翌朝。
三人の姿はダラマトナの郊外に有った。
「はえー」
その光景に、トトは感嘆の声を上げる。
崩れた城壁の脇。
そこには、様々な物品が並べてあった。
やや煤けているが、ちゃんと使えそうな荷馬車。
荷馬車の荷台に置かれた馬具。
数十本に及ぶ剣や槍。
そして、食料の入った樽。
それらが綺麗に並べられていた。
「昨日の間に揃えておいた」
荷馬車に手をかけながら、未来が言う。
「一応必要なものは全部揃っていると思う。準備を終え次第、大魔将の追撃に向かう」
大魔将との交戦から既に二日。
どこまで進んだのか、どの程度まで浸透したのか。
少なくとも容易に追いつける範囲には居ないだろうと未来は考えていた。
「馬車有るの嬉しいですけど、良く見つけてきましたね」
ニノンは、へー、と荷馬車をじろじろ眺めている。
まあまあですね、と率直な感想を零す。
「こいつに関しては半分運だったよ。全部市場の方に有ったらアウトだった」
食料その他を運ぶ用途で使われる荷馬車は、おそらく商品が頻繁に取引される市場近辺に集まって居ると考えられた。
もしそうなら砲撃で全て砕け散ってしまっているだろう。
だが、それだけではないはず。
職人が多い外縁部の貧困区には、ポンス達も勤める鍛冶場が有る。
そのような場所であれば荷馬車も有るはず――という未来の考えは、的中した。
幾つかの場所を回り、ようやく使えそうな荷馬車を一つ、彼女は見つけてきたのだ。
「まあここまで引いてくるのは少々骨が折れたが」
「え、もしかして自分で引いてきたんですか?」
「それ以外どうやって持ってくるんだ」
「うわあ」
人間が荷馬車を引く姿を想像して、よくやるなあとニノンは呆れつつ感心した。
自分だったら絶対やりたくない。
というかこんな瓦礫だらけのとこ、そもそも重い荷馬車を引けるとも思えない。
「とりあえず、これをグリにつければ良いですか?」
トトが荷馬車の荷台に転がっていた馬具を確かめながら言う。
手に取って状態を確認してみたが、トトの目から見ても何も問題無いように見受けられた。
これなら、十分使えそうだと。
「頼む。そこらへんも私では全然でね」
未来は経験の有る事なら大抵そこそこ出来ると自負していたが、流石に初見の作業を十全にこなせると考える程思い上がってはいなかった。
乗馬はできるが、あくまで乗るだけでその他の世話等には然程詳しくない。
その為経験者であろうトトを頼るのが、一番だと思っていた。
「任せとけです。トトならばっちりですよ」
小さい胸を逸らして、トトが言う。
お腹いっぱい食事を取って一晩眠った事で、トトの精神も大分回復したようだった。
昨日に比べ、明らかに表情は明るく、快活な雰囲気を漂わせていた。
「トトさんはなんでもできますね。雑用マスターじゃないですか」
「自称令嬢のアホの子と違って、人生経験が深いですから」
「お? 喧嘩売っとんのか? 買うぞ?」
気づくと二人は何時もこんな感じでじゃれてるなあ、と未来は苦笑しながら、集めた武器の最終チェックを行う。
荷台に転がっているそれは、煤で薄汚れてはいるがどれも使う分には問題無い。
最悪質量が有る物ならなんでも良かったが、想定で一番望ましいものは槍であった。
それがまとまった数で残っていた事は、やはり幸運と言わざるを得ない。
数は三十四。
これが、大魔将を穿つ弾丸だ。
この全てで、あの巨大な大魔将を攻略する。
自分がこれまで手に入れた情報なら、問題無いはずだと未来は自答する。
魔将ゲーザ、大魔将ジョーフィアとの二度の交戦経験。
そこで丸裸にした彼らの戦力を鑑みれば、十分に攻略可能。
後は自分が想定しない
「最悪のパターンは、広範囲無差別攻撃を隠し持っていた場合だな……」
もし周辺数キロメートルを一斉に焦土に変えるような攻撃を大魔将が持っていた場合、勝率は極端に下がる。
その場合は即座に次善プランに切り替えなければならない。
それでも勝利は揺るがないが、被害程度が変わる。
極力、最善プランで止めを差したい。
剣を確かめながら、未来はそう心の中で呟いた。
三人は各々の仕事を黙々とこなす。
トトはグリへの馬具の取り付けと荷馬車周りの調整。
未来は荷物の積み込みと確認。
そしてニノンは、ひたすら
未来の
いちいち詠唱していては間に合わない。
即時発動可能な
「終わんねぇー」
ローブに仕込んでいた
材料が調達できれば新品を使うのだが、生憎全てこの街と共に燃えてしまった。
仕方ないので元から持っていたものを再利用するしかない。
準備する数は……えっと、何本だっけ。
とにかく一杯。
数えるのも嫌になる位、記述しなければならない。
さしたる労力ではないが、単純作業の連続に、ニノンは早々に嫌気が差してきた。
「めんどくせえんだよこういうのはよぉー。誰かにやらせてえ」
うがー!と杖を振り回すニノンに、未来は苦笑する。
「済まないが頑張ってくれ。今回の作戦はニノンが肝だ」
「私が、じゃなくて魔法使いが、でしょぉー?」
ふーん、とニノンが頬を膨らませる。
「こんなん私じゃなくても出来るじゃないですか。手近な女なら誰でも良いんでしょ未来さんは」
「なんか凄い人聞きの悪い事言ってない君?」
未来がとてつもなく微妙な表情をしているのを、トトは見てしまった。
