崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第127話 聖戦発動

 時間は、暫し遡る。

 

 ゾビンを砲撃した後、ジョーフィアはその動きを止めていた。

 

 強力な砲撃攻撃で体力が尽きた――などという話ではない。

 

「さあて、待つかの」

 

 そもそも彼女の目的は、破壊ではない。

 街を砲撃し破壊せしめるのはあくまで手段。

 目的は、戦力を誘引する事であった。

 

「非戦闘員をどれだけ倒しても、評価(ポイント)にならんしのう」

 

 彼女魔族にとって、戦(・)士(・)以(・)外(・)を(・)倒(・)す(・)意(・)味(・)は(・)無(・)い(・)。

 別に光の民が憎くて殺戮を重ねているわけでも、忌避感が有るわけでも無い。

 

 た(・)だ(・)メ(・)リ(・)ッ(・)ト(・)が(・)有(・)る(・)か(・)ら(・)、(・)倒(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 評価(ポイント)という利益が有るから、戦争を続けている。

 

 それだけの話。

 

 もし光の民と友好を結ぶ事が利益に繋がるのであれば、闇の民である魔族は喜んでこの戦いを止めるだろう。

 

 尤も、世界がそれを許さないだろうが。

 

 世界は光と闇が争う事を求めている。

 光の民と闇の民が殺し合う事は、この世界の摂理なのだ。

 

「これだけ派手に狼煙を上げたのだから、食らいついてくれんと困る」

 

 派手に、ど派手に。

 こうして敵が来たと、誰にも判りやすく知らせたのだ。

 

 来てくれなければ困ると、ジョーフィアは思った。

 

 

 

 ダラマトナやゾビンの壊滅は、勿論周囲にも知れ渡っていた。

 凝縮殲滅弾(シュリーテット・ルヴェデーク)の余波は、遥か遠くまで及んでいる。

 立ち上る土の塔は彼方の街からでも見る事ができ、大地は激しく揺れた。

 これで気づくなという方が無理だった。

 

「一体どうすればいいんだ……」

 

 近郊の宿場町パサでは、街の防衛隊の隊長が頭を抱えていた。

 

 ダラマトナからの報告は、このパサまでも届いていた。

 

 魔族の進軍。

 その一報が届いた時、パサはにわかに緊張に包まれた。

 

 このパサに、駐屯地であるダラマトナのような戦力は存在しない。

 ただ周辺から襲ってくるは(・)ぐ(・)れ(・)から街を守る為の、僅かな数で構成された防衛隊と街内を取り締まる門外漢の衛兵が居るのみ。

 

 そして彼らの多くは衛星国人(セクタ・スプレム)であり、王国人(エタ)のような魔導式を持たない人間だった。

 

 魔族の一体や二体なら囲めば倒せる。

 

 だが、軍勢が襲ってきた時。

 それに対抗できる力は、皆無であった。

 

「ううう」

 

 隊長は知らずの内に、腹を押さえていた。

 もし魔族がダラマトナを抜けてここまで来たら?

 

 そう考え、夜も眠れない日々を過ごしていたというのに。

 

「この地震……絶対只事じゃないだろ」

 

 ダラマトナ方面から立ち上る土の塔。

 そして、巨大な地震。

 

 大地が揺れる悪夢的光景は、パサの街も混乱に陥れていた。

 数は多くないが建物の倒壊も出ている。

 

 それに伴い、ダラマトナとの通信が断絶した。

 これで楽観視しろという方が無理だ。

 

 そしてつい先程起きた、二度目の地震。

 次はゾビンが沈黙した。

 

「もう勘弁して欲しい」

 

  この状況、彼にできる事は何も無い。

 嘆く以外には、何も無かった。

 

 

 

 一方、パサの街でも魔族の動きを鋭敏に察知している者達が居た。

 

 街に不釣り合いな程大きな、光神教の神殿。

 その奥深く、祈祷の間に、多くの人間が集まっていた。

 

 神官や神殿騎士、そしてその他見習いの者まで。

 全ての人間がそこに集っていた。

 

「大神殿より神託(オラクル)が届きました」

 

 神像の前、一人立つ巫女ネージュがそう告げた。

 

「大魔将が降臨したと」

 

 その言葉に、おお、と場がざわめく。

 大魔将は人類の怨敵にして、最大の障害。

 

