崩界のオブリテレーター   作:エチゼン鏡介

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第129話 滑稽な自殺

 両者の戦端は、静かに開かれた。

 

 ぐっ、と。

 

 騎士達の体が重くなる。

 まるで体の奥底から、何かが強制的に掻き出されていくような感覚。

 

 ――大魔将の魔封圏に入ったか。

 

自己編綴魔導式活性(レベルアップ)!」

 

 騎士達は一斉に、その魔導式の起動鍵(コマンドワード)を唱えた。

 戦場に響く輪唱となったそれは、彼らの体を一段と輝かせた。

 

 常であっても光り輝くこの魔導式の効果が、今は一際強く発揮されていた。

 淡く漏れ出るはずの燐光は、激しい強さを伴う輝きとなって体の内から発せられた。

 

 彼らの体にも力が漲る。

 骨に纏わりつく筋肉は一際強く太く膨れ上がり、みちみちと音を立てていた。

 その様はまるで体が一回り拡張されたようであった。

 

 同時に、不快な感覚も消え失せる。

 

 自己編綴魔導式活性(レベルアップ)の効果により位階が上がったその肉体は、魔封石の影響すら跳ね除ける。

 

 ましてや、今は聖戦(クロワザード)によりその力はさらに高まっている。

 

 魔導式と神の威光。

 

 その二つの力が、大魔将の邪悪な干渉を完全に防いでいた。

 

「行け!」

 

 隊長の号令と共に、神殿騎士の一隊は二手に分かれる。

 大魔将を包囲するように、彼らは左右に散開する。

 

 この巨体相手に陣形などまったくの無意味。

 

 個人個人が武勇を発揮できるよう、ばらばらに囲みつつ適切な距離を保って戦う。

 

 それが、最善の形であった。

 

 

 

 そのような騎士の動きを、ジョーフィアは楽しげに見つめていた。

 

 まるで虫が群れて囲んできているかのようなサイズ差。

 この虫がどのような一刺しをしてくるのか、楽しみで仕方なかった。

 

「どれ、まずは挨拶代わりに」

 

 ジョーフィアが、意識を集中させる。

 彼女の熱情(ヘヴレト)

 それが、騎士達を襲おうとしていた。

 

 

 

 騎士達にとって不幸だったのは、相手がジョーフィアという大魔将であった事だ。

 

 彼女の熱情(ヘヴレト)である【拘束】。

 字面からは特に強力に思えないこの能力は、あまりにも対人戦に向きすぎていた。

 

「うわあっ!?」

 

 ふわりと、騎士の体が浮く。

 まるで見えない手に掴まれたように、強制的に空へと持ち上げられていく。

 

 地に足がついていなければ、魔導式の恩恵でどれだけ剛力を発揮しようがその効果は半減する。

 ましてや、この状況。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ような今、どれだけ身体能力が増そうが何の意味も持っていなかった。

 

 彼はどうにか状況を脱しようと、必死に藻掻く。

 

 何処かに何か異常はないか。

 もしかして見えない何かが絡みついているだけではないかと、自分の周囲にあるかもしれないそれを必死に探す。

 

 だが手も足も虚しく空を切るばかり。

 

 視覚や探知に関係する魔導式も起動し、周りを見渡す。

 温度感知(サーモグラフィ)魔力視認(マナ・サイト)反響探知(エコロケーション)

 それらを起動して、突破口を探る。

 

 だが、何も無い。

 

 魔力とは違う、世界に干渉する力。

 それにより、自分は持ち上げられているとそこで理解した。

 

 ――これが、魔技(パルシオン)

 

 魔法とは違う、闇の民に授けられた力。

 その恐ろしさを彼は十二分に味わっていた。

 

 じたばたと空中で彼は藻掻き続ける。

 

 ――もしかして、ただ空中に浮かび上がらせるだけの力なのか?

