崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第128話 噛み合わない者達

 ゾビンを砲撃してから一日。

 

「とりあえずもう一発行っとくか」

 

 あまりの動きの無さに焦れたジョーフィアは、戯れとばかりに移動して最初に目にした街へ、挨拶とばかりに砲撃を見舞った。

 

 超融装(フェレッテシュ・フュージオ)により百メートルを越えるジョーフィアの巨体よりも高く吹き上がる土の柱を見上げ、「おー」と彼女は感嘆の声を上げる。

 

「流石に三発もぱなせば動くであろう?」

 

 過去の他氏族(マゴク)の出撃情報から、そろそろ来ても良いのじゃが、と首を傾げるジョーフィア。

 まさかその地方の最大戦力を既に潰し終わっているとは知らない彼女は、この肩透かしの原因は何故なのかまったく分からないでいた。

 

「まあ、主目的は半分以上達成されているから問題はないがの」

 

 大魔将が出撃する理由は二つ。

 

 一つは魔将を倒す存在が現れた時のカウンター。

 自分たちの王を脅かしかねない戦力を、早期に潰す為の粛清装置。

 戦士(ハルコシュ)を倒し得るという事は、王にも届く可能性が有る存在である可能性が高い。

 万が一の目を摘む為、出撃するのだ。

 百年前の愚を犯さぬように。

 

 もう一つは示威行為。

 魔将を倒したくらいで良い気になるなという警告。

 その為一定時間暴れまわり、光の民に刷り込むのだ。

 我々はそう甘くないぞと。

 

 その示威行為は既に達成されていると見て良い。

 大規模破壊が可能なジョーフィアは、他の大魔将よりも遥かに簡単にこれを示す事ができる。

 砲撃一発で街は滅び、灰燼と化すのだ。

 これ以上わかりやすい警告は無い。

 

「もしこれでも出て来なんだら、王国(エタ)の外れでも荒らしてやろうか」

 

 あと二、三日動きが無かったら。

 仕方がないので、ヴェネリサール王国の端の方でも片っ端から砲撃してやろうとジョーフィアは考えていた。

 

 できれば中心部にも一撃くらい見舞ってやりたい気分だが、六族協定で猟域(テリュレト)崩壊に繋がる致命的な攻撃は禁止されていた。

 

 故に彼女ができるのは嫌がらせレベルまで。

 打撃を受けるが、立て直し可能な範囲までのみとなっているのだ。

 

「アマネジ・ミクが出てきた時は心踊ったのだがのう」

 

 あの異邦人(イデケン)がゲーザを破った時は、喝采すら送ったのだ。

 

 ――遂にあの卑怯者ども、異邦人(イデケン)()()()()を理解しおったな! 儂らと満足に戦えるところまで来おったか!

 

 ヴェネリサールは自分たちとの戦い方を理解し、()()が出来るようになった。

 そう、ジョーフィアは思ったのだ。

 

 だからアマネジ・ミクを先鋒に、こちらを下す為の策を矢継ぎ早に繰り出してくるとばかりに期待していたというのに――

 

「結局なんも変わらんではないか、これでは」

 

 今やジョーフィアの期待は完全に失望へとすり替わっていた。

 

 最弱にして卑怯者の猟域(テリュレト)

 

 その評価はやはり変わりそうになかった。

 

「隣の帝国(ライヒ)など、きちんと戦争できておるのにのう」

 

 第二猟域(マーショディク・テリュレト)に存在する永遠帝国(エーヴィゲスライヒ)は、最も精強な猟域(テリュレト)であった。

 常に戦士(ハルコシュ)が複数出張り、戦争という体裁を保つ事が出来ている、彼らにとっては最も望ましい場所。

 

 他の猟域(テリュレト)でも多かれ少なかれ戦争の体裁は取れている。

 

 ここだけなのだ。

 あまりに弱すぎてこちらが()()してやらなければならない猟域(テリュレト)は。

 迂闊に攻撃するわけにもいかないので、評価(ポイント)稼ぎすらままならない。

 

 故にこの第三猟域(ハルマディク・テリュレト)の担当は、()()()と各氏族の間では囁かれていた。

 

