崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第134話 新しい明日へ

 まるで恥ずかしげに顔を覗かせるように、朝日がじわりと地平から顔を出す頃合い。

 

 トトはゆっくりと目を覚ました。

 

「んぅ」

 

 まだ頭がはっきりしない。

 目を擦りながら、徐々に昇る輝きで頭を覚醒させる。

 

 辺りを見回すと、どうやら自分が一番早く起きたようだとトトは気づく。

 

 荷馬車に繋がれたままのグリは立ったまま静かに眠っていた。

 

 その脇を見ると、未来が寄りかかるようにして目を閉じている。

 

 ――馬のグリはともかく、人間の未来が立ったまま眠っているのはどうなんです?

 

 そう思ったが、考えるのは止めておいた。

 この少女もそろそろ目の前の相手が何処か人間離れした所を持っていると理解してきていた。

 未来は人間(スプレム)というより未来という生き物なのだと。

 

 馬車の脇ではニノンが大の字になって寝転んでいた。

 

 大きないびきをかき、口からよだれを垂れ流すその様は、とても異性には見せられないような惨状だった。

 トトもそっと目を逸らし、見なかった事にした。

 

 そっと火を起こし、焚き火を作る。

 なにはともあれ、朝食だ。

 

 やっぱり腹は減ると、朝起きて実感した。

 生きるとはそういう事なのだと。

 

「やあ、おはよう」

 

 後ろからそんな声がする。

 

「おはようです、ミク」

 

 気配を感じ取ったのだろうか。

 未来が目を覚ましていた。

 

「随分と早いね」

 

「いつも通りですよ」

 

 朝日が昇れば目が覚める。

 それはトトの習い性のようなものだった。

 

 それも実家に居る間はちょっとだけ緩んでいたが――こうして外で寝泊まりする状況になると、いつもの癖が戻ってきたようだった。

 

「手伝おう」

 

「頼んだです」

 

 こんな荒野のど真ん中。

 用意するものなど、大して無い。

 

 野菜を刻んでスープに煮込む程度だ。

 

 二人は無言でその時間を共有する。

 

 言葉は一切交わされず。

 風が軽く吹きすさぶ荒野に、ナイフのトンという音が僅かに響くだけだった。

 

 昨夜帰ってきた二人は、会話もそこそこに夕飯をかっ食らうと早々に眠ってしまった。

 あの未来ですら、即座に寝息を立てるほどだった。

 

 きっと激しく消耗する何かが有ったのだろう、そうトトは思った。

 

 大魔将を倒したのは知っている。

 遠くからでもあの赤い輝きが砕ける音が響き渡り、ここまで聞こえてきたからだ。

 それに、()()が教えてくれた。

 

 もう測るべきものは存在しないと。

 

 その時の事を何か聞くべきだろうか。

 それとも、触れずにおいた方が良いのか。

 

 トトには分からなかった。

 

 結局スープが出来上がるまで、二人は無言だった。

 

 

 

「ひゃーうめえ! 朝って感じがすんねえ!」

 

 起き上がったニノンが干し肉に齧りついて、スープでそれを胃に流し込んでいる。

 

「おめーはもうちょっと慎み持って食えねえですか」

 

 ほんとにこいつは、と毎度の事ながら思う。

 

「準備の一つもしてない癖に、なんで一番食うですか?」

 

「それはまあ」

 

 ニノンはちょっと考える素振りをして。

 

「私が美少女だからですかね……」

 

「なんも関係ねえですよねそれ」

 

 百歩譲ってこいつが美少女なのは認めてやってもいいが、それと食欲とは関係ねえ。

 トトは激しくそう思った。

 

「まあ良いじゃないか」

 

 上品に野菜スープを口に含みながら、未来が笑う。

 

「健啖家であるのは健康な証拠さ。喜ばしいじゃないか」

 

「ほれほれ! 未来様もそう仰っておられるではないですかー?」

 

「誰だよ未来様」

 

 いつものようなやり取りが続く。

 その事に、ちょっとだけ安堵を覚える。

 

「んで」

 

 ぐちぐち干し肉を噛みちぎりながら、ニノンが切り出す。

 

「これからどうすんですか?」

 

 これから。

 

 その言葉に、トトはどきりとする。

 今一番考えたく無い事だった。

 

「私はまあ、ここでの用事は全部済んだんで良いですけど」

 

 綺麗さっぱりね、とニノンは言う。

 

「お二方は、どうなんです?」

 

「私は元々トトを届けるのが目的だったからね」

 

 未来はちらりとトトの方を見た。

 

「私はトトに付き合うよ。暫くは」

 

「で、ちびっ子」

 

 ニノンの視線がトトを射抜いた。

 

 いつものちょっと間の抜けた眼差しは鳴りを潜め。

 鋭さを持った瞳が、彼女を見つめていた。

 

「これからどうすんです?」

 

「トトは」

 

 そこまで言って言葉に詰まる。

 

 もう、帰るべき家は無い。

 養うべき家族も居ない。

 

 自分には何も無くなってしまった。

 

 これからどうするべきなのか、トトには本当に分からなかった。

 