 その降臨により、この十年の間に国が五つ滅んでいる。

 決して放置できない事態であった。

 

「魔将により前線は突破され、街は一つ壊滅。さらに大魔将により街が二つ。既にこのルグンドは崩壊しつつあります」

 

 たった数日の間に、ルグンドという国の外縁が壊滅した。

 そしてその破壊はどんどん広がっていくだろう。

 おそらく、この国が滅ぶまで。

 

「しかし巫女ネージュ」

 

 一人の老年の神官が声を上げる。

 

「大魔将が降臨したという事は、魔(・)将(・)が(・)倒(・)さ(・)れ(・)た(・)という事ではないですか」

 

 彼は困惑したように、疑問を呈する。

 

「一体誰が、そのような偉業を行ったのでしょう」

 

「候補が居るとすれば」

 

 その言葉を継いだのは、巫女の傍らに侍る騎士であった。

 現代式甲冑(プロテクター)とは違う、古めかしい鎧に身を包んだ彼らは、国ではなく神に仕える騎士。

 神殿騎士その人であった。

 

 彼は老人の疑問に答えるよう、言葉を続ける。

 

「前線で指揮を取っていたモンフォール卿か、ダラマトナに駐屯していたヴァイヤン兄弟辺りでしょうか」

 

 魔将を倒し得るとしたら、最低でも自己編綴魔導式活性(レベルアップ)の弐撥(ステージ2)以上は必要。

 それらに該当する人物はそう多くない。

 

「ですが単独で、とは考え辛いです。この三者が合同で当たり、辛くも勝利したと言う所ではないでしょうか」

 

 物理法則すら捻じ曲げる参撥(ステージ3)の到達者ならともかく。

 単なる身体能力の強化に留まる弐撥(ステージ2)で、魔技(パルシオン)の使い手である魔将を単身で倒せるとは思えない。

 

 おそらく前線を抜かれたモンフォール卿がダラマトナまで落ちのび、ヴァイヤン兄弟と共に返す刀で魔将を討った、と考えるのが最も合理的だった。

 

 だが、それだけの功績も大魔将の出現で全て消し飛んでしまった。

 

 魔将は容易く倒せる相手ではない。

 もちろん、生(・)か(・)し(・)た(・)ま(・)ま(・)倒(・)そ(・)う(・)等という舐めた真似が許される余地も無い。

 結果、魔将が出張ってくる大侵攻はそのまま大魔将の降臨に繋がってしまう。

 

「魔将を留めねば魔将に蹂躙され、魔将を倒せば大魔将が降臨する」

 

 老神官は溜息をついた。

 

「大侵攻が起こってしまった時点で、光の民は既に敗北しておるのと同じですな」

 

 大魔将の降臨リスクが有ったとしても、魔将は押し留めねばならない理由が有った。

 

 彼(・)ら(・)を(・)王(・)都(・)に(・)入(・)れ(・)て(・)は(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)。

 

 そうすれば、破滅が訪れる事になる。

 

 対して大魔将で起こるのは破壊だけ。

 衛星国(セクタ)が一つ二つ滅ぶかもしれないが、それだけだ。

 

 人(・)類(・)全(・)体(・)が(・)脅(・)か(・)さ(・)れ(・)る(・)事(・)は(・)無(・)い(・)。

 

 大魔将の降臨時間に限りが有る事はこれまでの交戦で判明していた。

 故に王国(エタ)は衛星国(セクタ)を使い時間を稼ぎ、大魔将が送還されるのを待つ。

 これが、王国(エタ)にとっての必勝法であり、衛星国(セクタ)にとっての絶望だった。

 

 光神教としても、王国(エタ)の陥落だけは絶対に避けなければいけない。

 

「私たちは、役目に従い大魔将を足止めしなければなりません」

 

 巫女ネージュは厳かに告げる。

 

「パサ神殿の一同、全員が至天神の拳となって、大魔将へと立ち向かわなければいけないのです。一人一人が神の怒りの体現者として、彼の者にそれを見せつけるのです」

 

 巫女の言葉を聞く者達の目に、俄に熱が籠もり始める。

 集う彼らがやるべき事は、既に判っていた。

 自分たちはそもそもその為にここに居るのだ。

 

 衛星国(セクタ)の神殿に仕えるとはそういう事なのだと、誰もが知っている。

 

「これより聖戦(クロワザード)の祈り(オラティオ)を行います」

 

