「あと半分は誰か頼む」

 

「では私が一つ」

 

 未来が――思ったよりも軽々と――それを背負う。

 その姿は全然重そうに見えなかった。

 うわこっちも凄い。

 

「トトも自分の分は持てるですよ」

 

 自分よりずっと小柄な少女も、体格的にきつそうな背負い袋を難なく、ひょいと背負った。

 もしかしてこれ軽いんじゃ?と南那は思い始めていた。

 

 残るは一つ。

 

 帆は無言で背負い袋を持ち上げる。

 

「だいじょーぶー?」

 

 心配して麻美は声をかけるが。

 

「うるせえ。持てるよ」

 

 不貞腐れたように、帆は歩き始める。

 その姿は見るからによたよたとしていて、無理をしているのが丸わかりだった。

 

「あいつもオトコノコなんだねえ」

 

 麻美はニヤニヤとしながら、その様子を眺めていた。

 

「頑張ってるんだから、笑わないであげようよ」

 

 でも、南那も心の中でニヤニヤしていた。

 なんだかんだで帆も男の子なんだなあ。

 そういう見栄は、女の子は嫌いじゃないです。

 必死になる帆の姿に、微笑ましいものを感じていた。

 

 

 

 南那達五人は、あてもなく歩き始める。

 とりあえずとただ進んだ。

 

「んで、どうするよ」

 

「ここらへんなら鹿か狐を狙うのが良いと思うですよ」

 

 そんな詳しいわけじゃないですけど、とトトは言う。

 

「兎なんかもおすすめです。弓も無いなら多分兎が一番楽です。罠でいけるです」

 

「武器が無い現状、それが一番だろうね」

 

 未来もトトの意見に同意した。

 

「だがまず何より最初は、拠点となるべき場所、ベースキャンプを作るべきだろう。常に荷物を持って歩き回るわけには行かないのだから」

 

 ふむん、と未来は少し考え込んで。

 

「セオリー通り水場をまずは確保しよう。その近くを拠点とするべきだ。ただ、他の班とはあまり近く無い方が良いと思う」

 

「えっと、なんでですか?」

 

 近くに人が居た方が、安心じゃないだろうか。

 いざという時に助けて貰えそうだし。南那にはそう思えた。

 

「私達は決して、()()()()ってわけじゃない。敵ではないがお互い親愛の情が芽生える程には近くない。そして今は互いに競い合ってる状況だ。わかるかい?」

 

 つまり、と

 

「横殴りか」

 

 ぼそっと。

 ちょっと歩いただけで体力が大分切れかけてる帆が呟いた。

 

「横殴り……まあ、そういう表現も有るな。要するに、横取りさ」

 

「そんな事」

 

 まさか、と思った。

 思ったが。

 

「あり得ない話じゃないよ、南那」

 

 麻美はその言葉に、渋い顔をしていた。

 

「大して仲も良くない。しかも無能とか思ってる奴相手ならさ。盗ってもいいって考えないって、絶対言える?」

 

 自分が逆の立場だったらどうだろう。

 積極的にはしないと思う。

 だが一緒にいるメンバーが「やっちまおうぜ」と言った時、強く咎めるだろうか?

 あいつらなら良いんじゃないかな、と考えないとどうして言えるだろうか。

 私はそこで、踏みとどまれるだろうか。

 南那は、答えを返す事ができなかった。

 

「俺もお嬢の意見には賛成だぜ」

 

 一番前を歩く琉覇が、振り返らずに言う。

 

「直接殴ってくる事は無いだろうが、味方って考えるのは甘すぎる。警戒はしておくべきだ」

 

「そういうわけだ。他の連中から十分に離れつつ、それなりの利便性を持つ場所を探そうじゃないか。日が落ちるまでにね」

 

 

 

 それから体感にして一、二時間程度。

 

 十分に歩き回った保護組のメンバーは、丁度いい場所を見つけた。

 

 長い年月を生きただろう巨木。

 

 それは力尽き岩棚により掛かるように折れ倒れかかっていた。

 これにより天然の簡易小屋のような場所になっており、少人数であれば十分に雨風を凌げそうな場所に見えた。

 

 また水場からもそれなりに近く、大凡100m程度行くと小川へとたどり着く場所でもあった。

 

「他の班は少なくとも9人は居るようだった。その人数にここは狭いが」

 

 岩棚の内側を調べる未来は、満足げだった。

 

「6人であれば丁度いい場所だ。どうやら近くに他班も居ないようだし、ここにしよう」

 

 散々歩き回って既に限界が来ていた帆が、放り投げるように背負い袋を岸壁に置いた。

 それを合図に、荷物を持つ全員がそれを岩棚の下に放り出す。

 

「今日はここに寝床を作る事と、明日の準備に使おう。おそらくそれだけですぐに暗くなる。こんな森の中夜闇を動き回るのは愚かとしか言いようがない。ゆっくり休んで、明日に備えるとしよう。」

 

「夜の森を歩き回るなんてどんな馬鹿もしないですよ。わざわざ言う必要もないです」

 

 すいません良くわかってませんでした。南那はちょっと反省する。

 灯りがそこかしこに存在する現代人の感覚で()()()()()というものは想像し辛い。

 勿論その危険性も。

 だから頭で理解していても、まったく実感が沸かない。

 

「松明持ってるから大丈夫、とかじゃないんですね……」

 

「死にたいですか。ナナはちょっとおバカですか?」

 

 こいつマジか、とでも言いたげなトトの視線が痛かった。

 

「そもそも疲れてるしもう動けないって」

 

「だよねー」

 

 この場所を見つけるまで、整地されていない山の中を散々に歩き回って、漸くこの場所に腰を落ち着けて。

 高校一年の三人の体は、体力が切れてしばらくは一歩も歩きたくないと悲鳴を上ていた。

 

 数時間もしない間にこれだ。

 あと三日、自分たちは狩りなんて出来るのだろうか?

 南那の疑問に答えてくれる人間は、この場には居そうになかった。

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