「わかんねえですよ」

 

 ただそう、一言漏らすのが精一杯だった。

 

 そんな様子を見て、ニノンは一言、ほーん、と漏らした。

 

「とりあえずまあ暇って事で良いんですよね?」

 

 じゃあ、と彼女は続ける。

 

「しばらくうちに来ないですか? ぶっちゃけ生活無能者なんで、家事してくれる人が居ないと困るんですわ」

 

 な? ええやろ?と。

 ニノンはそう、持ちかける。

 

 トトは困ったように、未来を見た。

 

「いいんじゃないか」

 

 未来はトトに優しく笑いかける。

 

「ここまでさんざん養ったんだ。今度はこっちが養って貰おう」

 

「悪意の有る言い方ァ!?」

 

 二人のやり取りに、少しだけ、トトは笑った。

 そして僅かだが心の重しが取れたような気がした。

 

「ではまずはニノンの家に向かうという事で良いのかな」

 

 そういえば、と未来は思い出したように言う。

 

「ところで、ニノンの住まいは何処なのかな。そういえば聞いた記憶が無かったが」

 

「なかなか普通の人は行けないレアな場所ですよ。そんな所に行けるんだから感謝してください」

 

 むふん!とニノンが胸を逸らす。

 そしていつものようにドヤ顔だった。

 

「なんですか、魔法使いの国にでも連れてってくれるですか」

 

「あながち外れでもないですね」

 

「マジですか」

 

 適当に冗談言っただけだったのにそう返されて、トトはちょっと驚いた。

 魔法使いの国って本当に有るです?

 

「なんで伝統派魔法使い(オブソレット)が絶滅したとか言われてるかわかりますか? 普段引きこもってるからですよ」

 

 今や魔法と言えば現代式(デルニエクリ)

 古式(オブソレット)は日陰に追いやられ、その存在すら中々見る事は無くなった。

 それは、使い手が減ったからという単純な理由だけではない。

 

圏外領域(アウトゾーン)。魔法使いたちが暮らす世界の狭間。そこへ二人をご招待しますよ」

 

 彼らは一塊になり世間から身を隠した。

 それが、一般には知られざる真実だった。

 

「魔法使いの国か」

 

 興味深げに、未来が呟く。

 

「皆、箒で空でも飛んでるのかな」

 

「箒で空飛ぶとかわけわかんねえですよ!?」

 

「そうか、この様式美がここでは通用しないのか……」

 

 そう言う未来はちょっと残念そうにトトには見えた。

 

「そんな国有るんですね」

 

「有るんですよー」

 

 むふふん!と再びニノンは胸を張った。

 とにかく些細な事でドヤるのが彼女の癖だった。

 

「ただね」

 

 ちょっとうんざりしたような顔をニノンがする。

 

「ちょっと、ちょーっとだけ遠いんですよ」

 

「具体的にはどれくらいです?」

 

 この口ぶりは絶対ちょっとじゃない。

 トトはそう直感した。

 

「……乗合馬車乗り継いで十日くらいですかねえ」

 

「滅茶苦茶遠いですよねそれ」

 

 少なくとも気軽に行ける距離ではない。

 もし旅行だとしたらかなりのものだ。

 少なくとも、トトはここまでの長距離移動は経験した事が無かった。

 

「この荷馬車だともっとかかるんじゃないですかね。まあ、二週間くらいってとこですか」

 

「となるときちんとした準備を何処かの街で整えるべきだな」

 

 ふむ、と未来が頷く。

 今の自分達は()()()()()で出てきただけ。

 野営道具も満足に無く、食料の残りも心許ない。

 長距離移動ならばそれを念頭に置いた計画が必要だと彼女は判断していた。

 

「朝食を食べたらすぐに出発しよう」

 

 未来がコップを置く音が、カツン、とただ一回響いた。

 まるで何かを告げる合図のように、晴れた空に音が響き渡った。

 

「時間制限が有るわけじゃないが、それでも有限である事に変わりはないからね」

 

 トトは一人、ダラマトナの方を見る。

 もうあそこには瓦礫しか無い。

 

 きっと二度とあの場所に戻る事は無いのだろうと、少女は悟った。

 

 幼い頃のものしかない、父との記憶。

 弱々しいが必死に自分を育ててくれた、母の記憶。

 騒がしくも楽しかった、弟達との記憶。

 

 全てがあの故郷で与えられたものだった。

 そしてそれが増える事は、もう無い。

 

「その前にちびっ子! 私にまずおかわりを寄越すんだよ! はよ、はよ!」

 

「幾らなんでも食いすぎじゃないか……?」

 

 だが今は隣に二人の少女達が居た。

 奇妙な縁で結ばれた二人と、きっと新しい思い出をこれから作っていくのだろう。

 

 ――行ってくるです。

 

 きっと、またおかえりと言われる事は無いのだろうけど。

 彼女はただ一言、心の中でそう告げた。

 

 ようやく全身を這い出してきた太陽が、明るくトトを照らした。

 あまりにも熱く、眩しく。

 そして、涙が出そうな日の出だった。

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