 

 そんな都合の良い考えが頭を過ぎる。

 

 その程度であれば、大魔将が恐れられる事など無いというのに。

 

 ぐぐ、と騎士の体が動き始める。

 

 上から横へ。

 

 浮き上がったまま、空中を滑るように進み始める。

 

「くそっ」

 

 悪態をつきながら、彼はバランスを取ろうと手足をさらにばたつかせる。

 そんな事をしなくても、この拘束が破れる事はないというのに。

 まるで本能に唆されるように、彼は滑稽に藻掻いた。

 

 ただ振り回されるだけなのか?

 そう思うが、空中を進む動きは緩慢であり、なんら脅威を感じる程ではない。

 慣れてしまえばまるでアトラクションのようにすら感じる、奇妙な楽しさが心の中に湧き上がった。

 

 空に浮かぶという常にはできない体験が、場違いな喜びを騎士に与えていた。

 

 だがその楽しみが絶望の序章でしかない事を、すぐに悟った。

 

 騎士の目が見開かれる。

 

 その先に居たのは、また別の騎士であった。

 

 男二人の軌道はちょうど重なっており、真正面からぶつかる形なのは火を見るより明らかであった。

 

 向こうも彼に気づいたのであろう。

 必死に手を伸ばし、体がぶつからないよう足掻いている。

 彼もまた拒絶するように、手を伸ばす。

 

 男二人の手が、がっちりと組み合った。

 二人は全力を込めて、離れようと互いを押しあった。

 手甲の下に有る太い腕はさらにはち切れんばかりに怒張し、血管が破裂せんばかりに浮き上がっていた。

 

 だが、止まらない。

 

 彼らの体は徐々に徐々に、近づいていく。

 

 まるで見えない壁に挟まれ押されているように、抗う事が許されずに進んでいく。

 

 ぐんと突っ張って力を込めていた腕、その伸びていた肘が折れ曲がった。

 

 一度曲がってしまえば、後は脆い。

 もう伸ばす事も叶わず、男達の距離は縮まっていく。

 

「畜生」

 

 思わず悪態が口から出た。

 まるで子供が虫を手に取って翻弄するように、彼らには何一つ抵抗する術が存在しなかった。

 

 ぎちり。

 

 遂に、その体と体が接触した。

 

 二つに重ね合わさった体は、それだけで終わらない。

 まるで一つになろうとしているかのように、まだ動き続けていた。

 

 みしみしと金属鎧(プレートメイル)の軋む音がする。

 鋼鉄製なはずのそれは、緩やかな圧力でへこみ始め、そして互いに融合しつつあった。

 

 騎士は己の運命を悟った。

 

 避け得ぬ死。

 

 それが目の前に有った。

 

「畜生!」

 

 再び悪態が口をついて出る。

 

 死ぬ事は覚悟していた。

 

 だが、戦う事もできず、こんな死に方をするなんて。

 そんなの、酷すぎるじゃないか!

 

 これは殉教ではない。

 

 単なる犬死だ。

 

 なんの意味も無く、無意味にこれから自分は死ぬ。

 

「うわあああああああ!」

 

 その事に、彼は耐えられなかった。

 

 そんな光景が、そこかしこで見られた。

 

 あれほどの覚悟を望み、気高く死のうと理想を抱いていた騎士達。

 屈強な男たちは絶望の表情で、ただ自分たちの死に様を眺めていた。

 

 ぐちゃり。

 

 何かが潰れる音が、複数場に響いた。

 

 二人の男達が互いをつぶしあい、臓物をぶちまけた音。

 粘着質な音の正体はそれだった。

 

 そして糸が切れたように、次々と地上に落下していく。

 

 どちゃどちゃと、再び濡れた音が響いた。

 圧迫して破れた体が、大地に叩きつけられ再び爆ぜた。

 その骸は、人の尊厳の欠片も存在しない程に無惨な姿を晒していた。

 

 大魔将ジョーフィア。

 彼女を前にした時、人は戦う土俵にすら上がれない。

 ただ翻弄され、死ぬ。

 それしか許されないのだ。

 

 彼女が戦場に出る時、勝利は半ば確定している。

 これが人類最大の敵と言われる相手の力であった。

 

 

 

 だが極一部、その運命から逃れた者達が居た。

 