「せめて反撃くらいしてこい、ヴェネリサール王国。これでは儂が何の為に出てきたのかわからんではないか」

 

 この超融装(フェレッテシュ・フュージオ)の使用は色々と制限が有る。

 その内一つが、戦士(ハルコシュ)の撃破であった。

 その他条件を満たした上で、初めて出撃可能になる切り札の一つ。

 

 使った以上、それに見合う成果は出したいのが人情というもの。

 だというのに、相手はやる気が無い。

 

「ちょっと貧乏くじ過ぎやせんか?」

 

 そういえば他の長老(ヴェーン)も、第三猟域(ハルマディク・テリュレト)はめんどくさいぞと飲みの席で言っていたのを思い出す。

 

 あそこはとにかくしょっぱい、稼げない、つまらない。

 行くだけ損をすると。

 

 その言葉がようやく本当の意味で理解できた。

 

 氏族の戦士(ハルコシュ)達も、このままだと困るのでなんとかしてくれ、あまりにも出撃回数が少なすぎると陳情してきたのも頷ける。

 その時はやり過ぎない範囲で上手く削ってくれ、とだけ返しておいたのだが。

 

 自分で手を出すと、削るもなにも削るものが無さ過ぎてどうしようもないのが分かる。

 

 ちょっと()()しかする事がない。

 反撃が来ない。

 

 戦うべき相手が、まったく存在しない。

 

 なんじゃこれ!?

 

 初手がなまじ手応え抜群だったのが悪かった。

 あの水準でその後の展開も計ってしまった。

 

 本格的な戦争(ゲーム)ができると、心を踊らせてしまった。

 

 それが蓋を開けたらこの体たらく。

 その失望は如何程のものか、表現するに筆舌し難いものがあった。

 

「帰ったら皆に謝っておかねばならんの」

 

 いやほんとすまんかった。

 もうちょっと考える。

 

 ジョーフィアは本気で反省した。

 

 戻ったら本格的に侵攻計画を練らなくてはならない。

 ここは思った以上に精密に、慎重に管理しなくてはならない。

 倒さないよう注意を払い、適度な出撃回数を確保できるようにしなければ。

 そう、彼女は認識を改めた。

 

「はあ~~~~~~」

 

 ジョーフィアは大きく溜息を付く。

 

 今回の出撃は勉強料として納得しようと、そう自分に言い聞かせた。

 

 向こうを見れば、そろそろ日が落ち始める頃合いであった。

 地平の向こうに大きな太陽が顔を隠そうとしているのが見える。

 

「暗くなったらもう儂も寝ようかな」

 

 こんな退屈な戦場(クソゲー)はさっさと終わらせたい。

 そう思っていたのだが――

 

「お?」

 

 その太陽を背負うように、やってくる一団が見えた。

 まだ米粒のように小さいが、それは確実にジョーフィアの方を目指し進んできている。

 

「お? お?」

 

 巨大な躯体の中で、ジョーフィアは思わず身を乗り出した。

 

 そしてよくよく目を凝らす。

 

 赤い陽光を受けて鈍く輝くその姿。

 僅かに上がる砂煙は、馬が駆けた為に違いない。

 

 つまり――

 

「よっしゃあああああああ!!!」

 

 ジョーフィアは思わずガッツポーズをした。

 

「来た! ついに来たな! 本当に本当に来たよな!?」

 

 待ち望んでいた反撃。

 それが遂にやって来た。

 

「些か数が少ないような気がするが、まあ良かろう」

 

 ぱっと見ても一軍という規模ではない。

 せいぜい一部隊。

 

 この超融装(フェレッテシュ・フュージオ)した姿を相手にするには、あまりも少ない。

 相手が戦士(ハルコシュ)であっても、あまりにも()()()数だった。

 

 だがその一部隊でも、生え抜きの可能性は有る。

 もしかしたら自分たちを倒す為の切り札かもしれない。

 

 そう考えると、途端に心が踊った。

 

 先程までの倦怠など既に吹き飛んだ。

 ジョーフィアは気持ちを切り替えると、ぐっと体に力を入れて臨戦態勢へと移る。

 