 巫女ネージュの言葉に、ただ少しだけ、ざわめきが起こった。

 

「一昼夜の間、神に全てを捧げ、その威光を皆様に宿します」

 

 天に向けるように掌を掲げ、巫女ネージュがさらに続ける。

 

「祈りましょう。皆様。全ては遍く神の愛を受ける民の為に」

 

 集う者達も、巫女に倣うよう手を掲げる。

 神官も、騎士も、小間使の者達も、誰一人例外無く掌を天に向けた。

 

 神の家に住まう者達は今一丸となり、ただ神へ祈りを捧げる機械となっていた。

 

 

 

 明朝。

 

 まだ日も昇り切らぬその時刻に、パサの大通りを進む一団が居た。

 

 不安に眠れず、朝早くから目を覚ましてしまった男はそれを見た。

 

 馬に乗り、悠々と進む集団は数十名の騎士達であった。

 普段は神殿に侍っている騎士達。

 その全てが、馬に乗り通りを進んでいる。

 

「こりゃ……」

 

 男は思わず声を上げた。

 

 騎士達が居並ぶその壮観さに驚いたのも有る。

 だが、それだけではない。

 

 騎士達は皆、光り輝いていた。

 

 物理的な光を発していたわけではない。

 だが、輝いていると、直感的に男は思った。

 

 有り様とでも言うのだろうか。

 その存在自体が人以上の価値を持つように、そう感じられたのだ。

 

 まるで神が地上に降りてきたかのような神々しさ。

 

 男は自然と、手を上に掲げていた。

 この光景を見て、祈らずにいられるだろうか。

 

 ふと辺りを見渡せば、偶然起きていたであろう人々が皆、同じように祈りを捧げていた。

 皆、心は同じだった。

 

 ただ神への畏敬を捧げざるを得なかったのだ、この光景の前には。

 

 騎士達はそのような者達を顧みる事無く、無言で進む。

 まるで全員が一つの生物になったかのように完璧に統率され、見えぬ何かに引き寄せられているかのように淀み無く、彼らは進んでいった。

 

 数少ない住人に見送られて、神殿騎士達は街を発った。

 

 大魔将の征伐。

 

 決して勝利できぬと知っていながら進むそれは、征伐とは言えない。

 捨(・)て(・)駒(・)として、彼らは進む。

 

 その任はただ一つ。

 たった一秒でも多く時間を稼ぐ。

 大魔将を引きつけられればなんでもいい。

 打撃を与える必要も無い。

 ただひたすら時間を稼いで、釘付けにする。

 

 その為に命を捨てに行くのだ。

 

 そうとも知らず、見送る住人たちの心には希望が芽生えていた。

 

「なんとかなるかもしれねえ」

 

 騎士達がその力で魔族達を退けてくれるだろうと、淡い希望を抱いていた。

 その本質が殉教である事も知らず、笑顔を浮かべる。

 彼らの顔は残酷なまでに希望に満ちて、虚しいまでの盲信が有った。

 

 

 

 神殿の奥では、幾人もの人間が倒れ伏していた。

 

 巫女ネージュ。

 

 彼女を筆頭に、戦闘技術を持たない神官や小間使達全員。

 冷たい床に身を横たえ、微動だにしていなかった。

 

 誰一人、その胸から鼓動の音が聞こえる事は無い。

 彼らの全ては文字通り捧げられた。

 

 神への祈りを届かせる為に。

 

 聖戦(クロワザード)という神の力を直接宿すような祈り(オラティオ)を成功させるには、ただの祈りだけでは足りない。

 

 命という糧を捧げた請願でなければ、至天神には届かない。

 

 幾人もの信徒の命を捧げて初めて、この強力な祈り(オラティオ)は授けられるのだ。

 

 転がる者達の顔には、苦痛一つ無い。

 それとはむしろ真逆。

 

 そこにあるのは笑顔。

 

 信仰に殉じられる喜びが、隠しきれない程に表れていた。

 虚ろな目をしながら、口だけは歪んでいる。

 まるでこの為に生まれてきたとでも言うように。

 彼らは喜びの中、人生を終えた。

 

 最早誰一人祈る者が居なくなったパサの神殿は、それでも静謐な空気を保ち続けていた。

 小窓より、光が差し込んでくる。

 

 昇る朝日の光は、彼らの体を照らす事無く。

 ただ、壁に影を作るのみだった。

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