第135話 三人の旅路
一頭の荷馬車が、足早に道を進む。
小さな森と森、その間を縫うように貫く細い道を、馬車は進んでいた。
馬車に乗るのは三人の少女達だった。
一際小さな少女は、御者席に座り手綱を引いている。
頭に小さく乗っかった獣耳と、席から見え隠れする細い尻尾が、彼女が獣人である事を控えめに主張していた。
荷台には二人の少女が座っていた。
一人は豪奢な白いローブに身を包み、大きな帽子を被っていた。
陽の光に輝く美しい金髪が緩やかにたなびき、風の間で遊んでいた。
そしてそんな髪を覆うように、大きな帽子が頭の上に乗っていた。
膝には、白い木の杖が乗っている。
その姿はまるで絵本に載っている魔法使いのようだった。
もう一人は、艷やかな長い黒髪を持つ少女だった。
黒を基調とした奇妙な衣服に身を包み、風に身を任せている。
静かに目を閉じている彼女は、まるで一枚の絵画のようだった。
「あ」
御者をしている少女――トトが、小さく声をあげる。
「ちょっとあっちの方から、なんか来るですね。距離は……」
ん、と前方に見える森の入口辺りを指さす。
「大体あの辺りが
「へいへいりょうかいー」
のっそりと起き上がったローブの少女――ニノンが、ゆるりと杖を構える。
「
まだまだ距離は有る。
ゆっくりと適当に、ニノンは呪文を詠唱した。
やがて、トトが指さした方向、その森の奥から何かがやってくる。
灰色の狼の群れ。
それが、荷馬車に向かって駆け出してくる。
おおよそ十頭は居るその群れは、通常であれば非常に恐ろしい相手と言えた。
護衛も無い少女三人。
満足に切り抜けるには、あまりにも厳しい状況。
だが、馬車に乗る誰も焦ってはいない。
「ほいほーいっと。
気が抜けた声で、ニノンは
その刹那、彼女の杖の先から稲妻が迸る。
青白い電撃の蛇は一瞬にして先頭の狼まで到達し、その身を貫く。
狼は悲鳴を上げる間も無い。
その場で体を硬直させ、そして体内を焼かれ即座に絶命した。
だが電撃はそれで止まらない。
まるで何かに導かれるように、次々と狼達を襲い、焼き尽くした。
たった数秒。
それだけの時間で、狼の群れはローストされた肉の塊へと変貌していた。
「いやー楽勝楽勝」
ニノンが満足気に、狼の群れだったものを見つめる。
「来るのが分かってれば
実に自慢げにドヤるニノン。
「しかし本当に便利ですねトトさんの能力」
「そうですか?」
「いや便利過ぎるでしょ」
一転して真面目な顔をして、ニノンは言う。
「
トトが琉覇より受け継いだ
一見つまらないように見えるこの能力には、恐ろしい事実が潜んでいた。
こんなものを測りたい、となんとなく思うだけで。
測れてしまうのだ、この能力は。
今の場合、「自分達に敵意を持つ相手との距離を測りたい」と考えていた。
それだけで、こちらに敵対的な相手との距離――正確にはその中心――が丸裸になる。
例えその相手が見知らぬ誰かだろうと、どんなに離れていようと、この能力はそれを正確に把握し距離を測り出すのだ。
こんなに恐ろしい能力もそうそう無い、とニノンは震え上がっていた。
「かなり応用力が有るとは踏んでいたが」
そう横から口を挟んできたのは黒髪の少女――未来。
「まさかここまでとは、正直予想していなかった。伊達に
今後自分達は、敵対者が現れてもその位置を即座に丸裸にする事ができる。
どれだけ逃げようと、何処に隠れようと、必ずだ。
その恐ろしさは、未来にも良く理解できていた。
「トトとしては料理に使えるのが一番有難いですけどね」
尤も本人としては、そんな事より日常に活かせる事の方が嬉しいようだった。
「食材とか綺麗に切れるです。とっても有難いです」
「まあ琉覇も薪割りとかに使ってたしな……」
戦うだけでなく、平和利用もできる。
そういう意味では、これ以上無く優れた
「まあなんにせよ、この能力のお陰で旅が快適になっていいですよ」
ニノンのような
先んじて詠唱ができれば勝ち確。
詠唱する前に近づかれたら死。
その為、相手の位置が確実に分かるというのは何よりも有難い状況だった。
「魔法も本当に便利です」
トトも感心したように頷いている。
「野犬も狼も近づいてくる前に処理できてるです。こんな安心な事は無いです」
「詠唱さえ終わってりゃあんなの一発ですからね」
うんうんと言うニノンに、未来だけが微妙な表情をしていた。
「なんか私だけ仕事してない気がするんだが……」
「未来さんは大人しくしててください」
頼むから暴れないで。
ニノンの目は、そう語っていた。
「未来さんは秘密兵器ですから! 雑魚とかで軽々しく出ていくようなお方じゃありませんので! ので!」
「なんか釈然としない」
別に率先して出ていきたいわけではないが、何もしないのも心苦しい。
未来としては複雑な心境だった。
一方ニノンとしては、実際馬車の直掩として付いていてもらいたいのが本音だった。
仮に何か不測の事態が起こっても、この少女さえここにいればなんとかなる。