「あまり失望させてくれるなよ、ヴェネリサールの戦士」

 

 兜の下に隠されたジョーフィアの表情は窺い知る事ができない。

 だが凶悪な笑みを浮かべているだろうことは、きっと彼女の様子を見た誰もが思い浮かべる事ができただろう。

 

 迸るような戦意を、今の彼女は全身から発していた。

 

 

 

 無言で走る神殿騎士達は、その巨体を既に捉えていた。

 

 大魔将。

 

 人類最強の敵が今、彼らの目の前に存在した。

 

「大きい……」

 

 誰かが、そう呟いた。

 

 その巨大さは圧巻だった。

 小山がそのまま動いている、そう言って差し支えない程の巨体。

 

 きらきらと輝く水晶のような体は、日が落ちようとしている今の時刻でも美しく輝き、むしろこれからその存在感を存分に発揮する時間に突入するだろうと思われた。

 

 幾何学的な多面体に、上下に生えた無数の足。

 

 それは彼らの生理的嫌悪を引き出すに十分な異様さを誇っていた。

 

 平時であれば、恐怖に足が竦んでいたかもしれない。

 だが今の彼らには、神の威光が宿っていた。

 

 その身を包む恩寵が恐怖を覆い隠し、代わりに勇気を与える。

 

 武者震いすら無い。

 

 奇妙な平静さと使命感だけが、神殿騎士の心には満ちていた。

 

「理解していると思うが」

 

 先頭を走る騎士が、そう告げる。

 

「大魔将の魔封圏に入ったら、即座に自己編綴魔導式活性(レベルアップ)を使用しろ。効果時間であれば、その影響を防げる」

 

 誰一人、頷く事すらない。

 そのような重要な事を忘れている者などここには一人も居ない。

 念押しのような、慎重過ぎる確認だった。

 

「悔しいが、我々にあの巨体を傷つける術は無い」

 

 腰に佩いた剣など、かすり傷にすらならないだろう。

 堅き魔封石の塊に全て弾かれ、なんの痛痒すら与えられずに終わる。

 

 魔導式を発動しようとも、届く距離では全て無意味。

 

 彼らは今、無手で戦いに赴こうとしているのと同じだった。

 

「ひたすらに撹乱し、()()()()()()()()()()。何か有ると錯覚させ、常に逆転を狙っていると奴に思わせる」

 

 彼らに残された手段は、欺瞞(ブラフ)だけだ。

 戦えるかのように見せかけ、騙す。

 烏合の衆だと悟られずに戦闘を長引かせるのだ。

 

「最後の一人になろうと投げ出すな。神の御心と人類の為に殉ずるのだ」

 

 自分たちの稼いだ一分一秒が、きっと人類存続の糧となる。

 そう彼らは信じていた。

 

 徐々に徐々に、大魔将の姿は大きくなっていく。

 日は落ちて辺りは暗くなろうしてているのに、水晶で形作られたその巨体はむしろ煌々と輝くように怪しい光を放っている。

 それは自分たちを誘っているようにも、威嚇し近づかないようにしているようにも見えた。

 

 まるで動く要塞に近づいていくようだと、騎士達は感じていた。

 それは人が戦うにはあまりにも大きすぎた。

 だが、引くという選択肢は存在しない。

 

 彼らは戦いに来たのではない。

 殉じに来たのだ。

 

 

 

 巨大な躯体の中から、近づく騎馬達をジョーフィアは見つめていた。

 

「失望させてくれるなよ」

 

 熱く、熱く。

 その視線を彼らに送る。

 

「せめてアマネジ・ミクと同じ程度には抵抗してみせよ」

 

 

 

 神殿騎士達は走る。

 ただ無心に、心静かに。

 

「この命、天に御わす神に捧げよ」

 

 開戦の号砲にしては、あまりにも静かに、そう告げる。

 

「恐れず進め。ただ、為すべき事を為すのだ」

 

 

 

 大魔将ジョーフィアと、神殿騎士。

 あまりにも双方の思惑がすれ違った虚しい戦いが、幕を開けようとしていた。

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