なかなか珍しいですね、とそれを記憶に残しておく事にする。
いつか弄るネタにできるかもしれない。
「とは言え、それだけの量を簡単に用意できるのはニノンだからじゃないのか?」
「フッ……お気づきになりましたか。低級とは言え、この速度でこんだけ
ちょっと褒められた途端、すぐにドヤる。
こいつはこいつでチョロいな。
一転して上機嫌になったニノンをトトは冷めた目で見ていた。
歳上二人居るのに、この中で一番まともなのは自分ですね、とトトは思う。
自分は落ち着いた常識人だ。
多分。
やや緩やかな時間が流れてる中、それは起きた。
「んにゃっ!?」
地面が、揺れる。
低い音と共に小刻みに横に揺れる大地に、トトは思わず跳び上がった。
そしてとととっと走ると必死に未来にしがみついた。
「ほわあー!?」
ニノンもびっくりして、手に持っていた
そしてそのままひっくり返って「ぐえー」と天を仰いでいる。
ただ一人、未来だけが何事も無かったように、作業を進めていた。
しかしその顔は険しい。
「また撃ったな」
この地響き。
大魔将の砲撃の余波に相違無いと、未来は即座に看破する。
「あの大魔将のとんでもない攻撃ですか?」
ニノンもその時の事を思い出す。
あの時のように、強烈な揺れではない。
だが地震が滅多にないこの地で、数日の間に続け様に地面が揺れるというのは、あまりにも異常だった。
だから、大魔将の影響としか彼女には思えなかった。
「おそらく、大質量による砲撃。その影響で地震が起きてるんだ」
未だしがみつくトトをあやしながら、未来はそう言う。
「ほんととんでもねえな大魔将」
「だからこそ、倒さないといけない」
もう街が三つ消えた。
放置すれば後幾つ消える事か。
「急ごう」
一刻も早く大魔将に追いつかなければいけない。
その思いを新たに、三人はさらに手を早めた。
大魔将の足跡は、思ったよりも簡単に辿る事が出来た。
「そりゃまあそうですよね」
目の前に有る光景に、ニノンはですよねーと呟く。
「あんなクソデカいもんが動いたら、こうなりますわ」
グリが引く荷馬車に乗った三人の目の前には、陥没した巨大な穴が幾つも存在していた。
大きさにして、数メートル。
深さはそれ以上。
その穴は彼方、地平の向こうまで幾つも幾つも、数え切れない程に大地に穿たれていた。
「探す手間が省けた、と言えばいいのか」
穴の続く先を、未来も見つめている。
その先には何も見えない。
あの赤い煌めきは、未だ目の前に無かった。
「方向はあちらで良いんだな?」
その言葉に、トトは頷く。
方角は未来が予想した通り、首都であるラニヤナを向いていた。
「穴の空いてる方向に真っ直ぐです。真ん中は……まだまだ先です。見えないくらい先です」
「となると、大分進んでるな……」
大魔将も生物。流石に二十四時間不眠不休で進んでいるとは考え辛い。
だがもしその半分を移動に充てていたとしたら、最悪二百キロメートル以上は進んでいると見て良かった。
「でも、やっぱりあんまり動いてないです」
トトはそう付け加える。
「やっぱり昨日の夜言った通りか」
「みたいですね」
昨日夜から、大魔将との距離をトトの
何故か大魔将はあまり移動していない事が判明していた。
どういう理由かは分からないが、どうやら大魔将は何処かに留まっているらしい。
だとすれば風向きが良くなったなと未来は思う。
「正直この荷馬車だと、ずっと移動されていたら追いつくのが難しい。助かったとしか言いようがない」
先程の地震を思い出す。
震度にして、おおよそ2程度。
となると、二百キロメートルも離れていない可能性は、非常に高い。
これまで体感した三度の地震から鑑みるに、おそらく百キロメートル以内。
さらに言うなら、70~80キロメートル程度ではないかと未来は見積もっていた。
「あまり移動しない、と仮定すれば、ギリギリ明日には追いつける計算か」
「一日中走らせるのは、グリが可哀想ですけど……」
グリには少なくとも今日その距離を駆けてもらわなければならなくなる。
それは彼にとって負担だろうと未来も思っていたが、状況があまりにも切羽詰まっていた。
未来としては、グリが潰れない事を祈るしかない。
「そこらへんは任せてください」
ふふん、とニノンが割り込んでくる。
「疲労回復促進や、負担軽減は魔法でもなんとかなります。流石に足が折れたとかならもう無理ですけど、疲れ程度ならなんとかしてやれますよ」
「おおー、流石魔法使いです。凄いです」
「そうです私は凄いんです」
そう言いながら、ニノンはグリの背中に魔法陣を書き始めた。
少しむず痒いのか、グリが背中を捩る。
だがニノンは関係ねえとばかりに容赦無く書き綴っていった。
「なんでずっと速歩で行っても大丈夫ですよ。だから、想定よりも大分早く着けるはずです」
不敵に笑うニノンの顔には、戦意が溢れていた。
なんだかんだで、彼女もやるとなったら相手をぶっ潰したいと考える女だった。
それを受ける未来もまた、目には力が漲っていた。
確実に
「上手く行けば、夜間に奇襲できるか」
そうであればありがたいな、と未来は思う。
大魔将の輝く体は、夜こそ良く目立つ。
こちらからは一方的に視認でき、相手からこちらは視認し辛い。
最高の状況が、夜であった。
大魔将との決戦。
その時は、急速に近づきつつあった。