崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第133話 人魔困惑

 ゲーザ達魔将は、ラウンジで長の帰りを待ちわびていた。

 

 彼らは何れも無言であった。

 

 ――まさか長老(ヴェーン)までもが敗れるとは。

 

 誰もがそう、意見を一致させていた。

 

 超融装(フェレッテシュ・フュージオ)により熱情(ヘヴレト)を増幅させた長老(ヴェーン)が敗れるなどとは誰も想像していなかったからだ。

 

 熱情(ヘヴレト)は強力な能力だ。

 自らの心の有り様を世界へと伝播させ、変容を起こす。

 光の民が用いる魔法ほど汎用性は無いがその分強力。

 

 その力が増幅されれば、如何程の強さを発揮するか。

 それは、用いる彼ら自身が一番良く知っていた。

 

 特にジョーフィアが用いる「拘束」という熱情(ヘヴレト)は、効果範囲が広がる事で劇的な凶悪さを発揮するようになった。

 

 半径一キロメートルという長大な範囲に入れば、相手の行動をほぼ無効化できる上に一方的な攻撃も可能。

 最早戦闘が成立しない程に凶悪な熱情(ヘヴレト)と成り果てていた。

 

 しかしその熱情(ヘヴレト)を以てすら、敗北を喫した。

 

 ――アマネジ・ミクか。

 

 他の魔将はいざ知らず。

 ゲーザだけは、そう確信していた。

 

 惰弱にて卑怯な王国にあのような攻撃は不可能だと彼は認識していた。

 今王国で脅威と成り得る存在はあの少女だけだと。

 

 如何なる方法を用いたのかは、わからない。

 

 だがただ個人であっても大魔将を破壊してもおかしくないという恐ろしさを彼女に感じていた。

 

「ククッ」

 

 ゲーザの口角が思わず歪む。

 

 アマネジ・ミクとの再戦。

 それはなんと心踊る話だろうか。

 次は前よりさらに劣勢だろう。

 だとしても。

 

 挑戦者として戦える事の、なんと心地良き事か。

 

 久しく感じていなかった高揚感が、今のゲーザを満たしていた。

 

 彼は己の脳内で反芻する。

 アマネジ・ミクとの仮想戦闘、そこでの敗戦を幾度重ね、勝つ方法を模索する。

 それが、今のゲーザの最高の楽しみだった。

 

「…………遅いな」

 

 どれだけ無言で思考に没頭していただろう。

 

 ふとゲーザは思った以上の時間が経っていた事に気づいた。

 

 見回すと、他の戦士(ハルコシュ)達も無言ながら焦れた訝しげな表情を浮かべていた。

 

「……長老(ヴェーン)の身に何か有ったのかもしれぬ」

 

 思えば、超融装(フェレッテシュ・フュージオ)が破られるのはこれが初めて。

 何か不測の事態が発生した可能性も十分に有る。

 

 戦士(ハルコシュ)達が一斉に立ち上がり、焦った様子で部屋を次々と出る。

 まさか、という悪い予感が消えない。

 

 彼らは一斉に戦団本拠(クラン)内に有る小神殿へと駆け出した。

 ジョーフィアはそこに帰還しているはずだ。

 

超融装(フェレッテシュ・フュージオ)は感覚同期がされてる」

 

 少年のような戦士(ハルコシュ)が、そう言う。

 

「あんだけ粉々に砕けたら、本体にも何か影響が出るかもしれねえ」

 

「有り得る」

 

 遥かに巨大に拡張された体。

 そこから受け取る情報量は圧倒的だ。

 

 当然、その身で受けるダメージも常時とは違うものだろう。

 

「気を失っているか、もしくは(データ)に欠損が出たのかもしれない」

 

「なんにせよ、異常事態の可能性が高いか」

 

 そう推測を話し合っている間に、小神殿の扉の前まで彼らは辿り着いた。

 

 赤の氏族(ヴォルシュ=マゴク)の本拠であるこの場所。

 そこの屋内に据え付けられたそれは長老(ヴェーン)が肉体より戻ってくる為の門でも有った。

 簡素ではあるが美しい文様が刻まれた大扉は、淡く赤い光を放ち神聖さを醸し出している。

 