 彼らは皆一様に剣を手にし、空中に浮かんでいた。

 そしてその刃は血に濡れ、赤く輝いている。

 

 向かってくる仲間を斬り捨て殺した。

 

 それが出来た騎士だけが、生き残っていた。

 

 その様を見ていたジョーフィアは、ふうん、と興味なさげに呟く。

 

「それはどうかと思うが……まあ、良く切り抜けた」

 

 彼女が熱情(ヘヴレト)として指定したのは、騎士の位置関係。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 よって、熱情(ヘヴレト)の効果範囲は及ばなくなる。

 少なくとも、彼女が意識を変える間は。

 

 生き延びた騎士達もその事を知っていたわけでは無い。

 ただ、覚悟が決まっていただけだ。

 

 何をしようが少しでも長く戦闘を続けて、足止めをするという覚悟が。

 

 だがそれを見ていたジョーフィアは、呆れしか出てこなかった。

 

「同胞を斬り捨てるか? 普通」

 

 こいつらなんでこう駄目な方向にだけ思い切り良いんじゃろな、とジョーフィアは思う。

 正直気持ち悪さすら感じていた。

 

 もっとこう、普通は仲間同士って気遣うものじゃないんか?

 攻撃仕掛けてる自分が言う事じゃないかもしれんが。

 

 儂だったら絶対困るぞ、とジョーフィアは内心少し引いていた。

 

 彼女の目に、それは覚悟とは映らなかった。

 ただ気持ち悪い、狂人の()()()()が有るだけだった。

 

「まあ、うん。いいか」

 

 ジョーフィアは気を取り直すと、次なる攻撃を仕掛けた。

 

「これは、どう捌く」

 

 ジョーフィアの熱情(ヘヴレト)が、次なる対象を捉える。

 

 大地に落ちた騎士達の剣。

 

 それがふわりと空中に浮き上がった。

 

 浮いた剣はまるで生き残った騎士達を囲むように、くるくると彼らの周囲を周りながら徐々に近づいて来ていた。

 

 未だ空中に囚われる騎士達は、これから何が起こるのか瞬時に悟った。

 

 先程自分たちをぶつけ合わせたように。

 今度は、剣と自分をぶつけようとしている!

 

 そう思った刹那、体が再びぐいっと動かされる。

 見えない腕が自分を振り回すように、急激な加速を体が感じた。

 

 そして同時に、剣が飛来する。

 軽いそれは人体よりも早く、そして鋭く彼らに迫ってきた。

 

 だが、それでも遅い。

 

 日々鍛錬を積んだ神殿騎士、しかも強化された状態の彼らに、ただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけの飛ぶ剣などなんの脅威にもならない。

 

 キィン、と硬質の音が複数響いた。

 

 次々と襲ってくる剣を、彼らは苦も無く弾き返す。

 

 剣は弾かれた勢いでくるくると周り、空へと帰る。

 

 しかし再び何かに引かれるように、放物線を描いて再び騎士へと向かっていった。

 

 ――人が飛んでくるより、遥かに対応し易い。

 

 再び迫りくる剣を見て、騎士達はそう思う。

 

 鎧を着込んだ男一人を引き剥がすのは容易ではない。

 だが重量の軽い剣を弾くだけであれば、難しくはない!

 

 弾いては飛んでくる剣を、彼らは捌き続ける。

 

 先行きの見えないその場凌ぎ。

 だが、それで問題無かった。

 

 彼らの目的は時間稼ぎ。

 ただ、力果てるまでこの()()に付き合えば、実質的に勝ちなのだ。

 

 だが次の瞬間、彼らは凍りつく。

 

 ()()が増えている。

 

 剣に加えて、岩。

 

 無数の岩塊がさらに空中に浮き、自分たちを囲んでいる。

 

 その数を見れば、敵の手数は倍、いや三倍には増えているだろう。

 

「くっ!」

 

 弾く。弾く。弾く。

 

 ひたすらに弾く。

 

 一つ一つを弾くのは難しくない。

 だがその頻度が、反応できる限界を越えつつある。

 

 正確な数は数えていないが、彼らは理解していた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「あっ」

 