そういう安心感が有った。
だから居て貰うだけでいいのだ、極論。
秘密兵器というのはおべんちゃらではない。
偽らざる、ニノンの本気だった。
「ミクにはトトが疲れたら御者変わって貰うですよ」
そんな声が、馬車の前からかけられた。
「たまにはトトも荷台でゆっくりしたいですよ」
そう言うトトの視線の先には、寝転がるニノンの姿が有った。
最早ここは自分の領地だと言わんばかりに荷台を占有していた。
「その時は遠慮なく言ってくれ。すぐに代わる」
未来もニノンを見つめながら、そう返した。
その視線はどこまでも生暖かかった。
「まあ疲れる前に目的地に着いちゃいそうですけどね」
トトがそう言うのも無理のない話だった。
今のこの荷馬車の速度は、一般的な馬の速歩に近い高速で走っていた。
しかも、このペースをずっと維持している。
一般的な馬車の二倍から三倍の速度で進んでいると言って良かった。
「魔法ってほんとすげーですね」
今荷馬車を引いているグリには、
一度かければ三十分程度は保つ。
その魔法を切れないよう適時かけ直しながら、彼女達は一路
「こればっかりは魔導式頼りの
ふふふんとドヤりながら、ニノンは得意げに言う。
「
「ゲームで言うなら自己バフ特化型が
「何が言いたいかちょっとわかりませんが、多分合ってます」
刻んだ魔法式で発動する
反面、その魔導式を用いて他者を変容させるのは不得意だった。
「改めて思うが、これだけの利便性が有りながら時代遅れと排斥されるのは、疑問しか出てこないな」
「あー」
未来の疑問に、ニノンは渋い顔をする。
「まあその辺りは、
本山だけあって資料なども揃っているのだろうな、と未来は予想する。
ならばあちらで本腰を入れて解説してもらった方が良いだろう。
今無理に聞く話でもないと彼女は納得した。
「とりあえずリジェールに向かうでいいですよね?」
トトが確認するように聞いてくる。
「それでいいですよ」
そのままでー、とニノンが答えた。
「リジェールで色々揃えたいものも有りますからね。
「やはり
「かなり違いますね。特に魔導具関係は、段違いです」
魔導器文明の総本山である
そのような事は日常茶飯事だった。
「ダラマトナと一緒にいろいろ吹っ飛んじゃいましたからね」
そういうニノンの顔は、整った顔立ちが崩壊する程に渋面だった。
「持ってきた魔導具殆どぶっ壊れましたよ……一財産消えたようなもんですよこれ」
ぐおおおおお、とニノンは頭を抱えて呻いた。
実際トトの年収10年分くらいは軽く吹っ飛ぶ大損害だった。
おそらくこの金額をトトが聞いたら即座に卒倒していただろう。
「流石に日常的に使うものくらいは買い直さないと……
「トトは元々持ってなかったからピンと来ねえですけど、そんな大事です?」
「大事ですとも!」
がばっと起き上がって力説し始めるニノンに、トトは若干引いていた。
「仕事に娯楽に、日常全てに使えるのが
「そ、そうですか」
ちょっと顔を引きつらせていたトトと対照的に、未来は納得して頷いていた。
「確かにスマホが無くなったらと考えると不便だからね。分かるよ、その気持ち」
「流石未来さん! お目が高い!」
「私の世界にも似たようなものが有ったからね」
情報端末の普及は世界の在り方も、個人の意識も全て変えた。
その事を情報化社会で暮らしていた未来は痛感していた。
「できれば私も欲しいくらいなんだけどね。残念ながら先立つものが」
「ふふふ」
その言葉に、ニノンが怪しく笑う。
「旦那ァ、今なら利子無しで貸して差し上げますぜ」
ニマニマとニノンが未来に纏わりついてきた。
傍目から見てもとても鬱陶しそうだと、トトはそれをジト目で眺めていた。
「その代わり……私の世話を全力でしてくれるならね!」
「本当に恥ってもんを知らねえですねこの女」
こいつ本当に自分で身の回りの事をするつもりがねえですね、とトトは呆れた。
朝起きる時だって起こして貰わないと起きられないのだこの女は。
子供か。
「仕方無いな」
未来も苦笑していた。
だが、目はとても笑っていた。
「パトロンの仰せだ、考慮させて貰おう。その分融資も期待したいのだが」
「いいですよいいですよ、好きなだけお金出してあげますよ!」
ニノンは上機嫌だった。
そんなに嬉しいのか、と改めてトトはドン引きした。
「まあ散財するにもまずはリジェールに行かなきゃですけどね」
パサを通り過ぎ、もう何時間か。
日も傾きつつある。
夜になる前には着きたいところだと、三人の意見は一致していた。
「はーやっとやわいベッドで寝られるぅー」
ここ最近野営続きだったニノンは、その感触を想像しだらしなく顔を緩めた。
熱いシャワーにふかふかのベッド。
これが文明人の生活ってもんよ!
「私は繊細ですから、もうギリギリでしたよ」
「おめーが繊細なら、世の中の人間全員ガラスハートですよ」
「違いない」
「お二人さん!?」
姦しく馬車は進む。
リジェールまでは、もう少しだった。