 戦士(ハルコシュ)の一団が、扉に手をかけた。

 

 ぎぃ、と鈍い音と共に、扉が開く。

 

 室内は僅かな灯りが存在するのみで薄暗い。

 これは帰還者が目覚めた時、強烈な光で目を灼かぬようにという配慮でもあり、また宗教的な神聖さを保つ為の演出でもあった。

 

長老(ヴェーン)!」

 

 薄暗い室内に、ジョーフィアを呼ぶ声が響く。

 だがそれに答える声は無かった。

 

 恐る恐る、部屋の中央に有る寝台へと近づく。

 

 そして――

 

「馬鹿な」

 

 彼らは、在り得ぬ光景を見た。

 

 寝台に、誰も居ない。

 

 そこにジョーフィアの姿は、影も形も無かった。

 彼女が横たえられているはずのそこには、空虚な空間が広がっているのみだった。

 

「も、もう帰ってるはず……だよな?」

 

 そんな誰かの震える声が聞こえる。

 

 それにゲーザは無言で頷く事しかできなかった。

 

「なんだ」

 

 誰もが呆然としていた。

 

 長老(ヴェーン)の未帰還。

 それは、有ってはならない事態だった。

 

「何が起こっている?」

 

 赤の氏族(ヴォルシュ=マゴク)長老(ヴェーン)の未帰還――死亡。

 

 その情報が駆け巡り、果ての国(レーシェク・オルサーガ)を揺るがすには、あと暫くの時間が必要であった。

 

 

 

 闇の民が混乱しているのと同じように。

 また光の民の側でも混乱が生じていた。

 

 ヴェネリサール王国の首都ヴェリス。

 

 そこでは、対大魔将の軍勢が急ピッチで編成されていた。

 

「どう急いでもあと一週間はかかるな」

 

 ヴェネリサール撃滅騎士団の団長、ギヨーム・ド・ヴェルマンドワは執務机で頭を抱えていた。

 太い指で情報閲覧端末(アルカナ・ロール)を操作し、陣容の確認をする。

 

「騎士の動員だけはどうやっても時間がかかるからな……」

 

 大魔将相手となれば騎士団が擁する人材だけではとても足りない。

 臨時発令で地方の小領主からも人を出してもらわなければ、とても戦えない。

 

 騎士だけで千。

 全体では万の規模を編成でもしなければ、あの怪物を止めることなどとても敵わないだろう。

 そう、彼は理解していた。

 

 しかも相手は今まで確認されてこなかった新種。

 分かっている情報は、とてつもない大規模破壊攻撃が行えるという事だけ。

 

 あとは遠見(スクライン)の魔法で見たその姿が、おぞましい巨大な水晶の虫のような外見をしていたという事くらいか。

 

 どのような魔技(パルシオン)を使ってくるかも未知数。

 眷属鳥(ファミリア・バード)による偵察は、近づくと即座に――まったく不明な方法で――撃ち落とされるので不可能。

 それが魔技(パルシオン)であるとは予測が付くが、どのような能力なのかが分からない。

 

 なんにせよ、情報はほとんど無いと言って良かった。

 

衛星国(セクタ)を荒らし回っている間になんとか態勢を整えねば」

 

 大魔将は顕現すると、基本的にその場の衛星国(セクタ)の壊滅に力を注ぐ傾向が有る。

 それはこれまでの大魔将との交戦経験から判明していた。

 

 故に、衛星国(セクタ)が壊滅する間の時間は稼げる。

 王国(エタ)としては衛星国(セクタ)が更地になるまでが制限時間であった。

 

「ルグンドは……まあ、期待はできないな」

 

 獣人主体の弱小国。

 それがヴェルマンドワが記憶するルグンドの情報だった。

 僅かばかりの抵抗も期待できない。

 

 後はせいぜい光神教が時間を稼いでくれるのを祈るしかない。

 こういう状況の場合、彼らの()()には感謝してもしきれない。

 人類の為に躊躇無く命を捨てられる光神教の信徒は、まさに命綱だった。

 

「しかし今回ばかりは牽引派も大人しいか」

 