 一つの岩塊を、その騎士は弾き損ねた。

 

 体の中心にめり込むように。

 めきり、と鈍い音を立て、岩塊が胸に突き刺さった。

 鉄鎧(プレートアーマー)はその岩の突進を受け止めたものの、みしみしと音を立てながら歪み、むしろ装着者を苛む棘を形成しつつあった。

 

 痛みには耐えられる。

 だが、反応までは消せない。

 

 岩が突き刺さった衝撃が、体を僅かに逸らす。

 正しく真っ直ぐに隙無く形作られていた姿勢が、緩やかな弓なりに歪んだ。

 

 崩れた姿勢は、動作の鈍化を招く。

 

 流麗に振るわれていた剣筋は鈍り、振り回されるような無様な軌道を描いた。

 その刃は飛んでくる剣を受け止めたものの、弾く事は叶わず。

 

 剣はするりと滑るように。真っ直ぐに騎士に向かって突き出された。

 

 まるで狙ったように、首筋に向かって剣の刃は滑る。

 

 すれ違うように、刃が首を通り抜けた。

 

「かっ、あっ」

 

 ぴゅっ、と首から血が吹き出した。

 間欠的に、リズムを刻んで。

 まるで楽しげに、ぴゅっ、ぴゅっ、と命の源が流れ出る。

 

 彼は咄嗟に首筋を押さえてしまった。

 

 だが、それが彼の命運を決定づけた。

 

 残りの剣と岩が、その隙だらけの姿に一斉に襲いかかる。

 

 首の傷口を押さえ、体を崩されたままの騎士に、嵐のような攻撃を防ぐ術は無かった。

 

 ゴンゴンと岩が鎧を叩く音が鳴り響いた。

 騎士の体のあらゆる場所に、岩塊による殴打が叩き込まれる。

 そしてその隙間を縫うように、剣が深々と突き刺さった。

 

 先程の潰された騎士達に比べ、彼らはまだ幸せであった。

 少なくとも、戦ったという充足感の中、死んでいけた。

 

 ぼとぼとと、再び騎士達が地面に落ちる。

 

 最早空中に浮かぶ人間の姿は皆無であった。

 

「拍子抜けだの」

 

 あっさりと処理できてしまった事に、ジョーフィアは更なる失望を覚えていた。

 

「アマネジ・ミクの半分の数も向かわせておらん上、圧縮砲も出しておらんぞ。やっぱりあやつだけが上澄みだったのかの?」

 

 しかも大した時間も稼げておらんし、と彼女は嘆く。

 

 アマネジ・ミクは仲間を抱えているという著しく不利な状況で、今の騎士達の倍以上の数、数倍の速度での攻撃に加え不可視の空気圧縮砲も全て無傷で捌いて見せた。

 

 それと同じとは言わないが、せめて足元に迫る程度の抵抗は見せて欲しかった。

 これが大魔将の偽らざる本音だった。

 

「これはいよいよもって、アマネジ・ミクとの再戦だけが楽しみか」

 

 完全に地面の下に顔を隠そうとする太陽を眺めながら、ジョーフィアはそう一人ごちる。

 

 この分では最早敵となりそうなのはあの少女だけだった。

 

 確実に、彼女はやってくる。

 そう大魔将は確信していた。

 

 あの少女であれば、血湧き肉躍る最高の死闘となるだろう。

 きっとこちらを攻略する糸口も見つけてくるに違いない。

 それを正面から打ち破り、勝利する。

 

「楽しみだの」

 

 そう呟いた刹那だった。

 

 

 

 キィィィィィィィィィン!

 

 

 

 甲高い音が、暗闇となった世界に響いた。

 

「何ぞ!?」

 

 ジョーフィアの体が、異変を伝える。

 

 超融装(フェレッテシュ・フュージオ)で形作られた巨大な体。

 その身に今、傷が付いている!

 

 もしこの大魔将を眺めていた者が居たら、その光景を目にできただろう。

 巨大な水晶の表面に細かな亀裂が走る様を。

 

 それが、冷徹な怪物が今牙を向き、大魔将を狩り始めた合図であった。

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