 ヴェルマンドワは深く溜息を付く。

 近年勢いを増してきたこの派閥は、急速に力を付けつつあった。

 五大貴族の半数を味方につけ、今や最大派閥に躍り出ようとしている。

 

 最近は何かと軍務にも干渉してくるようになったが、流石にこの緊急時にまで難癖を付けてくる程彼らも蒙昧では無かったようだ、と彼は胸を撫で下ろす。

 

 この緊急時に一々陣容にケチを付けられては、戦えるものも戦えない。

 

「政治のしわ寄せを現場に押し付けられては堪らん」

 

 牽引派と礎石派、二大派閥の争いはいよいよもって激化している。

 どちらが国の主導権を握り、その舵取りをするか。

 それはひいては人類の行く末そのものであり、これから人類がどう進んでいくかの争いでもあった。

 

 だがそんなものを、今目の前の戦いに持ち込まないで欲しい。

 それがヴェルマンドワの本音だった。

 

 未来の事を考える前に、まず目の前の敵を倒す事に全力を注いでくれ。

 生粋の武辺者である彼はそう考えざるを得なかった。

 

 そう悩む彼の部屋の扉が、コンコンとやや強めにノックされる。

 そして返事も聞く前に部下が飛び込んできた。

 

「なんだ、騒々しい」

 

 そうは言うものの、額に汗すら浮かべる部下のただならぬ様子に何か有ったな、とヴェルマンドワは思う。

 そもそも通信ですらない直の報告という時点で重要事項なのは間違いなかった。

 

 つまり、他の誰にも聞かれたくない、聞かせられない話という事だ。

 

「報告します」

 

 彼は息を切らせながら、そう切り出す。

 

「大魔将が消滅しました」

 

「なんだと?」

 

 思わぬ報告に、ヴェルマンドワも思わず聞き返す。

 

「退去時間にはあまりにも早すぎるぞ?」

 

 大魔将は一定期間が過ぎると、自然に退去する事も知られていた。

 過去いずれの交戦時でもそうであり、故に現状大魔将相手の戦いは、どれだけ王国(エタ)に近づけないよう時間を稼ぐかが肝となっていた。

 

「それがその」

 

 部下が明らかに口ごもる。

 この言葉を本当に発して良いものかどうか、そう決めあぐねているかのようだった。

 

「良いから、言ってみろ」

 

 ヴェルマンドワがそう促し、ようやく彼は意を決したようだった。

 自分でも信じられぬという表情を浮かべながら、その言葉を告げた。

 

「大魔将は、破壊されたと」

 

「何?」

 

 その情報には、流石にヴェルマンドワも驚かざるを得なかった。

 

「破壊? 破壊と言ったか?」

 

 今一体、俺は何を聞いた。

 ヴェルマンドワ自身、その言葉を聞いても一瞬理解が及ばなかった。

 

遠見(スクライン)による観測では、()()で粉々に砕かれたと」

 

「何か、とはなんだ」

 

「何か、です」

 

 首を横に振りながら、部下は答えた。

 

「わからない、何かです。誰にも分からないのです、それが」

 

 ヴェルマンドワは天を仰ぐと、椅子に深く座り直した。

 そして大きく、深く、再び溜息をつく。

 

「なんだよそりゃ……」

 

 ああ、と呻きのような声が彼の口から漏れる。

 

「都合良く奇跡でも起きたっていうのか?」

 

「いっそ、そう考えた方が楽かもしれません」

 

「第三勢力がやったと考えるよりはな……」

 

 圏外領域(アウトゾーン)に潜む時代遅れの魔法使い(オブソレット)

 大森林に隠れるいけ好かない亜人(ハイエルフ)

 候補を挙げれば、幾つか考えられた。

 

 その何れかが大魔将を倒せる程の力を付けて、王国(エタ)に向ける牙を研いでいる。

 それよりは、奇跡が起きて敵が消えたという方が万倍喜ばしい状況だった。

 

「なんにせよ、伝え方は気をつけなければな」

 

 この情報は劇薬だ。

 それをどう扱うか。

 

 ヴェルマンドワは再び頭を悩ませる。

 だから自分は政治は苦手なのだと、そう心中で独り言ちながら。

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